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2012年2月2-3日にシンガポールで開催されたStartupAsia。これに合わせ、シンガポールを初め東南アジアに進出し出した日本のベンチャー企業を中心に取材を行いました。この地域に対する認識・目標など企業としての考えに加え、アジアで生きる個人としての目線も含めて伺っています。全5回。
第3回目は、TechWave読者には「若者よ、アジアのウミガメとなれ」【加藤順彦ポール】でお馴染みの加藤順彦さん(44歳)。この寄稿で語られた以降の話、シンガポールでの活動についてお聞きしました。
加藤さんは今シンガポールで、スタートアップ企業の支援をしている。前回記事にしたクロスコープ・シンガポールもその一つだ。資本参加もしながら、若者とともに新しいビジネスの創出に奔走の日々を送る。
広告代理店時代に培った、駄目なヤツを見極める眼
2008年にシンガポールに移住し、日本企業のシンガポール進出支援を仲間と共に始めた加藤さん。大手企業が顧客に付き事業的にはうまくいった。またその事業の社会的意義が大きいことも分かっていた。しかし何か物足りない日々が続いていた。
シンガポールに移住し日本企業の進出支援を始めたのは、「裸一貫で僕と五分の勝負を挑経営者」と一緒に新しいビジネスを作りたかったからだ。大企業の「儲かりそうだから」と安全なところからシンガポールに派遣される担当者相手に仕事がしたかったわけではない。移住前に日本国内で16年間経営してきた広告代理店NIKKO(現GMO NIKKO)で感じてきたある種のエクスタシーが、大手企業の進出支援では手に入らなかった。
加藤さんが手がけてきた広告代理店での仕事とはどういうものか。同社の広告主は、大手広告代理店とは取引出来ないような小さな企業、つまり10年後に残るのは1割とも言われるベンチャーばかりであった。加藤さんによると広告の売上の約85%は原価である。広告主が倒産して逃げても、広告代理店はメディアに対しその原価分の支払い義務が生じる。
「相手が大きな会社であれば、取りっぱぐれることはないんですよ。でも僕のお客さんって皆んなベンチャーでした。だから、僕の人を見る目が会社の浮沈に関わっていた。それを16年間やってきた。」
ベンチャー相手では、回収出来ない取引になる可能性が高い。そのリスクを誰が負うのか。Googleの広告のように前払いのカード決裁を除くと、どこかが売掛を引き受けてくれない限り、ベンチャー企業はメディアに広告を出すことは出来ない。
「与信管理能力が一番大事なんです。(会社を回すには)伸びる会社を見つけることよりも、まず潰れる会社と取引しないこと。その一番の方法は潰れる会社を見極める力。それが社長に会うことなんです。僕自身はそれをずっと当たり前のようにやってきた。つまり、人を見極めることがビジネスの醍醐味だと。伸びる人、あるいはダメなやつを見極める」。
それでは、加藤さんは若い経営者の何を見ているかと言うと「ビジネスプランの中身、計画力と実行力。あと志の正しさ。なぜその商売をやろうと思っているのか。それが結構まっすぐであるかないかが、僕にとって非常に重要」
潰れる会社と伸びる会社を見極め、売掛リスクを背負い、彼らの広告戦略やマーケティングを一緒に立案する。それが楽しみであり、しかもその相手が社長や命を張って頑張っている若者であればあるほど燃えていたという。
その一種独特のエクスタシーを思い出したのが2009年の5月。シンガポールに移住してから1年経った時のことだった。
感謝なんかいらない、大きくなって早くここから巣立て
加藤さんの活動を一言で説明するのは難しい。本人によると「ベンチャーのゲームにリスクを取って参加する人、アジアのウミガメを作る人」だそうだ。資本参加もし、金も口も手も動かし「同じ舟に乗る」支援スタイルをとる。先日の記事でも取り上げたクロスコープもその例である。
現在のクロスコープの成り立ちは興味深い。未来予想(現ソーシャルワイヤー)を経営していた矢田峰之氏がネットエイジ(現ngi group)から増資を受ける際、同社が運営していたレンタルオフィス事業クロスコープと、mixi(当時のイー・マーキュリー)が始め、SNS事業の成長に伴いネットエイジに譲渡したニュースリリース配信事業@pressを譲り受け、主要事業の軸足を大きく移した。
未来予想、ネットエイジグループとベンチャー・インキュベーション事業において資本提携を含む包括的業務提携
http://www.socialwire.net/release/268.html(2006年10月26日)
@Press をネットエイジキャピタルパートナーズに譲渡
http://japan.internet.com/finanews/20050817/5.html(2005年8月16日)
