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起業家 斉藤徹 氏の生きざま30年分、必読の書「再起動 リブート」 @maskin

斉藤徹 さんはTechWave創世記(2010−2012年)にしばしば寄稿して下さった起業家です。現在、ループス・コミュニケーションズというソーシャルメディアのプロ集団で編成される会社を経営されています。とにかく思考と行動のスピードが早く、情報を的確に集めグングンと核心に迫っていゆくスタイル。当時斉藤さんが立ち上げたメディア「In the looop」というものがあります。彼のアウトプットは常に1段も2段もレベルが高く、コンテンツを作るという観点でもライバルというか羨望の的でした。

そんな彼から「自分の半生を綴るつもり」という話を聞いたのは2016年初頭。すでにその時点で3年に渡り構想は練り続けているということで、突然聞かされたその話に衝撃を受けたのを覚えています。急速な成長と急降下。社員の不正や家の差し押さえ。資金繰りとトラブルの対応に翻弄される日々。去ってゆく社員と手を差し伸べる社員。スタートアップにおける興奮と転落、そして仕事とは何か、家族とは何かを考えさせる出来事。2016年12月16日にダイヤモンド社から発売となった「再起動 リブート」はまさに起業家 斉藤徹 氏の魂が込められている一冊といってもいいでしょう。

ハードコアな起業本としては藤田晋 氏の一連の著作や南場智子 氏の「不格好経営―チームDeNAの挑戦」、ベン・ホロウィッツ氏の「Hard Things」、古くは“巨額借金から立ち上がった”的な書籍は多数ありますが、 斉藤徹さんの「再起動 リブート」は経営者としての生き様をリアルに描くだけでなく、その体験を踏まえ起業とは何か経営とはなにか、そして人生とは?と次第に覚醒していく姿に感動させられる点で異なります。最後まで読むことで、起業をしている人はもちろん、起業家予備軍など仕事のあり方に疑問を感じている人にとって、大きな糧となる1冊となるでしょう。

はじまりはダイヤルQ2

どんなストーリーにもきっかけがあるものですが、斉藤さんの場合は「情報サービス」でした。1989年7月、分割前のNTTがスタートした電話回線を使用した情報料代金徴収サービス「ダイヤルQ2」は、日本のITベンチャービジネスで切っても切り離せない名前といってもいいでしょう(サービスそのものは2011年12月15日で新規受付を終了し、2014年2月28日でサービスを終了。その後は災害募金などで同種のシステムが使用されている)。アメリカで成長していた同種のサービスを日本で焼き直したものに過ぎませんが、誰もが情報を発信できその情報に課金できるシステムは当時の日本においては極めて画期的なものでした。当時IBMの社員だった斉藤氏は副業として「フレックスファーム」を立ち上げこのビジネスに乗り出し、いきなりサーバー1台で初月月商 1000万という成果を叩き出した後、技術力を活かしたダイヤルQ2サーバーのレンタル事業においてたった1年8ヶ月で月商1億円とまたたく間に会社の規模を大きくするのですが、社会環境の変化やNTT側の規制や支払いサイクルの変更などに耐えられずあっというまに資金不足に陥ります。

同じようにダイヤルQ2事業に参入して急成長した組織としてKlabの真田哲弥 氏らによってスタートした学生ベンチャー「ダイヤルキューネットワーク」の存在があります。多くが「現在のインターネットを彷彿とさせるビジネスモデル」に魅了されと語る一方で、多くのダイヤルQ2ベンチャーがこの早すぎる展開に耐えられず廃業する結果となりました。

資金繰りという戦慄

「リボーン 再起動」の魅力は、斉藤さん自らの体験が極めてリアルに紹介されている点です。疑似体験できるだけでなく、成功と失敗の原因を改めて考えることができる教材として読み進めることができるのです。例えば、ダイヤルQ2の事業では、急速に成長するあまり会社を自転車操業的に拡大していたことが書かれています。つまり、成長曲線が途切れた場合の対策を取っていなかったのです。不足する資金をカバーするために選択したのが斉藤さんの実家(自宅)を担保にお金を借りること。会社の借入金や賃貸契約も斉藤さん個人が連帯保証人になっており、別の選択をしたとして、うまく行かなければいずれは家をどうするかという話になるという状況だったといいます。

