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中島聡さんの書かれた「おもてなしの経営学 (アスキー新書 55)」を読了した。ここで言う「おもてなし」とはUser Experienceということで、User Experienceにピタッとくる訳語がないので、中島さんは「おもてなし」という言葉をあてた。この本は「ITビジネスにとって最も重要なのは『おもてなし』を形にすることである」というような話がテーマなのだが、わたしにとっては中島さんのこれまでの経験談や、そうした経験からくる独特の現状認識のほうが面白かった。出張帰りで仕事が山積みになっている中、「今は読まないで仕事をしよう」と自分に言い聞かせたのだが、根っからの優柔不断な性格のため、自分に勝てなかった。
それで一気に読んだのだが、ブログに書きたいことは山ほどあったにもかかわらず、すぐにはブログに向かえなかった。自分の中で整理する必要がある話ばかりだったからだ。「おもてなしの経営学」を読んで、自分なりに考えたことをこれから何回か書きたい。「書評はあとで書きます」と宣言したものの、書評という形になっていないことを最初にお詫びします。
中島さんはマイクロソフトの米国本社でウィンドウズのインターフェース作りに関与していた人である。この本の中には面白い話が幾らでも盛り込まれている。特に90年代にマイクロソフトを追い続けていたわたしのようなIT記者にとっては、感動で体が震えるくらいに面白い話が満載だ。だって、取材の過程でいつも「マイクロソフトの内部ではどんな議論が交わされているんだろう。マイクロソフトはどこに向かおうとしているのだろう」と思案していたんだが、その答えがすべて書かれているのだから。
面白かったところを幾つか挙げると、90年代後半に米マイクロソフト社内で2つの派があったという話。ウィンドウズというドル箱を活かすためにインターネットを利用するという考えの保守派と、インターネット・エクスプローラを武器にmsnを事業の中核に据えようという革新派に分かれたという。結局、ビル・ゲイツは保守派の戦略を選択した。
(その結果)「インターネット急進派」の主要なエンジニアたちがマイクロソフトを去り、同社のインターネット戦略に大きな穴を開けた。そこでできた「空白の5年間」(2000年~2005年)をついて大躍進したのがグーグルである。
いわゆるイノベーションのジレンマと呼ばれる現象だ。時代の急速な変革期には、手持ちのリソースを有効活用して確実に収益を挙げようという戦略と、大リストラを実施しても新しい時代にあった体制に移行すべきだとする戦略のどちらかの選択を迫られる。前者の戦略は、来年度もさ来年度もある程度安定した収益を期待できるが、その一方で、長期的には徐々に収益が低下していく可能性が大きい。
反対に後者の戦略では、新しい時代に移行できるかもしれないが、尋常でない痛みをともなう。しかもその成功が約束されているわけではない。
経営が秀才の合議制の形を取っている企業は、ほぼ例外なく前者の戦略を取り、ジリ貧の状態に陥る。数年後に停年を向かえる人が経営者の場合も、前者の戦略を取ることが圧倒的に多い。
一方で、天才経営者は、後者の戦略を取り、舵を大きく切って成功する。しかし舵を切って成功する経営者はほんの一握り。舵を大きく切った企業の多くは失敗し、あっという間に姿を消してしまう。すごいギャンブルである。
マイクロソフトは、ギャンブルに打って出なかったわけだ。
どちらの戦略がいいのか。「おもてなしの経営学」の中には、中島さんと西村博之さんの対談が収録されているが、マイクロソフトではそれほどがむしゃらに働かなくても利益が上がっていることを、ひろゆきさんは評価している。中島さんも、マイクロソフト・オフィスが累計で膨大な利益を上げていることを考えれば、ビル・ゲイツの選択は間違ってなかった、と語っている。
しかしその一方で、マイクロソフトの将来に期待する人は少なくなった。どちらが正しい選択とは一概には言えない。だからこそ「ジレンマ」と呼ばれるわけだ。
同じような話になるが、1999年の終わり頃に、中島さんとビル・ゲイツが次のような会話を交わしている。