いわゆるPIVOTだが、他社が持て余していた有望な事業を引き取るという大胆な方向転換。この決断には、以前から矢田さんと交流のあった加藤さんも「捨てる勇気があり、こういう発想が出来る人は伸びる。また、属人的でなく仕組みでビジネスを作れる人は強い。」と感心したという。
ここから加藤さんは発破を掛ける。クロスコープや@pressをアジアで水平展開しようと。加藤さんのもとには当時既に、シンガポール進出を検討する多くのベンチャー企業が訪れていた。加藤さんが個人的に資本参加するほど興味を持てない企業であっても、インキュベーションスペースを用意し彼らに利用してもらえれば、ここで色々な化学変化が起こり、もちろん仕組みとしてビジネスにもなる。
クロスコープ・シンガポールは2011年7月1日にオープンした。既に44社が入居し、そのうち9割以上が7月以降に新規で作られた会社だそうだ。これからシンガポールに出てくる最初の拠点として利用してもらうことを加藤さんは期待している。
「我々、ここをトキワ荘と呼んでいるんですけど、シンガポールからアジアに伸びて行きたいツクシンボみたいな企業がどんどん切磋琢磨して、うちにはスタートの段階だけ居てもらえれば。DeNAさんは、わずか3ヶ月しかいなかった。どんどん大きくなって、どんどん出ていけばいい。」
特に若い人には「クロスコープ卒業生とか、そんなのはおこがましい。それよりもウミガメになってくれ。一番大事なのは、お前らがロールモデルになることだ。そういう存在であれば本望。それが未来への礎になる。」と伝えている。
アジアでは、今ないビジネスがこれから生まれる
産業には成長サイクルがある。ベトナムは今バイクが氾濫しているが、すぐに車だらけになるだろう。数年前の中国がそうであったように。また、10年前のバンコクには地下鉄(MRT)も高速道路もなく、地獄の渋滞が存在していた。それは今のジャカルタだ。
固定電話が普及しなかった中国は、インフラの安かったPHSがまずは最初にある程度広まり、そこから1G、2Gをあっという間に追い越し3Gが一気に普及し出した。3段飛ばしである。我々が今後アジアで見る進化は、中国の電話網と同様進化が早いため、どの段階が飛ぶかを注意して見る必要があると加藤さんは指摘する。
「(中国の電話網のような)3段飛ばしが、別の産業サイクルの進化とシンクロしてやってくる。そのため、これまでなかったメタモルフォーゼや突然変異が起こる。今までアメリカや日本になかったような、全く新しいものが現れるのではないか。」
加藤さんの見立てでは、今ITによる方法の変化、つまり衣食住の充足の仕方や、価値の共有・交換の方法は、国の発展度合いに関わらず全世界に影響を与えている。しかし、そこで起こる現象はそれぞれの国で異なる。アフリカでは今、携帯電話を使ったP2Pでのお金のやり取りや、給与の支払いが行われている。その点では日本は凌駕されている。国によって全く違う進化を遂げているのだ。
M-Pesa: Kenya’s mobile wallet revolution
http://www.bbc.co.uk/news/business-11793290(2010年11月22日)
こういった世界で同時多発的に起こる変化に、商売のやり方を変えることが出来ない既存プレーヤーはついていけなくなる可能性がある。イノベーションのジレンマだ。それは「守るべきもののないベンチャーにとってのチャンス。スピードという意味だけにおいて。」と加藤さんは語気を強めた。
「大手が参入してくるのは、時間の問題。しかし『時間の問題』というのはいい言葉で、まさに時間が問題。NTTはOCNとしてプロバイダ事業に参入するのに数年かかった。結果的に日本中のプロバイダが潰れたが、もしOCNの登場まで待っていたら、そもそも日本にインターネットは一気に普及しなかった。必要な多産多死のプロセスなんです。」
「だから、今ベンチャーが一生懸命やっていることに意味がある。大手が、ベンチャーが作ったモデルを模倣して後から参入した時に、どちらが勝つかは分からない。富士フィルムはPIVOTして生き残ったけど、コダックは潰れた。」
2012年4月17日(火)夜、故郷大阪に凱旋した加藤さんの講演会が開催予定です。TechWave塾大阪のメンバーも企画に関わっているそうで、詳細が決まり次第こちらでもお知らせします。関西方面の方は是非ご期待ください。
写真家、広義の編集者。TechWave副編集長
その髪型から「オカッパ」と呼ばれています。
技術やビジネスよりも人に興味があります。サービスやプロダクトを作った人は、その動機や思いを聞かせて下さい。取材時は結構しっかりと写真を撮ります。
http://www.linkedin.com/in/okappan
iiyamaman[at]gmail.com