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トニー・シェイ著 本荘修二監訳『ザッポス伝説』(ダイヤモンド社 2010年12月刊)
読了したあと書評を書きそびれていたら、日本でもネットで靴を売るベンチャーが誕生したことを TechWave の記事で知った。(関連記事:「ネットで靴は売れない」に挑む ロコンドの徹底的顧客中心主義【秋里英寿】)
湯川アニキは、この記事のイントロで「徹底的な顧客中心主義でザッポスが急速に売り上げを伸ばしている。TechWaveの読者なら、その辺りはよくご存知のことと思う」と書いている。
え~、そうなの~~! もう TechWave 読者なら知ってて当たりまえなの~~!?
遅ればせながら、今日はザッポスCEOのトニー・シェイが書いた『ザッポス伝説』の内容を紹介しながら、ザッポスとはどんな会社なのか、何が顧客の心をとらえたのかを考えてみようと思う。
「TechWaveの読者なら、その辺りはよくご存知」に当てはまる人は、読む必要はない。
だが、「今さら聞けないけど“ザッポス”って何?」という方も多いはず。念のためザッポスの成功の秘訣を抑えておきたい人は、「続きを読む」をクリックされたし。
「ザッポス」とはどんな会社か
本書のカバー見返しには、ザッポス・ドットコムについて次のように書いてある。
1999年にトニー・シェイらの出資を受けて創業され、2009年11月に12億ドルの評価額でアマゾン・ドットコムによって買収された。
みずからを、「靴を売ることになった顧客サービス企業」と称し、カスタマー・サービスを大切にすることで知られる。
2007年の米小売り協会の調査で、顧客サービスにおいて、かつて伝説を作ったノードストロームやオンライン販売トップのアマゾンを抑えて第二位に選ばれている。2009年から『フォーチュン』誌の「最も働きがいのある企業100社」にランキングされている。
(原文には改行が一箇所もないので、引用にあたって、適宜改行を加えた)
なんかすごい会社、ということは分るのだが、いまひとつピンとこない紹介だ。本書はザッポスCEOトニー・シェイが書いた本で、自身の生い立ちや会社の指針、会社のビジョンなどを書いているのだが、「ザッポスのことはよく知っているでしょ」という前提で書かれている。なので、そもそも「ザッポス」とはどんな会社なのか、という疑問には、これ以上の解説はしてくれない。
ここで、ウィキペディア等のネットメディア解説を参照しても良いいのだが、僕の記事は「書評」なので、「本」の情報にこだわりたい。米国在住の日本人がザッポスを取材して書いた別の本(石塚しのぶ著『ザッポスの奇跡』)が手許にあるので、こちらを見てみることにしよう。
『ザッポスの奇跡』には、ザッポスのサービスに感動したある女性のエピソードが載っている。
その女性は病床の母親のためにザッポスで何足か靴を買ってあげたが、母親の病状が悪化して亡くなってしまった。悲しみがさめやらぬなか、ザッポスから靴の具合をたずねるEメールがとどく。母親が亡くなってしまったので靴を返品したいこと、返品期限を過ぎてしまったかもしれないが、もう少し待ってもらいたいことをメール返信したところ、すぐに「宅配の集荷サービスを送ります」という反応があった。
ザッポスでは返品時も送料無料サービスを行っているが、通常は購入者が集荷場まで靴を持っていかなければならない。規則を曲げて自宅への集荷を手配してくれたことに女性は驚き、感謝した。
だが、話はそこで終わらない。翌日、女性の玄関先にお悔やみの花束が届けられ、ザッポスからのメッセージカードが添えられていたというのだ。
女性は、自身の体験をブログに書いた。
「感極まって、どっと涙がこぼれました。人の親切にはもとから弱い私ですが、今まで人様からしてもらったことの中で、これ以上に心を打たれたことを思い出せません」
ブログの締めくくりは、「もし、ネットで靴を買うのだったら、ザッポスから買うことをお勧めします」だった。
結果的にザッポスの良い宣伝になったブログ記事だが、決して「やらせ」ではない。この女性に対応したコンタクトセンター社員が「肉親を亡くした人の悲しみを少しでも癒してあげたい」という、ごく人間的な気持ちに従って行動した結果なのだ。
このエピソードを読んで、ディズニーやリッツ・カールトンの「感動のサービス」を思いうかべた人もいるだろう。たぶん、あなたの理解は正しい。
ザッポスは「サービス」を売り物にしている会社で、ついでに靴も売っているのだ。
