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ヤフージャパンのオープン戦略

 もう何年も前の話になるけど、マスメディア企業は個人情報の管理業務を基幹業務にすべきだ、というエントリーを上げたことがある。そのエントリーには、新聞関係者から「そんなことは新聞がすべきことではない」という反論のコメントが寄せられていた。
 しかし従来型のマスメディア企業に代わってネット上の新興メディア企業は、個人的な情報の管理業務が基幹業務になりつつあるようだ。
 ヤフー・ジャパンは、できるだけ多くの情報を自社サイトに集めることで、ユーザーに自社サイト内を巡回してもらい自社サイトのページビューを上げる戦略を取っていたが、最近では他社の友好サイトにユーザーを流すオープン戦略に切り替えている。

 ちょっと横道にそれるが、ヤフーなどのポータルは、ポータル(玄関、入り口)という名前が示す通り、90年代半ばはユーザーがネットにアクセスする際の最初のページになる戦略を取っていた。検索やディレクトリーがサービスの中心で、他のサイトを紹介する「案内サイト」的な謙虚な(?)存在だった。
 それが途中から、あらゆる情報を自社サイト内に抱えるようになり、できるだけユーザーを自社サイト内で巡回させるように努めた。ネット上のほかのサイトへの案内窓口ではなく、自社サイト自体が最終目的地であることを目指したのだ。米国でもそのころからポータルは「玄関」ではなく「デスティネーション(最終目的地)」に変わった、という論調が目立つようになった。
 それで僕もこのころから、記事を書く際に「ポータル(玄関サイト)」から「ポータル(総合情報サイト)」に表記を変えた。
 そのポータルが再び、他のサイトへユーザーを流し始めたわけだ。
 具体的には、ニュースサイトなどの情報サイトからコンテンツを提供してもらう一方で、それぞれの提供コンテンツの関連情報としてリンクを掲載することを情報サイト側に認めたのだ。例えば時事通信の配信記事「阿部首相が辞意を表明」がヤフー上に表示された場合、その記事の下に関連情報として数個のリンクが表示されている。そのうちの一つに、例えば「自民党総裁とは」という見出しがあったとしよう。それをクリックすれば、ユーザーはヤフーから離れて、時事ドットコム上の「自民党総裁とは」という記事にアクセスする仕組みになっている。時事ドットコムのようなサイトにとっては、ヤフーから膨大なアクセスが流れてくるわけで、非常にありがたい話だ。しかし、ヤフーにとっては、ユーザーを他社サイトにみすみす逃がすことになる。
 なぜそのような戦略転換に出たのか。
 それはユーザーを流した先の情報サイトにヤフーが広告を配信する契約を結んでいるからだ。そして広告配信料としてヤフーにも広告料金の一部が入る。ヤフーはメディア会社でありながら、広告配信会社でもあるわけだ。
 ヤフー・ジャパンが、こうした広告配信業務を始めたのは、2006年のこと。最初はITmedia、Impress Watchと始まったこの業務は、今年10月には産経イザ!、毎日jpなども参加し、24サイトになる。こうした友好サイトをヤフーは、「Yahoo!メディアネットワーク」のパートナーと呼ぶが、パートナーはもちろん今後も増やしていく方針だ。

