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[書評]「未来改造のススメ」岡田斗司夫・小飼弾【増田(@maskin)真樹】

ガイナックスを設立し、最近ではダイエットで有名になってしまった岡田斗司夫氏と書評ブログの代表選手であるプログラマー小飼弾氏の対談本が本日発売となった。

筆者は通常、こういった流行に乗って手軽に刊行できる対談本には手を出さないのだが、以前からこのお二人の人柄や発想が気になっていたこともあり、さくっとラーメン屋でビール片手に拝読させていただいた。

ゆるい雑談かと思いきや共感できるフレーズが満載、的を得た“視点”が行間に一杯羅列されている。正直言ってしまおう。実はたのんだビールに口を付けるのを忘れてしまうほど夢中になってしまった。

カネ持ち、モノ持ちはもはやダサイ!?

私事で恐縮だが先日、TechWaveチーフブロガー湯川鶴章氏らと話をしている際、「余るほどの金はいらない。仕事を全うして生活に困らない収入が得られることが何より」などということを言いはなってしまった。それは長らく家族の健康問題や育児に悩まされてきた自分の経験上の定義であり、起業プロジェクトに数限りなく関与してきた上での“金”についての自分なりのポリシーから生まれた言葉だ。

未だに起業といえば「上場」」をペアで語る人がIT業界には多い。コンテンツベースのビジネスが表舞台に立ちつつある現在、米ルーカスフィルムのようにプライベートカンパニーで良質の作品を公開し利益を上げる方法だってあるのにもかかわらずだ。
そんなカネについて、本書では、まず二人がこんな台詞が目につく。

小飼さん:究極の価値観というのは、財産の多寡や地位、美醜でもなく、似あっているかどうかだと思います。
岡田さん:金持ちと貧乏人の違いも、役割の違いに過ぎない。

だれもが上場して手広く事業を展開するのが一番だというわけではない。だって考えてみて欲しい。自分が一番尊敬するのは、世界で一番の富豪だろうか?コングロマリットのCEOだろうか?全ての人がそう思っているわけがないと思う。

コンテンツの価値の希薄さ

ただ、そうであるはずなのに、現代人の多くは(僕も含め)なんとなく惨めに感じてしまっているのが現状だ。「こんな能力、こんな経験、こんなコンテンツが提供できるのに」って。

この10年くらいで一般の人がコンテンツを発信する手段が格段に進化した。誰もがブログを書き、写真やイラスト、パフォーマンスを撮影した動画を公開する時代。ライターでなくても新聞やウェブマガに寄稿し、その日から著述業を名乗ることができるようになった。当然のことながら知識や才能といったコンテンツの価値は著しく低下した。それが「惨めさ」の原因だ。

小飼さんはこう言う。「本来コト=コンテンツはいくら消費しても減らない。それを紙に置き換え得るものにしてしまった。いわば詐欺みたいなもの」。ただ、これだけコンテンツが増加すれば価値は減少する。岡田さんは「コンテンツは、金に換えないといけないのだろうか」と問いかける。「100年前の金持ちより、現代の貧乏人のほうが間違いなくいい暮らしをしている。ハングリー精神がないのは当たり前」と。

確かに戦後、著しい成長を遂げた企業の歴史を紐とくと、確かに「その時には無い何かをなし遂げよう」とするハングリーさがあった。私達は恵まれ過ぎてしまったのだろうか。岡田さんは「今のアニメは完成度が高過ぎて、とても自分でやりたいとは思えない」と市場の成熟さを指摘するが、じゃあ、私たちはどこに向って走ればいいのだろうか。

「情報弱者」扱い

2002年だったと記憶するが、慶応大学の湘南藤沢キャンパスでP2Pや著作権に関するシンポジウムに参加したことがある。壇上にはJASRACなど著作権管理側、客席には学生を中心としたデジタル世代。とても印象深かった出来事があった。

学生の一人が「僕等学生のパソコンに入っている音楽は全部(某P2P)~でダウンロードしたもの。それが当たり前。CDパッケージなんて購入するわけないじゃないですか!」といいはなったのだ。

当時の筆者は、坂本龍一さんなどがかかわるブログを運営し、著作権保持者の収益がかなり圧迫していることを聞いていただけに「なんたることか!」と思ったりしたのだが、今は彼らの気持が少しわかる気がする(湘南藤沢キャンパスの周辺に気が効いたCDショップはないし)。他の方法をつくればよかったのに、って。

しかし、今や不正コピーをアップロードする者がヒーロー扱いである。コピーの置き場所を知らなければ「そんなこともしらないの!?」とちょっとしたノケ者扱いだ。当然逮捕されるケースもあるが、余るほどのコンテンツが公開状態に依然ある。これは筆者を含め本当に残念だと思う。一字一句に入魂して家族を養なわないといけないのにって。

ただ、この壁こそが、私達が克服すべき問題の焦点なのだと思う。ここをどうとらえ、前進できるかが。

衝撃、コンテンツはタダでした!

そういった危機感にさらに追い討ちをかけるように両氏は「オマケを付けると売れる」最近の雑誌ビジネスについて言及。岡田さんは「コンテンツはカネを払うものではないということがみんなにばれてしまったんですよ。」とダメ押し。
TechWave自体、そういう雰囲気を持つ媒体で免疫があるはずなのに筆者はこの一言にカウンターパンチを与えられてしまった。小飼さんも「カネって本当に必要なの?」だって(涙)
さらにさらに追い討ちをかけるように「できる人とできない人の格差が広がっている」というトークを展開。
両氏いわく、格差なんて本来はほんの少ししかない。しかし、「ネットで調べました!」みたいな何もしない層が増え過ぎてしまった。それは「ネット不戦敗」だという。何もやってないのに、頭でっかちになってしまい終ってる。彼らを対象にビジネスをするから普通は売れない。そんな無限ループにあるということを、かなしいかな実感する次第。

じゃあ、どうすりゃいいんだ?

実は、こんな切迫した状況を体で感じさせ、生命力をかきたてるのが本書の役割なんじゃないかと思っている。冒頭から相当な焦り、後半に入ると、この状況を前提に、組織や家族、政治などなど実に幅広い議論が展開していく。「トンでもねえ!?」と感じることも多々登場するが、筆者が日頃感じている価値観と通ずるキーワードが多数登場する。すぐにそういう状況が訪れとは到底思えないが、自分なりの価値観で思索するには最高のオカズだと感じるのだ。

小飼さんは最後の方で「できるところからはじめればいい」という。僕は本当にそうだと思う。私の家庭のルールとして子供達には「やるか、やらないかだ」という話をよくする。一歩を踏みだした人には、必ず新しい道が拓けるからだ。

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著者プロフィール:増田(maskin)真樹twitter:maskinmetamix)

 1990年より執筆およびネットメディアクリエイターとして活動を開始。週刊アスキーを初め、日経BP、インプレス、毎日コミュニケーション、ソフトバンク、日経新聞など多数のIT関連雑誌で活躍。
 独立系R&D企業のマーケティング部責任者の後、シリコンバレーで証券情報サービスベンチャーの立ち上げに参画。帰国後、ネットエイジでコンテンツディレクターとして複数のスタートアップに関与。ニフティやソニーなどブログ&SNS国内展開に広く関与。
 現在、複数のメディア系ベンチャー企業にアドバイザー・開発ディレクターとして関与。大手携帯キャリア公式ニュースポータルサイト編集デスク。書き手として、また実業家として長年IT業界に関わる希有な存在。

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