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人間はもともと狩猟で食料を得ていた。いや人間だけではなくあらゆる動物が生きるための必死の攻防を繰り返してきた。それが人間だけは農業技術を身につけ飢餓の心配がなくなった。さらに工業社会になり豊かになったのはいいことなのだが、その一方で多くの人々の生活は非常に単調なものになった。
生きるか死ぬかというドキドキ感、獲物を得るために工夫する創造の楽しさ、仲間と協力することで得られる一体感、獲物獲得に成功したときの高揚感・・・。狩猟のときに味わっていたこうした感覚を求める気持ちは、今日もわれわれの中に残っている。ところがこうした感覚を現代の日々の生活の中ではなかなか味わえない。
だから人はゲームに没頭する。ゲームに没頭することは人間として自然なことなのである。さらに言ってしまえば、こうした人間の根源的欲求を満たせない今日の社会のほうが間違っているのだ・・・。英文タイトル「Realty is Broken」を直訳すれば「現実社会は壊れている」となる書籍「幸せな未来は「ゲーム」が創る
ゲーム好きの著者からみれば、現実社会は設計に失敗したゲーム、壊れたゲームのようなもの。いつまでたっても同じステージのくり返しだし、ポイントが加算されているのかどうかも分からない。簡単過ぎて達成感がなかったり、難しすぎて挑戦する気にもなれない。こうした「壊れた社会」を、再びワクワクドキドキするものにするには、ゲームの要素を取り入れるべきだし、ゲームをおもしろくする要素を理解しているゲーム愛好者こそがこれからの社会を築く力を持っている、というのが同氏の主張だ。
今流行りのゲーミフィケーションというバズワードは、バッジやポイントでユーザーの行動を誘導するという、どちらかというと小手先の施策のことを指すことが多いが、この本は主に心理学の最先端の研究結果をベースに議論されているのがおもしろい。
社会の価値観の大きな変革期を迎えている日本。やりがいのある仕事をしたい、たのしい仕事をしたい、という人が増えている。自分の気持ちを大事にしたいという人が増える中で、「嫌な仕事でも黙って我慢して続けろ」と説教するだけでは、人は動かなくなってきている。こうした時代を迎えつつある今だからこそ、どのようなゲームの要素が人間の心理に適合しているのか、ゲームの要素を取り込むことでどのように社会を変化させることができるのか。それを知りたいと思い、この本を手に取った。
心理学とゲームが急接近
おもしろかったのは、ポジティブ心理学と呼ばれる新しい心理学の領域の研究の成果が最近のゲームに取り入れられるようになってきた、ということだ。
マイクロソフトのゲーム・テスト研究所を取材した米Wiredの記者は「ゲームスタジオというより、心理学の研究所のようだ」という感想を述べている。
この本によると、ポジティブ心理学の研究の結果、幸福には4つのカテゴリーがあることが分かってきたのだという。
(1)やりがいのある仕事
何にやりがいを見出すかは人によって異なるが、すべての人に共通するやりがいのある仕事とは、「やるべきことが明確になっていて、相当の努力を必要とし、その努力の結果をはっきりと認識できる、夢中になれる仕事」。
ゲームでは明確なゴールとそれに向けて進むべき次のステップがあること。
(2)自己実現
自分の持つ力を実感したい。自分の得意とする分野を認めてもらいたい。成功への希望を持ち続けたい。スキルを継続的に向上させたい。こうした思いを持っているとき、思いが満たされたときに幸福を感じる。
(3)人との絆
どれだけ内向的な人でも、人との絆の中に幸福を感じる。同じ目標に向かって協力し合うことで絆は強くなる。
(4)意味のあること
今やっていることが何か大きな意味を持つ場合に幸福を感じる。たとえ自分がやっていることが小さなことでも、それが人々にとって大きな意味のあることにつながるのであれば、自分なりの貢献を果たしているときに幸福を感じる。
カリフォルニア大学のSonja Lyubomirsky教授は、この内面的な4つの領域が幸福につながることが心理学では分かってきたが、実際の社会は富や名声、外見的美しさばかりを重視していると指摘しているのだそうだ。
人気のあるゲームはすべて、この4つの内面的幸福を追求している。間違っているのは現実社会のほうだと著者のJane McGonigal氏が主張するのはことためだ。同氏は、現実社会の仕事がこうした内面的幸福を提供する形に変化しない限り、人々はゲームに没頭し続けるだろうと指摘している。
