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【解説】LINE国内3000万人超えが意味すること【湯川】

[読了時間:5分]

 LINEの登録ユーザー数が2010/10/24時点で世界7000万人、国内3200万人を超えた。これまで国内のネット業界では「2000万人の壁」があるといわれてきた。ユーザー数をどれほど急速に伸ばすことができたネットサービスでも、2000万人台に達したころから成長が鈍化し3000万人台に達するのは困難だという経験則だ。ところがLINEはついに3000万人台に乗ったわけで、来年には日本人の半分以上がLINEでつながる可能性だってある。

 日本人の半分がソーシャルメディアでつながる日ー。果たしてどのような社会変化が起こり、どのようなサービス、ビジネスにチャンスが訪れるのだろうか。

ソーシャル〇〇アプリにチャンスはなくなる?

 TechWaveに記事を書いていることで、スタートアップ、大企業にかかわらずいろいろな企業から、ソーシャル系の新作のアプリのご紹介をいただくことが多い。

 そうしたアプリが成功する確率はますます低くなると思う。


 もともとソーシャル系アプリはマネタイズが難しい。それでもシリコンバレーを始め世界中のスタートアップが競うようにソーシャル系アプリを手がけていたのは、PC領域でのGoogleやFacebookのように圧倒的影響力を持つ企業がモバイルの領域には存在しなかったからだ。モバイル領域での大きな影響力を持つ企業になれるかもしれない。そう考えてスタートアップはモバイルアプリを開発してきたし、投資家は出資してきたわけだ。

 しかしモバイル領域では、LINEが抜きに出た。LINEが覇権を握ったかどうかはまだ異論があるところだが、DeNAがLINE風のコミュニケーションアプリ「comm(コム)」をリリースしてきたし、モバイルのコミュニケーションの領域は、資金力のある大手が正面から衝突しあう激戦区になったという見方に異論はないだろう。

 こうなると資金力のないスタートアップは今まで以上に厳しい戦いを迫られるようになる。

コミュニケーションサービスのマネタイズ

 LINEやcommのようなソーシャルコミュニケーションアプリは、どうマネタイズするのだろうか。

 2つ可能性がある。1つは、中国ネット最大手Tencentのやり方だ。TencentはQQと呼ばれるメッセージングサービスを持っている。QQの登録ユーザー数は13億人、中国では電話、メール以上に利用されるコミュニケーションツールだ。

 QQ自体は無料なのだが、TencentはQQ以外にも電子メール、ゲームプラットフォーム、SNS、ECサイト、決済など、ありとあらゆるネット事業を展開している。TencentのこれらのサービスはQQの普及率をバネに、後発であってもQQと連携することで、あっと言う間にトップサービスになってしまう。

 先発のスタートアップからは「モノマネ」という批判が上がっているようだが、大事なのはユーザーの支持。「モノマネ」であってもQQと連携したサービスのほうが便利だ、とユーザーが支持するのであれば、これはどうしようもない。

 もしLINEやcommが、Tencentのやり方を踏襲してくれば、ソーシャル〇〇と呼ばれるようなサービスは、LINEやcommが同様の機能を搭載することで、あっという間に敗退してしまうだろう。自分で考えたビジネスモデルであっても、それは比較優位性にはならない。ビジネスモデルのアイデアを競う時代は、既に終わっている。

ソーシャル広告がマスメディア広告を凌駕する?

 もう1つのマネタイズの可能性はソーシャル広告だ。

 ネット広告はこれまでターゲティングの精度を競ってきた。ユーザーの検索履歴、サイト閲覧履歴から、一人ひとりのユーザーがどのような情報を必要としているのか、どんな商品に興味があるのかを推測し、一人ひとりに合った広告を表示するという考え方だ。

 ソーシャルメディアを利用するユーザーが増え、だれとだれが友人関係にあるのか、といったデータまで収集できるようになり、ターゲティングの精度がさらに向上することを期待する意見もある。

