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オープンソースマインドが支えたsinsai.infoの1年―関治之氏インタビュー【本田】

[読了時間:3分]
 あれから、そろそろ1年が経つ。当時、情報の集約・再提示に大きな役割を果たしたウェブサイトがsinsai.infoだ。sinsai.infoは、投稿やTwitterの情報などからなる「レポート」を精査し、位置情報に紐付けて見せるサイトである。発生後しばらくは安否確認、その後はボランティア情報と、中心となる内容も変遷し現在に至っている。Georepublic Japan代表でsinsai.info責任者の関治之氏に、当時を振り返ってもらった。

「結構毎日泣いていました」ーsinsai.infoで駆け抜けた日々

 当日の夕方、職場の六本木から自宅へ歩いて帰宅する途中、OpenStreetMap Foundation Japan(以下OSM)代表理事の三浦さんからメンバーにメールが届く。「何か僕達で出来ることがあるはずだ」と。彼らは、衛星写真を元に現状の地図を作り直す「Crisis Mapping」をハイチ地震の時からやっていた。それを読んだ関さんは「モードが切り替わった」ことを感じた。

 続けて、同団体の東さんが、個人サーバーにインストールしてあったUshahidi(ウシャヒディ)を使ったサイトを公開。Ushahidiとは、これもまたハイチ地震などで使われ、オンラインの地図上で情報の検索・発見を容易にさせるオープンソースソフトウェアである。「そういえばUshahidiがあったな。こっちの方が得意。」と、関さんは早速自分の会社のサーバー(のちにamazonEC2)への移設を買って出、サイト名もsinsai.infoと決まった。


 公開後から殺到するアクセス。Ushahidiは分散が得意なソフトウェアではなく、1-2週間は負荷への対応が中心となった。Twitterなどで集まった数十名のエンジニアたちも加わり、ログからボトルネックになる箇所を探し当てパッチを当てる作業である。一方で、責任者としての役割も果たすようになった関さんは、最盛期には、ともに100名を超す開発者、モデレーターに作業の割り振りをし、対外的なコミュニケーションも受け持った。

 最終的に、1万件を超えるレポートがモデレーターによって集められた。sinsai.info は人がデータを収集するシステムのため、ほとんどのレポートは、人が目で見て確認した結果である。膨大なデータを黙々と集めた人々がいなければ、sinsai.info は成り立たなかった。

 関さんは、あの時の感覚は今でも上手く表現出来ないという。「ものすごくエクストリームな環境で、ものすごく優秀な人たちが集まり、普通の会社じゃ絶対に無理というレベルの、クオリティの高い仕事を皆さんしていた。」その時の光景は感動的でさえあったそうだ。

 一方、状況に突き動かされ、落ち着いて考えられる状況でもなかった。「日々流れてくる悲惨な情報を目にし続けたため、感情の起伏が激しかったです。システム的に上手くいった時や、色々な人から感謝の言葉を貰ったり、助けてくれたりした時とか、結構毎日泣いていました。」

解決出来る適切なサイズを見つけ出すこと


sinsai.info責任者 関治之氏(Photo:Masahiro Honda)

 Ushahidiもオープンソースだ。オープンソースの考え方が、sinsai.infoで中心的に活動した人に共通するキーワードだと私は思う。

エンジニアにとってオープンソースマインドとは?

 「多くの人は、純粋に問題を解くのが好きだと思っています。Rubyのまつもとゆきひろさんが言っていたんですけど、新聞に載っているクロスワードを解くような感覚だと。目の前に適切なサイズの問題があって、それを解くことが楽しい人達がいる。それが結果的に世の中のためになるし、巡り巡って自分の仕事にも繋がったりする。そういう世界なんだと。僕はそこの説明がしっくりきています。だから、あまり大それた事を考えているわけじゃない。」

 エンジニアとして活動していると、オープンソースソフトウェアを使い、この考えに触れる機会は多い。ここには、誰かがオープンソースで作ったものに恩恵を受けたら、自分たちもそこに次の貢献をしていくというサイクルがある。sinsai.infoも、今回の開発で一般的に使えそうなものはushahidi本家に戻しているという。公開されているものに対して、ポジティブなフィードバックをし、良くしようという参加者意識。これがオープンソースマインドだ。

sinsai.infoから学んだことは?

