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地球と人類の未来を救うのは「コラボ消費=シェア」だ【浅沼】

[読了時間:7分]

レイチェル・ボッツマン/ルー・ロジャース著『シェア 〈共有〉からビジネスを生みだす新戦略』(NHK出版 2010年12月刊)

 「太平洋ゴミベルト」をご存知だろうか。
 日本の東、ハワイの西に位置する太平洋のはるか沖合に存在する巨大なゴミの渦巻きだ。テキサス州の2倍の面積があり、場所によって30メートル以上の深さに達する。
 9割はプラスチックで、世界中から流れついたペットボトル、おもちゃ、靴、ライター、歯ブラシ、網、おしゃぶり、ラップフィルム、使い捨て容器、ポリ袋などのゴミの寄せ集めだ。1997年8月、環境活動家チャールズ・ムーアが航海中にはじめて遭遇し、その存在が広く知られるようになった。

 「もうたくさんだ」と題した本書の第1章は、大量生産、大量消費文明に警告を発するところからスタートする。

過去200年にわたる産業の成長はネズミ講といってもおかしくない。人間は天然資源を使い尽くし、有害ガスを大気中にばらまき、私たちが死んだあとも消えてなくならない廃棄物を生みだした。つまり、私たちは、与えるつもりも返すあてもなく、ただ取り続けてきたのだ。ここまできたら「左翼の陰謀」「消費抑制」といったお決まりのフレーズで現実を覆い隠すことはできない。太平洋ゴミベルトや、2008年の金融恐慌を考えても、自分自身の破壊的な習慣から身を守るすべはもうない。

 地球と人類の未来のために、いったい僕たちは何をしたらいいのだろう。

 本書のタイトル『シェア』(原題 What’s Mine Is Yours)がその答えだ。


私のものはあなたのもの

 本書が「シェア(コラボ消費)」と呼んでいるのは、モノやサービスをひとりで専有するのではなく、共有することだ。

 たとえば……、

スワップ取引、タイムバンク、地域通貨システム(LETS)、物々交換、ソーシャルレンディング、P2P通貨、ツール交換、ランドシェア、衣服スワップ、おもちゃシェア、オフィスシェア、コ・ハウジング、コ・ワーキング、カウチサーフィン、カーシェア、クラウドファンディング、バイクシェア、ライドシェア、協同組合、ウォーキング・スクールバス(集団登校)、小型託児所シェア、P2Pレンタル――数え挙げればきりがないが、これらは、すべてコラボ消費の例だ。

 「シェア」は、決して新しい概念ではない。本のシェアを例にとれば、我々は「図書館」というシステムで書物を分かちあってきた。書物といえば手書き写本を指した時代、本は一般人が気軽に手にするシロモノではなかった。グーテンベルク以降も本は相変わらず貴重品だったし、図書館も万人に開放されてはいなかった。
 本書によれば、それまで一部の人にしか利用できなかった図書館を一般市民に開放したのは、鉄鋼王カーネギーだという。
 カーネギーは「教育と情報が人生における成功のカギだ」という強い信念を基に、アメリカ中に1,689を超える図書館を設立したのである。

 仕事をシェアするワークシェアリングも決して新しい考えではない。大恐慌が始まった1930年、コーンフレークのケロッグ社が1500名の従業員の大半を8時間労働から6時間労働に変えたそうだ。ケロッグの創始者、W・K・ケロッグが「今の消費経済に未来はない」と気づき、物質主義の文化を止めようとして行った、と本書で紹介されている。この試みは、第二次世界大戦の労働力不足と製品需要の高まりのため1943年に中止されるまで13年間つづいた。

コラボ消費の種類

 本書は、コラボ消費を3つのタイプに分類している。

 ひとつ目がプロダクト=サービス・システム(PSS)。
 ある製品(プロダクト)を所有せずに、その製品から受けたサービスにだけお金を払う、利用した分だけ費用を負担するという方式だ。ITの世界でアプリケーションサービスプロバイダが業績を伸ばしているように、アメリカではオフィスやクルマや駐車場などをシェアするサービスがこれまでの産業を破壊しつつあるという。

 ふたつ目は、再分配市場。
 ソーシャルネットワークをとおして、いらなくなった個人の持ちものを誰か欲しい人に配り直す方式だ。お金を払うタイプもあれば完全無料なもの、物々交換するものもある。再分配市場は中古品を廃棄せずにリユースするもので、持続可能な商取引のあり方として認められるようになってきた。