 パートナーサイトにとってヤフーの広告配信を受けるメリットは、関連リンクでヤフーから流れてくる膨大なアクセス件数だけではない。配信される広告自体が非常に効果が高く、広告収入増大につながるというメリットも大きい。広告効果が高いのは、ヤフーが行動ターゲティングという技術を使っているから。ヤフーは同技術を独自に開発し、2006年から本格的に広告配信に応用している。
 行動ターゲティングとは、ユーザーがどのような情報にアクセスしたかを記録することにより、そのユーザーの属性を把握することだ。そうすることによって、その属性に沿った広告を配信することができる。例えば、あるユーザーが自動車に関する情報にアクセスすれば自動車に関心のあるユーザーということが分かる、ということだ。そのユーザーが子育ての情報や中学受験の情報にアクセスしていれば、子供が成長し、より大きな車への買い替えを検討している可能性がある。そのユーザーに向けてワゴン車の広告を打てば、効果が高いのは当然だろう。
 ヤフーの強みは、非常に多くのユーザーと非常に多くの情報を抱えていることである。この強みを活かし、ユーザーのヤフー内での行動履歴という個人的な情報から、ユーザーを900ものユーザーカテゴリーに分類している。しかも7月からは、ヤフーが持つ属性情報と組み合わせることによって、より細かなセグメント化が可能になっている。例えば、コスメ情報にアクセスしたユーザーのうち、ヤフーIDの登録情報から20代の女性だけを抜き出して、20代向けコスメの広告を打てる。あるいは、マンション情報にアクセスしたユーザーのうち、ID登録の際に入力されている郵便番号や利用しているパソコンからのインターネット上の住所(IPアドレス)などの情報を組み合わせることにより、新築マンション購入意欲のある大阪在住のユーザーを特定することも可能だ。
 属性を特定したこれらのユーザーがパートナーサイトに飛んだとしても、そのパートナーサイト上で、20代女性向けのコスメの広告や、大阪近郊の新築マンションの広告を表示することができる。当然、広告効果は高く、パートナーサイトの広告売上も向上するわけだ。

 こうしたターゲットされた広告だけではなく、ヤフーはヤフーIDや、オンライン決済サービスのヤフー・ウォレットなどのサービスも、パートナーサイトに公開していく方針だ。
 パートナーサイトは、ヤフーIDやウォレットを自社サイトで利用可能にすれば、自社でID登録機能や決済機能を設置する必要がなくなる。そしてなりよりも、ユーザーの個人情報を抱える必要がなくなるわけだ。個人情報の流出がスキャンダルとして大きく報道される時代である。できれば個人的な情報を持ちたくない、恐くて持てない、というサイトが増えている。自分たちだけではその情報を利用してターゲット広告を打てないのであれば、なおさらである。ヤフーは、そうしたサイトに変わって個人的な情報を管理し、個人的な情報に基づいてターゲットされた広告を配信していくわけだ。

 僕が何年か前に考えた、これからのマスメディアの基幹業務をヤフーが担い始めたわけだ。グーグルも同様に、検索キーワードなどの情報に基づいてユーザー属性を把握して、属性に合った広告を表示しているし、他社のサイトやブログにまで広告を配信している。

 つまりこれからの時代のオンラインのマスメディアとは、行動履歴のような個人的な情報を管理し、その属性にあった広告を他社に配信するメディア企業のことを指すようになるのではなかろうか。マスメディアの基幹業務は、個人的情報管理業と広告配信業になるわけだ。その2つの業務を提供する企業だけが、これからのオンラインのマスメディアであり、それ以外のメディア企業は、ターゲットメディア、ミドルメディア、ニッチメディアと呼ばれるようになると思う。

 なぜなら個人的情報管理業と広告配信業で、収益を上げることができるのは、非常に多くのユーザーにリーチし、非常に多くの情報を扱うメディア企業だけだからだ。また逆に言えば、多くのユーザーと情報を持つマスメディア企業のビジネスモデルは、個人的な情報の管理業と広告配信業が最も有望だからだ。

 日本では今のところオンラインのマスメディア企業への道を歩み始めたのは、ヤフー、グーグルだけ。ただmixiもその方向に動く気配を見せている。
 日本のマイクロソフトは、MSNを優良コンテンツを集めたサイトにする考え。ミドルメディアを指向しているわけだ。ただ米国マイクロソフトは、個人的な情報の管理業務、広告配信業務に乗り出した。米国からの指示で日本のマイクロソフトもオンラインマスメディアへの道に進む可能性は高い。

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