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なぜ人はSXSWを目指すのか?世界中のスタートアップがオースティンに向かう理由【井口尊仁】

[読了時間:5分]

 「IT業界のサムライ1000人でSXSWを目指す」ことを目標に、今年は200名もの日本人が訪れたSouth by Southwest(SXSW) 。
 その発起人である頓智ドットCMOの井口さんに、なぜSXSWなのか、その魅力や今年の評価、来年の展望などを総括してもらいました。(本田)

井口尊仁
(@iguchiJP)

 SXSW2012から帰国して数日が経った。今回は200人を越える日本人がSXSWに参加すると言うエポックメイキングな年になった。

 はてなの近藤さんやコミュニティファクトリーの松本さん、DeNAの川田さん、サルガッソーの鈴木さんなど、出展者やメディア関係者以外からも多くの参加があり、オースティンで生々しく体験していることをお互い熱く語り合いながらのサウスバイでもあった。


オースティンコンベンションセンター:生憎天気の悪かったSXSW前半だが、
トレードショー初日からは好天に恵まれた(Photo:Masahiro Honda)

 デニス・クローリー(FoursquareファウンダーCEO)に代表される、全米あるいは世界中から集まった起業家達との遭遇も、ある意味SXSWならではのホットな出来事だった。個人的には、TechCocktailで出逢ったSpringPad、Gauss、KULAなど新進気鋭のスタートアップ達との出会いと対話こそが、最も刺激的で深く学ぶことができた素晴らしい機会だった。

 音楽と映像とインタラクティブのグローバルな祭典SXSWでは、常に何かドラマチックな出来事が物凄い頻度で起こっている。そこにいて、いったい何を働き掛けるのか?は全くの自由だが、ここでただ傍観者でいる事は逆にとても困難だろうし、日本的な「沈黙は金」程つまらないスタンスはないだろう。

 僕自身は2011のSXSWに出展し、パネルディスカッションやピッチバトルだけでなく屋外パフォーマンスやクラブを使ってのミートアップイベントなど、考えられる限りのアクションを試した。今回は残念ながら新製品を持ち込むことができなかったが、新製品リサーチの機会として、多くの知見を得られた事は決して小さなアチーブメントではなかった。

 さて、今回200名を越える日本人が海を渡ったSXSW2012 Austin Texas。人はなぜサウスバイに向かうのか?そして、人はなぜ一度訪れてもそれだけで満足せず、また再度オースティンを目指すのか?


キーノートに登場したinstagram創業者のマイク・クリーガー氏(左)とケビン・シストルム氏
(写真提供:熊坂仁美氏)

SXSWが世界中から数万人を引き寄せる理由は…

 そもそも26年前に地元の有志が始めたとても小さな音楽イベントが、今となっては5万人を超える登録者(と言う事はレジストレーション以外の観衆も大勢来るという事だろう)および3千を越えるメディア、実に数千回を越えるセッションやパネル、ロードショーなどのイベントを誇る世界でも類のないイベントになったのか?(今年は11年目の開催だったインタラクティブの登録者は35,000人)その正確な考察は専門家に任せるとして、ここオースティンに3月初めに決まって訪問することで、多くのクリエーティブな連中が継続的な付き合いを育んでいることには何か深い理由がある筈だ。

 だいたい他に比べられるイベントは非常に限られている。SXSWはビジネスショーなのか?あるいは音楽フェス?はたまたフィルムフェス?それともピッチバトル?ミートアップ?ビジネスコンテスト?スタートアップ・ショーケース?あるいは国際的なトレードショー?答えは全てイエスだ。


MusicとInteractiveの開催期間が重なった3月13日には、スタートアップが
出展するすぐ横でライブ演奏が行われていた。(Photo:Masahiro Honda)

 しかも対象エリアは世界中であり、しかも数千回に及ぶ頻度でユニークなイベントが一週間の間、間断なく行われる。スタートアップが目立つ機会は無数にあり、その機会を活かすのも殺すのも参加する自分達次第だ。

 ガイ・カワサキやロバート・スコーブルが目の前を歩いていたり、PinterestファウンダーやDropboxファウンダーと気軽に対話が出来たり、ブルース・スプリングスティーンのキーノートを聴けるかと思えば、ブルース・スターリングに気軽に質疑応答できる。グーグルのハッカソンに参加した翌日にはワールドプレミアのロードショーに参加する。果たして、こんなイベントが他にあるだろうか?

