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アメリカの新聞は、そうとうひどいことになっているらしい【浅沼】

鈴木伸元著『新聞消滅大国アメリカ』(幻冬舎新書 2010年5月刊)

 このタイトル、どこかで見たように感じる人も多いと思う。そう、いかにも堤未果著『貧困大国アメリカ』をまねたタイトルだ。本の題名だけでなく、アメリカの悲惨な現状をレポートするという内容の方向性も同じだ。

 しかし、この本、ビジネス書にありがちな単なるパクリや2匹目のどじょう狙いではない。しっかりした現地取材をもとに書かれているのだ。

 世界の先頭をいく輝かしい国であるはずのアメリカが、世界の悲惨さの先頭をはしっている事実を丹念に追う。堤氏と分野が異なるが、ルポルタージュの王道をいく良書である。

 NYタイムズは3年間で1400人を解雇した。ワシントンポストは全支局を閉鎖した。という姿は、日本の新聞業界の3年後の姿かもしれない。新聞なんかなくなったって関係ないさ、という方も、日本の近未来を考えさせる警告の書の存在は知っておいたほうがいいと思う。


NYタイムズが消えてしまう日が近い?

 第1章のタイトルからしてすごい。「NYタイムズの最期」となっている。おいおい、まだNYタイムズは倒産も破綻もしていないぞ、といいたくなるが、会社は存続していても報道機関としてはそうとうひどいことになっているらしい。

 1851年創刊のNYタイムズは、最初の45年は発行部数の少ない弱小新聞のひとつだった。ピューリッツァーやハーストがセンセーショナルな記事でイエロー・ジャーナリズムと言われながらも部数を伸ばしていたころ、1896年にNYタイムズを買収したアドルフ・オークスは「常に公平の立場で報道をする」という硬派な新聞作りを進めた。この硬派路線が一定の人々の信頼を集め、NYタイムズはニューヨーク市民に浸透していった。
 NYタイムズ本社のあるマンハッタン42丁目が社名をとって「タイムズ・スクエア」と呼ばれるようになったのは1904年のことである。

 その後も硬派路線を歩むNYタイムズは、時の権力とも対決を辞さないジャーナリズムのさきがけとなる。
 1964年、NYタイムズ記者デイヴィッド・ハルバースタムがベトナム戦争政策に対して批判的な記事を展開した。時のケネディ政権の圧力に抗して記事を出しつづけた姿勢が評価されピューリッツァー賞を手にする。このあとハルバースタムが政権内部の意志決定のいいかげんさを告発した『ベスト・アンド・ブライテスト』を出版する(日本でも2009年に復刊された)が、政府と真っ向から対決する米新聞界の黄金時代の幕開けを切ったのはNYタイムズだったのだ。

 そんな名門NYタイムズも、対前年比売り上げが2007年第3四半期にプラス2.0%だったのを最後に、それ以降マイナス成長をつづけている。系列新聞を売却したり、3年間で1400人(それまでの社員数の30%)という空前の人員削減を実行したが、とても追いつかない。

 第1章のタイトルのように、NYタイムズが消えてしまう日が近いかもしれない。

対策を打っても苦しくなるばかり

 サンフランシスコ・クロニクルを取材した第2章のタイトルは「廃刊寸前」である。

 日本ではNYタイムズやウォール・ストリート・ジャーナルほど知られてはいないが、サンフランシスコ・クロニクルは全米で15位に位置する大手新聞である。その全米15位の新聞も、読者数と広告費が激減して2008年には年間赤字が5千万ドルを超えてしまった。リストラが進まなければ、本当に廃刊しなければならなくなる。

 親会社から送り込まれた社長のアドキンスは、次のように語る。
「新聞社は言論を担っているが、その経営は一企業と同じ。ジャーナリズムは慈善事業ではない」

 社員の削減のほか、紙面サイズの縮小、印刷工程の外部委託、購読者の少ない地域からの配達とりやめなど、なりふり構わぬ経費削減を行ったが、それは同時に読者サービスの悪化を意味することになった。

