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ソニー70周年、異能と才能を世界に押し上げる理想工場への期待 【@maskin】

 2016年5月7日、ソニーが静かに創設70周年を迎えた。

 10年間赤字を出し続けたテレビ事業を始め業績不振にあえぐソニーだったが、2015年4月-12月期の決算で8年ぶりに営業利益が3000万円を超える好業績を達成したことをきっかけに「ソニー復活」という言葉も聞こえ始めた。iPhoneなどで採用されているカメラのイメージセンサー需要が大きく、それ以外では安定的に高利益を生んできた金融事業も成長に陰りが見え手放しでは喜べない状況。そのためだろうか、ソニーのサイトには70周年を祝うようなムードはない。


 事業の分社化、FIFAスポンサーからの離脱などコスト重視の施策。まだ当面は余談を許さないのだろう。とはいえ、悲観的ムードばかりかというとそのように筆者は思わない。この2-3年、アプリ博のスポンサーシップを筆頭に多くの社員の方とコミュニケーションを取らせていただいてきたが、むしろ「再び創業期のコンセプトに立ち返ろう」という強い意思の高まりすら感じてきた。

 実際、多くの日本企業が海外での存在感を薄くする中、例えばスマートフォンでは日本企業で唯一世界市場を相手に奮闘を続けている。IT系VCとの合弁企業「Qrio」は、単独でクラウドソーシングキャンペーンを展開し、支援額の記録を樹立した。ソニー本社では、R&Dを母体に技術や研究開発の一部をオープンにして、ユーザーと共に新しい価値を見出す施策「Future Lab Program」も動いている。

 ブランドが凋落した等といわれることがあるが米調査「2016 Global RepTrak® 100 Now Available」によれば、ソニーはアップルを抑えて9位にランクインしている。調査方法は製品から会社、業績までを客観的に評価するため、過去のブランドの影響だけでランクアップしているとは考えにくい。

世界で最も高評価な企業|トップ20
1、ロレックス
2、ウォルト・ディズニー
3、グーグル
4、BMW
5、ダイムラー
6、レゴ
7、マイクロソフト
8、キヤノン
9、ソニー
10、アップル

 一概にこれを復活の兆しと言うのは拙速だが、ある本に出あうことで、もしかすると時間を超越したソニーの施策が花開きつつあるのではないかと思うようになったのだ。

ソニーの技術者魂に脚光を浴びさせる役割

 

 その本とは、ソニーサイエンスラボラトリ(ソニーCSL)という子会社の所長 所眞理雄 氏と技術営業担当(Technology Promotion Office=TPO)リーダーの夏目哲 氏らが出版した「研究を売れ!―ソニーコンピュータサイエンス研究所のしたたかな技術経営」だ。

 ソニーCSLといえば、1990年代前半にAR技術を生み出した暦本純一 氏(副所長)やスマホや携帯では当たり前のように使用されてきた日本語変換機能のPOBoxを生んだ増井俊之 氏(退職)らが在籍する組織。ロボットブームが到来するずっと前に、独自OSを搭載した愛玩ロボット「Aibo」を世に送り出している。暦本 氏は、スマホをかざすとスピーカーなどに自動で接続できる「かんたん接続」など実用的な多数の技術に関わり、現在も“人間と機械”の関係づくりに注力している。

たった30名前後の異能の巣

 研究は、コンピュータ系のものに限らず、医療から生物、農業、ライフラインなど多様だ。脳科学研究の茂木健一郎 氏の活躍はタレントとしてだけではなく、もともと突出した仕事量の研究を続けており、派生的に何十億もの価値を生み出した。唯一の海外拠点ソニーCSLフランスの所長は音楽家だという。実際に、オープンオフィスでソニーCSL内でデモをみたが、まさに異端と異能の集合体である。

 ただ、ソニーグループの研究所とはいえ、巨大企業の一部門に過ぎないソニーCSLは、技術的な実績を生み出してもグループ内で認知されないことも多く、その存在がないがしろにされることも多かったという。

 そこで生まれたのが、TPOというプロモーションチームだ。彼らは、まず研究されている技術をかき集め、それを売り込むためのあらゆる活動を展開する。ポイントとなるのは、ソニーCSLの理念「応用可能な基礎研究を通して、人類・社会への貢献をすること」ということになる。売り上げを重視しない、先端研究ゆえ、早すぎることが多々あるのだが、TPOチームは早すぎる技術の認知の種まきをし、タイミングよく事業化する活動を続けている。

 また、企業内研究の事業化というと、研究チームごと事業部へ移管するというスタイルがとられるが、TPOはあくまで知的財産の移管にフォーカスし、少ない(実際に30名程度しかいない)人員を研究に集中させ効率化しようということにトライし続けている。

 こうした時間を超えた営業活動ができるようになると、研究者や技術者は雑念にゆさぶられることなく突出した才能を発揮できるようになる。そうなるとどんなメリットがあるか、ソニー創設当時に井深大氏が作成した設立趣意書をみながら考えたい。

理想工場の建設

ソニー設立趣意書」から

一、 真面目なる技術者の技能を、最高度に発揮せしむべき自由闊達にして愉快なる理想工場の建設
一、 日本再建、文化向上に対する技術面、生産面よりの活発なる活動
一、 戦時中、各方面に非常に進歩したる技術の国民生活内への即事応用
一、 諸大学、研究所等の研究成果のうち、最も国民生活に応用価値を有する優秀なるものの迅速なる製品、商品化
一、 無線通信機類の日常生活への浸透化、並びに家庭電化の促進
一、 戦災通信網の復旧作業に対する積極的参加、並びに必要なる技術の提供
一、 新時代にふさわしき優秀ラヂオセットの製作・普及、並びにラヂオサービスの徹底化
一、 国民科学知識の実際的啓蒙活動

 「努力の結晶である技術が活用できる」、もしそれが実現できるのであれば、冒頭の一文は本当に人の研究者や技術者の心をわくわくさせることになるだろう。

 最近、ダーウィンの進化論が間違いという話を聞く。環境などにあわせて変容するのは退化だという考えだ。もし技術が営業利益にフィットする形で生み出されるのだとしたら、それはまさに技術がスポイルされているということに他ならないだろう。「最高度に発揮せしむべき自由闊達にして愉快なる理想工場の建設」などは夢に終わるはずだ。ただ、もし本当に異能あふれる組織にある「真面目なる技術者の技能」を活かすことができたら、それは進歩であり成長につながるのではないだろうか。

 ソニーは70年という大きな歴史を背負っている。しかし、理想にむかってダイブするような異能や異端が活躍できている限り、近い将来復活を遂げることができる、そんな気がしている。



【関連URL】
・Sony
http://www.sony.jp

蛇足:僕はこう思ったッス
 この10年―20年、知的所有権移管の機構に注目してきた。なぜなら研究所には宝がたくさん眠っているのに、作って終わりになっているケースが散見されたからだ。学術機関として先行したのは東京大学のCastyだと記憶しており、その後も多様な動きがあったが、まだまだ全国に浸透しているとはいいがたい。エネルギー資源の少ない日本において、技術研究というソフトウェアは大きな資産へと価値を帯びてゆく可能性があると思う。そのためにはお金ではなく、TPOみたいな発想をもったチームであるように思う。

ちなみに、ソニーヨーロッパだけが70周年の取り組みを展開していた「Going back to our roots for the 70th anniversary of Sony」。単に日本賛歌のようにみえるが、連載として今後ソニーのカルチャー面に迫っていくつもりだとか。

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