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マーケティングとは「ビヘイビア」を変えること― ad:tech kansai keynote レポート(1) Office WaDa 和田浩子氏

2017年7月18日からの3日間、京都、大阪、神戸を周遊して開催されたアドテック関西2017。

初日の京都会場でオープニングを飾るキーノート講演にP&Gのマーケターとして、数々の商品のマーケティングを行い、日本人で初めて米プロクター・アンド・ギャンブル社のヴァイアス・プレジデントになったOffice WaDaの和田浩子 氏が登壇した。

「マーケターにとっては毎日がマーケティング。イベントに参加して満足するだけではいけない」 (Office WaDa代表 和田浩子氏)

「ブランドはイノベーションとどう向き合うべきか」というタイトルのこの講演、満席の客席に向かった彼女は冒頭から京都のマーケターたちに檄を飛ばす。

現在はマーケティングやマネジメントのコンサルタントとして活動し、島津製作所の社外取締役として京都にも縁のある彼女であるが、P&G時代に育てたマーケターたちは関西の多くの企業のマーケティング責任者を務めている。彼らが学んだ和田流のマーケティングとは一体何なのか。

「ビヘイビア」を変えること

「マーケティングとは、エンドユーザーのビヘイビアを変えることです。ビヘイビア、つまりエンドユーザーの日常生活の“振る舞い”をいかに変えるのかがマーケターの仕事です。

マーケティングという言葉と同様、“ブランド化”という言葉もよく使われますが、この二つはほとんど同じ意味です。商品やブランドの名前を聞いたら瞬時にエンドユーザーがブランドイメージを思い浮かべることができる状態がブランド化した状態。

製品やサービスの優れている点やユニークな点をいつでも思い出してもらえるようにするためには、耳にタコができるくらい同じことを繰り返し発信していく必要があります。ですから、一度決めたら数年間はマーケティングの方向性を変えてはいけません」(和田氏)。

エンドユーザーに発信をしていても、反応が芳しくなければつい新しい施策や新しいメッセージを試してみたくなるものだが、堪えて数年間同じことをし続けなければいけないという。その間信じて発信しづけるためにはブランドの軸の設定が重要であろう。

「コンセプト設定という言葉よりも私は“ポジショニング”という言葉が好き。自分たちのブランドの立ち位置を一つに設定して、そこに集中するということ。ターゲットはとにかく狭めて、その“買わざるを得ない人”に対して自分たちのユニークさを伝えます。

特に日本の人たちは“なぜいいのか”の根拠を提示すると伝わりやすいので、テキスト化して送り出すのです。しかも、今の若年層のツイッター利用度はとても高いですよね。一時期はビジュアルの時代だと言われていましたが、ツイッターでのコミュニケーションに慣れ親しむ今は再びテキストの時代です」(和田氏)。

商品を使うか使わないかの境界線にいる人たちにアプローチ

若年層へのアプローチについて言えば和田氏はP&G時代に生理用品ブランド「ウイスパー」を育てた経験を持っている。

「ウイスパーは後発ブランド。後発ということはすでに市場の多くを別のブランドが占有している状態で、エンドユーザーの誰からも望まれていないにも関わらず市場で戦わねばいけないということです。

競合から切り離すためには製品が力を持っているというのは大前提ですが、そこでもマーケティングとしてユニークなものを選ぶ必要があります。ウイスパーは“ポイントオブエントリー”の人たちを狙う戦略を選びました。ブランドの商品を使うか使わないかの境界線にいる人たちにメッセージを発信する施策です。

つまり、小学校5〜6年生の女子児童。身体の成長と共に生理用品を使い始める彼女たちですが、繊細なテーマですので、それはそれは骨の折れる戦略です。当事者である小学校高学年の女の子たちや、小学校の保健の先生のインタビューなど行いリサーチを進めました。時間もお金もとてもかかりましたが、それゆえ面倒で誰もやったことのない、競合も避けている戦略だったのです」(和田氏)。

ポイントオブエントリーを狙う戦略は化粧品やアパレルのハイブランドも実施しており、充てられる予算は年間予算のうち1割から2割近くに上るという。次世代のエンドユーザーを発掘し、育てることはブランドを息の長いものにするためには必要不可欠なものであるが、さらにそれを“不滅”にするためにはイノベーションが必要だと和田氏は言う。

