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戦場はネットからリアルへ。日本に勝機あり、業種・規模を超えた連携を【鵜飼伸光】

[読了時間:5分]

最近話題の「NFC」。Felicaとの違い、今後の発展、日本勢に出来ることなど、NFCに関する解説が網羅されています。
著者は、電子マネーEdyの立ち上げから日本のNFCに関わってきた鵜飼伸光さん。ボリュームはありますが、必見の記事です。(本田)

鵜飼伸光
(@ukaino)

 「NFC」という言葉を耳にしたことがあるだろうか。むしろ、本サイトをご覧になる方で、全く聞いたことがないという方は無いかもしれない。Near Field Communicationの略語であるが、最近ではO2O(Online to Offline)やIoT(Internet of Things)という用語と絡めて語られることも多い。どうやら、「ネット」と「リアル」をつなぐキーテクノロジーの一つとみなされているようだ。

 ガートナーが発表している先進テクノロジのハイプ・サイクル:2011年でも、今まさに「Peak」。しかし、じゃあ正確にそれって何?と問われると、意外と難しい。TechWaveをご購読の方でも、FeliCaの対抗馬?というくらいが精々だと思う。


出典:Gartner,Inc. Hype Cycle for Emerging Technologies, 2011

 NFCとは一言でいえば、「近距離無線通信=タッチしてデータ交換」に関する技術の規格である。2010年になって、NFC Forum(*)という民間団体が中心となった仕様策定がほぼ終了し、ISOとの連結も見えたことで、世界中のメーカーやデベロッパーが、自社のサービスや製品に安心してNFCを取り込めるようになってきた。

 アップルがNFC関連の専門家を雇用したり、多くのNFC関連特許を取得したという記事や、サムスンがVISAと組んで、2012年のロンドン・オリンピックにNFC付きスマートフォンを大量に提供するというニュースなどをご覧になった方も多いだろう。今度のAndoroid4.0には、Andoroid BEAMという、NFC機能のついた端末同士をかざしあってデータをやり取りする仕様も入っている。

 単なる一技術とも言えるのに、なんだか世界は盛り上がっているらしい。特に、オンラインで大きくなった企業が、いよいよ、より大きなマーケットであるオフラインに攻め込んでくるという形にも見えるし、あるいは、オフライン側で頑張ってきたトラディショナルな企業たちが、ネット企業に立ち向かうための武器を得て戦う準備を着々と整えているようにも見える。その中に日本企業の名前はあまり出て来ないように見えるのは、なんとも寂しい。


 しかし、実際の場に目を転じてみると、日本では既に2001年から、Suica、Edy、2004年からはおサイフケータイRが始まっている。コンビニ、交通機関、自動販売機、社員証。「タッチ」は既に日常だ。しかしビジネス上の成功例はあまり聞こえてこない。いったいなぜ、今頃、世界は盛り上がっているのか?

(*)NFC Forum :ソニー、フィリップス(現NXPセミコンダクターズ)、ノキアによって立ち上げられた民間の規格推進団体。現在、メーカー、決済事業者、携帯電話事業者、公共団体など160社以上に拡大。

ところで、ちょっとNFCとFelica(特におサイフケータイ®)について

 ここで、NFCとFelicaについて少し概観したい。よくある誤解として、「日本はFelicaでガラパゴスだけれど、世界はNFCなんでしょ?」という、いわば対立構造でこの2つを理解しようとする試みがある。しかし「NFC」はあくまでも「通信」部分の規格であり、その意味では比較して語るとすると、例えば「Bluetooth」や「赤外線」だ。

 実際には、その通信規格の上に暗号化などを司る一種のミドルウェアがある。ソニーのFelicaや、NXPセミコンダクターズ(旧フィリップス)のMifareなどが有名だ。更にそのまた上に、電子マネーや定期券、クーポンサービスなどがある。このように複数の階層が積み重なって、最終的に一つのサービスとして見えるという構造になっている。

 乱暴だが、PCと比較して例えてみよう。NFCは、色々なOSが動くCPUで、FelicaはWindowsやMacOS、LinuxのようなOS。電子マネーや定期券、クーポンサービスは、表計算ソフトやワープロソフトのようなアプリケーション…。NFCとFelicaの立ち位置をイメージして頂けただろうか。意外と簡単で、かつ、立ち位置の「違い」は明確ではないだろうか。