 2009年4月から半年の発行部数落ち込みは26%に達し、減少傾向の全米の新聞のなかでも最大の落ち込み幅を記録した。経費の削減は更なる読者の減少をまねき、ますます経営は苦しくなるという悪循環だ。

民主主義の基盤がゆらぎはじめる

 苦しい経営状況の具体例を2社あげたあと、鈴木氏はアメリカの新聞社の数が2008年まで3%ずつ減少していたのが、2009年に入って廃刊が加速していると述べ、シカゴ・トリビューンの廃刊等、しかばね累々の状況をレポートしている。

 新聞がなくなったからといって、新聞の担っていた役割をインターネットが代替してくれるわけではない。特に、権力と対峙するというジャーナリスト精神、権力を監視するという新聞の役割を担う後継者が現れないかぎり、地方行政も中央政府も腐敗してしまう。

 社会の監視役が必要であることを十分に認識したうえで、鈴木氏は次のように結論する。

しかし、そのジャーナリズムの旗を掲げるだけでは、もはや生き残れない時代に突入しているのだ。

著者はNHK報道局に所属

 著者の鈴木氏は1996年にNHKに入社(NHKでは「入局」と言うらしい)し、現在は報道局社会番組部所属。「NHKスペシャル」「クローズアップ現代」などを担当してギャラクシー賞の奨励賞を二度受賞している。

 本書は「クローズアップ現代」の取材過程をまとめたものであることを「あとがき」で述べているが、この「あとがき」について2点ほどツッコミを入れたい。

 まず、「この本は、2009年1月に放送した「NHKクローズアップ現代『変わる巨大メディア・新聞』」のアメリカでの取材をもとに」と書いているが、番組名でググッてみると放送日は2010年1月12日のようである。NHKのWebサイトでもしっかり「2010年」と表示しているから、たぶん間違いない。

 1年ずれてるだろっ!

 ジャーナリストにとって数字の誤記は「あってはならない間違い」と思うが、それはさておき、2点目に指摘しておきたいのは、本書の出版までにずいぶん時間がたっていることだ。NYタイムズの取材が2009年11月にはスタートしていたことを考えると、番組が放送されてから5ヶ月、取材開始から8ヶ月も経過している。
 民法民放のバラエティ番組じゃあるまいしNHKが“撮って出し”するはずもないのだが、それにしても、

 長すぎんじゃねぇ?

 製造業でこんな長期在庫をかかえる会社はあり得ない。ジャーナリズムの観点からしてもタイムリー性がどんどん失われていくのはまずいんじゃないだろうか。

 以上、2つツッコミを入れたが、それでも本書が今の時期に注目をあびる一書であることは間違いない。ipadの発売のせいで今年が電子書籍元年といわれているからだ。
 出版社や既存メディアの衰退が必然的なことであるとよく聞くが、日本ではまだ目立った徴候がない。ドラスティックに変わる米国新聞業界を扱った本書は、近未来の日本の姿を考えさせる良書となっている。

 尚、アメリカで新聞が急速に衰退している現実は波紋をひろげており、類書も出版されている。4月に朝日新聞出版から出たアレックス著『新聞が消える』では、320ページの分量でマスメディア、ネットの未来を予言している。
 もっと読みごたえのある本が読みたいかたは、こちらをどうぞ。

新聞消滅大国アメリカ (幻冬舎新書)
著者:鈴木 伸元
販売元:幻冬舎
発売日:2010-05
おすすめ度:
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【書評ブロガー】浅沼ヒロシ

ブック・レビュアー。
1957年北海道生まれ。
日経ビジネスオンライン「超ビジネス書レビュー」に不定期連載中のほか、「宝島」誌にも連載歴あり。
ブログ「晴読雨読日記」、メルマガ「ココロにしみる読書ノート」の発行人。
著書に『泣いて 笑って ホッとして…』がある。

twitter ID: @syohyou

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