メディア、モバイル、SNSの今後-伊藤穰一氏

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 伊藤穰一さんのインタビュー最終回。メディア、モバイル、SNSの将来などについて話していただいた。


「伊藤穰一氏インタビュー 第4回音声ファイル」

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○湯川 私のいる分野というかメディアは、テレビを含め、新聞、ラジオはどう変わっていくと思いますか。
○伊藤 ジェネレーションが、まず2つぐらいあると思います。ウィキペディアというのがありますよね。みんなで書く百科事典。ある学校はそれをレファンスに使ってはいけない。誰が書いたかわからないし、いつ見るかによってもちょっと違うし、これはオソリティブではない。ブリタニカを使いなさいと。
 違う考え方で言うと、ブリタニカの情報は古いし、間違いがあっても直らないし、腐っている情報だという人がいる。あとは論文だと。論文だとプロのはアカデミックだと、誰の弟子で、誰がサイテーションして、どういうコンテキストかというと、この論文の信憑性や確度はすぐわかるじゃない。でもアカデミックではない人が論文を読んでも、本当か嘘かわからない。2割のサイエンティティックスタディというのは嘘    だから。そうすると、消費する人が見ている人によって違うと思うのです。
 ウィキペディアのことをよく知っている人は、ディスカッションを見て、ヒストリーも見られるし、どのようにウィキペディアができているかと理解していれば、ものすごく上手に使えると思うの。それが普通の百科事典だと思うと間違えるかもしれない。だから、リテラシーの問題もあると思います。
 僕が思うのは、新聞に慣れている人は、新聞がいいと思う人がいっぱいいると思うのです。ブログに慣れたり、コンバセーションメディアに慣れたい。コンバーセーションは質問もできるわけです。「これ違うと思う」と言ったら、「ああ、そうか」と返ってきて、云々かんぬんやっているうちに、自分が納得いく事実が得られるわけです。質問をしてもいいということを知らなければ使い方を間違えるわけでしょう。そういう意味でいうと、マーケットシェアのシフトがあるにしても、両方ある程度残るかなと。うまくいくとシンクロしてくると思うのです。
 この間のCNNも僕のブログを読んで、書いたことによってIサイトでインタビューしてくれたりしたし、もっとそういうのを上手にプロセスしてマスコミに出していったり、マスコミから出来ているものを、またブログ側が噛み砕いたり、僕はすごく健全な関係が生まれてくると思うのですが。
○湯川 この話題は結構いろいろな所で話をして、アメリカではコンシューマー・ジェネレーテッドメディアというのが出てきて、ウィキペディアがあって、盛んだし、オープンソース・ジャーナリズムがあってという話をすると、それが日本ではあり得ないという人が9割以上いるのです。
 なぜかというと、情報というのは金が絡まないと出てこない。ジャーナリズムをやろうという思う人などは日本ではいないよと。草の根ジャーナリズムなどは日本では絶対ない。だってお金が絡まないからで、お金が絡まないと、そんなの書く気にならないというのが99%なのです。
 アメリカ人というのはジャーナリズムに燃えていたり、民主主義に燃えているじゃない。だから、社会を良くするのだという思いで発言したり、活動したりする人も多いのですが、日本は民主主義にあまり燃えていない。
○伊藤 でも2チャンネルは流行っているよね。
○湯川 悪口などは言うけれども。
○伊藤 でも悪口だけではないよね。悪口もあるけど。でもうちも家を買うときも2チャンネルで村の話を読むと、いろいろなことが書いてあるわけだよね。NTTはまだADSLがなくて云々で、こういう理由でとか、一応みんな自分の思っていることを書くのは嫌ではないし、ブログも日本で伸びているわけです。昔から日本は「うちは違う」と言って、違わないのが多くて、最近はあまり信じていないのだけれども。
○湯川 結構そういう反論はあるのだけど、僕自身もそう思っていて、発言しない国だと。そんなことはなくて、発言したいと思うし、社会のことを思っていない人が多いと言うと、そんなことはない。やはり社会を良くしたいと思っている人も多いし、ほとんどの人が実はそう思っていて、自分の子供たちのためには、いい社会にしたいなと思っている人が大半だと思うしね。
