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人事・脳科学・統計学の視点で考える「エンジニアが辞めない組織」とは?

大手企業に勤めているエンジニアの平均勤続年数は約5年と言われている。エンジニアが辞めない組織とはどういう組織なのか。「エンジニアが辞めないようにする」にはどうすればよいのかを、人事、脳科学や統計学などの視点から考えるというセミナーが開催された。その概要をレポートする。

「人が辞めない組織」を人事の視点から考える

リクルートキャリアが提供しているエンジニアの実務力を可視化するサービス「CODE.SCORE」。その「CODE.SCORE」と、アイ・キューが展開している日本最大級のHRネットワーク「日本の人事部」が7月23日、「『辞めない』エンジニアをどう採用するか?~人事、脳科学、統計学の3つの視点から考える~」というタイトルで無料セミナーを開催した。

最初のセッション「『人が辞めない組織』とは何か?」に登壇したのは三幸製菓の人事担当、杉浦二郎氏とクリエイティブディレクターのサカタカツミ氏。「人が辞めない組織」について人事的視点から考察を行った。

三幸製菓は「雪の宿」などあられやおかき、せんべいを製造販売している米菓メーカー。本社は新潟市にある。地方企業でありながら、「おせんべい採用」「ガリ勉採用」「出前全員面接会」などのユニークな採用施策を実施し、全国から人を採用している。


杉浦 二郎氏 / 三幸製菓株式会社 人事課長
大学卒業後、証券会社での営業経験を経て2001年に三幸製菓株式会社へ入社。資材調達、総務を経験後、2007年より人事専任として採用・育成・人事制度など、人事業務全般に従事。最近では「おせんべい採用」「ガリ勉採用」「出前全員面接会」といった独特の採用選抜方法が話題となり、テレビ・新聞にも取り上げられるなど、ユニークな採用施策を打ち出している。

一方のサカタ氏は、若手社会人向けのキャリア支援サイトのプロデュースや、就職支援サービスのプロデュースやディレクションなどを数多く手がけている。リクルートキャリアの「CODE.SCORE」をはじめ、「MakersHub」「サンカク」などさまざまなサービスに携わっている。


サカタ カツミ氏 / クリエイティブディレクター
就職や転職、キャリア開発などのサービスのプロデュースやディレクションを数多く手がける。ワークス研究所『「2025年の働く」予測』プロジェクトメンバー。著書に『就職のオキテ』他。エンジニア採用においては連載『なぜ、エンジニアの採用は難しいのか?』をはじめ、寄稿記事や登壇も多数。

そんな二人の掛け合いにより、セッションは進行した。
サカタ氏は「採用した人が辞めることについて」人事は次のように考えているという。

1.採用は人事の責任、退職は現場の責任(人事の迷言)

杉浦氏はこれに対し、「育成の場面で人事が関与できるのではと思うかもしれないが、その時間は少ない。結果、採用後、人事はほとんど関与しない。だから関与している現場サイドの人が何かやらかしたのではと考えてしまう」と語った。

2.エモい責任を感じているポエマー人事は割と多い(人事の感情)

サカタ氏が言う「エモい責任」とは、人事ブログやFacebookなどで退職者が出た際に『この別れを糧にし、成長していかないといけない』といったことを書いている人事が多いことを指す。このようなポエムを書くことについて、杉浦氏は「退職に対して、人事として自分の責任を感じていないからでしょうね」と指摘。サカタ氏も「ポエムを見る限り、人ごとっぽいと感じてしまう」と言う。

3.そうはいっても離職率低い自慢(人事の視座)

この問いかけに対して、杉浦氏は「人材損失の指標を持っていない企業が多いので、離職率を自慢するのでは」と杉浦氏は回答する。

4.採用に関するプレッシャーは半端ない(人事の思惑)

「特に成長フェーズに入っている企業は、採用プレッシャーが大きい。辞めてもいいから採用してほしいと言われる」と杉浦氏は明かす。
「採用できないから事業を縮小してくださいと言えないから」とサカタ氏の問いかけに、杉浦氏は「言えないことも大きな理由かもしれないが、そもそもなんとかなるのではないか、教育的な部分でフォローできるのではないかと思っているから」と分析。

5.育成さえうまくいけば採用は関係ない(人事の本音)

もちろん採用が関係ないわけではなく、「採用してから育成すればいい」という考えでは、ほぼうまくいかないと杉浦氏は言う。

6.人事は辞める理由なんて知りたくない(人事の現実)

