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ブロッキング、ネット検閲、傍受という文脈で真っ先に思い浮かべるのは中国の金盾でしょうが、最近のインターネットでは、中国以外でもそれらが徐々に増加しています。日本も例外ではなく、来年4月から児童ポルノを対象としてISPによるブロッキングが行われる予定であると思われます。来年から開始すると言われているブロッキングですが、「ISPによる自主的な取り組み」というのが大きなポイントの一つです。
児童ポルノを取り締まるということそのものは正しいだと思いますし、通信の秘密とブロッキングに関して今まで非常に時間をかけて検討がなされてきたこともわかります。しかし、技術的な視点で言えば、今まで存在していなかったブロッキングの仕組みがISPに入ることになり、日本のインターネットに大きな変化が発生すると言えます。
フィルタリングとブロッキングの違い
この話題では、まず最初にフィルタリングとブロッキングの違いを理解することが重要です。
フィルタリングは、ユーザの同意を得たうえで一定のサイトやURLに対するアクセスを遮断するものです。一方、ブロッキングは、ユーザ側の同意を得ずに一定のサイトやURLに対するアクセスを強制的に遮断します。このように、ユーザ側の同意を得ているものをフィルタリング、得ずに強制的に行うものがブロッキングと呼ばれています。
日本におけるフィルタリング
日本でのインターネットブロッキングの背景は、2005年の携帯電話フィルタリングに遡ります。
2005年6月に、政府の「IT安心会議」が「インターネットにおける違法・有害情報対策について(PDF)」を公表しました。そこでは、集団自殺志願者募集サイトなどの違法・有害情報を念頭に、フィルタリングソフトの普及啓蒙、フィルタリング技術の開発、プロバイダ等による自主規制の支援に関して述べられています。
その後、様々な会議で議論が行われ、2007年12月に総務大臣が、携帯電話・PHS事業者(NTTドコモ、KDDI、ソフトバンクモバイル、ウィルコム)と電気通信事業者協会に対して、フィルタリングサービス導入促進のために、18歳未満の既存契約者に対するフィルタリングの原則化と、不使用の場合には親権者の意思確認を行うことを要請しました。要請を受けた携帯電話事業者各社と電気通信事業者協会は、同日付で大臣要請を実施する発表が行われました(参考:青少年が使用する携帯電話・PHSにおける有害サイトアクセス制限サービス(フィルタリングサービス)の導入促進に関する携帯電話事業者等への要請)。
さらに、2008年6月に「青少年が安全に安心してインターネットを利用できる環境の整備等に関する法律」(通称、青少年ネット規制法)が国会で成立しました。この法律は、18歳未満の青少年に対する携帯電話フィルタリングを義務づけています。
児童ポルノブロッキング
2008年6月に成立した青少年ネット規制法は、ISPに対してもフィルタリングサービスの提供を義務づけています。このようにフィルタリングが義務づけられましたが、次の議論はブロッキングに対してでした。
2009年1月に総務省の「インターネット上の違法・有害情報への対応に関する検討会」最終取りまとめが公表されましが、その中では、諸外国での事例を紹介していますが、そこではブロッキングまでをISPに法的に義務づけている国は少ないとしています。
このような背景から、日本においても「ISPの自主的な活動」としてブロッキングを行うことが、ISPに対して要請される方向性で議論が進んでいるのだろうと推測しています。「これはあくまでISPの自主的な取り組みですよ」という話になっているようです。しかし、この「自主的な取り組み」というのはISPに重くのしかかっています。たとえば、実際にブロッキングを行ったときに「通信の秘密を侵している」という訴えを起こされるのは「各自の判断」でブロッキングを行っているISPということになります。
2010年に入ってからの動き
ISPによるブロッキングの話は、2010年に入ってから大きく動きました。同時に、インターネットインフラ界隈でもブロッキングの話題が急激に増えていきました。
2010年3月25日に児童ポルノ流通防止協議会が「児童ポルノ掲載アドレスリスト作成管理団体運用ガイドライン案」に対する意見の募集結果についてを公表しました。
2010年3月30日に、安心ネットづくり促進協議会児童ポルノ対策部会法的問題検討サブワーキンググループが「児童ポルノ対策作業部会 中間発表 法的問題検討の報告」を公表しました。 同報告書では、ブロッキングそのものは通信の秘密の侵害となるという解釈が示されていますが、児童ポルノのブロッキングは緊急避難阻却事由により通信の秘密の保護を規定した電気通信事業法に抵触しないという検討結果がまとめられています。これにより、一気にブロッキング実現に向けた動きが加速したようにも思えます。
児童ポルノ対策作業部会による法的問題検討の報告書公表をうけて、2010年5月18日に、日本インターネットプラバイダー協会(JAPIA)が見解を発表しました。
要約すると以下のような内容となっています。
- 安心ネットづくり促進協議会児童ポルノ対策部会法的問題検討サブワーキンググループで、児童ポルノに関するブロッキングと通信の秘密の保護を規定した電気通信事業法に関しての整理が行われた
- ISPがブロッキングを行うかどうかは、各自で判断をする問題
- ISPがコンテンツに対して個別に児童ポルノであるかどうかの判断はできないので、第三者機関が必要
- 児童ポルノブロッキングを実現するには多大な負担が発生する。ISPのみにその負担をおしつけないで! (参考:INTERNET Watch: 児童ポルノのブロッキングリスト作成・運用に年間3000万円との試算結果)