 だいたいテキサスの州都オースティンという学際都市(人口200万人規模)で、終日音楽演奏と喧噪の中で繰り広げられているという、白日夢の様な状況が目前にあるのを伝える適切な言葉はなかなか無い。


オースティンのベンチャー支援プロジェクトの皆さんと記念撮影:オースティンには、
フェイスブックやアップルなども積極進出している。税制優遇と産学協同が魅力だ。
(写真提供:株式会社洛洛.com)

 ヒトコトで言えば「とにかく体験してみよう!」だ。しかも費用対効果は残念ながら「ノーギャランティ!」、その人の目的意識や行動力、感性やコミュニケーション力(必ずしもイコール英語能力ではない)次第で物凄い成果を得られる人もいれば、何も得られず狐につまれた気分で帰って来る人も少なからずいるだろう。

 つまり、よくあるイベントの様にレギュレーションやルールが明快で、運営プロセスがはっきりしている”コントロールされた”ビジネスカンファレンスとは全く様相が異なっている。かといって単なるらんちき騒ぎではない。

 それがサウスバイの魅力だし、同時に出展慣れ、視察慣れした日本人ビジネスマンには判り辛いポイントだ。創造力を自由に働かせる事こそがここのルールではないだろうか? さて、今回は、せっかくなのでSXSW2012インタラクティブにフォーカスした簡単なレビューと、SXSW2013に向けてのパースペクティブに関して少し触れたい。

Pinterest、Highlight、Glancee…インタラクティブ部門を振り返る

 まず、今年のインタラクティブアワードはPinterestが獲った。それ以外にも多くの注目株が各賞を受賞したのだが、なにしろ象徴的だったのはPinterestだろう。(編注:Pinterestが受賞したのは、アワードの一つで期間中最も話題になった製品に贈られる「BREAKOUT DIGITAL TREND」。)キーノートでも非常に好印象だったファウンダーのにこやかな表情は、今年がまずはPinterest Yearになることを充分に予感させる。

 ただ、PinterestがSXSWビジターの話題を騒然とさせた何かをオースティンで展開提供していたとは言い難い。コレクションをピンボードにまとめるという体験性は、ライブ感溢れるサウスバイには余りフィットしないのかも知れない。

 そういった意味では、TechCrunchが主に取り上げていたHighlightとGlanceeは、かつてのFoursquare対Gowallaの対立図式を彷彿とさせるSXSWデビューだった。その後のフォロー記事でもWrapUpされていたのだが、彼らが本格的にSXSWからグローバル・ローンチ出来たのか?ははなはだ怪しい。

 確かにその製品性は、多くのコアユーザー向けのアピールに成功していたし、肝心の体験性も決して悪くは無かった。多くのポテンシャルフレンドとの出会いが相当な頻度で発生していたし、それは非常に興味深いセレンディピティ的な体験だった。

ロケーション系ソーシャルの最先端を感じよう

 が、かつてのTwitterやFoursquareがもたらしたであろう生態系の広がり感覚や世界が変わるのでは?のインパクトを演出できたのか?そういう視点で見るとすれば、今回に限っては不十分だったと言えるだろう。

 とはいえ、位置情報がソーシャルなネットワーキングに繋がる一定の満足な体験性をもたらせたのは、SXSWならではの環境条件に依る物が大きい。それだけ大量のソーシャルユーザーがオープンに、お互いのチェックイン情報を交換出来る環境がここにはある。次回サウスバイへの参画を目指しているスタートアップは、そういった環境条件をある程度予測したうえでサービスの設計デザインを検討すると良いだろう。

 そういう視点で見ると、TechCocktailに参加していた新機軸のバーチャル通貨KULAは位置情報をサポートしていたし、ロケーション系ソーシャルレコメンドサービスと言えるGaussはHighlightやGlanceeの発展系かも知れない。SpringPadはEvernoteとの競争関係をよく指摘される。

 が、ロケーション付きのストア情報をクリップして友人とシェアできるので、これもロケーション系ソーシャルの機能を有していると言える。こういった状況を敢えてメタ視点で捉えれば、高密度のソーシャルユーザー達が位置情報の充溢したオースティンで、どういった情報探索やコミュニケーションが出来るのか?をサービスとして巧く取り込む事が出来れば、大きな可能性があると言える。

 Compath.meは今年のTechCocktailで日本から唯一参画したスタートアップだが、彼らの提供しているロケーション系ソーシャル機能は、GaussやSpringPadなどと比べても充分に互角な闘いが出来るポテンシャル性を持っている。しかもたった数名のメンバーで、あそこまで高いハードルのスタートアップショーケースに出場をしているのだから、それ相応の高い水準の企画力と行動力を持っている事は明らかだ。


TechCocktail会場の様子(写真提供:Compath.me)

SXSW2013を占うと何が見えて来るだろうか?