「サービス」を売り物にするために徹底していること
ザッポスは「サービス」を売り物にしている。だから、他の流通業者とはちがってサービスを「コスト」と見なさない。むしろ、ブランドを築くための投資、顧客ロイヤリティを築くための投資と捉えている。
これは、単なる精神論ではない。具体的な施策に落とし込まれている。
たとえば、他社のコールセンターと違って、ザッポスでは電話の処理時間を測らない。
サービスをコストとしか考えない会社は、電話の処理時間を測るものだ。処理時間を記録したあと、こんどは、なるべく早くお客様との会話を終わらせる目標を打ち出す。早く電話を切ることができれば人件費が抑制できるからだ。
しかし、ザッポスでは、1件の電話に何時間かけても構わない。それより、お客様が「WOW!」と言ってくれるほど満足することが大切なのだ。トニーは『ザッポス伝説』のなかで、誇らしげに「これまでの最長時間は約六時間でした!」と書いている。
また、お客様が注文しようとした商品がもし在庫切れだったら、ザッポスのコンタクトセンター社員は、なんと他社のサイトを検索して、同じ商品がどのサイトにいくらで売っているのか教えてくれる。
他の会社のコールセンターなら通常は「在庫ありません」で終わり。自社の類似商品を勧めるのがせいぜいだ。しかしザッポスは、在庫を切らしたことによってお客様に不快な思いをさせたことを、少しでもリカバリーしようと考える。お客様の感情体験こそが売り物だからこそ、他社を紹介してでもお客様に満足してもらおうとするのだ。
もちろん、コンタクトセンターの人当たりがよくても、商品が届くのが遅くては話にならない。そのためザッポスは、ロジスティクスを考慮して倉庫を配置するだけでなく、倉庫を24時間体制で運営する。また通常保証しているのは4~5日以内の配達だが、リピート顧客には翌日配達を実現するなど、「えー、もう届いたの!」と驚いてもらう仕組みを構築している。
商品がお客様に届くスピードはオンライン小売業の重要なコア・コンピテンシーだが、ザッポスの成長過程の一時期、実はザッポスはロジスティクスをアウトソーシングしたことがあった。
しかし、委託した会社の処理能力ではザッポスの注文に追いつかず、お客様が注文した品物が届かないという苦情が多発した。もっと深刻だったのは、ザッポスが仕入れた靴の入庫処理が遅れてしまうことだった。靴メーカーに発注した新しい靴がどんどん届くのに、倉庫の搬入口に積み上げられたまま処理が進まない。靴が梱包を解かれないまま仕分けもされずに搬入口に置かれていると、ザッポスのウェブサイト上では「在庫なし」と同じことになってしまうから、毎日何万ドルも売り上げ機会を逃してしまった。
キャッシュフローの悪化は、会社存続に直結する。自社の倉庫を立ち上げて、やっと危機を脱した経験をふり返り、トニー・シェイは次のように反省している。
こうした試行錯誤を経て、ザッポスはお客様に選ばれるサービスを構築することに成功したのだ。
ベンチャー気質にあふれた創業者
日本人とアメリカ人の気風の違いなのか、それともアメリカ人の中でも突出しているのかわからないが、トニー・シェイは子どものころからベンチャー気質にあふれた少年だった。
トニーは9歳で最初の事業に手を染める。有機肥料用のミミズが売買されていることに目をつけ、ミミズの繁殖と大量販売で大金持ちになってやろうと思ったのだ。
人生最初の起業は、家の裏庭に「ミミズ箱」を作り、33.45ドルで買ってもらった100匹以上のミミズを投入することからはじまった。ミミズが早く繁殖するように毎日卵の黄身数個分をミミズ箱に撒き、ミミズの増殖を楽しみにしていたのだ。しかし、1ヶ月後にミミズ箱の泥を掘りかえしてみたら、ミミズは1匹も見つからなかったそうだ。ミミズ箱の底に敷いた金網をすり抜けて逃げてしまったか、それとも生卵につられてやってきた鳥たちに食べられたのか。
いずれにしても、トニーの最初の事業は破綻してしまったという。
小学校時代にはよくガレージ・セールをやっていた。家の不要品がなくなると友だちの女の子の家でやらせてもらえるよう交渉。ついでに女の子にレモネードの売り子をやってもらった結果、ガレージ・セールの品物よりもレモネードのほうがよく売れるという経験もしている。
中学校時代には、新聞配達の時給の低さに気づくとすぐに配達をやめ、自分でニュースレターを創刊して発行する側にまわった。夏にクリスマス・カードを売ろうとするようなバカもやったが、缶バッジ制作ビジネスがブレイクしたおかげで、トニーはビジネスのさまざまな局面を経験する。バッジを作る機械を50ドルの初期投資で買い入れたあと、雑誌広告掲載による売り上げ拡大でマーケティングの重要性を学び、半自動バッジ制作機を300ドルで購入することで、追加投資による生産効率の向上も経験した。
