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ここ数年、メディアの未来について思いをめぐらせている。インターネットの普及でマスメディアはどうなるのか、ジャーナリズムはどうなるのか。『ネットは
新聞を殺すのか』(共著、NTT出版、2003年)、『ブログがジャーナリズムを変える』(NTT出版、2006年)などの本も書いてきたし、数多くの人
たちとこの問題に関して議論を繰り返してきた。
その中で気づいたのは、マスメディアを資金的に支える広告ビジネスの今後を理解せずにマスメディアの未来を理解するのは不可能だということだ。それからは
テーマを広告に切り替えて取材を続けた。今日の広告の最先端の動きを『次世代広告テクノロジー』(共著、ソフトバンククリエイティブ、2007年)という
本にもまとめたりした。その後も、「今日の広告の最先端」の次にどのような動きが起こるのか、その新しい動きに乗り業界を牛耳ることになるのはだれなの
か、ということを考え続けてきた。
広告に関する本をずいぶん読んだし、多くの広告業界関係者と議論もした。
しかし、わたしが目新しいと思うようなことは、ほとんどすべて既刊の本に書かれていた。また広告業界関係者は、メディア業界関係者と比べると、自分の置かれている状況に関する情報収集に熱心で、時代の変化を読み取っている人が多かった。
彼らはマス広告の影響力が低下しつつあること、Google(グーグル)を始めとするテクノロジー企業の台頭で、広告主とメディア、消費者の関係が変わりつつあることもしっかりと意識している。少なくとも、私の属する新聞業界よりも変化に対する危機意識は強いと思う。広告業界関係者に対して、わたしのような部外者が広告の未来に関して偉そうに語れることは何もないような気がした。
それなら部外者しか書けないことを書こう、と思い立った。例えば、業界勢力図の先行きを読む本にすればどうだろうかと。取材を進める中で、寡占化が進む大手広告会社に対する不満の声をあちらこちらで耳にした。しかし、当の大手広告会社は泰然自若かといえば、実はけっしてそうではないことがわかってきた。
電通や博報堂の中にもGoogleに対する脅威を口にする人は多かった。 そして、「Google に対抗するために電通はソフトバンクと組むことも視野に入れ始めた」「米国のYahoo!は日本のヤフーの株を30%持っている。Microsoftに狙われたYahoo!幹部は、日本のヤフーの株式を売ることで、株主に気にいられようとしている。その日本のヤフーの株式を電通が狙っている」などといった、いろいろなうわさや情報が耳に入ってきた。そこで、「電通vsGoogle」もしくは「電通&Yahoo!・ソフトバンク連合へ」というシナリオで本を書けるのではないか、と考えた。関係者の貴重な証言もいくつか入手できていたので、これらの情報を基にとりあえず原稿を書き始めることにした。
原稿を8割程度、書き終わったころだったと思う。広告業界の未来を展望する上で、Googleの脅威が顕在化しつつある米国の現状も一応見ておく必要があるだろうと思って、米国で開催された「Omniture Summit」と「Digital Signage Expo」の2つの見本市に出席することに決めた。両方の見本市ともセミナーやパネル討論会などプログラムがぎっしりと予定されていた。どれも面白そうな内容だったが、こうしたセミナーはすべて録音されネット上で公開されることになっていたので、主なセミナーだけ出席しただけで、あとは見本市フロアーを歩き、できるだけ多くの業界関係者と話をすることにした。米国の現状を肌で感じたいと思ったからだ。
何人の米国人と話しただろうか。2週間の米国滞在中にいろいろな人と意見交換する中で、少しずつ自分の考えに変化が出始めた。日本に帰国する直前になると、考え方が大幅に 変わっていた。今、起ころうとしていることは、オンライン広告の進化というだけの話ではない。オンライン広告がマス広告を凌駕するどころの話ではない。もはや「Googlevs電通」の図式などどうでもよい。これは、広告業界だけでは完結しない、もっともっと大きな話なのだ。
今始まった動きは、いずれ産業全体を変革するような規模に成長する。その具体的な姿の骨組みや基本ルールが見え始めたのだ。このことに気づいたときに、わたしの中を衝撃が走った。
時代の変化を感じている広告業界関係者は少なくないと述べた。しかし、彼らの問題意識は基本的に「広告分野を侵食するGoogleの脅威に、既存プレーヤーとしていかに立ち向かうか」というところにとどまっていて、今起こっている変化が広告というビジネスそのものをのみ込んでしまうとまでは考えていないのではないだろうか。
台風の目の中にいる人は台風に気づかない。大きな物体の近くに立つときに、立ち位置が近すぎると、その物体の全体像が見えないものである。もしかすると、今起こっている変化が大き過ぎて、変化の中にいる広告業界関係者には全体像が見づらくなっているのではなかろうか。わたしは部外者だからこそ、この大きな変化を見ることができたのではなかろうか。
広告業界関係者は「広告がどうなるのか」という視点で見ようとするから、少し先のことしか見えないのだと思う。
わたしも取材を始めたときは「広告がどうなるのか」という視点でモノを見ようとしていた。しかし取材を終えて確信に至ったのは、「広く告知する」を意味する20世紀型の広告はいずれ消滅するということだった。
企業から消費者に発するメッセージは、細かなターゲット層向けにいくつも用意され、受け手にとってよりパーソナライズされたものに変化していく。それは広告というより販売促進に近いコミュニケーションになり、クリエイティブよりテクノロジーが重要になるということだ。
そして企業の業績は、消費者とのコミュニケーションをうまくできるかどうかで左右されるようになる。企業は、広告、広報、マーケティング、カスタマーサポートといった部署間の垣根を払い、企業全体としてコミュニケーション戦略に取り組んでいかなければならなくなる。そしてその戦略の中核になるのは、自社サイトである、ということだった。
この本を書き終えて、わたしは1つの達成感を感じている。過去数年間にわたり続けてきたわたし自身のメディアの未来探求はこれで終わりにしたい。この本を総括としたい。メディアと広告とウェブの未来をはっきりと見ることができた、という強い確信を持てたからだ。
もう一度言おう。いま起こっている変革は、もはや広告という一つの企業活動の枠組みだけで語れるものではない。経済全体のあり方まで変えるような大きな津波なのである。
そういう意味でこの本は、広告業界関係者だけではなく、メディア業界関係者、はたまた一般企業の広報業務関係者やウェブサイト製作部門に従事する方々など、あらゆる企業人に関係する内容になっている。とりわけ、経営者や戦略部署の担当者には、ぜひ読んでいただきたい内容になっている。 湯川鶴章
以上「次世代マーケティングプラットフォーム 広告とマスメディアの地位を奪うもの」の「はじめに」から。9月末発売予定です。わたしにとって久々の書籍です。1年の取材、執筆をへて、ようやく刊行されます。予約の受付が始まりました!