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日経の電子新聞は成功するか失敗するか

 日本経済新聞の電子新聞事業は成功するのか失敗するのか。結論から言うと、何をもって成功、失敗とするのかという定義にかかっている。報道機関のデジタル部署のほとんどは、自分たちの取り組みが成功していると考えている。だがネットユーザーの大半は日本の報道機関のウェブ事業が成功しているとは考えていない。以前の記事に書いた「新聞は氷河期を迎えようする恐竜」という比喩を使えば、新聞関係者の成功の定義は「飢えをしのぐために木の実を見つけること」であるのに対し、一般ユーザーの成功の定義は「哺乳類への進化」なのだ。

 「木の実を見つけること」を成功と呼ぶのであれば、日経の電子新聞事業は成功するかもしれない。だが「哺乳類への進化」を成功と呼ぶのであれば、日経の成功はこれからの取り組み方次第だと思う。これが日経の電子新聞事業に対する現時点でのわたしの感想だ。


 わたしはこれまで「新聞社の電子新聞事業は間違いなく失敗する」と何度も主張してきた。ただし「日本経済新聞以外は」と付け加えるようにしてきた。

 ネット上の情報は、同様のものが存在すればすぐに値崩れを起こし、無料の方向に向かう。新聞関係者は「良質の情報にはコストがかかる。それなりの対価をもらわなければ成立しない」という主張を繰り返す。供給側がそういう主張を持つのは一向に構わないが、市場価格は需要と供給の関係で決まる。同じような商品が2つ以上存在すれば、価格が下がる。供給側の思いに関係なく、そうなる。それは仕方のないことだ。

 その点、日経は有利な立ち位置にいる。ほかの全国紙が同じような切り口の記事を出すのに対し、日経は経済という切り口で社会の姿を伝えようとする。他の全国紙の情報は需要と供給の関係で無料に向かうのだが、日経だけは独自の切り口である程度の価格を維持できるだろう。

 しかしそれ以上に日経が有利なのは、日本のビジネス界というコミュニティを持っていることだ。日経の記事が日本のビジネス界の常識であり、ビジネスマンとして最低限知っておかなければならない情報である、というブランドが出来上がっていることが日経の最大の強みである。

 このブランドで読者が集まる。読者が集まるので、情報の出し手が集まってくる。ほかにない情報が集まってきやすくなるのだ。ほかにない情報が集まってくるので、余計に読者が集まる。読者が集まると、情報の出し手がさらに集まる・・・。あとは好循環に入る。この好循環こそがメディアビジネスのキモである。

 この好循環を生むコミュニティを日経はオフラインで作ることに成功した。日経の課題は、これをオンラインに移行させることができるかどうかだろう。

 オフラインで成功したのは、いいコンテンツを揃えたから。なのでオンラインでも新聞関係者はいいコンテンツを揃えることばかりを主張する。わたしは、新聞関係者の集まる会合に過去何度も出席したが、ほとんどの新聞関係者はコンテンツの話しかしない。いいコンテンツを揃えれば、読者が集まると考えている。日経の発表文でも、機能の説明の前にコンテンツの説明がある。

 オフラインでは確かにそうだろう。またオンラインでも良質のコンテンツを揃えることは大事だ。しかしそれ以上に今は情報に関連するテクノロジーがものすごい勢いで進化している。この急速に進化する技術を利用することに最大の労力をかけずに勝負に勝てるはずはない。基礎体力が大事だと毎朝竹刀を振って稽古をする侍の前に、銃を持つカウボーイが現れたようなものだ。勝負に勝ちたければ、銃の使い方を覚えるしかない。

 日経の発表文を読むと、一応は「銃」を装備したようだ。発表文を読めば、レコメンデーションやフィルタリング、クリッピングなどの機能が搭載されている。新聞業界の一部関係者からすれば、聞いたこともないような、びっくりするくらい高度な機能のオンパレードだ。しかし一般ネットユーザーからすれば、有料サービスとして搭載されていて当たり前程度の機能である。

 そして決定的に欠けているのがソーシャルな機能である。ネットは既にソーシャルメディアの時代へ移行した。にも関わらず、日経の電子新聞はいまだデジタルメディアの領域から抜け出ていない。これが日経電子新聞事業のこれからの最大の課題だと思う。ビジネスマンがオンラインで情報交換し始める中で、日経がその輪の中にいることができるのかどうか。ソーシャルなツールの導入が急務だろう。「読者の投稿を受けつけます」程度のことは、ソーシャルとは呼ばない。

 正式スタートは3月23日。まだスタートラインだ。これから改良していけばいい。そういう意味で日経のこれからの取り組みに期待したい。

【蛇足】
 日経の試みは業界内では斬新なことだし、そういう意味で拍手をおくりたい。ただ電子新聞事業である程度の成功をおさめたとしても、残念ながら氷河期を乗り越えるのは簡単ではないと思う。なぜなら問題は、コスト構造だからだ。巨大な図体では氷河期を生き抜くことができないのだ。

 今問われているのは洞窟や木の実を探してくる能力ではなく、哺乳類という体の小さな生物に進化する能力なのである。まあこれを言っては元も子もないのだが・・・。

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