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フリクルがiTunesStore・AmazonMP3に対応―インディーズ楽曲配信の道が拡大へ【本田】

[読了時間:3分]
 2012年1月5日、アーティスト支援サービス「フリクル」が、iTunes StoreやAmazonMP3などへの配信流通サービスを開始。インディーズ楽曲配信の道がまた一つ増えた。

 国内ではmonster.fm、海外ではTuneCoreやCDBabyが同種サービスとして代表される。フリクルの特徴は、メールマガジンで新曲の音源を無料で配信。収益はライブ・グッズ・ファンクラブ特典などで回収することで、ミュージシャンの活動を支援するフリーミアムモデルをとっていることにある。

 これまでフリクルのメルマガを通じて無料で配信された音源は、一定期間後アクセスが出来ない仕組みだった。今回の配信流通サービスによって、そういった楽曲を大手配信サイトで有料販売でき、音源からも収益の道が開けたことになる。

 配信代行は有料だが、サービス開始に合わせたキャンペーンも同日から始まっている。配信のルールなど詳細は、フリクルのキャンペーンページを参照のこと。

フリクルって何なの?

 読者の中には、そもそもフリクルを知らない方も多いと思う。フリクルとはメールマガジンを起点にした、ファンとミュージシャンを結びつけるサービスである。仕組みを簡単に書くと、以下の通り。

  1. フリクルにミュージシャンが「アーティスト登録」。
  2. リスナーやファンは、そのミュージシャンのメルマガを登録。
  3. メルマガを通じ、ミュージシャンはリスナーやファンに対し定期的に楽曲を無料配信、ライブの告知なども出来る。
    (ここまですべて無料)
  4. ファンがライブに行ったり、グッズを購入したりすることでミュージシャンのビジネスを成立させる。ファンクラブ組成・運営の支援を行うことでフリクルもビジネスとなる。

今回4に音源配信が加わったことになる。


フリクルを運営する株式会社ワールドスケープ代表の海保けんたろー氏(Photo:Masahiro Honda)

 フリクルを作ったのは、メジャーデビューも果たしたバンド「メリディアンローグ」のメンバーだ。テレビ番組のエンディング曲に使われるなど、外から見ると順調に思える彼らがなぜ、このようなサービスを始めたか。そこには、ミュージシャン側から見た音楽産業の現状に対する課題解決がある。

 昨年私は、フリクルを運営する株式会社ワールドスケープ代表の海保けんたろー氏(「メリディアンローグ」のドラマー)へ取材を行った。今日のニュースに合わせ、急遽その模様をまとめた。

メジャーデビューを果たしたミュージシャンが見たものは?

 2003年から活動を開始した「メリディアンローグ」。路上ライブや野外イベントへ積極的に参加することでファンを増やし、インディーズ時代から既に、単独でライブハウスに200人を集客出来るバンドへと成長した。

 そういった活動が評価され、音楽事務所、レコード会社(ユニバーサルレコード)と立て続けに契約。2008年に念願のメジャーデビューを果たした。メジャーデビューとは日本では、特定のレコード会社5・6社のどこかからCDが出ることを意味する。アーティストによって程度にかなり違いはあるが、レコード会社の宣伝により、店頭、その他メディアでの露出の機会は格段に増える。多くのプロミュージシャン志望がまず目指す境地と言っていいだろう。

 「メリディアンローグ」もテレビ番組のエンディングに楽曲が使われ、ゲーム会社とのタイアップも実現した。しかし、そこで「ひたすら現実に直面」(海保)したという。CD売上も思ったより伸びず、ライブの動員にも結びつかず、当然収入にも反映されない。

 楽曲そのものが原因であれば、それは本人たちの問題かもしれない。メンバーも、もっとインパクトがありキャッチーな曲を書くべきか悩んだという。ところが、自分たちよりも凄いと思っていた周りの多くのミュージシャンも収入が乏しいことを知る。ミュージックステーションに出演するレベルでも、バイトをしないと生活出来ない人もいたそうだ。

