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強者に挑む場合は戦いのルールを変えろ

 The New Yorkerに掲載されたHow David Beats Goliathという記事を読んでJoe Wilcox氏がWhy Apple succeeds, and always willという記事を書いている。それを読んで思うところがあったので、ちょっと長くなるけど書いてみたい。
 The New Yorkerの記事によると、政治学者のIvan Arreguín-Toftが過去200年のすべての戦争を勝敗を見てみたところ、強いほうの国が弱いほうの国に勝った例は全体の71.5%だったんだそうだ。弱い国が勝ったケースは28.5%だった。元の論文を読んでないから分からないけど、強いほうの国って例えば軍隊の人数とか兵器の数量とかで決めるんだろうと思う。当然強い国のほうが勝つことが多い。当たり前だ。

 ところが弱い国が戦いのルールを変えて強い国に挑んだケースだけを見てみると、弱い国が勝った例は63.6%もあったという。戦いのルールを変えれば弱い国でも十分に互角に戦える。というより弱い国のほうが有利になるわけだ。どのように戦いのルールを変えたのは、ケースバイケースなんだろうけど。

 この数字を見てWilcox氏は、Appleは戦いのルールを変えたから強いんだという主張を展開している。

 例えばAppleの有名なテレビコマーシャル「1984」は、一度しか放映しなかった。テレビコマーシャルを作って、それを一度しか放映しないのって広告業界ではありえない話。そのありえないことを若かりしころのSteve Jobsはやってのけたのだ。

   

Apple – 1984

このほかにもパソコンメーカーのGatewayが小売店舗を閉鎖し始め、メーカーが小売店で直売すべきではないというコンセンサスが業界の中で広まっているときに、Apple Storeをオープンさせたり、ネットブックで各社が格安パソコンを競って開発する中で、価格を高めに設定したパソコンを開発し続けたりと、Jobsはいつも業界のコンセンサスと違うことばかりやってきた、とWilcox氏は主張している。だからAppleは強いのだと。

 ここから僕の話。
 

考えてみれば、僕も戦いのルールを変えて戦ってきたんだなと思う。

 今回、退社するに当たって社の幹部から「お前のように社を代表しているような知名度のある記者が辞めるとなれば、波紋が大きいのだからよく考えて行動してほしい」と言われた。「社を代表するような知名度のある記者」って、わたくしめがですか?
 いつからそんなふうに言われるようになったのだろう。新聞配達のようなアルバイトから始めて、特派員の助手を長らく続け、いつも社員よりも身分が下のように扱われてきたのに。やっと社員にしてもらっても、周りが優秀な記者ばかりで、いつも劣等感を感じてきたのに。そんな自分が「社を代表する」とまで言われるようになるとは。なんだか感慨深いものがある。

 自分自身では今だに自分が優秀だとは思っていない。身近なところにも優秀な人間がいっぱいいる。能力的には、社内では平均以下というか、かなり下のほうだと思う。

 そんな僕がここまでこれたのは、やはり一人だけ違うルールで戦ってきたからだと思う。
 周りの人間は全員、経済記者としての王道を歩もうとしていた。うちの会社の場合、経済記者の王道とは、日本銀行の記者クラブのキャップを経験して、マクロ経済について論じる記者になるということだ。IT産業の専門記者というと、その王道を歩めなかった落ちこぼれということになる。事実、ほかの記者で上司から「君は情報通信の専門記者になってはどうか」と勧められたと言って憤慨していたやつがいた。そのとき僕は既に専門記者の道を一人で歩んでいたから、今からして思えば彼は僕のことを王道を歩めなかった落ちこぼれのダメなやつ、と思っていたのかもしれない。

 記者は足と頭で記事を書け。今だにそう言われてる。ネットを使うなんて言語道断。ほんの数年前まで、ネットで情報を得て記事にする記者ということで僕の陰口を叩く人間も多かったのではないかと思う。新人の記者にまで「湯川さん、ネットで情報を得てるそうですね。だめじゃないですか」と説教されたことがある。

 僕はつくづく人と違うルールで歩んできたんだ。だから僕のようにだめな人間でも、ここまでこれたんだと思う。

 今もまた違うルールで前へ進もうとしている。不景気の中で独立し、しかもジャーナリスト稼業から足をあらおうとしている。同僚の記者からは「あいつ何をしようとしているんだ」と不思議がられているかもしれない。でもルールを変えることで勝負に勝てる。僕はこのことが人生の真実であることを、実際の体験を通じて知っている。これからもルールを変え続けて前へ進んでいきたい。ふところは寂しくなるけれど、来年からが楽しみだ。

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