1990年代初頭から記者としてまた起業家としてITスタートアップ業界のハードウェアからソフトウェアの事業創出に関わる。シリコンバレーやEU等でのスタートアップを経験。日本ではネットエイジ等に所属、大手企業の新規事業創出に協力。ブログやSNS、LINEなどの誕生から普及成長までを最前線で見てきた生き字引として注目される。通信キャリアのニュースポータルの創業デスクとして数億PV事業に。世界最大IT系メディア(スペイン)の元日本編集長、World Innovation Lab(WiL)などを経て、現在、スタートアップ支援側の取り組みに注力中。
3月13日(金)にブロードバンド推進協議会のイベント「世界のコンテンツ提携事情、水平分業型ポラットフォームのビジネスの可能性」を取材した。その中で、株式会社フラクタリストの田中祐介氏の講演が面白かったので、感想抜きの取材メモを公開します。
会場:東京港区・東京グランドホテル
演題:第3世代携帯電話のはじまった中国市場におけるモバイルデータサービスの展望
フラクタリストについて
日本のモバイルソリューション、モバイルマーケティングの会社 2000年から事業を展開
世界的に進んでいる日本の技術、ビジネスモデル、コンテンツを、世界最大の市場になるであろう中国市場で花開かせるべくフラクタリスト・チャイナという関連会社、もともとは子会社を、2003年に設立。中国市場で約6年ほど事業を展開
【中国のモバイル市場について】
ヨーロッパと比べて進んでいるわけではないが、市場としては大きい。中国は世界最大のケータイ人口を持つ国。
今は中国のケータイ利用者は6.05億人(データはiResearch inc)
1999年、2000年が日本のモバイルインターネット元年といわれるが、そのとき中国には2000万人しかケータイ利用者がいなかった。
ケータイユーザーが、高い成長率で順調に伸びていっている。昨年一年でも約5000万人以上のユーザーの伸びを示している。
人口が13億人だから、まだまだ成長の可能性がある市場。
ただ6億人という数字から、中国人の半数がケータイを利用しているのかというと、そうでもない。「スマートフォン1台とケータイ1台」というように一人で複数持っているケースもある。人口の残りの半分はケータイを持つ経済的余裕がない層だという意見もあるが、とはいえまだまだ成長の余地が残っている市場と考えて間違いない。
【中国モバイル業界が3キャリア体制に】
昨年からキャリアの環境が再編されている。これまでケータイ事業は、チャイナモバイルとチャイナユニコムの2社が展開していた。特にチャイナモバイルがガリバーとして市場を席巻してきた。
そうした中、競争を加速させ市場を活性化させようということから、業界再編が行われた。特に第3世代ケータイではデータ通信サービスが普及のポイントになってくるということで、政府もいろいろな思惑の中で、ケータイ系の通信事業者と固定系の通信事業者をシャッフルする形で3キャリア体制に再編した。
固定電話の加入者が減少する方向にある中でケータイ事業も展開していかないと成長できないという切迫感もある。またチャイナモバイルが一人勝ちしている状況もあったので、ここに新たな参加者を入れることで、あえて競争させていこう、ということが基本的な考え方だろう。
具
体的には、チャイナモバイルがチャイナレルコムという固定系事業者を買収。一方中国南部を中心とする固定電話の事業者だったチャイナテレコムは、チャイナ
ユニコムがやっていたCDMAサービスを統合することで、ケータイと固定の両方の事業を展開していくことになった。またチャイナユニコムはCDMAと
GSMの両方をやってきたのだが、CDMAをチャイナテレコムに譲渡する一方で、中国北部の固定電話事業者のチャイナネットコムを統合した。
チャイナモバイル
=チャイナモバイル(ケータイ) + チャイナレルコム(固定・ADSL)
チャイナテレコム
=チャイナテレコム(中国南部の固定・ADSL) + チャイナユニコムのCDMA事業(ケータイ) + 中国衛通(衛星)
チャイナユニコム
=チャイナユニコムのGSM事業(ケータイ) + チャイナネットコム(中国北部の固定・ADSL)
【中国独自規格TD-SCDMA】
2008年の北京オリンピックにぶつけるべく、中国独自規格の3G「TD-SCDMA」というインフラを試験的に開始した。チャイナモバイルがサービスを提供し、
北京、上海、天津、広州、シンセンなど8都市で展開している。中国の市場という大きな市場の中で最大手であるチャイナモバイルが採用することでグローバル市場でもそれなりの端末台数を見込める、つまり中国の国産技術が世界的に影響力を持つ結果になるのではないか、と政府も期待し、国策的に普及を進めている