 「ソフトウェアやテクノロジーは、色々なものを解決する力があると改めて感じました。でもそれは道具にしか過ぎない。いかに、対象の人たちと話をして、要求を考えていくかが本当に重要です。」

 「どういう問題を解くのか。凄く良い仕組みであっても、対象領域の問題と合っていなければ役に立たないわけです。また、問題が大きすぎると上手く解決出来なかったりと、適切なサイズの問題かどうかもあります。その重要さが今回よく分かりましたね。」

 しかし、震災自体は相当大きなサイズの問題であった。ある問題に対し、どのような切り口の解決方法を提示出来るか。これはもちろんUshahidiの機能に依るのだが、関さんたちがブレイクダウンしたのは、Twitterではフローとして流れたものを地図にピンで留めることで、ストックの情報に変えることだった。これによって、検索性が増し、情報の質も高められた。一方、原発関連の問題については、手持ちのコマでは最適解が出せないという判断をした。

 他にも学んだことはスピード感だそうだ。ザッカーバーグの名文句「完璧を目指すより、まず終わらせろ」。sinsai.infoは、まさにあの世界だった。

 「実は、あれよりもっといいのは、普段から準備してること。『備えあれば憂いなし』の言葉が身に染みました。ある意味、Ushahidi というオープンソースの仕組みが存在していたことは、世界の経験から生まれた備えと言えるかもしれません。そして、それを前からインストールしていた東さんが本当の功労者。インストールしていなかったら、どういう風に使うとか計画を立てにいってしまって、一日の遅れでは済まなかったと思います。」

これからの目標ーオープンとパブリック

 ティム・オライリーが提唱した「Gov2.0」とは、政府のデータをオープンにしてAPIも公開して、市民生活を良くするサービスをもっと民間が作れるようにしていく考え方である。

 「長期的なテーマにしているのは、『地方自治2.0』と自分で言っているんですけど、自治体と市民ってまるで対立軸のようじゃないですか、もしくはサービス提供者と受給者の関係。それを変えられないかと思っている。自治体が持っているリソースを公開し、予算の利用用途を市民と一緒に考えたり、要望を出せたりするようなプラットフォーム、それをITがサポート出来ないか。」

 ローカルに着目したきっかけは、子供が生まれた時に、住んでいる地域のこと、特に地域の公共サービスのことを何も知らないことに気がついたからだそうだ。これまで位置情報をベースに仕事をやってきたので、それこそローカル情報を、うまく整理して見せられるようにすべきだと。

 「アメリカだと、Localocracyがタウンミーティングのオンライン化というコミュニティを作っていたり、SeeClickFixは、街のバグトラッキングシステムで、道路に開いた穴などをモバイル上で報告すると、自治体が修理完了みたいな報告をしてくれる。そういうことの日本版をやりたい。マインド的な違いも感じますけど、そこを踏まえた上で何かやりたい。」

蛇足:私が思うに、
 今回の取材にあたってのテーマというか、自分が理解したかったことの一つは、エンジニアのマインドやモチベーションです。こういう仕事をしていて言うのも可笑しな話ですが、恐らく私はエンジニアという人間のマインドセットをちゃんと理解出来ていないという自信があります。

 そのことを関さんに投げかけると、関さんは小飼弾さんの言葉を引用し、エンジニアを「マリーン(海兵隊)」に例え、特定の職種の人たちでしか通じない世界観はあるんじゃないかと仰っていました。

 オープンソースという考え方が、エンジニアにおけるボランティア精神の由来なのか、あるいはその逆か。貢献に対する報いのあり方は、フリーミアムモデルや評価経済におけるソーシャル・キャピタルと言い換えられるのかもしれません。いずれにしても、近年のウェブがもたらす経済的な面も含めたインパクトの基盤にはこういった考え方があり、彼らがその主役であることはよく分かりました。

著者プロフィール:本田正浩(Masahiro Honda)

写真家、広義の編集者。TechWave副編集長
その髪型から「オカッパ」と呼ばれています。

技術やビジネスよりも人に興味があります。サービスやプロダクトを作った人は、その動機や思いを聞かせて下さい。取材時は結構しっかりと写真を撮ります。

http://www.linkedin.com/in/okappan
iiyamaman[at]gmail.com

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