 テレビに出られるのは特にレコード会社が宣伝費をかけているだけで、それがCD売り上げに繋がるわけではない。昔はCDが売れたため、宣伝費の回収も早く、その分ミュージシャンへの還元サイクルも早かった。が、今はCDが売れる時代ではない。頼みの綱の楽曲ダウンロード販売も、その下げ幅を圧縮するには全く足りず、2010年にはむしろ減ってさえいる。

新曲を無料化する試みーフリクルの誕生

「CDが売れない時代でも、アーティストが音楽活動で収入を得られるように」という想いから、ミュージシャンによって作られた、リスナーとアーティストをダイレクトにつなぐサイトです。

 フリクルを説明するページの冒頭には、こう記されている。

 彼らに音楽の道を諦める選択肢はなかった。どうやれば幸せになれるか? つまりどうやって音楽で喰っていけるかを真剣に話し合ったという。事務所を辞め起業し、フリクルをリリースしたのが2011年5月。

 音源というコピーされるデジタルデータをメインの収益源とするのは遅かれ早かれ無理だと悟った海保氏。では、音源を無料化することで、ミュージシャンはどうやって収益を図るのか。

 コピー出来ないものは体験と物体だと思っている。ミュージシャンにとってそれは、ライブとグッズとファンクラブ特典の3本。

 フリクルは無料音源という点でYouTubeやMyspaceと比べられることがあるが、YouTubeやMyspaceには、その先でミュージシャンに還元させる配慮がないと、海保氏はやや否定的な見解を示している。

なぜメールマガジンなのか

 音源を無料化する代わりに、なるべく効率よくライブ・グッズ・ファンクラブ特典に「流しこむ道筋」として彼らが選んだツールは電子メールだ。

 メールアドレスとの交換という形はどうだろう?無料だけど、アドレスという個人情報だけはもらう。そうすれば、メールマガジンを通じて彼らにプッシュ通知する権利が貰える。それが、音源を無料化した上で、ライブ・グッズ・ファンクラブに効率よく動員する形の良いとこ取り。

メール(メルマガ)はウザい!?
 メールという形式について懐疑的な人も多いかもしれない。メールにこだわる理由を尋ねた。

 コアファンなら、メンバーからメールが来ることは嬉しい。それはマイナスじゃないし、ライトな人にとってはメールが来ることはマイナスかもしれないけど、そこがギリギリ双方のメリットのバランスの取れているポイントだと思っている。YouTubeだとアーティストが喰えない。メールアドレス教えるくらいは頼むよ。

もっと最近のソーシャルメディアとかにしたら?
 mixiのコミュニティで最大1400人のファンを集めた経験から、特定のSNSへの依存はしない方針だ。

 5年経って今はコミュニティの書き込みが止まっている。今一度mixiに力を入れると、もう一度盛り上げることは可能だけど、また5年後どうなの?
 一人のファン個人をピックアップしたとき、mixiに対して、ある時熱くて、その後醒めるというのが問題。これはmixiがどうこうという問題ではなく、5年後Facebookが日本で流行ってるの?という話。

 一方Eメールの長所は、特定の企業のものではないという安心感があることだと言う。

 Eメールの寿命は長いと思っていて、顧客リストをどこに抱えるかという話で、長期的なインフラというのが重要。mixiやTwitter、Facebookに飽きて止める人はいても、Eメールに飽きて止めるという人は現状いない。

 ここで海保氏が展開しているのはソーシャルメディア不要論ではなく、何を使ったとしても、メルマガ読者数を一つのKPIにする戦略であることに留意する必要がある(実際にメリディアンローグにはTwitterアカウントFacebookページ公式サイトもある)。YouTubeで自分たちの楽曲をアップする時も、メルマガ読者増を目的に定めることで、動画下につける説明に何を入れればいいかなど、思考しやすくなるはずだ。最終的にはライブやグッズ、ファンクラブ入会となるが、その手前のランディングとしてメルマガを位置づけられる。

そもそもメールって最近使ってないのでは?