TD-SCDMAだが、2009年一月の3Gライセンス発給では、この規格を他のキャリアに適応させることにはならなかった。
具体的には、チャイナユニコムがW-CDMAで5月から252個所で、チャイナテレコムが、auのCDMA-1の延長であるCDMA2000で北京などで展開することになった。
なぜTD-SCDMA1本でいかなかったのだろうか。中国政府にはTD-SCDMAを普及させたいという思いはあるのだろうが、ただ技術的成熟度や安定度と
いう面で不安が残る。だからW-CDMAやCDMA2000も同時にライセンスを発給したのかもしれない。TD-SCDMAに関しては、政府がTD-SCDMAを今後どの程度支援するのかに懸かっている。
チャイナモバイル TD-SCDMA
チャイナテレコム CDMA2000
チャイナユニコム W-CDMA
中国でiPhoneはどのキャリアからでるのか、と話題になっているが、iPhoneはW-CDMAを採用した端末であることから、チャイナユニコムを有力視する声が強まっている。
iResearch
によると、中国3キャリアのケータイ市場のユーザー数ベースでの占有率は、チャイナモバイルが64.3%、チャイナユニコム、23.7%、チャイナテレコ
ム12.0%となっている。チャイナテレコムのシェアは、チャイナユニコムのCDMA事業を受けたもの。
チャイナテレコムはこれまで固定事業しかやってこなかったが、今はかなり積極的にデータサービスを活かした事業展開を目指しているし、チャイナモバイルとチャイナユニコムのGSMが今後第3世代に移行していく中で、どういう立ちあがりを見せるのかが注目されるところだ。
2009年一月に政府として第3世代ケータイのライセンスを正式発給したので、現在はモバイルインターネットはそれなりに使える環境にあるのだが、2.5世代といわれるようなGSMの通信インフラの上でデータサービスを提供するビジネスがまだ主流。政府系の一部の人以外で、第3世代ケータイを持っている人にまだ
会ったことがない。
まだ第3世代の市場が存在していないということを前提で話をすると、中国のモバイルコンテンツ課金市場はばかにできないくらいの規模がある。2007年でも1000億人民元だから日本円にすると一兆円以上(今の為替レートなら一兆4000億円)。統計データによって開き
があるが、iResearchによると、そういうことになる。
日本のモバイルインターネットの使い方は、ブラウザでアクセスしてからアプリなどを
ダウンロードするという形が主流だが、中国では課金のプラットフォームとしてショートメッセージ(SMS)を使うことが依然として主流。2007年ではこれが70%くらい。具体的には、PCサイト上でコンテンツを紹介して、ケータイの電話番号とパスワードを入力するとSMSでコンテンツを受け取れるという
仕組みになっている。
ブラウザベースの課金は、最近ではだんだん主流になりつつあるものの、まだだれもが使っているという状況ではない。
売
れ筋のコンテンツ的としては、第2世代時代の日本のコンテンツビジネスと似ているところがある。着メロ、待ちうけ画像、占いといったコンテンツが牽引役。
中国の場合も、着メロを中心に伸びてきている。2.5世代なので日本にあるようなデータ容量の大きなゲームや電子書籍などは提供できないが、JAVAのアプリのダウンロードのプラットフォームはあるので徐々には伸びてきている。日本と少し違うところはリングバックトーン。最近は日本も伸びてきているという
話を聞くが、着メロ以上にRリングバックトーンのユーザーが多い。2008年の第1・四半期で既に一億6000万人ぐらいの人がリングバックトーンを利用
している。中国で電話をかけるとかなりの人がリングバックトーンを実際に使っている感触はある。
ブラウザベースの市場は、4半期ベースで30億元くらい、日本円にして500億円くらいの市場規模。年間ベースで2000億円くらいの市場ができあがっている。
日本のブラウザベースの市場に比べれば、小さいともいえるが、一方で2000億円もあるという考え方もできる。
【フラクタリストの中国での歩み】
フ
ラクタリストは、中国でフラクタリストチャイナという会社を作って活動している。フラクタリストチャイナは2003年創業。当時は今よりもさらにブラウザ
ベースのサービスが少なく、ショートメッセージ中心の市場だった。その中で日本企業は、i-modeで成功した公式サイトを中国に持っていこうとしたが、
2003年から2005年くらいに進出していった会社はほとんどすべてが撤退を余儀なくされた。参入する時期が早すぎたのだと思う。テキストベースのコンテンツでは、現地のプレーヤーと比較してアドバンテージを出しづらかった。日本でよほど優れたものを作って持っていかないと、現地との差別化につながらな
