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スティーブ・ジョブズは信念の人である。そのことはスタンフォード大での演説やこれまでの発言からうかがい知ることができる。大きな病気をし余命宣告を受けたことで邪念を払拭し、自分がすべきことを人生の明確な目標として持っているからだろう。その目標とは優れた製品を作ることで世の中をいい方向に変革することだ。一部の激しい批判を受けてでもiPhoneやiPadをFlash非搭載にしているのも、その信念からくるものなのだろう。
ジョブズ氏は、Wall Streeet Journal主催のイベント「D8」に参加し、WSJ記者の質問に壇上で答えている。ジョブズ氏によると、技術には寿命があるという。そして技術の寿命の過程の早い段階でリソースを投入するほうが投資効率がいい。もし投資が間違っていたなら、製品は売れない。それだけのことだ。限られたリソースで優れた製品を作るためにリスクを承知で賭けにでる。それが経営というものだ、とジョブズ氏は考えているようだ。Flashはその寿命の最後の段階へ向かって進みつつあるところ。なのでまだ寿命の早い段階にあるHTML5に掛けた。すべては技術的判断で、過去にiMacで3.5インチフロッピー、シリアル・パラレルポートを廃止したのと同様の理由だという。
Flash排除は、Adobeに対するジョブズ氏の個人的な感情が背景にあるかのような受け止められ方もあるが、純粋に技術の寿命を考えた合理的な判断だということだ。これまでもジョブズ氏は、この考えをいろいろなところで明らかにしているのだが、今回のD8のインタビューを聞いて、ジョブス氏は本当にそう考えているのだなあと思う。
EngadgetがこのD8のインタビューの抄訳を掲載してくれている。Thank you Engadget! このインタビューは非常に大事なので訳さないといけないなと思っていたことろでした。以下にEngadgetの抄訳から該当部分を引用されてもらいます。
Flashについて。採用しない理由を述べた手紙を公開したが、仮に書いてあることがすべて真実だったとしても、バッサリ切り捨てることは消費者にとって最善、あるいはフェアなことか?
二つの点について。アップルはほかの企業のようにリソースがあるわけではない。未来がある技術を選んで採用する必要がある。技術は移り変わるもので、最盛期を過ぎれば墓場行きだ。賢く選ぶことで、膨大な労力を節約できる。アップルはこの判断をしてきた歴史がある。iMacの3.5インチフロッピー。シリアル・パラレルポートを廃止した。初めてUSBを見たのは iMacでだろう。MacBook Air では、真っ先に光学ドライブをなくしたメーカーのひとつになった。こうしたことをすると、ときにクレージーと呼ばれる。勝ち馬がどれか選ばなねばならない時がある。Flashは栄えたようだが衰えつつあり、これからはHTML5だろう。
Flashは開発環境でもあるが?
昔はHyperCardのほうがもっと人気だった。(Flashほどじゃなかっただろ!とモスバーグのつっこみ)。まあ、最盛期には…… (会場バカ受け)。
アップルの目標はシンプル。単に技術について判断したにすぎない。Flash対応に労力を割くことはないだろう。Adobeにもっとましな(Flash Playerを) 見せてくれといったが、一度も満足できるものはなかった。それなのに iPadを出荷したとたんにまるで大事のように騒ぎはじめた。それがFlashについての書簡を公開した理由だ。もう十分だ、Adobeがわれわれを誹謗するのは聞き飽きたというために。
もし市場の声が、「おーい、こっちにとっては大事なんだよ」だったら? Flashで書かれた優れたものもある。もし市場がそれを欲しがったら?もしユーザーが、iPadは不自由で制約があると言いだしたら?
ひとつの製品には良い点も悪い点もある。もしわれわれの判断が間違っていると市場が教えるなら、それは改善する。ただ素晴らしい製品を作ろうとしているだけだ。(……) うまくゆけば売れる、そうでなければ売れない。そしていわせてもらえば、 iPadは大人気のようだ (会場湧く、拍手)。
ジョブズ氏には競合他社と戦っているという認識さえないのかもしれない。「Microsoftとプラットフォーム戦争には負けた。今またGoogleとのプラットフォーム戦争が始まろうとしているが、今度はどう戦うつもりか」というような内容の質問に対しては次のように答えている。
プラットフォーム戦争だとは思わない。マイクロソフトとプラットフォーム争いをしていたと考えたこともない。それが負けた原因かもしれないが。(会場受ける) われわれはただ最高のものを作ろうとしていただけ。どうすればもっと良い製品を作れるかとだけ考えていた。
あくまでもよりよい製品を作ることに賭けているわけだ。でも優れた製品が普及するとは限らない。マーケティング戦略が優れた製品のほうが、技術面でのみ優れた製品より普及する場合だって多い。
いい製品を作っても売れなければ意味がないー。そう考えるのは事業拡大、利益増大を目標にする人たちだ。ジョブズ氏はそう考えない。いい製品を作れば、他社が真似をする。結果として他社の製品だけが売れたとしても、もとのアイデアや技術は世の中に広まり、社会の変革につながる。いい製品を作り社会を変革するというジョブズ氏の目標はいずれにせよ達成されるわけだ。
大病を患い、死後の世界に富や名声を持っていくことができないことに気づいたのだろう。そういう体験をした人ならではの信念なのだろう。