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21世紀はアジアの時代 シリコンバレーではなく日本に吹き始めた追い風【湯川】

[読了時間:4分]
 大人気スマートフォンアプリ「LINE」が、カバー写真や「近況」アップデートなどで自分を表現するページ「ホーム」と、友人の「近況」を一覧表示する「タイムライン」を搭載したAndroid版の新バージョンをリリースした。近くiPhone版もリリース予定という。

 見た感じや使い勝手は、FacebookなどのPC版SNSとそっくり。これでLINEが単なるメッセージングアプリではなくモバイルSNSであることや、「いずれFacebookを抜きたい」というNHN Japanの森川亮社長の発言が見当外れでないことが、だれの目にも明らかになったのではなかろうか。

インドのソフトバンク関連会社がHikeをリリース 出揃ったアジアの3強

 「LINEの最大の強みはスマートフォンネイティブであること」ー。NHN Japanの幹部はそう断言する。PCと連携させなくてもスマートフォンだけで成立する使い勝手、PCを使ったことがない人でも直感的に使えるデザイン・設計。それがスマートフォンネイティブということだ。


 このスマートフォンネイティブの重要性は、「LINE世界展開の前に立ちはだかる中国WeChatの実態【湯川】」という記事に書いた通り。

 中国のネット業界の巨人「腾讯(Tencent テンシュン téngxùn)」が13億ユーザーアカウントを誇る「QQ」という優れたサービスを持ちながらも「WeChat」というスマートフォンネイティブのアプリを開発してきたのも、スマートフォンネイティブの重要性をTencentが理解しているから。また「WeChat」のユーザーが1億2000万人を超え急成長を続けていることを見て、中国国内市場重視から世界市場狙いに戦略の軸足を初めて移したのも、スマートフォンネイティブのサービスがPCベースのサービスを超える可能性に気づいているからだ。

 アジアのもう一つの雄、インドのBhartiSoftbank(BSB)の戦略担当幹部のKavin Bharti Mittal氏も、FacebookのようなPCベースのSNSは恐るるに足らずと考えているようだ。同氏は「Facebookはインドのホワイトカラーには普及するだろう。しかしネットに触れるのが初めてというユーザーが携帯電話でFacebookやGoogle+を利用しようとしてもすぐに止めてしまう。機能が多過ぎるし、複雑過ぎるからだ。Facebookはインドの2割の人口には普及するだろう。でもその他8割は、われわれが取っていくつもりだ」と語っている。(参考記事:「モバイルで世界的グレートカンパニーを目指す」 ソフトバンクと組んだインド財閥御曹司の野望【湯川】

 Facebookをほとんど意識していないKavin氏だが、今年2月にインドで取材した際に強烈に意識していたのが中国Tencentだ。Tencentのサービスを徹底的に研究しているようだった。

 そのBSBがこのほどリリースしたコミュニケーションアプリが「Hike」だ。新興国や途上国のユーザーにとって携帯電話のショートメッセージ(SMS)は非常に重要なコミュニケーションツールになっているが、このSMSが有料なのがユーザーにとっては悩みのたね。Hikeを使うことで、Hikeユーザー同士はもちろんのこと、Hikeを搭載していない携帯電話でも無料でSMSを送信できるのだという。

 またSMSのスパムも大きな問題のようで、Hikeでは簡単にスパムメッセージをブロックできるようだ。

 先進国ユーザーからすればHikeはそれほど優れたアプリのようには映らないかもしれない。しかし新興国、途上国ユーザーのニーズに確実に答えるサービスになっている。

 インドの人口は12億人。巨大市場だ。その巨大市場で、Kavin氏の父親が経営する携帯電話会社AirTelは最大のシェアを誇る。しかもAirTelはアフリカでも携帯電話事業を展開している。インド、アフリカのユーザーに一気に普及する可能性がある。

 今は単純なメッセージアプリだが、メッセージアプリが一夜にしてSNSに進化可能なことはLINEが示した通り。BSBも、Hikeを将来的にモバイルSNSに進化させることを当然目指している。今は先進国の間では事実上ノーマークのHikeだが、Facebookの次の覇権の有力候補として、ウォッチし続ける必要があるだろう。

「キーボードが苦手」が一転、アドバンテージになった

 日本のインターネット業界関係者の間で一時期よく語られていたキーワードに「2000万人の壁」というものがあった。どれだけ優れたサービスであっても日本市場ではユーザー数2000万人を超えた辺りから成長が鈍化するという一種の経験則だ。

 人口が1億人以上いるのに、ネットサービスはなぜ2000万人程度のユーザーしか獲得できないのだろうか。

 諸説あるのだが、わたしはPCを使えるユーザーの数が限定されていることに理由があるのではないかと考えている。

 PCのキーボードは、アルファベットを使う国の人たちが開発した入力装置だ。なのでアルファベットの入力に最適化された形で設計されてある。

 日本を含め母国語がアルファベット表記でない国のユーザーにとってPCキーボードは必ずしも使いやすい入力装置ではない。

 なので日本ではPCやPCをベースにしたサービスが、一定以上のユーザー数を超えられないのではないかと思う。

 タイプライターというアルファベット入力装置が昔から存在していたということも大きい理由だと思う。旅先の米国の田舎町のモーテルで、フロントの脇に設置されてある宿泊客向けパソコンでローカル情報を検索している老夫婦の姿を何度か見かけたことがある。日本の地方の旅館で、高齢者がパソコンで検索する姿を見かけることはまずない。

