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LINE世界展開の前に立ちはだかる中国WeChatの実態【湯川】

[読了時間:4分]

 NHN Japanが開発、運営しているLINEの快進撃が続いている。テック系メディアだけではなくテレビ、新聞などでもLINEが大きく取り上げられるようになっている。

 NHN自体も、LINEでFacebookを超えることを目標にしているし、わたしもFacebookの次の覇権に向けてLINEは最有力候補の1つだと思う。

LINEの強みは集まった「期待」

 その理由については、「時代の読み方:Facebookの次の覇者としてLINE、Weixinが有望な理由【湯川】」という記事に書いた通りだが、簡単に言うと業界の期待が集まっているからだ。LINEプラットフォーム戦略発表会に多くの人の関心が集まり、大きく報道され、それを受けてさらに多くの人の関心が高まっている。こういう状況が、サードパーティによる関連アプリやサービスの開発を促進し、LINEを核にした生態系を活気づけ、その結果、より多くのユーザーがより頻繁にLINEを利用することになる。つまりプラスのスパイラル効果に入るわけだ。


 こうなればもう止まらない。並大抵のことでこのプラスのスパイラルを止めることはできない。この期待値こそがプラットフォーム事業者の強さの根源である。

 なので後発の類似アプリがどれだけかわいいスタンプを載せてこようと、どれだけ便利な写真修正機能を搭載してこようと、LINEからプラットフォームの座を奪取することはかなり難しいと言わざるをえない。後発アプリがかわいいデザインや便利な機能を搭載しても、人気が出れば、NHNが同様のデザインや機能をLINEに搭載してくるだろうし、そうなればその後発アプリはあっという間に人気を奪われてしまうだろう。デザインや機能よりも、ソーシャルグラフ(人間関係のデータ)を持っているところ、ユーザーを持っているところが圧倒的に有利といういことだ。日本国内でソーシャル関連のサービスを作りたいのなら、LINEと戦うのではなくLINEとどう連携するかを考えるほうが現実的だと思う。

アーリーアダプターには理解しにくいスマホネイティブの意味

 次の覇権争いにとってもう1つ大事なことはスマートフォンネイティブである、ということだ。

 NHN幹部もLINEの成功の一番の理由を「スマートフォンネイティブにしたこと」と挙げているが、ただこのことは、パソコンを問題なく使う層には理解しづらいことのようだ。

 NHN Japan幹部が登壇したあるパネル討論会で、LINEの強さの秘訣は「スマートフォンネイティブである」というNHN幹部の説明に対し、パネルの司会者は首を傾げ、具体的にどういうことなのかを何度も聞き返していた。同幹部は少々困った表情で、「PCを使わない人でも直感的に使えるデザイン、機能にするよう気をつけた」と語っていた。それでも司会者は、ピンとこないようだった。

 わたし自身のところにも、なぜスマホネイティブであることがLINEや、中国ネット大手腾讯(Tencent テンシュン tengxun)のWeChatの強みなのか、という質問がよく寄せられる。ユーザー数ではLINEやWeChatを超えるSNSは世界に幾つもある。そうした有力SNSのモバイル版は、使い勝手が悪いわけではない。それどころか機能的にLINE、WeChatに優っているものもある。なのになぜLINE、WeChatばかりを取り上げるのか、という質問だ。

 私自身もNHN幹部の出した答え以上の説明はできない。PCを使っている人に対して「PCが使えない人の気持ちを想像してみてください」としか言えない。ただ私自身もその気持ちが完全に理解できているわけではないので、多くの人が理解できないのも無理はないとも思う。

 そんな私だが、先日Tencentの出したコミュニケーションアプリ「モバイルQQ日本語版」を使ってみて初めて、「PCでネットを利用していない人の気持ちはこうなのか」ということが分かった気がした。

 モバイルQQは、PCベースのコミュニケーションサービスQQのモバイルアプリ版。非常によくできたアプリだと思う。QQ自体もよくできたPCベースのサービスで、メールサービスやホームページホスティングサービスなど各種サービスと連携している。現時点では同じTencentのWeChatよりもモバイルQQのほうが圧倒的に機能が多く便利だと思う。

 ところがモバイルQQのアイコンの幾つかをタップするとPCベースの各種サービスにジャンプする。そのジャンプ先の機能が中国語表記になっているため、なんのことやらよく分からない。あちらこちらによく分からないページへジャンプするアイコンがあるので、なんだか鬱陶しい。

 恐らくPCを使わないユーザーが理解できない機能や表現があちらこちらにあるのと、同じような感覚なのだと思う。

 PCでFacebookに触れたことがないユーザーがFacebookのモバイルアプリで「ニュースフィード」と書かれたアイコンを見たときに、何を意味するのか理解する人はまずいないだろう。そうした戸惑いや鬱陶しさを感じることがないように、初めてSNSに触れる人にも直感的に分かるように設計されているのが、「スマートフォンネイティブ」ということなのだ。

