どの分野においてもデジタル化の波がもう十分すぎるほどに到来している昨今、なかでも変化の激しい広告宣伝の世界において現在各企業の広告宣伝担当者はどのようなことを考えているのでしょうか。すでにイノベーションを起こした成功事例を持っている企業だけでなく、まさに取り組み真っ最中の企業の方にも自社の現状やこれからへの展望をお伺いする特集です。
初回はアサヒ飲料マーケティング本部宣伝部副部長の菅根秀一氏。昨年から、宣伝部ではクリエイティブ担当がメディアプランニングまで行うという、大きな体制の変革があった同社、そこには一体どのような意図があったのでしょうか。
メディアプランニングもクリエイティブである
—体制の変更とは大きな改革ですね
「最近は情報過多の時代ですので、クリエイティブを作っただけではカスタマーに届かなくなってきてしまいました。テレビだけの時代と違ってメディアプランニングとクリエイティブの領域が分けづらくなってきたのではないかということで、その二つをクリエイティブ担当が考える体制にしたのです。メディアプランニングもクリエイティブという位置づけにしたということです。マスとデジタルをどういった配分にしていくのか、自由度が高いデジタルの世界でどんなクリエイティブを作るのか、まだできたばかりのチームですがみんなで知見を共有しながら進めています」
—企業からの発信の際に考えるべきことが増えた上に、複合的に考える必要が出てきたということでしょうか
「制作の進め方も変わりつつあります。これまでは『何を作る?』『出稿量はどれくらい?』というプランの立て方だったのですが、今はテレビを見ない層にどのスクリーンで見せるのかというところまで考えなきゃいけない。『どこに流す?』『何を作る?』という順番にしようとしています。スマートフォンを見る人が多いならスマートフォンで流しますし、トレインチャンネルだって棲み分けて使っています。デジタルの情報についてはgoogleやYahoo!の方たちと情報交換をする機会を設けています。ただ、『教えを乞う』のではなく私たちメーカーの強みであるものづくりの仕組みや流通情報など、彼らは持っていない情報を持ち寄る対等な関係での情報共有です」
—デジタル企業と情報共有会まで行なっているということは宣伝活動においてはデジタルに重きを置いているということでしょうか
「ターゲットが広く身近な商材である飲料というカテゴリーでは、マスコミュニケーションも重視していますが、様々な可能性のあるデジタルにも力を入れています。ここ最近では、リアルイベントと掛け合わせる体験型の施策に力を入れています。CMやデジタル動画だけでは伝えきれない価値を、ちょっと深い体験をしてもらうことで、実感して広げていただく施策です。例えば十六茶カフェという施策ではカフェにお越しいただいた方に16種類の原料を見せて、実際にブレンドして飲んでもらうという体験をしてもらいました。自分で作る体験を通してブランドストーリーや商品の裏にある東洋の健康思想を理解してもらおうという意図です。16種類もの原料がブレンドされていてもお茶として美味しいバランスになっているという体験者の驚きが良い噂やトリビアとしてinstagramなどで流通しました。価値を実感する原体験を提供し、ブランドのアクティビティ向上につなげようという施策です」
原体験を再提供するコミュニケーション
—原体験といえば「カルピス、大人になったら濃くして飲みたい!」なんていうカルピスにちなんだエピソードは多くの人が持っていますね
「それも実は変わってきていて、今の飲用実態を調査すると『初めて飲んだカルピスは“カルピスウォーター”』という人が増えてきているのです。カルピスウォーターに親しんでいただいていることはとても嬉しいのですが、ブランドとしては『希釈タイプのカルピスを水で割る』という行為は大切な原体験なので再提供するための場は作り続けています」
—若い人たちのカルピス体験が変わってきているとは驚きです!
「カルピスは熱心なファンの方が非常に多いブランドですので、私たちも驚かされることがあります。カルピスファンのための施策として完全招待制の「BISTRO de CALPIS」という期間限定レストランを実施したところ、当選倍率は30倍を超えました。応募条件は『カルピスとの思い出エピソード』を書いてもらう等、ハードルが高い内容だったにも関わらず約4000人から応募があったのです。嬉しかったですね。初めての試みだったので、最終的にご参加いただいた熱心なカルピスファンのその後の購買行動にどう影響を与えたか、どのように情報拡散されその先の態度変容を促したかは、追いきれていない部分もありますが、飲料という成熟市場で新規顧客を拡大させるだけでなく、ライフタイムバリューを上げていく試みとしては重要なイベントだったと思います」
—組織改編をはじめ、様々なお取り組みに積極的なアサヒ飲料の皆さんが考えるこれからの広告宣伝に関わる人にとって重要なものとはなんでしょうか
「プランニングの本質を見極める力が重要だと思います。常に新しいものが生まれていく時代ですから、その全てを知ることは不可能です。また、コミュニケーションという意味においては、各ブランドの『らしさ』を守ることとチャレンジの良きせめぎ合いが重要だと感じています。社内においてはブランド基準書等で『らしさ』を定めておりますが、お客様の方がより柔軟な部分とより保守的な部分があります。主導権が生活者に移りつつあり、その声が可視化される今は、なお一層世の中の生活者に耳を傾けたいところ。自分達の規定する『らしさ』にこだわりすぎてしまうと、新しいチャレンジに二の足を踏んでしまうこともあるかもしれません。生活者の声も踏まえながら、悩み抜くことはある意味健全ではないでしょうか」
—ありがとうございました!
若い人たちにとって最初の「カルピス」は「カルピスウォーター」になりつつある、というお話には驚きました。今までのCMの動画でも多く描かれてきた希釈タイプを薄めるというストーリーをブランド側から積極的に再提供していくというのはまさに体験型施策ですし、私のような「今はカルピス“ウォーター”が多いのか!」という反応はSNSでも非常に多そうな印象です。そして、何よりもチームを合体させたという組織改革が今後の大きなイノベーションになるのではないでしょうか。「プランニングもクリエイティブ」という菅根さんのもと、チームの皆さんも以前以上に活発になっているとも伺いました。「成果はこれから」とおっしゃっていましたが、早々に動きがありそうです。