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脳波で動く「ネコミミ」狂想曲 世界を驚かせたモノづくりは「何一つ思い通りに進まなかった」【湯川】

[読了時間:6分]
29 集中・興奮していれば耳が立ち、リラックスしていれば耳が傾く。人間の脳波と連動する新しいタイプのおもちゃ「ネコミミ」。その開発者の一人、加賀谷友典さんは、ネコミミの開発を振り返って「一言で言えば狂想曲。何一つ思い通りにものごとが進まなかった」と語る。

 狂想曲ー。「形式が一定せず自由な機知に富む小品」だそうだ。

 インターネットの登場で3,4人のチームでも世界をあっと言わせる商品を開発できるようになった。その一方で新しい概念の商品を開発するには、自在に変化する状況に柔軟に対応していく姿勢が必要になる。計画を立てそれに従って開発を進めていくという今までのやり方は一切通用しない。今後、ハード、ソフトに関わらず日本がモノづくりで世界に価値を提供するためには、この「狂想曲の演奏の仕方」を理解しておかなければならないだろう。その1つのモデルケースとして、ネコミミがたどった1年半の軌跡を振り返ってみたい。

人見知りでも、コミュニケーションできるツールって何?

 加賀谷さんは、フリーの新規事業開発プランナー。これまでも大手企業の開発チームに加わって仕事をしてきた。加賀谷さんの関心領域の1つに「ブレイン・コンピューター・インターフェイス」がある。脳波を使ってモノを制御しようという研究分野だ。数年前には大学でこの領域で講義した経験もある。

 ネコミミの開発は、そんな加賀谷さんと、某広告会社の女性プランナー、男性プロジューサーの3人で始まった。ユニット名は、ニューロウェア。会社組織ではなく、有志によるプロジェクトとして立ち上がった。プロジェクトのテーマは「ちょっと未来のコミュニケーション」だった。

 コミュニケーションには言語を使ったものと、非言語のものがあると言われる。言語を使ったものだと、まずは通常の会話。それに加えてメールやチャット、SNSなどという新しいタイプのコミュニケーション手段も登場してきた。

 非言語コミュニケーションだと、顔色、声色、ジェスチャーなどがある。「非言語コミュニケーションでも、まだ一般に使われていないものって、何かあるんじゃないだろうか」ー。

 例えば脳波。脳波をコミュニケーションに使えばどんなことができるようになるんだろうか。そう考えたのが、ネコミミ開発のきっかけだったという。

 脳波を測定するにはセンサーを頭に装着しなければならない。頭に装着しても、違和感のないものでなければならない。

 「かわいいものでいきたい」ー。メンバーの一人、女性プランナーがそう提案した。

 この女性プランナーは、どちらかと言えば人見知り。緊張して自分の思いをうまく伝えられないことがよくあるのだという。自分の気持ちを表現してくれる体の一部がほしい。「オフィスの中でディスプレイで顔が見えないけど、耳が立っていれば集中して仕事をしていることが分かる。頑張っていることが分かる。そんな職場があったら面白いじゃないですか」女性プランナーがそう主張した。

 頭に装着しても違和感がない。どちらかと言えば、かわいいものがいい。それで自分の感情を表現でき、コミュニケーションのきっかけになるもの。

 「ネコミミで行こう!」。

今まで見たこともないものを見たときの衝撃

 まずはプロトタイプ作りから始まった。

 3人は、入手できる限りのネコミミを片っ端から入手した。市販されているネコミミはコスプレで使うものなどを含めてほとんどすべてを購入した。

 次にそれを一つ一つ実際に頭に装着した感じをみてみた。2週間に渡って、気持ちを表現するのにはどの形がいいのかを議論し続けた。結局、コスプレで使われるネコミミのような方向で開発を進めることにした。

 形状の次は動きだ。どういう動きが、感情を表現するのに適しているのだろう。縦に動かしたり、横に動かしたり。さんざん試してみた結果、片方の耳にモーターを2つつけて、前後と横の2軸の動きができるようにしようということで決まった。

 形状と動きが決まったので、このあとはこれをメカに落とし込んでいく作業に入った。ところが、ここで予想外に難航することになる。メーカー3,4社に相談したのだが、すべての社から「そんなものはできない」と突っぱねられた。

 困ったあげく加賀谷さんはアーチスト仲間に相談してみた。「彼ならできるんじゃないか」。一人のロボット作家の名前が挙がった。紹介してもらい、会ってみた。彼は一言、「やれます。やりましょう」。これで4人のチームになった。

