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シリコンバレー進出というバブル TechCrunch Disruptに参加して【湯川】

[読了時間:5分]

 世界のIT業界の代表的カンファレンス「TechCrunch Disrupt」の取材で、米サンフランシスコを訪れている。全3日の同カンファレンスのプログラムのうち2日目が終了、スタートアップのコンテスト「スタートアップ・バトルフィールド」の予選通過企業31社の全プレゼンテーションが終わった。3日目はその中から優勝企業が発表されるわけだが、31社を見た上での感じたことなどを書いてみたい。

リアルソーシャルの成熟

 日本ではソーシャルというキーワードが旬なバスワードになっている感じだが、今回のDisruptでは「ソーシャル」というキーワードをメインコンセプトにしたスタートアップ企業は1社もいなかった。それは「ソーシャル」というブームが終わったというより、「ソーシャル」はあって当然のインフラであり、そのインフラを利用して何をすべきか、どうすればそのインブラを最大限に活かせるか、ということに米国のIT企業の関心が移行したからなのだと思われる。

 「ソーシャル」といっても、実名などで本人を特定できる「リアルソーシャル」と、どこのだれだか分からない匿名ユーザー同士の交流という「バーチャルソーシャル」の二種類の「ソーシャル」があるが、「リアルソーシャル」の普及を前提としたサービスが目立った。

 例えばtrippyというサービスは、これから旅行したい都市を宣言しておくと、友人や友人の友人たちの中でその都市出身者や旅行経験者などから訪ねるべき観光名所やレストラン、おみやげなどに関するアイデアやアドバイスが寄せられるというサービスだ。どこのだれだかわからないユーザーからアドバイスが寄せられる「バーチャルソーシャル」なサービスはこれまでにもあったが、trippyは友人や友人の友人という「リアルソーシャル」をベースにしたサービス。本当の友人からのアドバイスなので、親身になったアドバイスや、旅行を計画しているユーザーの性別や家族構成などといったユーザー属性を把握した上でのアドバイスが得られる、といったメリットがある。

 またmeexoというスタートアップは、独身の男女の出会いを促進するオンラインデーティングのサービスを提供しているのだが、「リアルソーシャルグラフ」(自分の本当の友人、知人)に自分が恋人を募集しているいう事実が表示されないように工夫されている。同社はこうした工夫を「リバースソーシャルグラフ」と呼んでいるのだが、これもまたリアルソーシャルが普及したことで可能になった工夫であるわけだ。

 このほかにもこれまでに存在するサービスをより使い勝手よくしたサービスや、社会のどの部分に変革を起こすのかという目的意識のはっきりしたサービスが多く、ソーシャル、特にリアルソーシャルをベースにしたサービスが成熟期に移行しつつあるように思われた。

創業者の解雇


「無給のブロガー」Tシャツを披露し開幕挨拶を終えたアーリントン氏(Photo by Masahiro Honda)

 今回のイベントの直前に、米TechCrunchの創業者で編集長のマイケル・アーリントン氏の辞任が発表された。同氏がTechCrunchというブログメディアを運営しながらベンチャーキャピタル業務に力を入れると発表したことに対し、従来型メディア関係者などから批判が飛び出したことを受けての辞任だった。メディアは中立であるべきと考える人は、記者が特定の企業に出資すれば、ジャーナリズムに不可欠な客観性が失われると考える。一方で同氏はTechCrunchをブログと考え、どの企業に出資しているか公開しておけば、これまで通り執筆を続けられると考えた。ベンチャーキャピタリストがブログで業界動向に論評するのと同じで、それはそれで読者に価値を提供できると考えたわけだ。

 どちらの考えが正しいのか。どちらの考えが今後主流になるのだろうか。こうした論争が起こるのも、メディアが大きな変革期を迎えているからなのだろう。

 僕自身、興味があったのは、同氏は果たして今回の辞任には納得しているのか、それとも親会社の経営陣と意見が対立した上での解雇だったのか、という点。ネット上での情報を見る限りどちらか分からなかったが、イベントで何度も同氏の話し振りを見る限り、後者のように思われた。クビになったわけだ。

 アーリントン氏は「unpaid blogger」というTシャツを着て「お金をもらってないのだから好きなことを書いてもいいだろう」ということを暗に主張したが、果たしてこれからもTechCrunch上で執筆を続けることができるのだろうか。TechCrunchの方向性に影響を与え続けることができるのだろうか。TechCrunchはある意味、アーリントン氏の強烈な個性が売り物のブログメディアである。同氏の舵取りを失ったTechCrunchが、今後もその存在感を維持できるのかどうか。今後の成り行きに注目したい。

だれもがシリコンバレー進出を目指すべきか

 さて米国のTechCrunchのイベントに参加するのは個人的には今回が初めてなのだが、とにかく日本人参加者が多いように思われた。過去に何度もTechCrunchのイベントに参加しているという人に聞いても、今回は特に日本人の参加が多いという。日本のスタートアップ企業の展示も、数多く見かけた。どうやら日本のスタートアップ企業のシリコンバレー進出がちょっとしたブームになっているようだ。いや、ブームというよりバブルに近いものがあるのではないだろうか。

 なぜバブルに近いと思うのかというと、シリコンバレーに進出しようとしても、このままでは結局はシリコンバレーのベンチャーキャピタルから出資を受けられない日本企業が多いように思うからだ。TechCrunch Disruptに参加する前にサムライ・ベンチャー・サミット・イン・シリコンバレーという日本のスタートアップのプレゼンテーションコンテストに参加したのだが、この2つのイベントを比較して、その思いを強くした。

 最初に書いたように米国ではリアルソーシャルのインフラを前提としたサービスが中心になりつつある。これは米国でFacebookというリアルソーシャルなサービスがインフラとして十分に普及しているからだ。まだリアルソーシャルのインフラが十分に普及していない日本のスタートアップ企業が、普及を前提としたサービスをうまく作れないというのは、ある意味当然だと思う。

 また今回一緒にTechCrunch Disruptに参加した日本人の中から、米国人のプレゼンテーションの上手さに対する驚きの声が多く聞かれた。僕自身は一般的に言って米国人のプレゼンテーション能力が高いことは以前から十分に分かっていたが、TechCrunch Disruptとサムライ・ベンチャー・サミットを比較すると確かにその違いは明白だった。いや日本人でもプレゼンテーションが上手な人は多くいるのだが、いかんせん言語の壁は厚く、日本人のプレゼンの中には僕自身、内容を把握できないものが多かった。

 もちろんシリコンバレーに拠点を移すことで米国の環境を肌で感じることができるようになり、英語も上達した上で、米国を中心とした英語圏でのサービスを開発することは可能だ。しかし本当にそういったことに労力を使ってまで、だれもがシリコンバレー進出を目指すべきなのだろうか。

 日本のスタートアップが世界に出ることは大事だと思う。その考えは変わらない。しかしシリコンバレーだけが「世界」ではない。東南アジアに重点を置く「世界展開」があってもいいはず。米国企業になろうと努めなくても、日本企業としての強みを活かした世界展開も可能なはず。今後、日本のスタートアップ企業の世界戦略は、より多様化し、あと半年もすれば猫も杓子もシリコンバレーを目指すという状況にも変化があるだろうと思う。

追記:アーリントン氏はTechCrunchを完全に離れるらしい。今回のイベントにも参加する必要はなかったけど、友情登壇という形のようだ。

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