 三つ目は、コラボ的ライフスタイル。
 同じ目的をもつ人たちが集まり、時間や空間、技術やお金といった、目に見えにくい資産を共有する方式だ。オフィスや仕事、時間、スキル、食べ物、駐車場などのサービスが例として挙げれらている。

 分類したあと、それぞれのサービスの実例を挙げながら、サービスが成り立ち、成功し、発展する条件も分析している。
 本書の示すコラボ消費の4大原則とは、「クリティカル・マスの存在」「余剰キャパシティの活用」「共有資源(コモンズ)の尊重」、そして「他者との信頼」だ。
 詳しい説明は割愛するが、消費大国アメリカとは思えないほど多くのサービスが成功しているのは、利用者にも提供者にもメリットのあるやり方を見つけているからだ、ということがよく分る。

コラボ消費はワクワクする

 アメリカのジップカーというカーシェアリングサービスは、年率100%の勢いで成長している。成功の秘訣は、ジップカーがカーシェアを「かわいそう」から「かっこいい」に変えたことだ。

 これまでは、クルマを持つことがステータスだったから、カーシェアリングは、クルマを買えない「かわいそう」な人を相手にしたサービスだったとも言える。
 ところが、有名ブランドを含む多くの車種をジップカーが用意することによって、ユーザーはその日の気分でBMWでもボルボでも選べるようになった。ひとつのモデルに縛られない自由さは、いまやクルマの「かっこいい」利用法になったのである。

 僕は見ていないのだが、映画『セックス・アンド・ザ・シティ』には、デザイナーバッグのレンタルサービスが登場するそうだ。主人公キャリーの個人秘書面接に、ルイーズが応募する。セントルイスから来た無職の女の子が新作のルイ・ヴィトンのパッチワークデニムのバッグを肩にかけているのを見て、キャリーはなぜそんな高いバッグを持っているのかと尋ねた。ルイーズはレンタル品であることを隠そうともせず、「いつもバッグ・ボロー・オア・スティールから借りるの」と答えるのだった。

 このほか、多くのコラボ消費サービスがブランドとしての価値を持つようになり、単にかっこいいだけでなく、人とのつながりや、思いやりなど、一種のコミュニティへの所属欲求さえ満たしてくれているという。

 新しい時代をひらく、大きなうねりが起ころうとしているのかもしれない。

日本の「シェア」はどうなっている?

 僕は TechWave の書評担当なので、あまり技術の動向にアンテナを張っていない。そんな僕の耳に入ってきた日本の「シェア」サービスの例を、2つだけ紹介する。

 ひとつは、その名も「シェアモ」。

 お互いにいらなくなったものを融通しあう。それも、誰かが別の誰かに“あげる”のではなく、「みんなの物」として登録する。使いたい人は期限つきで使って、期限がすぎたら、別の希望者に着払いで送ってあげる。
 まさに、本書『シェア』の考え方を形にしたようなサービスだ。

 2008年3月に出版された『謎の会社、世界を変える。 エニグモの挑戦』に、このサービスのことが予告してあり、僕がこの本を読んだ2008年6月にはもうスタートしていた。
 会員登録手続きや借りる(シェアする)、出品する(シェアモノのデビューさせる)操作を携帯電話で行うもので、会費は無料。

 さすが、謎の会社。いったいどうやって収益を上げるのかなぁ、と不思議に思いながら、僕も会員登録して浦沢直樹の『PLUTO』の1巻~4巻を着払いで手に入れた。出たばかりの第5巻を書店で購入し、次の人に1巻~5巻を送ってあげたのだが、その後、面倒くさくなってあまりサイトを覗かなくなってしまった。

 2年半が過ぎた昨年11月1日。突然、サービス終了のお知らせメールが送られてきた。
 終了の理由は「シェアモをとりまく様々な状況をふまえ慎重に検討した結果、サービス提供が困難と判断し」とあるだけだ。会員数がクリティカル・マスを超えられなかったのか、それとも会員数は増えたがマネタイズに失敗したのか、あるいはシェアモノを次に送らない人が増えて回らなくなったのか、よくわからない。

 ひょっとするとヤフーオークションのように大流行するかもしれない、と期待していただけに、1度ずつ貸し借りを経験した“関係者”としては残念に思う。2ヶ月の整理期間を経て、1月31日に「シェアモ」サービスは終了した。