 またAppleの製品は先進国の中でも日本の売上が大きなシェアを占めているのだが、iPodに関してだけは先進国並みの市場シェアを日本で実現できなかったという話をどこかで聞いたことがある。iPodは長年、PCと接続しないとすべての機能を使えないデバイスだった。PCユーザー層が限定される日本においては、iPodが欧米並みに普及するのは難しかったのでなないだろうか。

 キーボード入力に不慣れな層がいるということが2000万人の壁が存在する大きな理由だし、日本のIT業界にとって大きなハンディキャップであり続けたのだと思う。

 ところがこのハンディキャップが一転、アドバンテージに変わろうとしている。

 スマートフォンの出荷台数がPCのそれを既に上回ったし、PCとは比較にならないぐらい幅広い層にスマートフォンが今後普及するのは間違いない。

 そんな中、スマートフォンを核にしたサービスを社会インフラにまで育てることのできるのは、日本やアジア諸国のように「キーボード入力に不慣れな人」を多く抱える社会なのではないかと思う。

 ほとんどの人がキーボードを問題なく使う欧米諸国にあってもスマートフォンネイティブのサービスは存在するし、今後も登場するだろう。しかしそれらのサービスは、特定の層の人たちの特定の利用シーンを想定したサービスがほとんど。その利用者が増え、社会インフラ化しようとすると、必ずPCとの連携を求めるユーザーの声が出てくるだろう。欧米に拠点を置く企業は、その声を無視できないと思う。

 ましてやPCをベースにユーザーを獲得し、機能満載を売りにしてきたサービスが、ここにきてアジアのユーザーのために機能をカットするとは思えない。FacebookがHikeのようなシンプルなサービスを開発してくることはまずありえない。PCを難なく使いこなすFacebookのユーザー9億人が、そんなサービスを許さないだろう。

リアルソーシャルと、インタレストグラフは融合するのか

 さてモバイルSNSの3強が出揃ったところで気になるのが、Gree、DeNAの動きだ。両社とも今でこそソーシャルゲームの会社と認識されているが、3年前にそう認識する人は一人もいなかった。3年後にまたしても大きく業務領域を変えていても、まったく不思議ではない。いやもともとはモバイルSNSとしてスタートしているのだから、3年後に原点回帰する可能性は十分にある。

 しかも両社とも来年には10億ユーザーのプラットフォームになるだろうといわれている。Facebookのユーザー数は約9億人。Facebookと並ぶインフラになるわけだ。

 LINE、WeChat、Hikeは、実際の友人同士で利用されるサービスだ。本当に仲の良い人間関係のデータ、業界用語で言うとリアル・ソーシャルグラフを持つサービスである。一方でGree、DeNAはゲームをするためのオンラインの友人関係が軸になっているサービス。業界用語では、バーチャル・ソーシャルグラフもしくはインタレストグラフなどと呼ばれているデータを持つ。

 今のところリアル・ソーシャルグラフは、高関与商品、つまり購入前にじっくりと検討する必要のある商品、に対する広告・マーケティングに有効であるといわれている。高価な商品を購入する際には、テレビCMよりも信頼する友人の一言のほうが影響力がある、という話だ。

 一方でバーチャル・ソーシャルグラフは、ゲームの広告・マーケティングに向くことは実証済。友達に誘われれてゲームをする、ということは確かに多いだろう。今後、映画やビデオ、音楽、書籍などのデジタルグッズにもバーチャル・ソーシャルグラフが効果的なのではないか、と言われている。

 どちらもただ「言われている」だけだ。ソーシャルグラフが社会の情報経路の主流になり、テレビなどの広告宣伝費のほとんどがソーシャルグラフのプラットフォームに流れる、ということも、ただ「言われている」だけ。すべては仮説。まだ実証されたわけではない。

 PCが社会の構成員のほぼ全員に普及することがなかったため、これらの仮説が実証されることがなかった。しかしスマートフォンをベースにしたモバイルSNSは、PCよりも広く普及することは間違いない。モバイルSNSが社会インフラになったときには、いろんなマーケティング施策を通じてこうした仮説が試されることになるだろう。

 仮説が実証され、モバイルSNSの社会インフラに多額の広告、宣伝、マーケティング、販売促進予算が投入されるようになれば、LINE、WeChat、Hikeといったリアルグラフも、Gree、モバゲーといったバーチャルグラフも形を変えていくことだろう。1つのサービス上で、リアルグラフ、バーチャルグラフの両方が融合するかもしれない。

 いずれにせよ、追い風はシリコンバレーではなくアジアに吹き始めた。しかも日本企業の何社かは、Facebookの次の覇権に非常に近い位置に立っている。

 LINEはいち早くプラットフォーム戦略を打ち立てた。ソーシャルグラフをサードパーティにも利用可能にすることで、いろいろなアプリやサービスがLINEと連携する形で成立するようになる。WeChatも、もう間もなくプラットフォーム戦略を発表する。Hikeも当然、後を追うだろう。

 Gree、モバゲーは既に、サードパーティのゲームに対しての巨大プラットフォームである。今後、ゲーム以外のアプリやサービスのプラットフォームになる可能性は十分にある。というより、ならないほうがおかしい。

 世界の有力プラットフォームの本社が日本に幾つも存在することになるわけだ。日本のIT業界や、産業界にとって、このことは非常に大きなアドバンテージになる。

 日本国内のサービスを見ると、今はまだ国内市場だけを重視したサービスが多い。アジア、中でも日本が世界のIT業界をリードする時代がもうすぐ始まろうとしている。日本の産業界もそろそろ視野をアジアに向けて、モバイルSNSプラットフォームにどう載るかという戦略を練る時期に来ているのだと思う。

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