 ロボット作家という新しいメンバーも交えたメカ作りが始まった。骨組みを作り、脳波センサーを取り付け、モーターで耳のところの骨組みが動くようにした。しかし、どうもピンと来ない。「何か違うんだよな」。

 そこで画用紙を三角形に切って耳の骨組み部分に貼ってみた。脳波の変化に合わせて画用紙の耳が動き始めた。脳波で動く耳が完成した瞬間だった。

 耳が動き出すと、チーム全員が大笑いした。何がおかしいのかは、よく分からない。分からないのだがおかしくて笑いが止まらなかった。脳波に連動して動く耳。だれも見たことがないようなものを最初に見たことで、独特の感情が沸き起こったのかもしれない。

 これはおもしろい。これで行こう。メンバーが製品化を決めた瞬間だった。

 ネコミミは、角度や形がちょっと変わるだけで、見た人に与える印象がずいぶん異なる。角度や耳の取り付け位置を2,3ミリずつ動かしたりという試行錯誤を、2週間くらいは続けただろうか。やっとメンバー全員が納得のいく外観と動きができあがった。

 ここで完成度80%。ここまで持ってくるのが本当に大変だったと加賀谷さんは振り返る。あとはスマートフォンと接続し全体のバランスとデザインを調整する作業を進めた。これでネコミミのプロトタイプが完成。

 このネコミミのプロトタイプ開発のニュースが、世界中にあっという間に広がっていったのである。

Twitterの盛り上がりが世界のメディアを呼んできた

 ネコミミを関係者以外の人に最初に公開したのは、去年5月ゴールデンウィークの最中だった。吉本興行がゴールデンウィーク中に表参道ヒルズでイベントをするという話を聞きつけ、特別にそのイベント会場に出展させてもらうことになった。

 自分たちはおもしろいと思ったものの、一般の人たちがネコミミをどう受け止めるのかはまったく未知数。そこでIT業界や、製造業とはまったく無縁の、お笑いのイベントにくるような人たちにネコミミで遊んでもらってその反応を見てみることにした。

 連休の前半に来場した人の間で、ネコミミは大絶賛された。そのうちの何人かがTwitterでネコミミのことをつぶやいた。そうした連休前半の来場者のソーシャルメディア上での情報発信がきっかけとなり、連休後半にさらに多くの来場者を集める結果になった。

 連休後半はお昼ごろに会場到着を目指していた加賀谷さんだったが、会場から「今すぐ来てほしい」という急な連絡を受けた。急いで駆けつけてみるとネコミミブースの前に、Twitterなどで聞きつけた人たちの長蛇の行列ができていたのだ。

 そうしたTwitter上での盛り上がりに気づいたのだろうか。英の報道機関ロイター通信が取材にきた。イベント展示を始めて数日後のことだった。

 脳波でコンピューターを制御しようという試みはこれまでにもあったが、脳波をただダダ漏れ状態にしてコミュケーションのきっかけにしようという試みは世界でも初めてのようだった。

 このロイター通信の報道をきっかけにTech系のメディアはもちろんのこと世界中のメディアに取り上げられることになった。一日に100通ほどの問い合わせがメールで送られてくるようになった。ほとんどすべてのメールは英語だし、一日に100通も返信できるわけもなかった。

 イベントでの限定的な一般公開からわずか2週間で、この騒ぎ。これから大変なことが起こるのではないかと予感させるには十分だった。

 加賀谷さんたちは、ネコミミを単なる「奇抜な実験」に終わらせるつもりはなかった。「実験プロジェクトに埋もれたくはないと思ったので、ブランディングはしっかりやっていきたいと最初から思っていました」。プロジェクトチーム「ニューロウエア」のウェブサイトは早くから立ち上げていたし、ネコミミの動画もしっかりと作りYouTubeにアップした。マスコミが騒いでも、すぐに提供できるようなニュース素材を最初から用意していた。ちなみにネコミミの動画はYouTube上でこれまでに300万回以上も再生されているのだという。

ネコミミ世界へ オランダ王室も熱狂

 世界中のメディアに取り上げられたことで、加賀谷さんやニューロウエアのチームは世界中のイベントに呼ばれることになった。

 フランスにJapan Expoという日本のアニメなどの文化の祭典がある。二、三日の会期で20万人くらい来場する大きなイベントだ。そのイベントに参加することになった。

 海外の人に試してもらうのは初めて。海外の人はどう反応するのだろうと気になったが、皆、ノリがよく、大喜びで遊んでくれた。

 オランダで開催されたCinekidと呼ばれるイベントにも、招待された。デジタルと映画と子供をテーマにしたイベントだ。このイベントの初日には、オランダの国営放送が取材に来た。