高校時代に800ドルの投資が大コケして自信を失ったりもするが、ハーバード大に入学してコンピュータ技術を学びながら、性懲りもなく学生寮でピザ屋を開業した。泥棒に入られて2,000ドル盗まれたおかげで時給2ドル相当にしかならなかったが、後のザッポスのCFO兼COOになるアルフレッドと知り合うことができたという余録も手にしている。
これだけ起業家精神にあふれていると、一定の給料でコツコツ働くという生き方に耐えられない。1995年のハーバード大卒業時、そのころ最も給与の高かったオラクル社に就職したのだが、入社してすぐにサイドビジネスをはじめ、5ヶ月後には会社を辞めてしまった。
トニーが創業したリンクエクスチェンジ社は、2年半後にマイクロソフトに2億6500万ドルで売却。その資金を注ぎ込んだザッポスも2009年にアマゾンに10億ドルで買収されることになる。両社とも1年あたり約1億ドルの計算になるが、けっして順調に成長してきたわけではない。とくにザッポスには、資金提供者としてだけでなく経営当事者として参画し、文字どおり心血を注いだ。
ザッポスを誕生させたあと、どんな危機が訪れ、どうやって乗りこえてきたのか。現在のザッポスブランドをトニーがどのように育ててきたのか。ちょっとした自慢話を含め、ザッポス成長の秘訣が本書で明かされる。
起業家精神あふれる諸氏は、一読をお勧めする。
顧客が熱狂するネット靴店 ザッポス伝説―アマゾンを震撼させたサービスはいかに生まれたか
著者:トニー・シェイ
販売元:ダイヤモンド社
(2010-12-03)
販売元:Amazon.co.jp
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ブック・レビュアー。
1957年北海道生まれ。
日経ビジネス本誌、日経ビジネスオンライン連動企画「超ビジネス書レビュー」に不定期連載中のほか、「宝島」誌にも連載歴あり。
ブログ「晴読雨読日記」、メルマガ「ココロにしみる読書ノート」の発行人。
著書に『泣いて 笑って ホッとして…』がある。
twitter ID: @syohyou
顧客中心主義を掲げていない企業などないのではないかと思うほど、「お客さまを第一に考えています」という企業は多い。それでもザッポスまで徹底して顧客中心主義を貫いている企業はない。貫けば、あっという間にほとんどの企業が倒産してしまうからだ。コールセンターの職員が一件当たり6時間もかけて対応すれば、何人雇用しないといけなくなるのだろうか。
だから大事なのはなぜ、ザッポスだけがここまで顧客中心主義を貫けたのかということじゃないかなと思う。物流専門のコンサルタントに話を聞いたところ、ザッポスは利益率の高いプライベートブランドを販売しているので、顧客対応に十分なコストをかけることができると分析していた。
それにTechWave的分析を加えると、時代の変わり目をうまくとらえたところに成功の要因があるんじゃないかと思う。
それまで靴はECでは売れない、というのが常識だった。実際に履いてみないと足に合うかどうか分からないからだ。靴のECに挑戦した業者の多くは敗退していったし、ほとんどの消費者も足に合わない場合のことが心配で靴をECで買おうとは思わないというのがちょっと前までの状況だった。
そこでザッポスは「返品無料」を打ち出した。とはいえ消費者は「いくら返品無料といったって、何足も返品すればイヤミの1つも言われるかもしれない」と思うので、積極的に買う気になれない。テレビコマーシャルやバナー広告で「返品無料」を宣伝しても、消費者は動かないだろう。マスメディア、デジタルメディアのコマーシャルメッセージには、この消費者の意識の壁を打ち破ることができないのだ。
そこにソーシャルメディアが登場した。自分の友人の「ザッポスで買うことを勧めます」という力強い言葉で始めて意識の壁を超えることができる。
マスメディアやデジタルメディアは、メッセージを広く伝えることができるが、打ち破ることができるのは薄い壁だけだ。一方でソーシャルメディアは、メッセージが伝わる範囲は小さいが、一方で分厚い壁をも打ち破る力を持つ。
デジタルメディアからソーシャルメディアの時代の変わり目に、どこよりもタイミングよく動くことができたので、ザッポスは成功したんじゃないかと思う。