かったということだろう。
そんな中、われわれは最初、コンテンツのアグリゲーションを考えたが、時期尚早と判断し、コンテンツという文化的違いを
気にせず日本の成功事例を持っていくにはどうすればいいかということで、切り口をモバイルマーケティングに変えることに決めた。モバイルマーケティング事
業で、中国で一番成果を上げる会社を目指そうと考えたわけだ。
そのころ既に日本ではモバイルキャンペーンが盛んになってきていた。懸賞で何か応募
する際にポスターなどに印刷されたQRコードをケータイで読み込んでサイトにアクセスするというキャンペーンが出回り始めたころだった。2001年から2002年ごろだと思う。キリンが「ネットで
ファイア」というキャンペーンを行ったのが有名。
フラクタリストは、このモデルを中国でいち早く展開した。コカコーラなど主に飲料メーカー中心に
販促キャンペーンを支援した。日本では、販促や、メルマガなどでロイヤリティーを持ってもらうということがこの手のキャンペーンの目的だが、中国ではシリ
アル型のキャンペーンをする別のメリットがある。中国では模倣品が氾濫しているといわれることがあるが、そんな中で商品にシリアル番号を振り、ケータイでないと応募できない、といことにした。シリアル番号は真似のしようがないので、模倣品の排除が可能になった。もう1点は、日本だと流通がかなり整備されて
いるので、どの商品がどの地域で売れているかなど、メーカー側でサプライチェーンの状況を把握できるが、中国の場合、省ごとに商品をおろしていっても、ど
のタイミングでどこの消費者に届いているのか、なかなか分かりづらい。ところがこの手のキャンペーンを打つと、商品を買った人がすぐにショートメッセージ
を送ってくる。どこで、いつ、どれくらい売れているか、ということをだいたい把握できるというメリットがあるわけだ。
いずれ中国でも
ショートメッセージ中心の利用に加え、モバイルサイトの利用も増えてくるだろうということで、中国ナンバーワンのキャリアであるチャイナモバイルに
2005年にアプローチし、チャイナモバイルのポータルサイトの広告枠の販売を一手に引き受けることに成功した。つまりキャリアレップになったわけだ。日
本でいうところのD2コミュニケーション、メディーバのような存在だ。キャリアの持っているポータルの広告枠を商品化するのが仕事。キャリアポータルは
ユーザー流入の重要な経路、ここをまず押さえておこうと考えたわけだ。
世界最大のユーザー数を持つチャイナモバイルがなぜフラクタリストチャイナのようなベンチャー企業とキャリアレップ契約を結んだのだろうか。
そ
れはショートメッセージでさんざんキャンペーンをやって、アクセスを集めるノウハウを蓄積してきたからだ。コカコーラのキャンペーンで2億本のキャンペー
ンを打つとだいたい5%ぐらいがシリアルキャンペーンに応募する。二億本だとだいたい1000万通のショートメッセージが寄せられる、ということを知って
いた。
特段強いコンテンツを持っているわけではないのに、ものすごいトラフィックをもたらす会社として興味を持ってもらえたのだと思う。リアルのキャンペーンからの誘導のノウハウが評価されたのだろう。
日本のようにキャリアがリスクを取って端末を全部買い上げる統合された仕組みと違って、中国のようなGSMの世界では端末メーカーは端末メーカーの独自仕様
を持っていて、キャリアのポータルが必ずしもワンクリックでアクセスできるようになっていない。パケット通信を始めるにあたって、いろいろな設定が必要な
場合もある。こういった環境の中で、リアルの日々の行動の中からモバイルインターネットを使ってもらえるためのきっかけ作りができるのではないか、と期待
されて契約を結ぶことになったわけだ。
現在の業務は、プロモーションノウハウの提供と、チャイナモバイルのサイトの中のアドサーバー、アドテクノロジーの提供。そういう形での媒体開発を共同で行っている。
フラクタリストチャイナは小さな会社なんで、大きな広告主にアプローチするには提携代理店を通じて販売している。いわゆるレップとしての販売だ。
ただ広告主に直接アプローチするケースもある。これはモバイル広告自体が、日本ほど認知されていないから、われわれのような専業の会社がアプローチしないとモバイル広告を始めてもらえないからだ。まだまだ労力が必要だ。
チャイナユニコムとも、独占契約ではないが、キャリアレップ事業の2社のうちの一社のパートナーになっている。つまりフラクタリストを通じれば、中国のケータイユーザーのほぼすべてにリーチできるようになっている。