 このことはPCを難なく使える層が思う以上に重要で、 Greeが見事な復活を果たしたのもモバイルに特化したからだし、ソフトバンクと組んだインドの財閥がFacebookを脅威と思わないのもモバイルに特化したSNSの可能性に気づいているからだ。

WeChatは1億2000万人ユーザーで「大成功」、世界展開に向け組織再編

 中国Tencentも同様に「スマホネイティブ」の重要性を感じている。なので既に13億アカウントを持つQQとは別に、スマホネイティブのWeChat(中国語名Weixin)を2011年1月に開発したのだ。WeChatは2012年春には1億人ユーザーを突破した。

 Tencentと取り引きのある某業者によると、Tencentはこれを「大成功」とみなしており、6月に大掛かりな組織再編し、WeChat部隊を格上げし、世界戦略に舵を切ったのだと言う。

 大きな組織再編があったのは事実のようで、わたしが5月に別の関係者を通じてTencentの幹部のインタビューをセットアップしようとしたところ「大きな組織再編の前後なので、しばらく待ってほしい」という返事をもらった。

 では13億アカウントを持つQQを抱えながら、わずか1億ユーザーを獲得したくらいで、なぜTencentは大騒ぎをしているのだろうか。

 恐らくiPhone、Androidという世界的プラットフォームを通じて中国語圏以外でもユーザーが急増することが実証されたからなのだと思う。

 LINEも最初、中東やアジアなどで急速な伸びを示したことに関係者が驚きを隠せなかったが、Tencent幹部が予想しなかったWeChatの伸びが中国本土以外の地域であったのかもしれない。

 今回の取材の中のレクチャー資料にもユーザー数1億人と書いてあったのだが、「まだ1億人なのか」と聞き返すと、「最新の数字は1億2000万人」と教えてくれた。LINEの約3倍のユーザーを抱えていることになる。

数百人の「クレージーなチーム」を率いる天才プログラマー

 私が中国・深圳(シンセンshēnzhen)に本社のあるTencent本社を訪れたのは、7月6日。会ってくれたのは、WeChat・Weixin事業部のトップのすぐ下のマネージャークラスの3人だった。

 事前にいろんな人に聞いたところでは、Tencentのモバイル部門の拠点は北京にあり、深圳本社には一部管理部門しかない、という話だった。

 しかし実際にWeChatチームの本拠地は深圳にあった。

 Tencentの従業員は1万4600人。平均年齢は28歳。従業員の60%はエンジニアという、ものすごい数のエンジニア集団だ。

 3人のマネージャーによると、WeChatチームは、数百人。ほとんどがエンジニアで「朝の3時、4時まで仕事をするクレージーなチームということで中国のIT業界でも話題のチーム」なのだという。LINEのエンジニアは80人から90人という話を聞いたことがあるが、WeChatは10倍近くのエンジニアを抱えていることになる。

 この「クレージーなチーム」を率いるのがAdam Zhang(张小龙)氏。中国で10本の指に入る天才プログラマーだという。

 もともとはFoxmailというメールサービスを開発し自らベンチャー企業を経営していたが、その企業が2005年にTencentに買収されることになり、自身もTencentに入社した。Foxmailはその後QQメールという名称に代わり、中国で既に広く普及していた先行メールサービスをわずか5年で駆逐し、QQメールを中国ナンバーワンのメールサービスにしたのだという。

 同氏の部下のマネジャー3人は、「多くのユーザーは余程のことがない限り、メールサービスを乗り換えないといわれている。それなのにわずか5年で他社を駆逐した手腕はすばらしい」と絶賛する。それだけものすごいスピードで次々と機能強化を進めたのだろう。

 つい最近も世界的に有名な某飲料大手がWeChatに日本円にして十数億円以上の広告出稿を提案してきたのだそうだが、Zhang氏は今はマネタイズの時期にあらずと一蹴したのだそうだ。こうしたことも部下のエンジニアからの尊敬を集めているようで、これだけ人望の厚い天才プログラマーをWeChatチームのトップに置いているということだけ見ても、TencentがWeChatにどれだけ真剣に取り組んでいるのかがうかがえる。

「日本市場も取る。最大の脅威はFacebook」

 Zhang氏のマネタイズよりも機能強化という考えが部署全体に行き渡っているようで、3人のマネジャーは各国のアプリマーケットにおけるダウンロード数をベースにしたランキングよりも、評価をベースにしたレーティングを注目していると語ってくれた。

 今のところマネタイズは一切考えていないようだし、テレビコマーシャルを打つようなプロモーションも考えていないという。あくまでも今は機能強化を急ぎ、プロモーションに頼らず各地でのユーザーの自然増に任せているようだ。

 LINEは日本でテレビ広告を打っている、という話をすると「知っている。LINEがやっていることは全部知ってるよ」という返事。「LINEもわれわれのことを意識していると思う。われわれが搭載した機能をすぐに真似してくるから」と語っていた。