○伊藤 そうだよね。僕の個人的な意見で言うと、日本の国民をみんな甘く見ていると思うんだよね。すごく単純に言うと、これは自分で調べたわけではなく、ある経済学者から聞いたのですが、いちばんバブルが弾けたときでも、ほとんどの土地は個人の手から離れているのです。個人はもう売ってしまって現金になっているわけです。会社は損をしているけれど、すごく損をした個人もいっぱいいるが、そうでもないのです。個人ベースでは、マンションを買ってしまって損があるなどというのはあるが、数が少ないと思うのです。例えば、アメリカに比べてバブルで個人的にすごく損をした個人とか。日本の個人のお金の入れ方は変だけど、それは経済が変で、結構合理的にやってきているのです。何となくチャンスさえ与えれば、日本国民はちゃんとやると思うのです。日本人はこうだ、ああだと決め込んでしまっていると思うのです。僕はパソコン通信時代からネットをやっているのですが、オフ会とか行ってもINのときのピープルとかでも、やりたいし、喋りたいし、思っている人たちはいるのです。サラリーマンになってしまった人たちというのは、非現実的な世界にずっと生きてきてしまっているから、やる気がない人が多いのかもしれないが、そうではない人たちはまだ行けるのではないかと思うのです。
○湯川 ウィキペディアが日本でそれほど盛り上がらない。
○伊藤 まだ盛り上がっていないね。ウィキペディアも国でタイミングがそれぞれあって、盛り上がり方があると思うのだけど。
○湯川 まだ盛り上がるのかな。まだということはこれから盛り上がるという期待。
○伊藤 僕は期待はしているけど、わからないけどね。というのは、国によってほかのものがあると、そちらにアテンションが行ってしまったりするから、日本というのは携帯が動いてしまっているから、あまりパソコンに向かって時間を潰す人が少ないと思うのね。携帯文化というのは、電車の中でやるし、ベッドの中でプライバシーがあるわけじゃない。家の大きさと通勤で、エネルギーがどんどんモバイルに行ってしまうと思う。そうすると、いまのウィキペディアの感じでは盛り上がらない可能性がある。
 韓国などでは、オーマイユーズがあるから、ブログが流行らないのも1つの理由だと思うし、それぞれ文化によって。これが国民性というよりも、家の形とか。
○湯川 ……とか、そういう
所の影響のほうが。国民性はそれほど違わないのではないかと思うのだけれども、やはり人間は人間みんな同じだと思うので。おっしゃったように通勤の距離が長いからノートパソコンが小さいとか、そういうのは絶対あるわけですよね。ですから、日本の住環境、通勤からモバイルに行っているのですが、そうなると、アメリカの先行事例が適応しないのです。
○伊藤 ちょっと違う問題になるかもしれない。
○湯川 ちょっと読めないところがあるではないですか。モバイルはこれからどうなるのか。モバイルというのは打つのに結構時間がかかったり、テキストメッセージが短かかったり、送れる人数が数人になったりとか、ネットの中で閉ざされた環境ですよね。そうなるとオープンなインターネットとは全く違う。インターネットはインターネットなのですが、シマが違うところになってきますよね。これからそういうのはどうなっていくのか。それとも子供たちも会社へ入ったり、大学に入ったらパソコンに向かい始めて、パソコンのオープンの中に入っていくのか。
○伊藤 それはものすごく面白い問題で、僕もあまりいい答えがないので、自分はいま子供ではないので、どういう気持なのかわからないのですが、だからゲームは1つのチャンスかなと思っているの。ゲームは大きい画面を見てやる人たちもいるし、それをカスタマイズしてコミュニティ化されていくと、ちょっと勉強したり、イノベーションする意欲が出るかな。結局インセンティブがあれば、少し違うことをやると思うのです。
 今まではメールがパソコンのキラーアプリケーションで、メールは十分これでできてしまうから、そうではない次のキラーアプリケーション。だから、メールのためにパソコンにいるからブラウザーがあって、こうなっていったと思うのだよね。ゲームのために画面の前に行って、それで友達がいてというマルチユーザーゲームか何かで、もしかしたら行ける可能性もあると思う。
○湯川 どうもモバイルのほうが発展性がないというか、ユーザー・ジェネレートのほうの世界に結び付いていかなくて、小さい世界で終わってしまうのかなという気がする。
○伊藤 たぶんモバイルというのは、リアルワールドの一部で、サイバースペースではないのです。リアルスペースの中に通信が起きているというユビキタスのシステムだから、そうするとリアルワールドのスペースでイノベーションが起きる必要性があると思う。
 カラオケボックスの次が何か。それはモバイルを意識したお店のあり方や場のあり方が生まれてくると、そこでイノベーションが起きるかもしれない。そうすると、その場所の作り方やあり方の中に、もしかしたら若い子たちが考えてくれるかもしれない。