(中島さん)「インターネットの時代になり、イノベーションのスピードが大きく変わっている。ひとつのプロジェクトに3年も5年もかけていては時代遅れになってしまう。今までとはやり方を変えて、小人数で6カ月サイクルぐらいで新しいものを作っていくべきだ」
(ビル・ゲイツ)「そんなことはどこのベンチャー企業でもできる。資金力と人的リソースを持っているマイクロソフトにしかできないことをしてこそ差別化できるんだ」
中島さんはこのときに「会社がある程度の大きさになると、その中でスピーディなイノベーションを起こすのが非常にむつかしくなってしまう現実」を強く認識したという。
それぞれのプロジェクトが年間数百万ドル、数千万ドルを売り上げている大企業にとってわざわざベンチャー企業と同じ土俵に立って、売り上げにつながる保証するない小さなプロジェクトを幾つも手掛けるのはあまりにも効率が悪いのだ。
その結果、研究グループは、5年先、10年先を見た自然言語処理や人工知能の研究をのんびりとするようになる。小さなイノベーションは生まれにくくなるというわけだ。
こうしたマイクロソフトでの経験を基に、中島さんは大企業になったグーグルの未来にも疑問を投げ掛ける。
ひろゆきさんとの対談で、グーグルの各種サービスには「グーグルしかできないもの」はないので、グーグルの将来性が見えない、というひろゆきさんに対し、中島さんは次のように返している。
「僕もずっと悩んでいる。技術や事業がどうだという前に、瞬間最大風速かもしれないけど、「お金」というものすごい価値を生みだしているよね。あの手のビジネスは一度ブランドを築けば勝ち続けられる部分があるから、あと数年間は続けられる勢いはあるけど、その先も続くのかはわからない。今の金脈は「検索」しかないからね」
「グーグルは検索で、1本ホームランを打っただけの会社だからね」
わたしは拙著「爆発するソーシャルメディア」の中で、グーグルの最大の強みは資金力である、と指摘し、「グーグルは全能の神である」的な見解に異論を唱えた。しかしわたしの本を取り上げたブログの書評の中には「著者はグーグルに何か嫌な思いでもさせられたのだろうか。グーグル批判がひど過ぎる」と書いていたものがあったり、なかなか日本ではわたしの主張が理解されない状況だった。中島さんの本を読んで、わたしだけではないんだ、とちょっと安心したようなところがある。
また古川享さんとの対談では中島さんはグーグルについて次のようにも語っている。
「あれは研究室です。もちろん検索ではガンガン儲けているけれど、その他の部分では非営利状態でルーズなんです。社員の多くが本当に何かを目指して仕事をしているかというと、必ずしもそうではない」
「僕がグーグルに行かない理由は簡単で、グーグルの社内で検索に匹敵するビジネスを立ち上げるのはすごく難しいと思ったからです。不思議なもので、やっぱりハングリー精神がないとダメなんです。いろいろなダイナミズムが働かない」
このグーグルの現状と将来性について、中島さんと梅田望夫さんとの対談の中で、梅田さんの指摘がやはり面白かった。
梅田さんによると、グーグルはシリコンバレーの多産多死文化を社内に取り込んだ企業だという。しかしそれでも「ハングリー精神が、外から見たときになくなりつつある。グーグルが生まれたときのようにグーグル内部から新しいビジネスが次々と生まれるかといえば、そんなに簡単な話ではない」と言う。
それでも挑戦しなければ何も生まれない。そこで携帯電話の業界標準策定を目指したアンドロイドなどの莫大な資金のかかるプロジェクトに取り組んでいるという。
しかしうまく行く保証はない。
だから僕は、けっこうリスクの高い勝負と見ている。大きなところへの投資が必ずしも成功するとは思わないし、その成否がグーグルの転機になるのではないかという気がしています。(梅田さん)
技術革新があまりにも急ピッチで行われる一方で、成功した企業は組織が大きくなり動きが鈍くなる、というIT業界最先端の現実。急速な技術革新が続く限り、1社が数年以上、王座にい続けるのは不可能ではないのか。「おもてなしの経営学」を読んで、そんなことを考えている。