【SIMカードでターゲティング】
ユーザーのターゲットを絞った形のマーケティングも積極的に展開している。
各
キャリアがSIMカードを販売しているのだが、SIMカードの番号が省ごとに分かれている。性別、年齢、ARPUも分かる。こういったデータを活用してあ
る一定層に対してターゲット広告を打ったり、ロケーションを北京、上海だけに絞って広告を打つといったデータベースマーケティングのようなことができる。
【ケータイを持っているのは富裕層】
GSMの市場ではハンドセットのメーカーが提供しているポータルを見過ごせない。中国はメーカーとしてノキアが大きなシェアを持っていて、ノキアの提供するポータルも影響力が大きい。フラクタリストは、ノキアのポータルの広告枠も取扱額でナンバーワンになっている。
これから徐々に伸びていくとみられているのは「フリーWAPサイト」と中国で呼ばれている、いわゆる「勝手サイト」。フラクタリストは、勝手サイトにはアドネットワークを提供することで広告を販売している。
で
は、中国ではどんな業種の広告主が、モバイル広告を出すのか。業種別にみて一番大きな広告主は、自動車メーカー。なぜならケータイを持っている人は、自動
車購入層に近い層だと思われているし、そういった富裕層にリーチできる全国的カバレッジがあるメディアがケータイ以外にあまりないからだ。
そうい
う意味で、日本のモバイル広告の状況とはかなり違う。全業種のシェアでいうと20%くらいが自動車メーカーからの出稿。それから、金融で15%。オンラインバンキングや、オンライン証券事業者など。明確に効果測定ができるので、モバイル広告の活用
を始めているようだ。それに化粧品、ケータイ端末を中心としたIT、飲料と続く。
キャリアポータル内では、コンテンツプロバイダーの広告を流すこ
とが許されていない。広告にお金をたくさん払えるCPのコンテンツをランキングの上位に表示するのはいかがなものか、という考え方があるからだ。というこ
とで、コンテンツプロバイダーの広告がそう多くない。ただ勝手サイトの中にはアフィリエイトでユーザーを集めるところも出始めている。
【今後の展望】
日本のモバイルコンテンツの事業者が中国に進出してもいい時期になったと考えている。3Gになると、ゲームなど高度なコンテンツを持っていける。2.5Gの
ケータイサイトのユーザーは8000万人から1億人。6億人中の一億人なので、まだまだ少ない。これから上がっていくことは間違いないだろう。
リスクは、ICPライセンスを始めとする許認可
制のライセンスを取得しないと、キャリアの公式サイトに応募できない。中国がWTO加盟してからは、ライセンスは外資企業にも徐々に認められるようになっ
てきているが、運用面では外資系ということで審査に時間がかかったりしている。また課金ビジネスを展開するには、ICPライセンスだけではだめで課金ライ
センスが必要になる。そのライセンスは現地の会社でないとまだまだ取れなかったりする。もしくは最低資本金が1000万人民元、つまり1,5億円くらいな
いとライセンスを取得できない。日本企業にとって、ちょっとハードルが高いといえる。そのライセンスを取得したうえで、初めてキャリアに対し公式サイトの
申請を行うことができる。また申請してもキャリアごとに厳しい審査を受けなければならない。
現地のコンテンツプロバイダーに委託するケースも多く見られるが、本当にプロモーションしてもらえるのか、信頼できるパートナーなのか、などの不安もある。
そこでフラクタリストでは、優れたコンテンツを持つ日本のコンテンツプロバイダーの中国進出支援の事業に昨年から乗り出している。
以上
感想抜きと言ったけど、ちょっと感想。
一年間に5000万人も利用者が増えつづけているって、すごい市場。毎年、日本のケータイ人口くらいが増えつづけているんだから。
ま
たSIMカードで属性を判断して、ターゲティング広告が打てるのもおもしろい。日本ではこんなこと可能なんだろうか。法律で縛りがあるのか、それとも事業
者自体で「通信事業者として広告業務をするのはいかがなものか」と縛りをかけているのか。モバイルは、PC、サイネージを超える可能性を持つメディア。ま
あ通信事業者がSIMでターゲティングしなくても、その上のレイヤーのサービスプロバイダーが各主データを取ってターゲティングするようになるんだろけ
ど。admobのヒロさんは、自分たちのほうがキャリアよりも有効なデータを取れるって言っていたし。
あと、日本のケータイは若年層から一般ユーザー全体に広がりつつある中、依然として中高生のパワー全開のメディアなんだけど、中国ではまず富裕層から、というところも面白い。