そんな中、400−500万円ほどで販売していたサーバーを横流ししている社員がいることが発覚します。その社員はオウム真理教の信者で、サーバーの行き先は教団でした。 当時、社員の10名以上がオウム真理教の信者で、この事件後に退社。資金面で大変な中、さらに追い打ちをかけるだけでなく、技術リソース面でも打撃を受けてしまいます。その後は、社内外の人が入り乱れての復活劇。巨額借金、仲間の離反と裏切り、家賃滞納、度重なる不穏な出来事に読んでいてとても辛い気持ちになるほどです。斉藤さん自身も自己破産や自ら命を絶つことまで考え詰めていたようです。しかし、家で眠る子どもたちの寝顔をみて、「今の苦難は、僕を成長するために与えてくれた「神様のパズル」」と思うようになります。

新たな道を自分自身で歩いてゆく

大切なことは自らの判断で歩いて行くこと。問題には原因があり、自分の意思でそれらと対峙し、自ら次の道を切り拓いてゆく。それが斉藤さんの導き出した結論でした。おそらく起業家としての本質を見出していくプロセスにおいてもっとも大切な気付きだったのでしょう。

この本には、多くのやり手が登場します。トラブル解決のプロ、事業再生のプロ、M&Aの手練。斉藤さんのこの気付き以降、巨額な借金の返済に伴う資金不足の危機にたびたび直面しながらも、誠実さや慎重な計画立案、引率力といった人の資質に感化され、時には大切な事業資産を譲渡したり、無理難題に挑むなど、あたかも自由に飛べる鳥のようにみえてくるから不思議です。

斉藤さんの会社フレックスファームはその後、2000年前後に到来したドットコムバブルの後押しを受け借金を返済。好景気の後押しを受け1年で30億円規模の第三者割増増資を果たすことに成功。時価総額は100億円を超え目指すは短期上場。しかし、会社の規模が大きくなり、株主が増えるほどに、再び斉藤さんの羽はもぎ取られていってしまいます。再びの借金。そして創業から苦労に苦労を重ねて育ててきたフレックスファームの会長職を追い出される日がきます。

まだまだ、続く、不穏な出来事。銀行からの一方的な取り立て。家庭を守り、この状況を脱するために、家財道具をオークションで売る事業を立ち上げ安定化させる中、今度は斉藤さんが抜け業績が悪化するフレックスファームから経営復帰の打診。理不尽の数珠つなぎの中で、差し押さえ通告を受けた斉藤さんの奥さんがいる自宅に黒服の男が押し寄せます。

それからどうなるか? 斉藤さんはこういった危機をベンチャーの醍醐味だとまで言います。現在のループス・コミュニケーションズにどうつながる? ぜひ本書を読んで末を読んでほしいと思います。

【関連URL】
・斉藤 徹 「再起動 リブート」―――波瀾万丈のベンチャー経営を描き尽くした真実の物語|Amazon
http://amzn.to/2iwwrDm

蛇足:僕はこう思ったッス
 裏表なく真っ正直に
「再起動 リブート」に書かれた斉藤さんの物語は裏切りの連続でした。成長のために大切な何かを見失い、下り坂に差し掛かるまでそれに気が付かない。一方では銀行や投資家の目を気にし過ぎてしまう。結局人は、立場はどうであれ窮地に立たさると、陰口をたたいたり、徒党を組んだりする。ただ、どんな人にも家族があり、浮き沈みを精一杯乗り切ろうとしているに過ぎないと彼は振り返ります。大変なことがあったからこそ自分の内観ができた。大変なときにこそ「自らの心の声に素直に」なることの大切さを本書は教えてくれました。

さて、たくさんの登場人物の中で個人的に感銘を受けたのはフレックスファーム売却時の応援団であった松原弁護士でした。彼の一言「ベンチャーが育たないと日本は衰退してしまう」という思いだけに戦い続けていました。とてもまっすぐな気持ちで、決して壊れることのない強さを持っているように感じました。

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