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24時間365日ニュースを監視するヤフー・トピックスの現場【浅沼ヒロシ】

奥村倫弘著『ヤフー・トピックスの作り方』(光文社新書 2010年4月刊)

 前回取りあげた『ネットの炎上力』には、J-CASTニュースのアクセス増の仕掛けや工夫が書かれていたが、アクセス増の大きな要因の一つとしてヤフーニュースからのリンクが挙げられていた。
 J-CASTニュースが「ヤフーニュース」へ配信したニュースには「関連記事のリンク」が付いていて、ヤフーニュースを読んでいたはずなのに気がつけばJ-CASTニュースを読んでいる、という仕組みだ。

 なにしろ、ヤフーニュースの月間閲覧数は45億ページと圧倒的に多い。グーグルからの流入も多いが、やはりヤフーニュースからの流入にはかなわないという。

 影響力の大きいヤフーニュースのなかでも、人気コーナー「ヤフー・トピックス」の効用は絶大で、ふつうの記事の数倍から数十倍のアクセスがあるそうだ。『ネットの炎上力』著者の蜷川氏は、「トピックス以外の記事はおまけのようなものだ」、「大変な『権力』を持ったコーナーである」とまで言っている。

 ヤフー・トピックスがこれほどまでに読者に支持されるのはなぜなのか。本書はヤフー・トピックスチーム責任者が書き下ろしたもので、トピックス編集の現場を案内してくれ、「いやー、なかなか大変なんですよねー」とざっくばらんに問題点や苦労話も語ってくれている。


「ヤフー・トピックス」はPV至上主義?

「ヤフー・トピックス」は、ヤフージャパンのトップページ上部中央に掲載されている8本のニュースである。(TechWave 読者に説明する必要はないと思うが、念のため……)

 8本のニュースは時々刻々差し替えられるのだが、コンピュータに任せるのではなく、人間が選んでいるところが、いかにもヤフーらしい。ヤフーニュースに毎日約3,500本以上のニュースが配信される中から、トピックス編集者が「価値の高いと思われる記事」を選んでいく。

 トピックスに掲載する記事の数は一日におよそ60本。平均すると約3時間で記事は入れ替えられる。しかも、トピックスに載せたあとも、読者に読まれているかどうかリアルタイムで常に監視されているというから、個々の記事は「ニュースバリューがあるか」、「PVは上がっているか」、と多くの人の目にふれるための競争にさらされているのだ。

 じゃ、アクセス数至上主義なのか? というと、ちがう。

 著者の奥村氏は、
  「トピックスは、アクセスランキングも参考にしながら、公共性の
   高い政治や海外のニュースだけでなく、誰もが関心のある芸能人
   の結婚やスポーツ選手の活躍も幅広く取り上げるという、みんな
   の関心を表現したラインアップを目指してきました」
と言っている。

「トップページなんだからアクセス数上げなきゃなんないでしょ。“公共性”なんて、きれい事なんじゃないの~」というツッコミが聞こえてきそうだ。僕もはじめ、そう思った。

 しかし、本書を読んで分かった。奥村氏、本気だ。

 著者の奥村氏は元読売新聞記者。インターネットの将来に賭けて30歳を前にヤフーに転職してきた。あとから転職してきたメンバーも、ほとんどが元取材記者、元整理記者、書籍・雑誌編集者などの現場経験者だという。

 現場経験者の見識を活かすことが公共性を保つための第一歩なのだが、「みんなの関心」を表現したラインアップにするために、トピックス編集部は8本の記事のジャンルを決めている。
 上から国内、地域、海外、経済、コンピュータ、サイエンス、スポーツ、エンターテインメントのジャンル順で、硬軟のバランスがとれるように並べている。

数字では測れない価値を判断する

 しかし、ジャンル分けの基準を決めたからといって、編集者の悩みは終わらない。読まれ方に偏りがあるのだ。スポーツやエンタメのような柔らかい記事の閲覧数は多いが、海外、コンピュータ、サイエンスなどの“お硬い”ニュースは、それぞれ全体の10%以下だという。

 たとえば、新聞の一面にも出ていた「コソボ独立宣言」は、たった2%のアクセスシェアしか獲得しなかった。閲覧率が低いということは、事実が広く認知されなかったということを意味する。

 読んでもらいたい、知ってもらいたいと思って発信したニュースが閲覧されない事実は、トピックス編集者を凹ませる。編集部のなかでは「コソボは独立しなかった」と言っているそうだ。

 だが、この問題はヤフーだけでのものではない。新聞だって「テレビ番組表」は読まれても「国際面」は読まれないものだ。
 毎日新聞社元常務取締役の河内孝氏が「結局、読者は自分の関心領域か、せいぜい、その周辺にしか目がいかないものなのである」と断言していた、と奥村氏は紹介している。

 それでも奥村氏はアクセス数だけに価値を置いてはいけないという。月間6,970万ユニークユーザーの期待を裏切らないために、閲覧数では測れない社会的な価値あるニュースを提供しようとする。
「読者に対して誠実であることは、会社にとっても長期的な信頼と利益につながると信じている」という奥村氏の言葉が、これからもヤフー社内に受け入れられることを願いたい。

『ヤフー・トピックスの作り方』書名から、もっと気軽な読み物と思ったが、意外にも「ネットの公共性」を考えさせられる一書だった。

TechWave の公共性

 我らが湯川アニキも新聞社を辞めてネットの世界に飛び込んだばかりだ。
 黒字達成率は徐々に上がってきてはいるが、湯川アニキとオカッパ本田さんは「なかなか伸びないねー。結構きびしいねー」と言っている。(関連記事:【目指せ!プロブロガー】4月の黒字達成率31%

 だからといって、TechWave がアクセス至上主義に方向転換することはない、と僕は思う。湯川アニキが芸能ネタを書くことはあり得ないし、もし僕がヤフートピックスにも載っていた「勝間さん「だめだこれ」で謝罪」のようなネット炎上ネタを取り上げようと提案しても、たぶん却下される。

 明文化された編集方針はなくても、そんなことをしたら TechWave じゃなくなるからだ。

 湯川アニキは、日本では知名度の低い Facebook のことをせっせと記事にしている。今は知名度が低くても、近い将来にポストGoogle時代を開くかもしれない Facebook は、読者にお知らせする必要があると信じているのだと思う。

 PVが稼げなさそうな記事を書くアニキの後ろ姿に「矜持」を見るか、「志」を感じるか。それとも「アホやなぁー」と斬りすてるのか。

 少なくとも僕は、「アニキ、格好いいよ!」とエールを送る。
 TechWave 読者の皆さまも、今後とも応援いただけると嬉しい。

ヤフー・トピックスの作り方 (光文社新書)
著者:奥村倫弘
販売元:光文社
発売日:2010-04-16
おすすめ度:
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【書評ブロガー】浅沼ヒロシ

ブック・レビュアー。
1957年北海道生まれ。
日経ビジネスオンライン「超ビジネス書レビュー」に不定期連載中のほか、「宝島」誌にも連載歴あり。
ブログ「晴読雨読日記」、メルマガ「ココロにしみる読書ノート」の発行人。
著書に『泣いて 笑って ホッとして…』がある。

twitter ID: @syohyou

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