出典:トッパン・フォームズ株式会社 nfc-world.com

 ただ、PCと違って、「かざす」側と「かざされる」側というペアにならないと、実際のサービスとしては殆ど機能しないところが悩ましい。例えばコンビニPOSにNFC付きスマートフォンをかざした時、両方共同じNFC対応のインターフェースを持っていても、ミドルウェアとして片方がFelica、片方がMifareだとすると困ってしまうわけだ。

 最終的には、アプリケーション/サービスが重要なので、サービス事業者の主体的対応が重要となる。具体的には以下の2つの選択肢のいずれか、もしくは両方をとらなければならない。一つは、携帯電話/スマートフォン側で複数のミドルウェアに対応するように、アプリケーションの改修などの対応を行うこと、もう一つは、例えば店舗POSレジや改札など、サービス受け入れ側のシステムを、同じように複数のミドルウェア対応に変えてもらうということだ。前者はキャリアやメーカーとの協議が必要だし、後者は、流通企業や交通企業との交渉が必要となる。

 さて、このような視点で現状を見てみる。すると、おサイフケータイ®と、現在海外で販売が始まっているNFC付きスマートフォンは、基本構造は同じだということがわかる。たまたま現在の日本のおサイフケータイRは、ミドルウェアにFelicaを利用しており、他はそうではないという違いがあるだけなのだ。

 なお、以下豆知識として。そもそも「おサイフケータイ®」という用語は、NTTドコモの登録商標だ。しかし、顧客への分かりやすさを優先したためか、他キャリアもその名称を利用するようになったので、一般名詞化したものだ。

日本は、むしろ進んでいた、ということ?

 そうだと思う。実は、我々には目新しいことは何も無い。今、世界で起ころうとしていることは、既に日本で10年前から経験してきていることに過ぎないと言い切ってもいい。

 …まずは交通機関や決済など、分かりやすい分野でタッチが始まる。店舗や改札でタッチする場所が増え、一種のインフラ整備が進む。すると、また色々なサービスが企画され、アプリが増える。サービスのブランディングが強化される。利用者と利用場所の拡大・確保の競争が激化する。充分な顧客ベースとインフラ基盤の構築、及び顧客の利用習慣ができた後に、チェックインやポイント・クーポンなど、顧客IDと利用データをマーケティングに活用するなど、新しい収益機会への模索が始まる。タグなどを用いた電子ポスターなど、コストダウンの動きも起こる…

 時間軸や事象の発生順序に多少の違いはあれど、同じことが予想出来るし、これまでのところ、予測外のことは何も起きていない。

 では、何故、日本で誰かが大成功して、日本初の技術/サービスで世界を席巻ということにもなっていないのか。勿論、鉄道での利用や電子マネー利用などはある程度順調に伸びていると言っていいが、例えば電子マネー専業のビットワレット社は、単独では赤字が続き、現在は楽天に買収された。その他、マーケティングツールとしての取り組みも、自社独自のサービスを作り込んでいるマクドナルドを除いては、大成功といえるものはまだ出ていない。

足りなかったのは規模。多すぎたのはプレイヤー。

 理由はシンプルだと思っている。インフラ・プラットフォーム型のビジネスなのに、参加者全員が収益を得られるには規模が足りなかった。あるいは規模の割にプレイヤーが多すぎ、過当競争となってしまったということだと思う。

 具体的に数字で見てみたい。日本で2004年におサイフケータイ®が始まってから約7年。現在約7,000万台が出回っていると推定される。決済分野に限り、かつ全国規模に限っても、プリペイドのSuica(他鉄道マネーは徐々に互換性が出てきたとはいえPASMO、ICOCAを始め日本中に複数ブランド)、Edy、WAON、nanaco。ポストペイのiD、クイックペイ、VISATouchの7つ。利用場所は、それぞれのブランドが発表しているものを累積するとほぼ170万ヶ所だ(重複は考慮せず)。

 かたや全世界で見てみる。ある推定によれば、NFC付き携帯電話の出荷台数は2011年に1億台以上、2015年には27億台以上にのぼるという。サービスは、同じように決済分野で見てみると、基本的にはVISAのpaypassとMASTERCARDのpaywaveの2つが世界標準となりそうだ。利用場所は、全世界3,000万店のVISA/MASTER加盟店が基礎になり、加えて自動販売機などが対象として加わってくるだろう。桁が幾つも違う規模で、かつ集約した形で顧客基盤とインフラが出来上がってくるわけだ。

