人はみな起業家である。「スタートアップ! シリコンバレー流成功する自己実現の秘訣 日経BP」[書評]【増田 @maskin】

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 「わたしたちは労働者になった。この呼称をあてがわれたからだ。そして、自分たちが起業家であることを忘れてしまった」(ノーベル賞受賞者 ムハマド・ユヌス)


 リンクトイン(LikedIn)の共同創業者である2人、リード・ホフマン(Reid Hoffman)氏とベン・カスノーカ(Ben Casnocha)氏によって書かれた「スタートアップ! シリコンバレー流成功する自己実現の秘訣」(日経BP刊)はいわゆる会社を起こして投資を受けキャピタルゲインを得るという狭義のスタートアップについて書かれた本ではない。MITメディアラボ所長 伊藤穣一氏のまえがきの言葉を借りれば「自分に投資をして人生をみずから舵取りしようとしている人々に向けて、起業家の発想をどう活かせるか」ということを述べているものだ。

 最近の日本は、大企業の社員であっても不安を抱え「このまま会社にいていいのだろうか」という声を多く聞くようになっているだけに、そんな時代背景に重ねて本書を読み進めた。

組織ブランドに依存する時代からの脱却





 よく日本人は「自分の会社のブランド」の話をする。人に対するブランド意識も強いはずで、日々コネ作りにはげみ自分で興こした事業やイベントにいかに著名な人が関与したかを力説するものの、結局はブランドや組織に依存してぶらさがっているだけで「自分のブランド」を掲げ舵を切っているわけではないことの方が圧倒的に多い。

 組織から抜け起業したという人もこの10年でちらほら現れるようになってきた。社内からは「この優位な環境から抜け出て危険だらけの世界に出るなんて、、」と絶句されながらの英断であったも、蓋を開けてみれば前職のコネをフル活用した請負い業務だったり、学閥を含めた組織ブランドを隠れ蓑に巨大客船のステージでショーを繰り広げるパターンも決して少なくない。

 これを多くの日本人は「普通」という。ブランド益を享受するには、自分を殺し会社に喜ばれる人間になるのがビジネスキャリアの秘訣とまでいう人もいるくらいだから仕方がないのかもしれない。

 実際、まだまだ大きな組織は優遇されているし、タテ割社会に依存することは “普通に安定するための” ステータスとさえ思われている面もある。いくらノマドだフリーエージェントだとはいえ、それはスタイルだけ。自分で舵を切らないで、依存と惰性に体を委ねることを “普通” という労働者は想像以上に多いのだ。

 ただ、就業環境の変化により、こうした組織への忠誠を前提としたタテ方向のネットワークはもろくなりつつある。国のボーダーラインを飛び越えるのが容易になり、ソフトからハードまで仕様書さえネットで送れば世界中の企業が安価に生産してくれる時代。株式仲介人などのように、丸ごと仕事を奪われてしまった業種もある。ITおよびインターネットの普及によりこの15年、様々な職業が失われてきたのは事実なのだ。これは元に戻ることはなく、今後も加速する世界のトレンドである。こうした状況に危機を感じている人こそ考えていただきたい。「自分の信念に基づき、新しい業務を常に探し続けているか?」

「永遠のベータ版」的発想

 これから日本の社会に起ろうとしている多数の変化は、スタートアップとして会社やプロジェクトを立ち上げようとしている人達が直面する不透明で先が見えない状態ととてもよく似ている。スタートアップでは、カネもなければモノもない、保証もなく時間もなく、組織ブランドも通用しない。自分の理念で生き残るためのルールを構築し、誰よりも早く行動しなければ競争に負け振り落されるため、常に自分の判断で舵を切らなければならないが、こうした起業家精神こそ今後のキャリア形成に不可欠だというのが本書の主張だ。

 繰り返すが、本書はスタートアップとはいえ “新たに会社興こそう” ということを主張しているわけではない。スタートアップのような起業家精神を用い自分の人生を切り拓くという「あなた自身のスタートアップ」を実践しようという本なのだ。

 さて、GMを筆頭とした自動車産業の聖地デトロイトは、1960年代から70年代にかけて趨勢を極めアメリカの宝とまでいわれ、世界中から起業家が訪れその起業家精神と経営方法を模倣していった。安定的かつ莫大な利益を生むため、課題解決のリスクを放置した。小さくて燃費の良い車が求められているのにそれを無視し、組織ブランドに依存した官僚体質に染まり、ゆるやかに破綻していった。

 1920年代から30年代は、アメリカのS&P500株価指数を構成する銘柄は65年間その地位を守っていたが、2000年になると10年にまで短くなっているという。大企業がトップの地位から転げ落ちる確立は飛躍的に高くなっているというのは世界にも通ずるところで、日本の現状から見ても頷ける。

 本書では官僚的なデトロイトに対し、「永遠のベータ版」に代表されるシリコンバレー型起業家精神を推奨する。もちろんベータ版とはいえ、完成度が低いというわけではない。 “完成した” を禁句にすることで、常に学び、向上し、行動し、人間として成長する作用に注目しているのだ。

 “普通” が好きな労働者は、ベータ版が極めて苦手だ。仕事の終わりがないと自分が取り戻せないと思っている。スタートアップのようの人生を生きるノウハウを得るにはどうすればいいか、それにはまず「自分のやりたいこと」と向き合うことが必要だと本書は主張する。

