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先達たるアパレル業界に訊くコンテンツマーケティングのこれから― ad:tech kansai keynoteレポート(2)ワコール 猪熊敏博氏・スクリイム・ラウダア ナカヤマン。氏

2017年7月18日からの3日間、京都、大阪、神戸を周遊して開催されたアドテック関西2017。初日の京都会場ではアドテック史上でも異例となるリレー形式でのKeynote講演が行われた。はじめにワコール株式会社執行役員総合企画室広報・宣伝部部長 猪熊敏博氏が登壇し、Keynoteテーマである「インスタグラムとインフルエンサーマーケティングは本当に重要か」という議題に入る前に考えるべき広告との向き合い方について語った。

株式会社ワコール執行役員総合企画室 広報・宣伝部部長 猪熊敏博 氏

良質な情報をどう届けるか

「広告は文化だという言葉がありますが、今の生活者たちの中には広告に積極的に関わりたくないという人が少なくありません。情報は自分で取りに行かなければいけなかった時代から、好きな情報が選べる時代になったにも関わらず、“売上につなげたい!”という直接的なメッセージが強くなりすぎていないでしょうか。狭いターゲットに届けられるようになったからこそ“For You”という思いやストーリーがしっかり込められたものにしなければ、“スマホをいじっていたら偶然目に入った”という感覚の生活者は共感してくれません」(ワコール 猪熊 氏)

態度変容を起こすことは非常に難しいが、良質なクリエイティブやアイディアを作っていくことはできる。その手間暇をかけて作った情報をどのように届けていくのかを考えなければいけないという猪熊氏の問題提起を受けて、バトンがナカヤマン。 氏に回った。

「何か物を作った時の発信メディアはツイッターがいいのか、自社サイトがいいのか、Instagramがいいのか、“どう選ぼう”と考えていませんか。でも、“どう組み合わせようか”に考え方を変えてみてはどうでしょう。思考を変えると仕組みづくりを考えることができます」(ナカヤマン。氏)

ナカヤマン。氏はファッション領域に特化したデジタルエージェンシーを率いるクリエイターとして、ルイ・ヴィトン、グッチ、ディオールなどの海外メゾンブランドやGUなどマスブランドまで幅広いパートナーとのビジネスを展開して来た経歴の持ち主である。ビジュアルがどの業界よりも重視されるファッション業界は、デジタルマーケティングにおいて他の業界よりもより早い展開と発展をしていると言えよう。

「キーワードは“コンテンツ”と“チャネル”です。ここは関西ですし、私も京都出身ですからお笑いで例えましょう。“なんでやねん”というネタを、どの舞台で見せるのか?に置き換えてみます。演芸場で見せていた時代を経て、主戦場はテレビに移り、そして今やYoutubeが発信源となったとき、若手お笑い芸人さんは何を考えるか。チャネルの向こう側にいるユーザーが違うから演出の仕方を変えよう、となるのではないでしょうか。“なんでやねん”という圧倒的なネタがあるからこそ舞台を選ぶのではなく、演出の方を変えていくのです」(ナカヤマン。氏)

シングルコンテンツの強さ

株式会社スクリイム・ラウダア ハイパーメディアクリエイター ナカヤマン。氏

そこで彼が提唱したのが「Single Powerful Contents for Multi Chanel」という考え方である。一つの主軸となるコンテンツを、組み合わさった複数のチャネルに流すことで、相乗効果を得る戦略だ。

「GUで私が実施した施策として、GUTLというものがあります。これはInstagramにアップされたGU商品着用写真をサイトに読み込む施策で、SNSはチャネルでもありコンテンツでもありました。2014年の施策でしたからInstagramが今ほど普及する前でまさしくファッション業界が他の業界に先駆けて展開した事例でもあります。Instagram上から公式サイトに掲載された写真はさらに実際に購入が可能なサイトへつながる仕組みで、写真をInstagram上だけでなくサイト上でもコンテンツとして機能させたのです」(ナカヤマン。氏)

結果的にGUTLは女性誌『NYLON JAPAN』の表紙ジャックをするにまで広がり、ユーザー投票で表紙を決める仕掛けや、関係各所のSNSから撮影裏話が発信されたことで大きなトラフィックを生み出した。