 一方でターゲティング精度向上以外のメリットを期待する意見もある。GoogleからFacebookに移籍し「Grouped」という書籍を執筆したPaul Adams氏は、少人数の仲のいいグループの中での情報の流れを重視している。マスコミやインフルエンサーよりも、仲のいい友人を通じた情報伝播のほうが影響力を持つ、と主張する。仲のいい友人間で情報が流れ購買活動につながる仕組みを「ソーシャル広告」と定義すると、同氏は、ソーシャル広告が2010年代の米国の広告マーケティング業界の最も重要なテーマになると主張している。(関連記事:インフルエンサーより「仲のいい少人数グループ重視」の時代へ 書評「Grouped」

 ソーシャル広告とは具体的にどんなものなのかというと、日本ではバスキュールが手がけているmixi Xmasや、Nike idのキャンペーンがソーシャル広告の最先端事例だと思う。(関連記事:ソーシャル広告世界最先端 mixi Xmas、NikeiDを成功させたバスキュールが見る未来の広告とは【湯川】

 「もし」LINEが日本人の半分以上に普及し、「もし」ソーシャル広告の仕組みの構築に成功すれば、どうなるのだろう。この2つの「もし」が成立すれば、マスメディア向け広告予算がネット広告に流れるかもしれない。

 専門家であればあるほど、「そんなことはない」と反論するだろう。インターネットが普及し始めたころから「ネット広告がマスメディア広告を超える」という意見があった。だがその兆しは一向に見えず、ネット広告市場はマスメディア広告市場の足元にも及ばない状況が続いている。この経験から専門家は、こうした予測に反発するわけだ。

 しかしこれまでのインターネットはごく一部のユーザーのものでしかなかった。また情報はポータルやニュースサイトからの一方通行が多く、ネットならではの双方向の流れは比較的少なかった。

 そんな中、スマートフォンの普及でLINEは「2000万人の壁」という経験則を打ち破った。LINEのユーザーは、ものすごい勢いで双方向の情報のやり取りを始めた。この傾向が続いても「ネット広告はマスメディア広告を超えない」という経験則を主張し続けられるだろうか。

すべての企業はメディアになり、すべてのメディアはコミュニティになる

 とはいうもののわたし自身は、ネット広告がマスメディア広告を今すぐ抜き去るとは考えていない。日本人の過半数が1つのソーシャルインフラにつながるようになるかもしれないという1つ目の「もし」は、来年には実現するかもしれない。だが効果的なソーシャル広告の枠組みが完成するという2つ目の「もし」が実現するまでには、まだしばらくかかるように思う。

 2つ目の「もし」がすぐに実現しないとしても、1つ目の「もし」が実現し、過半数の人口が1つのソーシャルインフラにつながれば、社会はどう変化するのだろうか。

 わたしはすべての企業がメディアになり、すべてのメディアがコミュニティになるのではないかと考えている。

 メディアからの一方通行の情報の流れより、消費者同士の横の情報の流れのほうが影響力を持ったとき、消費者に愛されるということが今まで以上に企業にとって重要になる。企業は自らより多くの情報を発信し(メディア化)、ユーザーとの絆を構築していかなければならないだろう(コミュニティ化)。

 スタートアップにとっては、ここに大きなビジネスチャンスがあると思う。ソーシャルのインフラを利用する形で既存企業を支援する仕組みを作るのもよし、既存の業界のあり方を破壊する枠組みを作り出すのもよし。シリコンバレー風のソーシャル〇〇といった「イケてる」風のアプリを開発するよりも、よほど大きな可能性があると思う。

 モバイルでソーシャルのインフラが普及するということは、ネットの歴史的に見ても大きなパラダイムの変化なのだと思う。Googleが登場したときよりも大きな変化かもしれない。経験の長い者ほど、経験が邪魔をしてこの変化を読み誤る可能性がある。それは新規参入者にとって大きなチャンスである。

 LINEのユーザーが人口の半数を超えるまで、あと半年から1年。発想の転換までに、時間が余っているわけではない。

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