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岸博幸著『ネット帝国主義と日本の敗北 搾取されるカネと文化』(幻冬舎新書 2010年1月刊)
「帝国主義」だの「搾取」だの、やや大時代的に聞こえるタイトルだ。目立つためのタイトルと思ったが、著者の愛国精神は本物らしい。
ネット上には次々と便利なサービスが登場するが、インターネットの普及は決して良いことずくめではない。
特に、インターネット上のサービス提供者がアメリカ企業に席巻されているのはまずいんじゃないのか。食料の安全保障と同じくらい、情報の安全保障のことをもっと考えよう! と著者の岸氏は主張している。
な~んかネット右翼っぽくてやだなー、と思う人は読まなくても結構! ――と、著者は言っていないけれど、過激な意見であることは確かだ。すんなり納得できる議論ではないことを先にお伝えしておく。
インターネットの社会的影響なんか興味ない、という方は「続きを読む」を押さずに、次の記事へどうぞ。
米国によるインターネット世界制覇に気をつけろ!
――ということで、ここから先はインターネットの社会的影響に大いに興味のあるアナタだけに、岸氏が何を訴えているのかをお伝えする。
岸氏が本書で問題にしているのは、ふたつ。ひとつは米国によるインターネットの世界制覇。もうひとつは、インターネット革命のおかげで、民主主義を支える基盤(ジャーナリズムと社会の価値観を形成する文化)が衰退しつつあることだ。
インターネットビジネスを寡占、独占している企業の多くがアメリカの企業であることは、周知の事実だ。
だからって、何か問題なの? という一般人に向かって岸氏は言う。アメリカに置いてあるサーバは“米国愛国者法”で当局に覗かれちゃうんだぞ。逆に米連邦政府は、米国本土に置かれてないデータセンターとは契約しないんだぞ。ハワイじゃだめなんだぞ、と。
ゴルゴ13の世界ではないが、連邦政府がアメリカ企業のインターネット世界制覇を後押ししている。情報を扱うサービスでは安全保障の観点が重要だ、というのだ。
岸氏の愛国心は本気かもしれないが、僕はちょっと考え過ぎなのではないかと思ってしまった。特に次の一節は。
インターネット革命のおかげで、民主主義を支える基盤がぜい弱になる?
検索やソーシャルネットワークなどのプラットフォーム・レイヤーは事実上アメリカ企業に独占されているから、インターネット広告費が増えて新聞・テレビ・雑誌等の広告収入が減ると、次のようなドミノたおしが起こる。
⇒ 広告費がアメリカに流出する
⇒ 自国の新聞・テレビ・雑誌等のコンテンツ予算が減る
⇒ 自国の文化が衰退する
コンテンツ産業が衰退してくると「文化なのだから守らなければならない」と言いだす傾向がある。そもそも、海外から入ってくる舶来文化を消化しつづけて来たのが日本文化なのだ。なんでもかんでも残しておくわけにはいかない気もするのだが、もう少し岸氏の主張を聞いてみよう。
新聞社では広報発表を丸写ししただけの記事は「横のものを縦にしただけ」と揶揄されるそうだ。それだけ、情報源(=人間)から話を聞き出したりウラ取り取材することを重視するのだが、当然ながら効率が悪い。
しかし、ネット社会はどんどん「フリー」になっていく。この価格低下圧力に負けて新聞社が本当になくなってしまったらどんな社会になってしまうのか。
岸氏が紹介するプリンストン大学の調査結果によると、実際に主要紙が廃刊になった米地方都市のシンシナティでは、民主主義のクオリティが明らかに低下した現象が見られた、ということだ。投票者数が減少し、同時に選挙で現職に対抗して立候補する人の数も減少してしまったというのだ。
民主主義のクオリティを投票者数で測るのは正しいのか? じゃ、投票率の高い北朝鮮は民主主義のクオリティが高いのか? ――とツッコミたくなる人もいると思うが、確かに主要紙がなくなる社会はなんとなく怖い。
アメリカの独立宣言を起草したトーマス・ジェファーソンは次のように言ったそうだ。
“政府がなくて新聞がある社会(newspaper without a government)”の
どちからを選べと言われたら、私は迷わず後者を選ぶであろう。
新聞社という企業は倒産してもしかたないが、新聞が担ってきたジャーナリズムはネット時代でも誰かが担っていかなくてはならない、と岸氏は主張する。
じゃあ、どうしたらいいのか
マスメディアやコンテンツ産業がネット上のプラットフォーム企業から利潤を取り戻す方法は、基本的に2つしかない。ひとつは自身がプラットフォームに進出すること。もうひとつは、プラットフォーム企業と交渉してもっと対価を要求することだ。
どちらも簡単に実現できることではない。米Newsday紙は約4憶円もかけてサイトをリニューアルしたのに、有料化したらほとんどの読者が逃げてしまったという惨憺たる例もある。(関連記事:米Newsday紙、有料化でなんと35人読者ゲット!)
本書では数少ない成功例を挙げていた。ひとつは、米国のテレビ局が共同で開設した動画サイト「Hulu」が人気を集めていること、もうひとつは、ニューズ・コーポレーションがグーグルの検索結果への新聞記事提供をやめ、対価を支払う用意のあるマイクロソフトのビングに記事を提供しようとしていること。
残念なのは、どちらもアメリカの成功例ということだ。
岸氏の主張のように、コンテンツ・レイヤー企業がプラットフォーム・レイヤー企業から収益を取りもどすことに成功したとしても、それが米国内の独占企業どうしの勢力争いで終わるなら、日本は搾取されっぱなしになってしまう。
日本ではどうだろう。民放連が動画サイトを立ち上げてYouTubeの違法コピーを撲滅させたら、広告収入でやっていけるだろうか。グーグルへの検索記事提供をやめてビングに変える度胸と、対価を引出す交渉力が新聞社系ニュースにあるだろうか。
えっ? 簡単に解決できるなら、もうやってる?
ごもっとも!
著者:岸 博幸
販売元:幻冬舎
発売日:2010-01
おすすめ度:
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ブック・レビュアー。
1957年北海道生まれ。
日経ビジネスオンライン「超ビジネス書レビュー」に不定期連載中のほか、「宝島」誌にも連載歴あり。
ブログ「晴読雨読日記」、メルマガ「ココロにしみる読書ノート」の発行人。
著書に『泣いて 笑って ホッとして…』がある。
twitter ID: @syohyou