ノマドになりたい人が増えた今だからこそ「フリーエージェント社会の到来」を読み返してみる①【湯川】

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 フリーエージェント社会の到来―「雇われない生き方」は何を変えるか。最初にこの本を手にとったのは今から10年も前のことだ。当時、某マスコミに勤めていた私に対し、そのときの上司が「今、読んでいる本によると、君のような生き方が今後社会の主流になるのだそうだ」と言って、この本を見せてくれた。

 この本を手にとって私は2つのことで首を傾げた。1つは、上司が私の生き方をフリーエージェント的だと認識していたということだ。正真正銘のサラリーマンだったのに(笑)。

 アルバイトから正社員への抜擢という当時は異例中の異例の形で入社した経緯や、入社後も金融記者という花形出世コースには目もくれずに当時はマイナーな産業とみられていたネット産業の専門記者を目指していたこと、気に入らない命令に対して「じゃあ会社辞めます」とすぐに口にすること、などから、「こいつはサラリーマンじゃない」と思われていたのかもしれない(笑)。


 もう1つは、この本に書かれてあることが今後日本でも本当に起こるのだろうか、ということだ。いい大学を出ていい会社に入る、ということがすべての人の目標と思われていた時代。大企業に勤めていないということは、自分の意思で勤めていないのではなく、大企業に雇ってもらえないという結果に過ぎない。そんな風な認識が一般的な時代だった。この本で書かれてあることはアメリカに限定された話じゃないのか。とても近い将来、日本にこのような時代の変化がくるとは思えない。それがそのときの感想だった。

 あれから10年。今日、われわれが経験している日本社会の変化は、当時米国が経験した社会変化と似ているのかもしれない。そう思ってこの本を読み返してみた。

米国も、もともとは家族的経営だった

 この本は、1956年にフォーチュン誌の編集者だったWilliam H. Whyte, Jr.が出版したThe Organization Manという本に対比する形で書かれている。The Organization Manー。文字通り「企業人」という意味だ。「企業人」こそが1950年代の米国社会を象徴するキーワードだった。企業の中に自分のアイデンティティを一体化させ自我をある程度抑える代わりに、決まった日に決まった額の給料という安定を手にする、という生き方だ。この本は七ヶ月間に渡ってベストセラーリストにランクインし、数十年に渡って米国の大学の課題図書にリストアップされている。

 20世紀後半の米国社会では「今日では時代遅れとなった、企業という大家族に属するという考え方が主流だった」と「フリーエージェント社会の到来」の著者ダニエル・ピンクは書いている。

 大手電話会社AT&Tの前身であるAmerican BellのことはMa Bell、つまり「ベルかあちゃん」と呼ばれ、生命保険Metropolitan LifeはMother Met(メットかあさん)、写真のKodakは、会社のイメージカラーが黄色だったためGreat Yellow Father(偉大な黄色の父)と呼ばれた。

 しかし1984年から1994年にかけてMa Bellは12万人をリストラ。Mother Metは1万人、Great Yellow Fatherは2万人を削減したのだという。

 一方でそれまで大企業しか所有することができなかったような情報やコンピューターのような設備は、ITの進歩で個人でも同等のものを所有できるようになった。

 この結果台頭してきたのがフリーエージェントと呼ばれる、企業に自分のアイデンティティを一体化させない人たちだという。この本が書かれた2002年の時点でFortune 500と呼ばれる大手企業500社に勤務する米国人は1割以下にまで低下し、反対に従業員数で最大手となったのは契約社員派遣業のManpower社。フリーエージェントの正確な数を特定するのは容易なことではないが2002年の時点で米国の労働人口の4分の1程度になっている。これは製造業の就業人口や公務員の数よりも多く、フリーエージェントを1つの業種と考えれば米国の就業人口の最大のクラスターと言うこともできるという。

 大企業が多くの人材を抱え、その人材のプールの中で適材を適所にはめ込むことでプロジェクトを進めていく、という時代は終わりを告げた。代わりに、より小さな組織が知り合いの人的ネットワークの中から適材を集めてきてプロジェクトを進める。そんな時代になりつつあるとこの本は書いている。

 同様のことが今、日本でも起ころうとしているのではないだろうか。2011年10月31日付のロイターニュースによると、パナソニックは2012年3月末までの6ヶ月で1万人以上の人員削減を発表した。(関連記事:パナソニックは通期4200億円の最終赤字へ、人員削減を加速

 NECは2012年1月に国内7000人の人員削減計画を発表している。(関連記事:NEC、1万人の人員削減を含む構造改革を発表~2011年度は1000億円の最終赤字に下方修正

 ソニーは2012年4月に、2013年3月期中に子会社の売却を含め、国内外で約1万人の人員削減を行うことを盛り込んだ経営方針を発表している。(関連記事:ソニー、1万人削減…ゲームなどに経営資源集中

 「あなたはだれですか」という質問に対し、男性は「◯◯会社の〇〇です」と答え、女性は「〇〇会社に勤める〇〇の妻です」と答えてきた日本社会。自分がだれかというアイデンティティを会社に一体化させてきた日本社会。しかしここまでリストラが増えてくると、日本でも企業にアイデンティティを置く時代は終わりを告げるのではないだろうか。少なくともリストラされた本人たち、会社の将来に光を見い出せずに自ら辞めた人たち、長引く不景気で正社員になれない派遣社員やフリーター、ニートと呼ばれる人たち。そうした人たちは会社にアイデンティティを置かないだろうし、そうした人たちが増加の一途であることは間違いないだろう。

