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クラウド音楽サービスがもたらすものは。【伊藤雅啓】

[読了時間:1分]

TechWave塾大阪の受講生の一人である伊藤雅啓さんに、今注目のクラウド音楽サービスについて寄稿していただきました。


伊藤雅啓

 Appleがクラウド音楽サービスの開始に向けてついにSony Music Entertainmentと契約締結したと発表がありました。ワーナー・ミュージック、EMIに続いての事です。UNIVERSAL MUISCとはまだ契約していませんが、こちらも数日中には契約の見込みと伝えられています。

 正直このニュースには驚きました。Sony Pictures EntertainmentがAppleで映画配信を始めた際にもニュースになりましたが、ついに音楽もか!という印象です。先日のPlay Station Networkでの個人流出問題から、QriocityによるMuisc Unlimitedのストリーミング音楽配信に影響があったのかもしれませんが定かではありません。クラウド音楽サービスではAmazon「Cloud Drive」、Google「Music Beta」が発表されアメリカでのみ利用可能になりましたが、この2社はレコード会社とライセンス契約を行っていません。訴訟問題に発展する可能性がある2社に対して出遅れていながらも、大手レコード会社とライセンス契約を交わしたAppleが大きく差をつけた形になります。

 クラウド音楽サービスとは、簡単に説明しますとユーザーが所有する楽曲データを企業のサーバーに保存し、PC、iPhone、Android等のネット接続が可能な様々なデバイスで音楽を楽しめる事を中心にしたサービスです。

 下のグラフはIFPI(International Federation of the Phonographic Industry)による2010年の世界の音楽産業売上高のデータになります。一部の情報しか入手できませんでしたが、まずはフィジカル・パッケージ(CD)をご覧下さい。


 主要国3国の売上高をグラフ化しました。イギリスは1,388百万米ドル(前年比82%)、アメリカは3,635百万米ドル(前年比80%)、日本は4,096百万米ドル(前年比90%)となり2010年のフィジカル・パッケージ(CD)の売上高は日本が1位になりました。

 次のグラフはデジタル配信の売上高になります。

 イギリスは510百万米ドル(前年比118%)、アメリカ3,115百万米ドル(前年比99%)、日本1,246百万米ドル(前年比94%)となり、2010年のデジタル音楽配信の売上高はアメリカが1位となりました。

 これで日本はフィジカル・パッケージの売上高が08年以来ずっと1位となっています。CDが売れないと嘆かれる昨今ですが、世界的に見れば日本はまだCDが売れる国であり、海外から市場が狙われるのも当然の流れになりますね。イギリスのデジタル配信の売上高が前年比118%も非常に気になるデータです。推測に過ぎませんがSpotifyの有料会員が100万人を超えた影響もあると思います。

 世界的にCDの売上は下落傾向にあり、徐々にデジタル音楽配信のシェアが広がってきています。データ化した音楽を聴くのが当たり前の現在、それをクラウドというデータベースに置き様々なデバイスで聴く事ができるサービスは、非常に利便性が高く多くのユーザーに快く受け入れられるものでしょう。そしてオンライン音楽市場で66%を占めるAppleのiTunesが大手レコード会社とライセンス契約を交わしサービス開始となれば、一気に多くのユーザー数を獲得するのは間違いないでしょう。

 そしてもちろん日本に与える影響も大きいでしょう。上のグラフのように日本は世界一CDが売れている国です。もちろん主なビジネスモデルはCD販売の利益によって成り立っています。日本での利用が可能になるにはまだ先の事でしょうが、アメリカからクラウド音楽サービスの利用が普及し始めれば、この流れに抗い続ける事は不可能でしょう。

 しかしこうなるとAppleがクラウド音楽サービスの主導権を握りユーザーを囲い込んでしまうのでしょうか?僕は日本では違う可能性があるのではないかと考えています。アメリカではAmazonとGoogleは大手レコード会社から訴訟問題に発展する可能性もある状況ですが、日本では少し事情が違います。現行法では、利用できるのが特定された個人(ユーザー本人)だけであろうとも、オンラインストレージのサービス提供を行う事業者のサーバーに著作物をアップロードする行為は、不特定者への自動公衆送信がなされているとし公衆送信権侵害により違法だという論理があります。また「公衆」の概念は本来は「私的な領域」の範囲を超える利用に対して権利を及ぼすものの事を言い、私的領域内で著作物が利用される場合においては、著作権が及ぶものではないことが前提とされるべき、という論理もあります。テクノロジーの進化により新たな価値を提供するサービスが生まれても、現在の著作権法に収まらないから全て違法とするのは違うように思います。明らかに著作権者の権利を侵害するものは当然NGですが、音楽だけでなく全ての著作物について、時代に合わせて著作権法の改正も必要ではないでしょうか。

 さて日本で私的領域内の利用としてクラウド音楽サービスが認められれば、Amazon、Googleにもチャンスがありそれは他のサービス提供者もそうだという事になります。そうなれば利便性だけでなく好みのデザインが多くあるとか、クラウド音楽サービスをさらに拡張するもしくはそれを元に新たな価値を提供するなど、競争によりさらなるサービスも生まれてくるかもしれません。多数の有料ユーザーを獲得しビジネスとして成り立つのなら音楽のシェアも生まれてくるかもしれませんね。まだまだ先の事でどんな変化や対応が求められるのか分かりませんが、歴史の転換にいるような面白い時代になってきていますね。きっと新たなビジネスチャンスも多く生まれると思います。

参考:ネット上のフリーミアム型サービスと著作権上の問題についての一考察 ~クラウドコンピューティング技術を背景としたサービスを中心として~(リンク先PDF)

著者プロフィール:伊藤雅啓

1980年生まれ。レコード会社にて広報・PRを担当。
縮小し続ける音楽業界と情報化社会の現在、変化してゆくコミュニケーションとライフスタイルから新たな音楽ビジネスを模索しています。twitterアカウントは@i_T_O_

TechWave塾大阪1期生として湯川氏をはじめ、関西の様々な企業の方たちと意見交換や勉強をさせて頂いています。

蛇足:オレはこう思う

音楽もそうだけど、日本はどの領域でも変化が遅い。変化が速過ぎると傷つく人が出るからだ。これは「周りの人に迷惑をかけない」「周辺の人間に思いやりを持つ」「チームワークで臨む」という美徳からくるもので、ある側面では賞賛されるべきもの。でも、別の角度からは「新規参入者、よそ者に対して厳しい」という見方もできる。変化は速いほうがいいのか、ゆっくりのほうがいいのか。

 悩ましい選択だ。

 ただ一つ言えることは、ゆっくりとした変化は長期的に見れば国際的な競争力を失う結果になりかねないといういこと。結局、ワリを食うのは若者なのかもしれない。

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