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デジタルサイネージの中でも、最も消費行動に近く高い効果が期待されているのが、小売店舗に設置されたデジタルサイネージである。
小売業専門のコンサルティング会社Platt Retail Instituteのスティーブン・プラットさんは、業界誌cleverdisの2008年1月号の中のインタビューで、次のように語っている。
「ストアは、消費者とマネーと商品が出会う場所。そこでメッセージを発信するのだから非常に効果的です。広告の効果があるのかないのか、あるとすればどの程度の効果なのかを分析することができるようになれば、ストア内のデジタルサイネージの広告市場の規模は2年以内に非常に大きなものになります。5年以内に市場規模でテレビを抜くでしょう。間違いありません」。
▼ネット店舗がリアル展開
米オンライン旅行会社最大手トラベロシティは、オフラインのブランド戦略の一環としてラスベガスのミラクル・マイル・ショッピングセンター内でデジタルサイネージを展開している。
トラベロシティはこれまで、同ショッピングセンター内にブースを設け、ラスベガス観光客向けにコンサートやミュージカル、ボクシングの試合などのイベントのチケットを販売していた。観光客の嗜好を聞き、カタログを見せながら、イベントを薦めるという業務が中心だったが、カタログを何冊も見せる代わりにデジタルサイネージを設置。タッチスクリーンで簡単な質問に答えていくと、幾つかのイベントを推薦してくれる仕組みになっている。イベントのプレビュービデオを見ることもできる。推薦イベントは小さな紙に印刷されディスプレーの下からブリントアウトされる。それを持ってトラベロシティの店員に相談した上で、その場でチケットを購入できるようになっている。
どのイベントにするかの相談の大部分をタッチスクリーンで対応できるため、一つのブースで一度により多くの観光客の相手をできるようなったという。
トラベロシティの委託でこのブースのデジタルサイネージの運営を行っているワイヤレス・ロニン社のリンダ・ホフランダーさんは「広告やコンテンツを表示するだけのデジタルサイネージから、タッチスクリーンのデジタルサイネージへと進化し、さらには実際にEコマースが可能なデジタルサイネージへの進化が今まさに始まろうとしている」と言う。ワイヤレス・ロニン社では、ショッピングセンターのブースに設置されたデジタルサイネージと、インターネット上のトラベロシティのサイトを連動させ、ブースの画面からも自分のオンラインのアカウントでチケットが購入できるような仕組みの開発を進めているという。
▼店舗は最後のマスメディア
ウォルマート、ベストバイ、サーキットシティ、サムズ・クラブ、コストコ、アルバートソンズ・・・。米国を代表するような大手小売店チェーンだ。これら大手小売店チェーンの店頭でデジタルサイネージのネットワークを展開しているのが、仏マルチメディア・家電大手トムソン傘下の米プレミア・リテール・ネットワークス(PRN)だ。売り場にデジタルサイネージを設置している店舗の総数は約6000店。4週間で2億5000万人が来店し、デジタルサイネージを目にする計算になるという。米国人の約8割にリーチできている計算だ。
米国では若者のマスメディア離れが進み、テレビでさえマスにリーチできるメディアではなくなってきたと言われる。米調査会社ニールセン・インストアのメレディス・スペクターさんは「小売店舗は、マスにニーチできる最後のチャンスなんです」と言う。最後のマス向け広告メディアだというわけだ。
PRNでは4種類のデジタルサイネージを店舗に提供している。1つは、売り場の天井から大型ディスプレーを吊り下げるタイプ。売り場ごとに、異なるコンテンツを流している。売り場には、購入意欲を持つ買い物客がいる。購入寸前の消費者にリーチするため、高い効果が期待できるという。
紳士服売り場には男性が、婦人服売り場には女性がくることが多く、ターゲット層を特定できる。そこに設置されたデジタルサイネージは、ターゲットメディアになる。紳士服売リ場では、紳士服の広告だけではなく、男性向け広告を掲載することができるわけだ。
