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J-CASTニュース読者急増の仕組みとは?【浅沼ヒロシ】

蜷川真夫著『ネットの炎上力』(文春新書 2010年2月刊)

 2008年6月に起こった毎日新聞「変態記事事件」を覚えているだろうか。

 毎日新聞英語版サイトに、「ファストフードで女子高生が性的狂乱状態」「六本木のレストランで豚を獣姦し、その後食べた」などの「変態ニュース」が配信され、問題になった事件である。「まとめサイト」が登場して毎日新聞社に抗議を呼びかけた、とネットニュースが報じ、騒ぎが大きくなった。

 ニュースサイトのコメント欄に毎日新聞社を非難する書き込みが激増したが、話題が話題だけにテレビニュース等では一切報じられない。ネット上では騒ぎが大きくなり、2チャンネルでは1週間も経たないうちに書き込み総数が23万件を超えたという。

 とうとう毎日新聞社への講義デモまで行われ、毎日新聞に広告を出している企業に抗議電話をかける「電突」と呼ばれる抗議行動の結果、毎日のWebサイトにしばらく自社広告以外の広告が掲載されなくなった。

 恐るべし、ネットの炎上!

 本書は、この事件のようにネットが炎上した事例を集めた本……ではない。


ネットニュースの経営、読者急増の仕組みを明かす

 では、いったいどんな内容なのか。
 本書は、「変態記事事件」の発端になったJ-CASTニュース発行人の蜷川真夫氏が、ネットニュースの立ち上げから現在までの成長戦略を明かした一書である。

 読者の目を引くための刺激的なタイトルは、内容を正確に反映していない場合もある。TechWave読者向けに翻訳すると、『ネットニュースのマネタイズ』という書名にしたほうがピンと来るに違いない。

 インターネットは新たなビジネスチャンスにあふれている場ではあるが、実際にサイトを立ち上げ、軌道に乗せて成長させていくのは容易なことではない。

 ネットニュースに限っても、鳴り物入りで2006年8月に創刊された「日本版オーマイニュース」は、3年を待たずに2009年4月にサイトが閉鎖されたし、1994年にスタートして当時話題になった「島メディアネットワーク」に至っては、名前を覚えている人も少なくなった。

 先の見えない大海原に著者の蜷川氏が船をこぎ出したのは1997年のこと。朝日新聞社を退社して株式会社ジェイ・キャストを設立したのだ。ネットメディアの創設を目指したが、なかなか実現しない。2006年7月にやっとJ-CASTニュースは本格スタートするのだが、インターネットが普及しブロードバンドが広がるまで、約9年間も待ったことになる。

 ベンチャーを起こすには2通りの方法がある。大量の資金を集めて最初から完成形に近い事業をスタートする方法と、スモールスタートして少しずつ製品やサービスを充実させていく方法だ。
 大量の資金を集める手法はバブルがはじけて難しくなったので、J-CASTニュースは必然的にスモールスタートになった。

 文学部を中退した20代の独学プログラマーが、1人で Mobable Type を使ってサイトを組みあげた。初代のWebデザイナーもインテリアデザインを学んでいた20代の青年。Webデザインの経験者というより、ほとんど素人に近かったという。

 ネットベンチャーはPVが命。編集部員が「いつ100万PVいくかな」と不安そうにつぶやいたとき、蜷川氏は「すぐに1000万いけるよ」と返したが、別に根拠があるわけではなかった。
 いざふたを開けてみると、正式スタートした最初の月に67万だったPVが、翌月には100万を突破し225万となった。「おやおや、いけそうじゃないか」と思っているうちに、1年後には1,223万PV。なんと1年で月間1000万PVを達成してしまった。

 根拠のある自信ではなかったが、読者数や閲覧数が急速に増えた後になってみると、効果のあった施策はいくつも思い当たる。ほおっておくと記録も記憶もなくなってしまうだろうから、インターネットの特性を理解してもらうために書き留めておこう。――それが本書の主題である。

カスで結構。ジャーナリズム宣言なんてしていない。

 印象深かったのは、天下の朝日新聞で社会部記者、海外特派員、AERA編集長を歴任してきた著者が、「私たちはジャーナリズム宣言なんてしていない」と言いきっていることだ。侮蔑をこめて「Jカス」と呼ばれても、「私自身は気に入っている。愛称とさえ思っている。カスで結構」と開きなおっている。

 考えてみれば、かわら版の昔から、人の興味を引きそうなことを探すのがメディアの姿勢だったし、ジャーナリズムで最も権威あるピューリツァー賞の創設者ジョーゼフ・ピューリツァーも、最初に新聞の売上げを伸ばしたのはスキャンダルやセンセーショナリズムだった。

 たとえネタ元が2チャンネルだったとしても、読者の興味を引く内容ならば伝える価値がある、という姿勢は、「ジャーナリズム」の原点なのかもしれない。J-CASTニュースが「Jカス」と呼ばれていることは、ピューリツァーの新聞が「イエロージャーナリズム」と蔑まれていたことを思い出させるではないか。

 新聞社系のニュースサイトのように新聞のしがらみから抜けられない媒体ではなく、ネット空間に全く新しいビジネスモデルをなんとしても構築する。著者の強い決意が現在の成功に繋がったのだろう。

 もちろん、J-CASTニュースの創業時のくふう、有料オンラインコンテンツの展望、双方向メディアの可能性など、ネット起業している人はもちろん、ブログのアクセス数を伸ばしたい人にも知りたい内容がたくさん載っている。
 興味のある方は、ぜひ身銭を切って本書を読んでいただきたい。

ネットの炎上力 (文春新書)
著者:蜷川 真夫
販売元:文藝春秋
発売日:2010-02-19
おすすめ度:
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【書評ブロガー】浅沼ヒロシ

ブック・レビュアー。
1957年北海道生まれ。
日経ビジネスオンライン「超ビジネス書レビュー」に不定期連載中のほか、「宝島」誌にも連載歴あり。
ブログ「晴読雨読日記」、メルマガ「ココロにしみる読書ノート」の発行人。
著書に『泣いて 笑って ホッとして…』がある。

twitter ID: @syohyou

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