 ただライバルとして意識はしているものの、脅威とは感じていないようで、LINEが今年下期に中国展開を考えていると発表したことについては「ウェルカム。中国市場は簡単な市場ではないけどね」と余裕の態度。WeChatの日本市場攻略については「今は特定の市場のことは意識していない。あくまでも機能強化に全力を注ぎ、ユーザー数は自然増にまかせるつもり。日本市場は参入が簡単そうではないし、この時点でLINEと日本市場で正面衝突することが得策とも思わない。ただいずれ日本市場も取りたいとは思っている」と語ってくれた。

 一方で彼らが脅威と感じているのはFacebookだという。FacebookはPCユーザーを抱えているのでスマートフォンネイティブのアプリを作れないのではないか、と質問すると、「それはそうかもしれないが、彼らは上場したばかりで潤沢な資金を持っている。それを使って有力なサービスを買収してWeChatに対抗してくる可能性もある」と語ってくれた。

プラットフォーム化は「soon. very very soon」

 今はマネタイズを第一に考えていないとしても、LINEが発表したようなプラットフォーム戦略に関しても当然、計画は進めている。API公開は「soon. very, very soon」と話してくれた。

 WeChatというプラットフォームに乗りそうなサードパーティの機能、サービスとしては、まずはゲーム。日本のゲーム会社は「すべての社」がTencentを訪問しているという。次に音楽や各種デジタルメディア、そしてクーポンなどのO2O系サービス。この辺りもLINEと同じ。モバイル・ソーシャルのプラットフォームはやはり、行き着くところはどこも同じということだ。マネタイズの最終形は、そうした各種サードパーティ機能を通じたレベニューシェアが中心になると予想しているようだ。

 プラットフォームの基本理念は「オープン」としているが、オープンと言ってもサードパーティが比較的自由に振る舞えるGoogleのAndroid Play型のプラットフォームと、質を保つために比較的審査が厳しいAppleのAppStore型がある。どちらに近い形のプラットフォームを目指すのかを聞いてみたところ、これから様子を見ながら決めるとしながらも、質を保つためのApple型のプラットフォームのほうが優れた仕組みなのではないか、という考えを示していた。LINEもまずは自社開発アプリや優良企業との提携から始めている。この辺りの考え方は近いのだと思う。

 一方で、基本的な考え方でLINEと大きく異るのは、他のSNSとの連携。LINEは他のSNSと連携しないことで、本当に親しい人のためのクローズドでリアルなソーシャルグラフを維持したいと考えている。一方でWeChatは今後もその地域ごとのSNSと連携し、ローカルSNSの友人関係を簡単にインポートできるボタンを次々と搭載していく考えのようだ。

蛇足:オレはこう思う

 中国は共産党首脳部が権力を持っていて、LINEの中国進出に待ったをかけるのではないか、と主張する人がいるが、そんなことはないだろう。GoogleやFacebook、Twitterは別格。世界的なインフラと呼べるほどに普及している米国発のサービスだからこそ、中国に入る前にストップを掛けられたのであって、LINEの現状では共産党からのストップはかからないだろうし、中国に入って中国ユーザーにLINEが支持されてからLINEを排除するということもないだろう。

 最先端のソーシャルサービスを開発する人の間で「真似した」「真似された」という議論をよく耳にするが、僕からすればそんなことはどっちだっていいと思う。モバイル、ソーシャルの方向性は既に見えていることだし、作っていくべきサービス、マネタイズの方法なんてだれが考えても同じところに行き着くしかない。最初に考えたほうがエライというのは開発者の自己満足に過ぎず、大事なのはユーザーに愛されるサービスをどう作るか。後発であれ、アイデアも真似したのだとしても、価値がなければユーザーに支持されないだろうし、ユーザーに支持されたほうの勝ちだと思う。

 Facebookの次の覇権争いは、WeChatとLINEが今のところ2強であることは間違いないが、ただ既にユーザー数では大きな差があるし、開発体制にも大きな差がある。両方のアプリを触ってみて、個人的には今のところはLINEのほうがよく出来ているというか、かわいくできていると思うが、今後の機能強化で果たして差が出るのかどうか。

 本文に書いたように、プラットフォームの競争は、どっちがかわいい、どっちが便利の単純な競争ではない。今後も発展し続けるという業界やユーザーの期待をより多く集めている方の勝ちになるのだと思う。

 いずれにせよ次の覇権争いはまだ緒戦。ソフトバンクと組んだインドの財閥Bhartiも、モバイルソーシャルなコミュニケーション系アプリを今夏中に出す可能性が高い。いいアプリができれば、インドという巨大市場とアフリカの両方で一気に広がる可能性がある。Bharti SoftBankの戦略担当者を2012年2月に取材したときには、Facebookは既に眼中にはなくTencentを強烈に意識していた。恐らく中国Tencent、インド・ソフトバンク、日本LINEの三つ巴の戦いに発展するのだと思う。

 いずれにせよFacebookの次は、モバイルでソーシャル。その主戦場はシリコンバレーではなく、アジアになる。しかも有力候補の2つが日本関連。ソーシャルゲームでも日本が世界をリードしているし、日本のIT産業関係者にとってめちゃくちゃワクワクする時代になってきた。

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