 加えて、あえてもう一つ理由を加えるならば、「携帯のスマートフォン化」だろう。ネット接続との親和性、アプリダウンロードという習慣、操作性/表現性など、利用者により「使ってもらう」ための色々な仕掛けが、いわゆるフィーチャーフォンとはケタ違いだ。

 実際にモバイルSuicaで見てみると、ガラケー版で開始したのが2006年1月。2011年7月末に250万会員を突破したとのこと。ほぼ5年で250万人。片やスマートフォン版は2011年7月23日にリリースされたが、8月1日までの10日間で、ほぼ15万ダウンロードとのことだ(JR東日本プレスリリース:PDFより)。対応機種が数機種に限られることも考え合わせると、違いは明白ではないだろうか。

世界は動いている。日本は…?

 このような状況の中、今年の9月20日(米国時間)に、Google Walletが商用サービスをスタートした。その名の通り、アプリ自体が一種の「おサイフ」として機能する。支払い、クーポン、ポイントなど、様々な機能がお好みにより付け加えられる、というイメージだ。支払いではまずMastercardのpaypassと、Google独自のプリペイドが用意されている。この段階で、25万店を超えるpaypass加盟店の全てで基本的に利用出来ることになる。加えてトイザらス、オフィス・マックスなどでは、オファーと呼ばれる独自のサービスやポイントなどが付加されそうだ。

 マイクロソフトも、ウインドウズフォンでの対応や、Windows8への機能搭載などがほぼ確実と見られる。そして、アップル。iPhoneに搭載されるかどうか、されるとしたらそれはいつか。業界中が固唾を呑んで見守っている。

 サービス側でも対応が進む。フランスではニースを始め9都市で、cityziという準商用化サービスが開始されている。鉄道、決済など複数のサービスを取りまとめたブランドとしての位置付けだ。携帯電話会社など複数の事業体が主体的に参加しているのに加え、フランス政府も後押ししている。

 ベンチャーも前向きだ。今年度のEvernoteの開発コンテストの優勝は、touchanoteという名称のNFCタグを用いたリアルとのデータ連携ソフトだったし、現在ダウンロード数が急激に増えているshopkickという位置情報アプリを提供している会社のCEOのインタビューによれば、NFCを「third level of location」という位置付けで検討しているとのこと。確かにそこに来たという証拠能力が近距離無線通信ならば圧倒的に高いため、また新たなサービスが可能となると考えているようだ。

 更に国家レベルで取り組んでいるのが韓国やシンガポール。特に韓国は国家が主導となり、「Grand NFC Korea Alliance」という協議会を立ち上げている。米国のサムスン、SKテレコムなどメーカー、携帯電話会社に加え、クレジットカード会社など大手企業が軒並み参加している。

世界は走り始めた、といってもいいだろう。

 しかしながら、日本においては動きは鈍いように見える。既に述べたようにNFCを共通基盤と考えれば、日本で今使われているサービスを、おサイフケータイ®ごと世界で展開することも出来るはずだ。しかし、これまで、おサイフケータイ®に関わるビジネスを行っていた各社は、むしろ今の動きに戸惑っているようにさえ見える。

 フィーチャーフォンやFelicaに対応したインフラ構築など、これまでの投資があるため、すぐに動けない状況ではないかと想像出来る。しかし、そのために、原理的には境目がないはずのNFCによるサービスが、日本とそれ以外の世界で分断されてしまう可能性すら出てきているのは、非常に困ったことだと思う。

 具体的には、例えばGoogle Walletは日本の店舗では利用出来ない状況が続き、世界中どこでも使えるが日本だけは使えないという形のポイントやクーポンが現れるかもしれない。逆に、日本で培った各種サービスは結局日本でしか使われず、国内のみでの過当競争によって一つ一つが大きく育たないまま、消耗が続くことになってしまう恐れがある。

 NFCの機能を決済や交通のみならず、広告やマーケティングなどに利用したいと思う企業もこれから増えるだろう。しかし例えば、とあるメガブランドが全世界共通のキャンペーンを実施するとき、日本でだけは行わないというようなことも起こりえる。