価値観や考え方の変化

 「フリーエージェント社会の到来」の中で10年前に米国は次のような価値観や考え方の変化を経験しているという。

・忠誠心の変化
 企業のダウンサイジングやレイオフを経験し、企業に対する忠誠心はなくなった。しかし仕事に対する忠誠心はなくならなかった。クライアントや、仕事仲間、プロジェクト、業界に対する忠誠心はかえって強くなった。上司に対する「上」への忠誠心から、仕事仲間に対する「横」への忠誠心に変わった。
・経済的成長がすべてではなくなった
 「企業人」の時代には企業の成長は正義だった。ところがフリーエージェントの時代では、大きい組織のほうが小さい組織よりも優れているわけではない、という認識が広まった。いい仕事をする、ということがすべて。組織の規模の大小は関係なくなった。
・フリーは必ずしも不安定とは限らない
 複数の仕事に自分の時間、労力を分散させるほうが、1つの企業にすべてを捧げるよりリスクが少ないと考える人が増えてきた。
・仕事とプライベートの境目がなくなった
・フリーであることが孤独とは限らなくなった
 フリーエージェント同士のコミュニティやネットワークが増えてきた。
・引退という考えは20世紀的
 何歳で定年、引退、そして引退後は仕事を通じての社会との接点がなくなる、という生き方は望まれなくなった。高齢になっても自分なりのペースで仕事を続けたいという人が増えてきた。
・画一的な教育に対する疑問
 社会が多様化する中で、学校教育が画一的のままでいいのか、という疑問を持つ人が多くなった。
・社員を「エンパワーメントする」という上から目線
 優秀な社員を引き止めるために企業は社員に権限を与え、社員をエンパワーするようになった。しかし権限の譲渡という考え自体が企業の上から目線を意味する。個人を社員として雇ってやるという状況から、個人が社員として企業に勤めてやる、という状況になってきた。

 TechWave塾第9期、第10期は新しい価値観をテーマにしたカリキュラムを組んでいるのだが、講師の方たちと話をしていると、日本人でもこうした価値観を持つ人が現れ始めていることが分かる。特に、会社を大きくすることよりも自分の納得する仕事をしようという考え方や、会社の枠をこえたコミュニティを大事にする人が増えているような気がする。

社会変化を起こす時代背景

 それではどのようなメカニズムでこうした社会変化が起ころうとしているのだろうか。「フリーエージェント社会の到来」は、次の4つの社会背景が引き金になっていると指摘している。

(1)企業が安定した雇用を保証できなくなった。
(2)コンピューターやインターネットといったツールの発達で、個人でも企業と変わらない結果を出せるようになった
(3)十分に豊かな社会になり、仕事に対して生活の糧だけではなく、生きがいも求めるようになった
(4)企業の寿命が短くなった。1つの会社で勤めあげることが困難になった

 これは日本社会でも同じことが言えるように思う。私も経理の知識がほとんどないのに会計ソフトを使って損益計算書や決算書などを作ることができるし、離れた場所にいる仲間と1つの文書の同時編集などができる。

 わたしの前職の会社には、会社のビルの地下に子会社の旅行会社があり本社の社員の出張の航空券の手配などの業務を受け持っていた。今はネットを使ってだれでもが簡単に航空券の手配ができるようになっている。

 パソコン、ネットのおかげだ。

 また社会変化の速度が増し、企業の寿命が極端に短くなってきたように思う。以前は企業の平均寿命は50年という説があったが、今はもっと短くなっているのではないだろうか。孫正義氏は「300年続く会社を作る」と語っている。確かに電話会社のようなインフラ企業は長く存続したほうがいいのかも知れないが、社会インフラ企業以外は、企業寿命は短いほうがいいのではないだろうか。これから人口激減時代を迎え経済縮小は避けられないというのに、社会的存在意義が薄れても無理に成長を続けようとしたり存在し続けようとすれば、かえって弊害を産みはしないだろうか。存在意義が薄れた企業は縮小するか、解散して別の組織に生まれ変わるほうが、社会にとっては健全なのではなかろうか。

 一方で人間の平均寿命はかなり伸びた。高齢になっても元気な人が増え、年金問題を受けて65歳定年になろうとしている。日本人の勤労年数が企業の平均寿命より長くなりつつあるわけだ。

 「フリーエージェント社会の到来」はこのほかにも、これからの日本を見通すのに参考になるような話が豊富に含まれている。少し長くなったのでいったんここで筆を置くが、別のエントリーでこの問題についてもう少し考えてみたい。

お知らせ

 TechWave塾第9期では、岡田斗司夫氏の評価経済社会という本をベースに、実際に価値観の変化が日本社会に起こっているのかどうかを検証しました。新しい価値観を持っているとみられる最先端の人たちを講師に迎えてお話を聞きました。

 確かに新しい価値観を持っている人たちが点在し始めていたことが確認できました。ではそうした価値観の変化をベースに、個人の仕事や企業の形、教育の形はどのように変化しつつあるのでしょうか。それを探るのがTechWave塾第10期の目的です。社会起業を支援している方や、新しい相互教育の形を追求している方を講師に迎えて議論を尽くしたいと思います。

 同じように広く普及していないだけで、未来は既にここに存在するーSF作家William Gibson

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