 ネット中毒の人はそうかもしれないけど、そうでない人たちの対応の遅さはすげー遅い。ただ、バンドの人達は両極端。パソコンを持っていないという人もいれば、アンテナの高い人たちもいる。そういう新しいものを積極的に取り入れていく人は、インディーズアーティストの中でも2割ぐらいのイメージ。

今後の目標


アンニュイな表情を浮かべる海保氏

 現状のフリクルで可能なことは、メルマガ登録者に無料で一定期間楽曲を配信し、告知をすることでライブの動員を増やすことが中心だ。この春には、「プレミアム・サポーター機能」と呼ばれるファンクラブ運営代行サービスのリリースが控えている。月額課金されたサポーター(ファン)にミュージシャンは特典を提供、フリクルはグッズなどの梱包・郵送などを代行することで手数料収入を得る。

 フリクルで想定するファンクラブを海保氏は楽園と喩える。それはクローズドの場所で、どれだけミュージシャンへの愛を語っても引かれない。そのアーティストの世界観に浸れる空間だという。

 フリクルを始めたおかげで、ミュージシャンに何か定期収入が入って来たという形に早くしたいと海保氏。
「月5万円でもいい。そういう事例を出せれば。」

蛇足:私が思うに、
 受信箱がほとんど「notification」の溜まり場と化している私のようなユーザーにとって、今更メルマガ!?感は拭えないが、メールは良い意味で枯れた技術。これからフリクルが増やすべきミュージシャンやそのファンにとってはシンプルで分かりやすいし、まだまだ有効なツールだ。

 特定のSNSへの依存を避けるという海保氏の論旨と同様、ミュージシャンの中にはフリクルに依存することへの抵抗感もあるかもしれない。その辺はユーザーデータの書き出しなどで対応出来るだろうし、独自ドメインで運用される自分たちのサイトに集約したいミュージシャンを対象に、フリクルの一部機能をOEM提供するビジネスも可能ではないだろうか。

 昨今、特にクリエイティブ系にとって、単一の業務だけで生活出来る専業としてのプロはほとんど成り立たない。それは写真家である私も同じ境遇だ。音楽の世界はもっと厳しいだろう。しかし、ミリオンヒット連発以外には、建築現場でバイトしながら音楽を続けるか、あるいは夢を諦めて(←この言葉は嫌いだ)平日はネクタイを締めるアマチュアミュージシャンになるしか選択肢がないのは、音楽そのもの(音楽業界という意味ではなく)にとっても損失に違いない。フリクル以外のやり方も含め、インターネットを活用し、このギャップが少しでも埋まることを望むのは私だけではないと思う。

 また、現在フリクルで最も多くのメルマガ購読者を抱えているのは「メリディアンローグ」自身だ。彼らの成功がロールモデルになりうる。しかし、本当の成功は「メリディアンローグ」以上に購読者を増やすミュージシャンがフリクルから排出され、そのミュージシャンが音楽活動を少しでも続けられることである。

 あとはファンにどんな特別の体験を与え、ファン同士が繋がれる仕組みを用意するか。マイナーな音楽であればあるほど、それは貴重だ。そしてグッズといっても、ロゴが違う程度では他のミュージシャンのそれと大差はないコピーである。やり方はいくらでもあるはずだ。この年末年始に読んだ『グレイトフル・デッドにマーケティングを学ぶ』には、そんなヒントが多く散りばめられていた。

著者プロフィール:本田正浩(Masahiro Honda)

写真家、広義の編集者。TechWave副編集長
その髪型から「オカッパ」と呼ばれています。

技術やビジネスよりも人に興味があります。サービスやプロダクトを作った人は、その動機や思いを聞かせて下さい。取材時は結構しっかりと写真を撮ります。

http://www.linkedin.com/in/okappan
iiyamaman[at]gmail.com

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