 2012のSXSWを振り返って2013のSXSWを睨むとすれば、HighlightやGlanceeが実現し切れなかった位置情報系のセレンディピティの成功を極めるプレイヤーが来年こそは登場する可能性が高い。

 また、ZaarlyやTaskRabbitなどの位置情報系インタレストマッチを新しいビジネスモデルに結実出来るスタートアップの出現は今後益々期待促進されるだろう。日本国内だとWishScopeなどが相当するが、この領域はますますホットになるだろう。SXSW期間内に行われたTechCocktailでもRock Your BlockやSonarなど、この領域で存在感の有るスタートアップが非常に積極的にアピールしていた事を書き加えたい。

 敢えて図式化すると、CtoCを促進するプラットフォームをいかに世界規模で拡張するのか?の命題をクリアー出来るプレイヤー登場への期待がある。現に、NYCでZaarlyやTaskRabbitが成功を収めつつ有る状況が、今後いかに次のステージを整備していくのか?は注意を要する。

 そして、キーワードとしてはいわゆるo2oの領域も目を離せない。直近にはPaypalがSquareの対抗馬になるデバイスをリリースしたばかりだが、リアルのストアが位置情報系ソーシャルを活用して、今までECが担っていた購買の利便性をよりリアルに現実世界で応用する様な流れがますます活性化する。

 今回のSXSWではそういう動きは余り顕在化しなかったが、オースティンの6thストリートでグッズやチケット、あるいは様々なインセンティブやクーポン的なものがO2O的デバイスやサービスを通じて提供される様な状況が現出すると非常に愉しみだ。イノベーター層がこぞって大挙参画する、サウスバイ期間中のオースティンならではの光景が見られる事を期待したい。


オースティンの目抜き通り6th Street(Photo:Masahiro Honda)

SXSW2013は、もう始まっている!

 今までは考えられなかった事だが、今回は多くの日本勢が参加したSXSW。お陰で既に多くのレポートが共有されている。今年は残念ながら上陸出来なかった日本のスタートアップも、SXSW2013には新製品を携えて進出しようと考えているケースが増える事だろう。なにしろ他に類のないイベントだけに想像しづらいのだが、2011の状況を考えると飛躍的に情報が増えているのが素晴らしい。

 とにかく期間も長く行動半径も広いので体力勝負の部分も大いに有るのだが、オースティンは常に若くて何も持たないスタートアップにこそ鷹揚なのだ。逆に金にモノを言わせる様な大手企業の”アイデアを欠いた”アプローチはどうも受けが悪く話題にならない。

 しかも、位置情報とソーシャルを組み合わせた新機軸をぶつけるには最高のグローバルローンチの場になり得るSXSWは、2013年も相変わらずその年のテクノロジー動向を占う一大実験場になることだろう。それこそ1年なんてアッと言う間だし製品を浸透させる期間としては短すぎる位だ。思い立った瞬間が始まりの時になるだろう。若者は南南西に向かおう。2013は是非オースティンで逢おう!


ランチミーティングで参加者を激励する井口尊仁氏(Photo:Masahiro Honda)
著者プロフィール:井口尊仁(いぐちたかひと)

 立命館大学文学部哲学科卒。ソーシャルネットの未来に魅了されて株式会社デジタオを1999年に創業。
 さらに現実空間のソーシャル化を志向して頓智ドット株式会社を2008年に立ち上げる。同年9月に「セカイカメラ」のコンセプトをTechCrunch50にて発表、その一年後に日本にてリリースし、2009年12月には世界77カ国に向けてセカイカメラをローンチ。
 未来ビジョンを現実化するための頓智に総てを賭ける毎日。

蛇足:私が思うに、
【お知らせ】SXSWに関する報告会が2つあります。
 3/23(金)、海外カンファレンス出展レポート ~SXSW × midem × Launch~ #peatix323
これは、midem、Launchという他のカンファレンス参加者と一緒に。SXSWについて、私とCompath.meの安藤さんが登壇します。

 4/5(木)SXSW2012 Look Back Meetup~SXSW2012を振り返り、SXSW2013に向けて多くを語り、多くを学ぶ!
 こちらはSXSWだけの報告会。頓智ドットの井口さんや出展者などと、今年の報告および来年に向けたキックオフ的なイベントです。

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