 一番シンプルな方法として、自分でやりたいことを実現するニッチマーケットを発見する方法が提示されている。「デザイナーとして世界一の報酬を得よう」ではなく「スマホをより多くの人に使ってもらえるようなUI/UXを自分の好きなデザインで実現しよう」といった具合である。これを考えるプロセスは、自分が持っている資質(資産)と大志、そしてマーケット観という3つの指標を踏まえ「人生で何をすべきか」というキャリアプランを見つけ出すのに役立つという。

 自分の資産・大志・市場観を本当のスタートアップのように置き換えて事業プラン立案のように考えると確かに今まで見えにくかった部分が見えてくるようになる。例えば、資産面では手持ちの資金やコンピュータや本などのハード資産と、才能や経験といったソフト資産があるが、ソフト資産においては「マーケティング会社で2年働いた」といった漠然としたことばかり考え、「その経験で何ができるか」を考えることはないが、事業においてはそっちの方が圧倒的に有益だ。

 大志つまり「なりたい自分」についても、市場観についても、事業プランを立案する前提で調べたり本気で尽き詰めることで、より具体的な方向性を発掘できるはずだ。そして資産・大志・市場観という3つの柱をバランス良く組みあわせることで、より現実的な人生におけるスタートアッププランが見えてくるようになる。

 最も大切なのは具体性とバランス。大きな夢だと大口を叩いても具体性が無いと実現のプランが作れない、夢を追いつつも本当に市場に受け入れられる確証がなければ徒労に終わってしまう。これをうまく実現し、永遠のベータ版を頭に掲げ人生のスタートアップを誰もが実践することで、組織や社会にあり方は大きく変化するだろう。なぜなら、誰もがやりたい仕事に打ち込めれば、仕事の質も変わり、常に良質な仕事をしようと思うからだ。

 実はここまでの内容は第2章までのメッセージが中心となっている。残り部分はリンクトインを中心に、サービスを活用した行動手法について述べている。若干リンクトインのサービスありきの内容になっているため、日本ではまだ参入間もない状況でピンとこないかもしれないが、その辺を理解した上で読み進めれば十分役立つノウハウや示唆に富んだ内容だ。

【関連URL】
・Amazon.co.jp: スタートアップ! ― シリコンバレー流成功する自己実現の秘訣
http://www.amazon.co.jp/gp/product/4822249107

蛇足:僕はこう思ったッス
僕はTechWaveで一連のスタートアップ支援の活動を立ち上げてきた。それは起業&イグジットの流れを追い
たいのではなく、広義のスタートアップ(起業、企業内プロジェクト、新テクノロジー=創出全般)を支援したいと思っていたからだ。なぜなら、「新しい門出を迎える人には、新しい道が拓ける」(あいだみつを氏)からである。伊藤穣一氏の「わたしたち一人一人が起業家の発想で生き、まわりのお手本となる必要がある」という言葉に震えるほど感銘を受けるとともに、時代の変容を強く実感した。15年前、そんなことを言って誰が信じただろうか。けれども今、誰もがスタートアップマインドを持つことが必要になるつつある。形式だけでなく、まずは具体性を持ち本心でキャリアを形成するスタートアップ思考を持つことは、ビジネスのみならずプライベートな領域でもプラスになると思う。
(追記) 本書は日経BPさんから献本頂いた。「小さく賭けろ」「リーン・スタートアップ」「アップルのデザイン」といった書評が好評だったようだ。拝読させて頂いたのだが、なかなか読み進められなかった。というのは企業などに務める人を対象とした本だからだ。とても丁寧に組織依存の労働者から脱却しスタートアップ的精神を見につける方法を述べているので、生まれつきスタートアップの環境ばかりで生きてきた自分にとってポイントを押さえにくかったのだ。ただ、一通り読むことで、逆に組織で労働することの大変さを理解したりもした。
リンクトインは、そもそも転職活動を支援するためのビジネスSNSであり、本書はこのサービスの世界観を体現しているようにも思えた。
著者プロフィール:TechWave副編集長・イマジニア 増田(maskin)真樹
 8才でプログラマ、12才で起業。18才でライター。道具としてIT/ネットを追求し、日米のIT/ネットをあれこれ見つつ、生み伝えることを生業として今ここに。1990年代はソフト/ハード開発&マーケティング→週刊アスキーなど多数のIT関連媒体で雑誌ライターとして疾走後、シリコンバレーで証券情報サービスベンチャーの起業に参画。帰国後、ネットエイジ等で複数のスタートアップに関与。関心空間、@cosme、ニフティやソニーなどのブログ&SNS国内展開に広く関与。坂本龍一氏などが参加するプロジェクトのブログ立ち上げなどを主導。 Rick Smolanの24hours in CyberSpaceの数少ない日本人被写体として現MITメディアラボ所長 伊藤穣一氏らと出演。TechWaveでは創出支援に注力。個人テーマは「ビットxアトム」

メール maskin(at)metamix.com | 書籍情報・Twitter @maskincoffee-meeting 詳しいプロフィールはこちら


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Editor In Chief at TechWave.jp
1990年代初頭からソフトからハードまで50以上のスタートアップ立ち上げを国内外で経験。平行して雑誌ライターとして疾走。シリコンバレーでガレージベンチャーに参画後は、国内でネットエイジを筆頭にスタートアップに多数関与。ブログやSNSの国内啓蒙、ソニーの社内イノベーション事業など関与。通信キャリアのニュースポータルの立ち上げ期の編集デスクとして数億PV事業に育てた後、TechWaveにジョイン。世界最大のグローバルIT系メディアであるスペインの「Softonic」の元日本編集長
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