- 児童ポルノ以外にブロッキングを拡大されるべきではない
さらに、最後の方に拡大に関する懸念が詳しく述べられています。
ブロッキングは技術的には児童ポルノ以外のコンテンツに対しても適用が可能であり、実際に他の分野の情報もブロッキングの対象になっている国もある。仮にわが国において児童ポルノのブロッキングが実施されるとしても、その範囲がなし崩し的に広がってはならないことは当然である。一般的な違法情報、著作権侵害コンテンツ等にしても、被害児童に自己の画像が流通すること自体に怯えることを余儀なくさせるような児童ポルノとは根本的に異なるものであって、ブロッキングの対象とすることは許されない。
このような流れで、2010年9月〜2011年3月まで実際にブロッキングをISPで行うための試験運用が行われています。ブロッキングを行うことを検討しているISPが試験運用に参加できるというものです。
「INTERNET Watch: 児童ポルノのブロッキング、ISPはやらなきゃダメ? 近く試験運用開始」
日本のインターネット上でブロッキングを行うための環境が2010年後半に、ほぼ揃いつつあります。現在、2011年3月に試験運用が終了した後に、2011年4月から一部のISPでブロッキングが開始すると言われています。
オーバーブロッキングの問題
ブロッキングには、オーバーブロッキングの問題があります。
たとえば、DNSブロッキングを行った場合、児童ポルノであると判定されたコンテンツと同じホスト上にある他の全てのコンテンツがブロックされてしまいます。複数の組織や利用者が巻き添えを喰らってブロックされてしまうこともあり得ます。
そのような問題は実際に発生しています。今年の7月に行われたJANOG26で楠正憲さん(@masanork)がフィンランドでのオーバーブロッキングの事例を紹介しています(JANOG26 ブロッキング)。
JANOG26で紹介された事例は、まさにオーバーブロッキングそのものでした。 xdvi日本語化のページが、オーバーブロッキングによってフィンランドでは見られなくなっているという事例です。
ブロック対象となっている日本のホスト名がリストにあるのですが、そのホスト内には、たとえば「xdvi日本語化・機能拡張パッチ」というページがあります。しかし、そのホスト名と一緒に「ロリ」という単語で検索を行うと、検索結果から削除されているページがあるので、何かがそこにはあるのだろうとのことでした。
このように、同じホスト内に複数のコンテンツが存在しているときに、一気にホスト単位でブロックされてしまうという事例があります。
その後の発展?
来年から日本においても一部のISPでブロッキングが運用開始されそうですが、恐らくそれはゴールではなく始まりであると感じています。
一度ブロッキングの仕組みが出来れば、その仕組みを活用して著作権侵害コンテンツを即時遮断すべきだという主張が登場するのは時間の問題かも知れません。たとえば、アメリカで著作権侵害コンテンツを掲載するホストをインターネットから遮断するという内容を含む法案を出そうとしているという記事が11月にありましたが、こういった試みは今後世界中で増えそうです。
- The Washington Post: Wyden pledges to delay Internet anti-piracy bill
- IT WORLD: Senator threatens to block online copyright bill
そして、ブロッキングの仕組みが既にあるのであれば、それを著作権侵害コンテンツに対しても使いたくなる人が多く発生するのだろうと推測しています。そのため、そのような法律を作ろうという動きも出てきそうな気がしています。
法的検討を行った、安心ネットづくり促進協議会児童ポルノ対策部会法的問題検討サブワーキンググループの報告書では、その法令そのものが通信の秘密の保護及び検閲の禁止を規定した憲法21条2項に反しないものであることが前提であるとしつつも、法令に基づく正当行為であればISPによるブロッキングは可能であるとしています。
さらに、著作権侵害だけではなく、名誉毀損やその他の事例に関してもブロッキングの仕組みを適用させたい人々が登場するものと思われます。たとえば、東京都が独自に条例を作ってISPに対して「自主的な規制が条例を遵守するように」と強く要請するということが発生するかも知れません。 JAIPAの発表資料でも懸念が示されていますが、このような感じで、「ISPによる自主的な取り組み」に対する要求は、際限なく広がりそうだという感想を持っています。
最後に
来年4月から日本でもISPによるブロッキングが恐らく開始されます。ただし、来年4月に多くのISPで一気にブロッキング導入が進むかどうかはわかりません。阻却事由を公式に満足させるためには、業界によるガイドライン作成とその遵守が慣例となってていることもあり、通信関連4団体(電気通信事業者協会、テレコムサービス協会、日本インターネットプロバイダー協会、 日本ケーブルテレビ連盟)によるブロッキングのガイドラインが策定されるまでは、対応を保留するISPもありそうです。
今まで速度やアクセスの向上が主軸だったインターネットのインフラの発展ですが、最近は外部から要求される「機能」が徐々に変わりつつあり、DPI(Deep Packet Inspection)やネット検閲の話題が世界中で増えて来ています。これまでのインターネットとは異なり、ブロッキングなどによる通信の制限も今後はインターネットを構成する大きな要素へと変化していくのかも知れないと思う今日この頃です。
関連
この記事は要約です。詳細を知りたい方は以下をご覧下さい。
追記
http://twitter.com/masanork/status/16734711187513344