 あるとき、Cinekidのイベント会場が物々しい雰囲気に包まれた。あちらこちららに黒い服を着た警備員が配置された。なんとオランダの王子一家がネコミミを試しにイベントにやってきたのだった。王子の娘のプリンセスたちが、ネコミミで遊びたいと言い出したのだそうだ。

 東京ゲームショーにも出展したし、SimCityの作者Will Wright氏にもネコミミを試してもらい議論した。坂本龍一さんのような著名人も興味を持ってくれたし、Time誌からは「best invention of the year 50」にネコミミが選ばれたという連絡ももらった。「高校時代に英語の勉強のために必死で読んでいたTimeで、まさか自分たちのプロダクトが入賞するとは思ってもいなかった」。

 夢のような刺激的な出来事が次々と起こる。2011年はそんな1年になった。

結果を予想できないものしか新しいものにはならない

 そのころからネコミミを商品化したいという話をもらうようになった。大手メーカーなどからも話がきてある程度までプロジェクトが進んだこともあったが、結局実現することはなかった。

 紆余曲折の末、大手メーカーではなく、脳波センサーのチップを開発している米ベンチャー企業のニューロスカイ社に製品化を任せることにした。

 任せたものの、実際には何一つ思い通りには進まなかった。

 まずプロトタイプで作ったデザインを一から設計し直す必要があった。最も大きな変更点は、専用のスマートフォンアプリをなくしたことだった。プロトタイプ版ではアプリで自分の脳波を見ることができるようにしてあったのだが、多くの人が試すのを見ると、どうやら脳波をアプリで確認しなくても面白さが伝わることがわかった。

 スマホ連動を不要にしたことでブルートゥース通信の部品が不要になり大幅なコストダウンというメリットもあった。

 次は、モーターを2軸から1軸にした。モーターは故障の可能性がある。2つ搭載すれば故障の率も高まるという話になった。台湾の受託製造工場と電話会議を繰り返し、1軸でも違和感のない形状とモーションを開発していった。

 バッテリーも問題だった。リチウムポリマー電池は小型でいいのだが、発火の心配がありリスクが大き過ぎる。そこで乾電池にするしかなかった。

 頭の大きさの違う人にも合うようにするにはどうすればいいのか。パッケージは、どうすべきか。発売元、製造元と、ことごとく意見が食い違った。1つの問題を解決すれば、それが新しい問題を作った。

 「例えるならば、ライブであり即興。完全に新しいものを作るときには計画は立てられないということを痛感しました」と加賀谷さんは言う。論理も因果も関係ない。過去の例だとこうだから、ということが一切通用しない。「答えがないんです。何かを狙っても結果が出るわけじゃないんです」。

 すべてが終わったあとで振り返ってみれば「これは、こういう理由でうまく行った」と後付けで説明できるかもしれない。しかしその過程の中においては、ただ無我夢中で進むだけ。何が答えか分からないなか、柔軟に対応できるセンスと柔軟な体制だけを武器に、前進するしかない。

 一方でこのことはチャンスでもある。「新しい環境が始まっているんだと思います。数人のチームでも世界と渡り合ってモノを作れる。世界中のパートナーでディスカッションして、開発を進めることができる」。

 もしネコミミの開発を通じて学んだことがあるとすれば、それは「不確実性の重要さ」だと加賀谷さんは言う。こういう製品は受けるんじゃないか、売れるんじゃないか、最初からそう分かる製品は新しい価値を生み出す製品にはならない。理解できるということは、過去の延長でしかない。

 どういうものになるのかは分からない状態の中で、まるで狂想曲を奏でるように多くのパートナー、ユーザーとインタラクションを繰り返す中で製品にまとめていく。それが、ハード、ソフトを含めたこれからのモノづくりの形になるのではないだろうか。加賀谷さんはそう感じている。

蛇足:オレはこう思う

 大きなコストをかけて優秀な開発チームを持つ大企業が新製品を作る時代から、少人数のチームがユーザーの反応を見ながらネットを通じてコストをかけずに新製品を作る時代へ。

 「一見ヒットしそうなものは、まずヒットしない。ヒットするのかどうかまったく読めないアイデア、わけが分からないものを、仲間、ユーザーとのインタラクションの中で形にしていくしかない」ー。そんな話を聞く機会が増えてきた。

 インターネットの登場で、モノづくりの方法が明らかに変化してきたんだと思う。

 成功のための方程式はない。もしあるとすれば、計画を立てずに柔軟に変化しながら進んでいくチームを作れるのかどうか、ということなのかもしれない。

 この新しいモノづくりの形って、ちょっと面白そうなんで、これからいろいろ調べてみようと思う。

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