また幼いころからゲームに慣れ親しんできた世代は、社会がどのような価値観を植え付けようとしたところで本当の幸福がどのようなものであるのかを理解している。スキルを磨いてレベルアップしていくことがいかに楽しいか、意味のある大きな目標に向かって仲間と協力し努力することがいかに楽しかを知っている。なので意味のない単純作業を押し付ける上の世代の言うことを受け入れないのだという。
ゲーマーこそが勤勉である
ゲーム愛好者を「勤勉」「ハードワーカー」と形容する人は、少ないかもしれない。しかしゲーム愛好者ほど一生懸命ものごとに取り組む人たちはいない、とこの本は主張する。
中国では600万人以上のゲーマーが週に22時間以上ゲームをし、英国、フランス、ドイツの1000万人以上のゲーマーが週に20時間以上、米国の500万人以上が週に平均45時間もゲームをプレーするのだという。
ハーバード大学のTal Ben-Sharhar教授は「ゆっくりと時間を過ごすより活発な時間を過ごすほうが、人は幸福を感じる」と言う。テレビを見るような受け身のリラックスした幸福感よりも、ゲームに真剣に取り組んでいるときの幸福感のほうが大きいという指摘だ。
ものごとに真剣に取り組むことが楽しいことを知っているゲーマーたちは、決して怠け者ではない、ということだ。
すべてのゲームに共通する4つの要素
・ゴール
・ルール
・フィードバックシステム
・自由参加
明確なゴールや目的、そしてゴールへの道を限定するルールが必要。到達方法を限定するルールがあるから、プレーヤーはクリエイティブになり戦略的思考をするようになる。
フィードバックシステムとは、得点やステージのようなもの。フィードバックシステムがあるからこそ、進捗具合が可視化されゴールが達成可能であることが分かる。やる気を維持できるわけだ。
また人から強要されたのではなく自分の意思で自由に参加しているからこそ、ゴールを理解しルールを守る。
ゲーム(現実社会)を楽しくする方法
・障害物
ゲームに比べて現実社会は簡単過ぎることがある。われわれはもっとも合理的で効率のいい方法で、世の中を進んでいこうとする。しかしそれが必ずしも楽しいわけではない。
ゲーマーは必ずしもゲームをクリアすることを望んでいない。クリアすることはゲームが終わることを意味するからだ。自分の能力ギリギリの攻防を長く続けられることが、楽しいゲームであり、楽しい人生である。
・感情を揺さぶる
テレビゲームほど短時間に、それほどお金をかけず、簡単にワクワクドキドキする感情を引き起こせるものは、人類史上存在しなかった。
感情を揺さぶる方法として上記の4つの幸福を感じることのできるようデザインすることが重要だとしている。
ゲームは、単なる時間つぶしではない。社会に変革を起こす21世紀型の仕事の進め方である。ゲーム開発は、単なる技術的なスキルではない。21世紀型のものの考え方、生き方である。著者はそう主張している。
ゲームフィケーションを考える上で、ユーザーの行動データを解析するというやり方だけではなく、心理学の学説をベースにゲーミフィケーションを設計すべきではないのか、と常々考えていたので、なかなかおもしろく読めた。著者の指摘「ゲーム開発とポジティブ心理学とが交わり始めた」ということが本当なら、つまりゲームのデータ解析で分かった人間の心理がポジティブ心理学の研究に実際に利用されているのであれば、非常に興味深い。まさしく「ゲームが未来を創る」のだと思う。
ただ学校や職場の成績順位表や査定などは言ってみればゲームの要素を取り入れているわけで、現実社会にゲームの要素を取り入れること自体、特に目新しい話ではない。教師や管理職は以前から、生徒や部下のやる気を引き出すためにあの手この手を試してきたのだと思う。
でもそれをゲームと割り切って、さらにゲーム化するという主張は確かにおもしろい。僕の世代ならそんなことしても特に変化はないような気がするけど、幼い頃からゲームにどっぷり浸ってきた世代にはそのほうが効果的なのかもしれない。
最近購入したkindle touchを使って英語の電子書籍で読んだので、翻訳バージョンの「幸せな未来は「ゲーム」が創る
とは訳し方が微妙に違うかもしれませんので、ご注意ください。この本の中には、ゲームの要素を取り入れて社会を楽しくする方法がほかにも幾つか提案されているし、それを取り入れたプロジェクトの実例なども紹介されているので、興味のあるかたはお読みください。
あ、それとゲーミフィケーションカンファレンス2012に登壇することが決まりました。主催者にお願いされたので、告知させてください。