○湯川 では、モバイル自体は、メールというツール以上にはならない。
○伊藤 それはわからない。これはうちの妹がやっている研究ですが、メールの中身ではなくて、メールを使っていることによって、4、5人のプレゼンスを常時理解している。プレゼンスを接続しているツールがね。そうするとプレゼンスとは何なのと。プレゼンスをメディアとして考えると、どういうコンテンツがあるのとなってくるのではないかなと思うのです。それが政治的議論をするというのとあまりつながらなくて、でもコミュニティとはつながってきたり、アクションとはつながってくるかもしれないし、購売やそういうところにも影響が出てくるのではないかと思うのです。
○湯川 SNSはどう見ておられますか。
○伊藤 SNSのシステムを見ると、インターネットのミニチュア版なので、AOLに似ているのです。ホームページの小さいのがあって、メールもあって、アドレスブックがあるわけでしょう。あれはみんなやりたいことではあるが、全部シマにしてしまっているから、AOLなどと同じようなモデルだと思うのです。やはり中長期的にはオープンになって、分散型になって。だから、今のSNSというのは、インターネットになる前のメールシステムに似ていて、あのころもパソコン通信は流行ったじゃない。でもインターネットがきたときに、パソ通は下がってインターネットになったでしょう。それと同じようにSNSで証明されたのは、友達の友達で、ネットワーキングをコンピューターでやりたいと。でも、それはオープンスタンダードでいずれ来るのではないかなと思います。
○湯川 僕のSNSの見方は、インターネットがオープンではないですか。すべてをさらけ出さないといけない。それはリアル社会ではそうではなくて、人間というのはいくつも顔を持っていて演じているわけで、それをSNSで、このグループの人たちはこの自分を出してということでそれぞれ出していくというニーズが人間にあって、インターネットのようにすべて同じものを出しますというのは、ちょっとつらいから、もっと……リアルに近い形でSNSに入っていったのではないかと。
○伊藤 でもインターネットでも別にパスワードを作れるし、友達の友達しか見られないということはできるわけで、スタンダードをオープンにするかだけの問題なのです。だから、自分でもSNSのシステムを作って、この人たちしか見られないというのでできる。文化的にオープンだったから、こういうニーズがあるというのを見せるには良かったが、それは必ずしもアーキテクチャーをクローズでやる必要はないのです。情報はクローズであるということは意味があると思います。
○湯川 アーキテクチャーはオープンになるでしょうね。それはグリーとミキシがいずれつながるだろうし、全部つながっていくのだろうと思いますけれども、その中で文化としてはクローズドを持ちたい。
○伊藤 それはニーズは明らかにあると思います。
○湯川 それに携帯というのはつながってくるのですか。
○伊藤 どこかでつながると思いますがね。ただ、プレゼンスは必ずあると思うのです。だから、自分の友達の友達が、いま近くにいるかとか、自分の友達の友達が、最近いいと言ったラーメン屋さんを携帯で出してくれとか、そういうリアルタイムとオンラインの関係性というのは、すごくバリューだから。ただ電話をやっている人たちというのは、オープンネットワークの人たちではないから、そこのギャップ、利用者のギャップが大きいと思うのです。
○湯川 わりとSNSに近づくのかなという感じはありますね。
○伊藤 近づくと思います。電話のアドレス帳などは基本的に電話会社はすごくガードしているのです。電話のアドレス帳になかなかアクセスさせてくれないと思うのです。

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Editor In Chief at TechWave.jp
1990年代初頭からソフトからハードまで50以上のスタートアップ立ち上げを国内外で経験。平行して雑誌ライターとして疾走。シリコンバレーでガレージベンチャーに参画後は、国内でネットエイジを筆頭にスタートアップに多数関与。ブログやSNSの国内啓蒙、ソニーの社内イノベーション事業など関与。通信キャリアのニュースポータルの立ち上げ期の編集デスクとして数億PV事業に育てた後、TechWaveにジョイン。世界最大のグローバルIT系メディアであるスペインの「Softonic」の元日本編集長
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