2つ目はレジカウンター前の小さなディスプレー。レジの前に並ぶ買い物客に見せるコンテンツだ。この場所にいる消費者は、既に欲しい商品を買い物カゴに入れている。ここで商品の宣伝メッセージを流しても効果はない。
とはいうものの、その場を離れることができない消費者が退屈な状態で立っているわけだ。消費者にリーチするには最高の状況だ。この場所では、映画の宣伝などの短いビデオを流すのが効果的という。
3つ目はテレビ売り場。展示されているテレビで、放送中の番組を流すだけではあまりにもったいない。PRNでは、特定の商品のコマーシャルビデオを含むコンテンツを製作し、展示されているテレビ全部で一斉に表示する仕組みを運営している。
こうしたタイプのディスプレーを通じて、6000店舗で一斉にメッセージを発信し、米国人の8割にリーチすることが可能。PRNによると、消費財大手のプロクター&ギャンブルなどの大手広告主がこの仕組みを通じて広告を配信し始めているという。広告料収入は、PRNと店舗でシェアする契約になっているようだ。
4つ目は通路の端の部分に設置された特売コーナーに置くタッチパネルのディスプレー。よく販売員などが実演をするような場所だ。そこにタッチパネルディスプレーを置くことで、買い物客の疑問に答えるようなサービスを提供することができる。販売員を通じた販売促進のほうが効果は高いのかもしれないが、全米各地の店頭で一斉に展開できる利点やそのコストを考えれば、商品によっては効果のある販売促進策になっている。
▼デジタルサイネージ+ウェブの発想
PRNはスーパーマーケット内に設置するテレビの運営会社としてスタートしている。そのほかのデジタルサイネージで先行する企業も、街頭テレビの運営会社や広告会社としてデジタルサイネージ事業に乗り出しているところが多い。インターネットやウェブの世界とは、別の発想で進化してきたわけだ。
ところがデジタルサイネージに対する期待が高まる中で、ウェブ関連企業も関心を寄せ始めており、デジタルサイネージの世界にウェブの発想が入り始めようとしている。
日本の有力レシピ投稿サイト「クックパッド」は、レシピ総数30万件以上を誇る最大級のレシピサイトだ。同サイトを運営する株式会社クックパッドの佐野陽光社長は、「できること、やりたいことがいっぱいある」と目を輝かせる。
同社長がやりたいことの1つに挙げるのが、スーパーマーケットにディスプレーを設置してそこでネット上のクックパッドのサイトにアクセスして人気レシピを検索できるようにすること。
「店内を無線LANで結び、安くなってきたディスプレーを各売り場に設置する。すべて技術的にはもう可能なんです」と佐野社長は言う。
確かに特売品の食材の横にディスプレーがあり、その食材を使ったレシピを検索できれば便利だろう。
便利なだけではない。買い物客の消費行動に大きな影響を与えることができる。レシピ検索の結果ページに、検索キーワードに関連する広告を掲載すればどうだろう。検索結果のページから、実際に選択したレシピのページに移動したときに、そのレシピの横に、そのレシピに使われている食材の広告を掲載すれば、効果があるのではないだろうか。ヨーグルトを使うレシピだったら、特定のブランドのヨーグルトの広告を掲載するという具合に、だ。
これはインターネットの検索サービスの検索結果のページに表示される「検索連動型広告」や、検索結果のページの1つの項目をクリックして飛んだ先のページの内容に合った広告を表示する「コンテンツ連動型広告」と同じ発想である。そして検索連動型広告も、コンテンツ連動型広告も、非常に効果が高いことはネット上で既に実証済みだ。
インターネットで商品を買ったことのない消費者はまだまだ多いが、実際の店舗で物を買ったことがない人はほとんどいない。店頭でのデジタルサイネージは、ネットを超える広告メディアになる可能性を確かに持っている。(了)
春以降に刊行予定の「経済リワイヤリング=メディア、広告の未来」(仮題)用の原稿素材です。未完成原稿ですので、引用にはご注意ください。誤字、脱字の指摘を初め、反論、コメントは大歓迎です。
またこのテーマに関する講演も、期間限定で行います。詳しくはこちら。
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