「最後にこの企画は『インスタ女子部』というテレビ番組になり、ニュースなどでも取り上げられるまでになりました。当然、予算は大きくなっていきますがペイさせる仕組みを考えるのが僕の役割です。ここまで大きくなってコンテンツが何段階にも重なるチャネルで流通しているということは、テレビからInstagramに、雑誌から公式サイトに生活者が移動するたびに離脱が起きますよね。コンバージョンレートの摩擦係数は皆さんも日々痛感しているでしょう。だからこそ、摩擦係数に負けないように大きくなった予算は一番上のコンテンツに集中させることが重要です」(ナカヤマン。氏)

つい複数のチャネルを使う場合にはチャネルごとにコンテンツをまるっきり変えたほうがいいのではないかと不安になってしまうが、それはぶれることなく一つに集中投下するのがいいのだ。

「木をみて森を見ず」に溺れるな

「大きな予算が必要ですが、最も優秀なコンテンツと親和性の高いものはアートです。村上隆とルイ・ヴィトンの例を筆頭にアーティストとブランドのコラボレーションはもはや定石。美術館すら持っているブランドも珍しくないファッション業界はコンテンツマーケティングを先んじて行ってきた業界と言えるでしょう。その業界の僕が思うにインスタグラムとインフルエンサーマーケティングというのは“企画に含まれる程度には”重要なものです。決して木を見て森を見ないような戦略に溺れることのないようにしてください」(ナカヤマン。氏)

最後にナカヤマン。氏は会場にいる現役マーケターたちに向かい「ファッション業界と手を組みませんか?」と大きく語りかけた。

「他の業界の人はよくファッション業界の人と話してもビジネスにならないと思っています。確かに独特の文化があるかもしれません。でも、そこは僕が架け橋になります。どの未来が来ても対応可能な仕組みを作りましょう」(ナカヤマン。氏)

将来への展望を大きく打ち出した締めくくりは異例のKeynote講演にふさわしく、デジタルマーケティングにおける先達としてのファッション業界の頼もしさが感じられた。圧倒的なコンテンツを持つ京都の地から新しいシングルパワフルコンテンツが生まれるのを楽しみにしたい。

プロフィール

猪熊敏博
株式会社ワコール 執行役員総合企画室 広報・宣伝部 部長
1987年アパレルメーカー入社。その後91年、ワコール入社、企画デザイン事業部(現広報・宣伝部・制作課)に配属。インテリア事業、スパイラル(アート関連事業)を経て、2009年より広報・宣伝部 広告・PR課。2011年より現職。2016年10月京都駅八条口に美的好奇心をあそぶ、未来の学び場ワコールスタディホール京都を開設。新たな生活者との関係づくりを目指している。

ナカヤマン。
株式会社スクリイム・ラウダア ハイパーメディアクリエイター
京都のデジタルクリエイター。ファッション領域に特化したデジタルエージェンシー『ドレスイング』代表を2007年の設立から十年に渡り務める。SNSを用いたコンテンツ形成を、ルイ・ヴィトン、グッチ、ディオールなど海外メゾンブランドからGUなどマスブランドまで、幅広いパートナーと行う。2017年5月に『ドレスイング』完了、米国法人『スクリイム・ラウダア』設立をWWD JAPANで発表。国内外で評価の高いデジタルインスタレーションや、コンテンツマーケティング分野での世界進出を宣言し話題になっている。

【関連URL】
・特集 ad:tech kansai 2017
http://techwave.jp/category/features/adtech-kansai-2017

蛇足:私はこう思いました
アドテック史上でも珍しいリレー形式のキーノートに登壇してくださったお二人。猪熊氏の「態度変容を起こすのは難しい、でも良いクリエイティブは作ることができる」という問題提起に対して、コンテンツマーケティングを他の業界に先んじて展開してきたアパレル業界代表のナカヤマン。氏が回答を提示した構成は、アパレル業界の人との関わりが少ない参加者にも何が彼が出してきた答えなのかが非常にわかりやすかったスピーチでした。取り上げられたGUTLの事例は確かにもう3年前の施策で、今やっとInstagram施策に取り掛かろうとしている企業にとっては「そんなに早くから…」という思いかもしれません。しかし、スピーチの中でナカヤマン。氏が話していた通り、Instagramはいくつかある選択肢の一つでしかなく、何とどう組み合わせてコンテンツを配信していくのかが重要です。コンテンツとしてアパレルと手を組む、このキーノートをきっかけに面白い施策が生まれたら!と期待でいっぱいです。
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