 紹介するもうひとつのサービスは、相乗りタクシーのマッチングサービスだ。

 ガラケー用Twitterクライアントとして人気の「モバツイ」を提供するマインドスコープ株式会社が iPhoneアプリとして近日リリース予定とのこと。

 サービス名は『あいのりさん(仮)』という。

 昨年末、とある忘年会でお会いしたマインドスコープ社員から構想を聞かせていただいた。
 ターミナル駅のタクシー乗り場にできた長い行列には、ご近所の人や同じ方向に帰る人がいるに違いない。相乗り相手を探すことができれば、一人当たりの料金が安くなるし、行列だって短くなる。iPhone で相手が見つけられるサービスを提供しよう! という構想だ。

 そういえば、千葉では相乗りタクシーが一般的らしい。「独身時代によくJR新検見川駅で相乗りタクシーに乗っていた」、と僕のカミさんに聞いたことがある。タクシー乗り場に整理役員のような人がいて、「○○方面の方いませんか」と3人~4人を一組にして1台のタクシーに乗せてくれるというのだ。

 閉鎖してしまったさきほどの「シェアモ」と逆で、『あいのりさん』は完成度90%でこれからデビューするサービスとのこと。日本で「シェア」精神が根付くためにも、こんどはクリティカル・マスを超えて成功することを期待したい。

 なお、本書にもヴァージン・アトランティックの“Taxi2”という相乗りサービスが載っていた。駅ではなく空港のタクシー利用者に相乗り候補をマッチングするサービスだ。(日本語で“Taxi2”を紹介している記事を見つけたので、こちらにリンクを張っておく)

「シェア」精神で、この本も「シェア」しちゃえ!

 本書は、TechWave 1周年記念パーティでお会いしたNHK出版の担当編集者松島さんから献本いただいた。
 NHK出版というとお堅いイメージがあるが、松島さん、あの『フリー』を出したとき、書籍の全文を収録したPDFの無料ダウンロードを行ったバクチ打ちだ。1万人限定とはいえ、聞いたこともないキャンペーンによく上司の許可を得たものだと思う。「フリーミアム」という言葉をはやらせれば売れる、という思惑は当たり、『フリー』はベストセラーとなった。
 1万人に無料で配った結果10倍以上の購入者を確保したのだから、『フリー』の成功みほんのような売り方だ。

 勢いにのる松島さんは、本書『シェア』を、『シェア』のみほんにすることにした。
 読みおわった本を、どうぞ他の人に「シェア」してください。初回出荷本にかぎり、帯に「シェアコード」を印刷しておきますので、本がどんな人に読まれていくか辿れるようにしておきますよ、という試みだ。

 どれどれ、キャンペーンサイト http://www.share-biz.jp/ を覗いてみよう。
 ふ~ん、2月21日現在424回のシェアかぁ。

 PDFの『フリー』があっという間に1万人にダウンロードされたことを考えると、発売2ヶ月でまだ3桁というのはちょっと少ないんじゃない? 本は売れているみたいだけど、分かち合いの精神というのは、なかなか根付かないのかなぁ……。

 せっかくなので、書評を書き終わったところで、この本をシェアさせてもらおう。希望者は、このブログエントリーの一番上にある Tweet ボタンを押して、「書籍シェアのシェア希望」とつぶやいてもらいたい。良き日良き時を選んで、当選者一名様に送り先をお尋ねするダイレクトメッセージを僕(@shoyhou)がツイッターで送るので、やはりダイレクトメッセージで返信してもらいたい。

 なお、この本にかぎらず、読みおわった本を他の人に読んでもらおうという「ブッククロッシング」というサイトがある。世界中で22万人のbookcrossersによって、120万冊の本がチェックインされているそうなので、自分の本を世界に旅立たせたい人は、こちらの日本語説明ページをご覧あれ。

 いまのところ、本のシェアは電子書籍ほど業界の話題になっていない。しかし、ゆくゆくは「シェア」の精神が、本の世界だけでなく、産業構造を変えてしまうような大きなうねりになっていくかもしれない。

 時代の先を見とおす TechWave 読者なら、ぜひご一読を。

シェア <共有>からビジネスを生みだす新戦略
著者:レイチェル・ボッツマン
日本放送出版協会(2010-12-16)
販売元:Amazon.co.jp
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【書評ブロガー】浅沼ヒロシ

ブック・レビュアー。
1957年北海道生まれ。
日経ビジネス本誌、日経ビジネスオンライン連動企画「超ビジネス書レビュー」に不定期連載中のほか、「宝島」誌にも連載歴あり。
ブログ「晴読雨読日記」、メルマガ「ココロにしみる読書ノート」の発行人。
著書に『泣いて 笑って ホッとして…』がある。

twitter ID: @syohyou

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