とはいえ、日本には先行者としての強みがある

 タッチというのは我々には馴染みのある技術だし、それをモバイルと共に経験している消費者が既にたくさんいるのは、世界に例がない強みだ。ここで蓄えたノウハウは極めて貴重で価値がある。

 世界はほとんど闇雲に走り始めている。臆面も無く合従連衡を繰り返しながら、(彼らにとっては)未知な領域へ突き進んでいる。しかし、彼らにこれから訪れる様々な困難は我々には見えている。特に、今この技術に熱狂的になっているのはネットで成功し、その文法をより大きなマーケットである「リアル」空間に持ち込もうとしているプレイヤーであるということは重要だ。そこには付け入る隙があるということだからだ。

 ネットとリアル、オンラインとオフラインの境目をぶち破るのは、想像以上に大変だ。ネットという同じ規格の上で物事が動き、簡単にデータが捕捉出来るという前提のもとに成功出来たモデル/考え方を、リアルの空間で適用するためには、技術・コンセプト・顧客の支持というだけでなく、政治と忍耐も必要になってくる。

 BtoCよりBtoBの交渉事が多くなり、しかも相手はPOSレジメーカーや、海千山千のリアル流通のマーチャンダイジング部門や、決済ブランド事業者、はたまた鉄道など国家レベルのインフラ事業者など、違う価値観や時間軸で動く三次元の世界。面倒くさい。しかし、日本ではそのすり合わせを皆が歯を食いしばって行い、最終的なサービスにまで持ってきた。

むしろこれからが日本の出番。でも単独では厳しい。一緒にトライしてみませんか。

 もちろん、海外でも課題に気がつき始めていて、手を打ち始めている。初めから規格化された巨大なインフラを利用することが可能というメリットもある。まだ日本勢に強みがあるうちに、なるべく早く動き出したいところだ。

 ちなみに、電通とリクルートは2007年に、おサイフケータイ®などリアルとネットを繋ぐツールの広告・マーケティング利用を目的として、合弁会社(株式会社DRUM)を立ち上げた。筆者はリクルート側の代表として各種の事業企画を行った。現在は発展的に解消しているが、基本的な考え方は双方踏襲し可能な部分では協力しあっている。

 冒頭でご紹介したNFC Forumであるが、これまで基本的にはメーカーやシステムベンダー、携帯電話会社、クレジットカードブランドなどが参画していた。そこに、この3月googleが主要メンバーとして加入した。マーケティングや広告関連といったメンバーとしてはほぼ始めてとなる。

 このNFC Forumに本年10月、電通とリクルートも加盟した(NFC Forumからのプレスリリース)。総合広告代理店としては、電通が初めての参加となったようだ。リクルートのような決済以外のサービス事業者の加盟もまだ珍しいらしい。筆者は、リクルートのリプリゼンタティブとして総会に参加している。今後、サービス側からの意見を仕様に反映していったり、NFC自体の広報活動などに貢献していくことなどが考えられる。両社とも必要な部分での協力は続けていくし、既に加入済の日本企業との連携も深めたいと思っている。

 また、並行して、サービスそのものについても、それぞれが検討している。残念ながら、具体的にはまだ申し上げることは出来ないが、少なくともリクルートとしては、今年度中にはテスト的な事例をお見せ出来そうである。

 しかし、これまで述べてきたように、この分野はとても複雑な構造を持つビジネス領域である。一社だけで何かが達成出来るものでは無いし、世界は様々な連携のもと動いている。我々も前述のように色々仕掛けをしている所ではあるが、固まれるところでは固まって戦うべきではないだろうか。

 我々も既に、大小を問わず複数の企業様や事業体と話し合いを開始している。そして、この分野で何か動いてみたい、連携を考えてみたいという方がいらっしゃれば、今後も積極的に話し合いの輪を広げて可能性を一緒に検討させていただければと思う。他社や他団体との連携などの橋渡し、としてお役に立てることもあるのではないだろうか。

 一緒にトライしてみませんか。是非、お気軽にお声がけくださると幸いです。
以上

著者プロフィール:鵜飼伸光

株式会社リクルート所属。ジェーシービー→ソニーを経て現職。電子マネーEdy立ち上げ、電通とのリクルートのJV設立など。一貫してプラットフォーム型のビジネスを指向。メディアとシステムが分かる社会インフラ屋でいたいと思っています。

連絡先:ukai[at]r.recruit.co.jp [at]は@
http://www.linkedin.com/in/nobumitsuukai

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