「知りたくないというか、結局は本人の性格的や環境的な問題など、どうにもならないことも多いからだ」とした上で、「辞めないことをつぶす施策を考えることは、本質ではない。辞めてしまう人をどうやって採用の段階で落としていくかだ」と杉浦氏は指摘する。サカタ氏も「辞めない人の理由を知るべきで、辞める理由をつぶしていくと、誰も取れなくなってしまう」と同調。

辞めない人を採用するために人事がするべきこと

1.採用した人は辞めないという思い込みをなくす必要がある
2.採用した人はすべて活躍させる仕組みを目指す
3.仕組みを運用した=仕事を全うした気分を捨て
4.辞める理由をきちんと可視化しておくべき

「人事は採用人数だけを見ていればいいわけではない」とサカタ氏は言う。「経営者の視点をしっかり持つことが必要だ」と続ける。例えば一人辞めたらどのくらい損失が出るのか、ということが即答できるだけの能力がないと難しいというのだ。

「今はできていないが、やらなければならないと感じている。いずれにしてもエモい部分は捨てた方がいい。それは自分自身の仕事のモチベーションにはつながるが、会社の業績に連動しないからだ。そこをどう捨て、経営者視点をしっかり持つことができるか。それが辞めない組織につながると思う」

最後に杉浦氏はこう語り、サカタ氏と杉浦氏によるセッションは終了した。

脳科学の視点から「人が辞めない状態を考える」

続いて行われたのは、脳科学の視点から「人が辞めない状態を考える」というセッション。登壇したのは「CODE.SCORE」データサイエンティストの鹿内学氏だ。鹿内氏は2005年奈良先端科学技術大学院大学で大学院生として認知神経科学(脳科学)の研究を始め、その後、大学・研究機関で研究に従事していた。


鹿内 学氏 / 株式会社リクルートキャリア 「CODE.SCORE」データサイエンティスト
大学・研究機関で認知神経科学(いわゆる脳科学)の研究に10年間従事。認知・行動に関わる脳活動データを解析する。リクルートキャリア転職後、働き方を革新するために働くヒトのビッグデータ化に取り組む。「CODE.SCORE」には2015年4月より参画。プロダクト開発に機械学習の新しい視点を導入。博士(理学)。

人間の脳の構造は「周りに覆われているところが大脳新皮質で真ん中(赤い部分)にあるのが線条体」と、鹿内氏は説明する。大脳新皮質とはヒトで発達した脳。

<脳の生理学と認知科学>

一方の線条体は発生学的に古い脳で、報酬や動機付けにかかわる領域がある。つまり「線条体には、報酬の刺激、例えばお金などに関連して活動する領域がある」。

これは脳の報酬「系」と呼ばれている。系とは「システム」の意味。つまり、線条体単独で活動するわけではない。

線条体は、大脳新皮質のさまざまな領域とのネットワークにより、学習や文脈に依存した変化も起こるというわけだ。また、脳の報酬系は、必ずしも報酬量に応じて活動するのではなく、報酬の予測誤差(報酬の予測誤差=人事が与える実際の報酬 - エンジニアが期待する報酬)に応じて活動する。

「エンジニアが期待する報酬と、人事が提供する報酬の関係を考える必要があるのではないか」と鹿内氏。ただし、考えるべきことは、報酬の予測誤差をプラスにすることだけではない。

「やる気」は外発的・社会的・内発的の報酬と動機付けの足し算

それは報酬・動機付けにはいろいろな種類があるからだ。
今回、鹿内氏が挙げたのは次の3つ。

1.外発的報酬・動機付け

2.社会的報酬・動機付け

3.内発的報酬・動機付け

「やる気」について、上記に挙げたような3つの報酬をたたき台にして議論していきたいと語り、サカタ氏と鹿内氏による議論が始まった。

人事が陥りやすいのが「内発的報酬・動機付けを強くすると辞めないと思いがちなこと」とサカタ氏は言う。内発的動機付けに駆動されるタイプの人であったとしても、簡単な仕事ばかりを与えていれば向上心を刺激できずに辞めてしまうだろう。

内発的動機付けにおいても、放ったらかしでよいというわけではなく、組織が積極的に関与しなければいけない。それに付け加えるように、鹿内氏は「一方で、内発的報酬・動機付けは人によって価値観がバラバラなため、計測するのは難しく、本来コントロールするのは非常に難しいだろう」と語る。

また、「当初、外発的報酬・動機付けと内発的報酬・動機付けだけで考えていたが、それだけで考えるのは危険だと思った」とサカタ氏。

「外発的動機付けをフルで与えるのは難しいため、内発的動機付けを発動してそれで埋め合わせようとしてきた。しかし人事がコントロールするのは難しい。そこでもう一つやる気に関わってくるのが、社会的報酬・動機付け。ソーシャルメディアが発達したことにより、可視化しやすい状況が生まれている。この3つを考えて辞めない状態を考える必要がある」とサカタ氏は言う。