ブランドを不滅にするために必要なこと

「ターゲットとして定めたエンドユーザーを理解し、自分たちの製品、競合の製品を理解し、そこにイノベーションを加えることでブランドは不滅の命を得ます。イノベーションはあらゆる分野に起こす必要がありますから、商品開発や原料調達の部門もマーケティングの視点を持たねばなりません。マーケティング部門も自分たちの仕事は広告宣伝だけだと思わないでしっかりと開発にも踏み込んでいくこと。自分たちの商品が分解できるものであれば一度バラバラにしてみて、さらに研究所にインタビューしにいくくらいのことは当然必要な作業です」(和田氏)。

さらにイノベーションに必要なものとして講演の中で和田氏は「多様性」を挙げた。

「昨今、女性に関係するマーケティングで大きな失敗をし、バッシングを受けるブランドやクリエイティブが非常に多いですが、私からみたらバカじゃないかとすら思います。どうして世の中に発信する前に人々の悪い琴線に触れないか確認しなかったのでしょうか。もしかしたら女性は嫌がるかも、と発言する人がチームにいなかったのでしょうか。おそらく、作ったチームが多様性のあるチームではなかったのではなかったのでしょう。イノベーションは違う視線をたくさん持った多様性あるチームから生まれます。どうか画一的な組織にならないようにしてください」(和田氏)。

講演の最後までマーケティング業界を叱咤激励した和田氏。立ち位置を定め、根気強く発信し、イノベーションを加えてブランドの命を不滅のものにする。そのためには彼女のようなパワーと信念をマーケターひとりひとりが持つ必要があるのではないか。そのパワーの一端を会場で垣間見ることができたマーケターたちが今後どのようなブランドを生み出していくのか楽しみである。

プロフィール

和田浩子 (Office WaDa)
大分県生まれ。大阪外国語大学英語学科卒業。在学中イギリス留学。1977年、P&Gサンホーム社(元・P&Gファー・イースト社)入社。女性として初めてのマネジメントキャリアとして、マーケティング部に配属される。「ウイスパー」を日本市場でトップブランドに育て上げた実績を持つ。新規事業のヘアケア新製品「パンテーン」「ヴィダルサスーン」の立ち上げや「パンパース」の立て直しなどを手がけ、P&Gファー・イースト社の業績を伸ばす。1995年、その実績が認められ、当時のP&Gジャパンの最大プロフィットセンターである紙製品事業部担当のジェネラルマネジャーに昇格。1998年、日本人で初めて米プロクター・アンド・ギャンブル社のヴァイアス・プレジデント、コーポレートニューベンチャー・アジア担当になる。P&G在職中は、常に日本人のパイオニアとして、組織や仕組み作りにも尽力した。2000年、Global Leadership Councilに最初の日本人として入会。
その後、ダイソン日本支社の代表取締役社長、日本トイザらス代表取締役社長兼最高業務執行責任者(COO)を経て、2004年10月には、米経済誌「フォーチュン」のアメリカを除く世界で一番パワフルなビジネスウーマン50傑に選ばれる。2005年 Office WaDa設立。マーケティングやマネジメント分野のコンサルタントとして活動している。また、現在、株式会社島津製作所社外取締役、株式会社ウォーターデザイン顧問。

【関連URL】
・特集 ad:tech kansai 2017
http://techwave.jp/category/features/adtech-kansai-2017

蛇足:私はこう思いました
 登場した瞬間に満席の会場がピリリと緊張に包まれたのがとにかく印象的でした。関西だけでなく日本を代表する現役マーケターたちをP&Gで育て上げ、ご自身も最前線のマーケターの和田氏の言葉はどれも辛辣。しかし、よくよく咀嚼してみると「自社商品のことを誰よりも知っているか」「ターゲットをむやみに広げていないか」「不安ゆえにメッセージをコロコロと変えていないか」などマーケティングの基本とも言えるメッセージにハッとさせられます。会場中を初心に帰らせるパワフルなスピーチでした。
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