最後に議論されたのは、報酬予測誤差の「時間割引」である。「今日の1万円と1年後の1万円では、『いま』の報酬系に与える影響が異なる」からだ。

では、どうすれば人事が、報酬に関わるあれこれをうまく調整できるのか。それには「プログラミングスキルなどの能力や日常の行動・コミュニケーションなど、さまざまなログを長時間とっていくこと。そうすることで、どのような種類の報酬・動機付けに駆動されて行動が起こるのか、報酬を与えるタイミングなどが推定できるようなるだろう。アンケート調査などでは不可能な、無意識的な行動の可視化ができると思われる」と鹿内氏。

脳科学の視点から言えることは、辞めない状態を作るために人事は報酬・動機付けの期待、種類、タイミングを考えることが大事なのだ。

統計学から「エンジニアが辞めない理由を考える」

最後の視点は統計学。「統計学からエンジニアが辞めない理由を考える」というタイトルで、CODE.SCOREデータアナリストの大成弘子氏が登壇した。


大成 弘子氏 / 株式会社リクルートキャリア 「CODE.SCORE」データアナリスト
ITエンジニア採用サービス「CodeIQ」に立ち上げから関わる。CODE.SCOREではデータドリブンでプロダクト開発の推進業務を担当。著書に『データサイエンティスト養成読本』他。IT技術書翻訳も手がける。

やる気の因子とは何か。大成氏のセッションはこの問いかけから始まった。

上記に挙げた因子など、いろいろ考えられる。「人事の統計分析~人事マイクロデータを用いた人材マネジメントの検証」(中島哲夫他編著)によると、やる気と相関が見られる因子は「職場目標の納得度」だったという。従業員が辞めないために重要になるのが、職場目標を正しく設定することというわけだ。

職場目標を正しく設定されているかどうか、測るのは難しい。そこで活用できるのが「CODE.SCOREの主成分分析だ」と大成氏は言う。主成分分析を用いることで、その組織ではどのスキルを重視しているのか、また従業員のスキルはどのようにバランスされているのかが見えてくる。

企業Aと企業Bは同じ試験を受けているのだが、企業AはJavaを強みにしている組織である一方、企業Bはセキュリティとフロントエンドを強みにした組織となっている。

では、山田君というエンジニアが以下のようなスキル特性があるとき、企業Aと企業Bではどちらのほうがスキル環境適応するだろうか。

一見、山田君は「セキュリティに精通している」とあるので、企業Bと合いそうにみえる。しかし、企業Bは「セキュリティとフロントエンドが同時に必要とされる組織」であることを考えると、「フロントエンドは苦手」とする山田君の場合、スキル環境適応が低くなる可能性がある。この場合、山田君にとってスキル環境適応があるのは企業Aとみるほうが良い。

他にも、スキル類似性からどのスキルを持った人材を採用するとよいのかを見ることができる。

「類は友を呼ぶ」ということわざがあるように、似たようなスキルを持った人を採用したほうが環境適応性は高くなる。組織を「強化」したい場合は、その組織が持つスキル特性と似た人を採用すればよい。戦略的に、組織が今、足りていないスキルを「補完」したい場合は、その組織が持っていないスキルを保有する似たようなレベルの人材を採用するという使い方もできる。

「エンジニアが辞めるのはエンジニア個人のスキルが可視化していないから。まずは正しく把握するためにまずは可視化することから始めてほしい。それに活用できるのがCODE.SCOREだ」と大成氏は語り、セッションを締めた。

エンジニアが辞めない環境を作るのは難しい。しかし、今回のセミナーではそのヒントがたくさん挙げられた。辞めない組織を作る第一歩は、CODE.SCOREを試してみることから始まるのかもしれない。

 

※本記事は「Hack on Air」2015年8月5日掲載記事を、転載しています。

蛇足:BBQはこう思う
エンジニアの採用に悩む人事は数多い。苦労して優秀なエンジニアが採用できても、それで「終わり」ではない。辞めてしまったらまた探さなければならない。エンジニアの採用ニーズが上がり、採用手法にばかり関心がいきがちだが、そもそも、必要な組織に適した人材とは何か、最適な採用はできているのか。報酬・動機付けを脳科学から考えるとか、データから組織におけるスキルの可視化するとか変態的かつ超人的なメンバーが集まるCODE.SCOREチーム。今後も注目したい。
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