リアルの世界に飛び出したネット広告-デジタルサイネージ①

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 デジタルサイネージとは簡単に言えば、街頭や店舗、公共の空間などで表示されているポスターや案内表示、看板などを、紙ではなく薄型ディスプレーに置き換えたものである。液晶パネル、プラズマパネル、有機ELパネルなど、薄型テレビに使われるような薄型ディスプレーの急速な価格低下を受けて、ポスターの代わりに薄型ディスプレーを使うケースが増えてきているわけだ。
 ハイビジョンテレビを見ても分かるように多くの薄型ディスプレーは色や細部の表現力が非常に優れており、紙のポスターと見間違うほどの表現力を持っている。中には紙よりもきれいという評価もあるほどだ。
 またディスプレーなので、動画を表示することが当然可能。しかしもともと紙のポスターなどの代わりに設置されるものなので、テレビのように動きの早い動画が必ずしも求めれられているわけではない。例えばファーストフード店の注文カウンターの背面の天井近くにデジタルサイネージのメニューを掲げるケースが米国では増えてきているが、朝食メニューとランチメニューが時間帯によって入れ替わったり、キャンペーン中のお勧めメニューの部分だけ少し動きのある画像になっている程度。デジタル化されたというだけで、あくまでもサインなのである。

 ハード的には、日本や韓国の大手電機メーカーの薄型ディスプレー製品をそのまま使うケースが多いものの、屋外での利用を前提に直射日光を受けても反射し
ないように工夫されたものや、雨やほこりの多い環境の中でも壊れないように工夫されたものも登場している。またディスプレーにどのようなデータを表示する
のかを制御する頭脳部分は、パソコン部品とパソコン用基本ソフトに独自開発のソフトウエアを搭載したものが多い。
 またデータ自体を離れた場所から一括コントロールできるように、複数のデジタルサイネージをネットワークで結んでいる。ネットワークは有線LANが使われるケースが多いが無線LANを利用したりインターネットテレビの回線技術の応用を検討するケースも出てきている。

▼イベント内容の急な変更にも対応

 米ラスベガス・コンベンションセンターは、年間150万人が利用する世界第2位の巨大見本市会場だ。敷地面積は約30万平方メートル。わたしが2008年2月末に訪れたときは、1日に7つの見本市を同時開催していた。まるで東京の繁華街のスクランブル交差点のように、北へ南へ東へ西へと人ごみが移動する。それぞれが目的の場所へ間違いなく移動するには、はっきりと目につく案内表示を会場内のあちらこちらに設置する必要がある。しかも記者会見やセミナー、分科会、会議の講師、場所、時間などの内容は、頻繁に変更になる。「とても紙ベースの表示では間に合わないんです」と同コンベンションセンターからデジタルサイネージの運用を委託されているワイヤレス・ロニン社のPhil Quattrocchi氏は語る。
 紙やポスターや布の横断幕に混じって同コンベンションセンターに設置されているデジタルサイネージは181個。
 比較的広いスペースの真ん中には、案内表示のためのキオスク型のデジタルサイネージが設置されている。「どちらに行きたいですか」、という表示の下に「北棟」、「南棟」と書かれた長方形のボタンが2つ。「北棟」のボタンに触れると、「北棟」の見取り図が表示された。
 また会議室横の壁には小型のデジタルサイネージが張ってあり、現在会議室の中で行われているセミナーの内容が記されてある。1時間もすればセミナーが終了し、次のセミナーの内容がまた、デジタルサイネージで表示される。
 コンベンションセンター周辺では無料の公衆無線LANの電波が利用できるので、ワイヤレス・ロニン社はこの無線LANを利用して、デジタルサイネージのコンテンツを配信している。
 コンテンツ自体は、イベントの主催者が専用ウェブサイトを通じて書き込むことが可能。ウェブサイトを更新する感覚で、デジタルサイネージに表示させる内容の書き換えが簡単にできるという。講師の欠席など急な内容変更にも対応できるわけだ。
 これだけのシステムなのに、ワイヤレス・ロニン社が同コンベンションセンターに常駐させている担当者は一人。無線LANがインターネットの公衆回線につながっているため、インディアナポリスの本社から24時間体制で保守が可能だという。
 デジタルサイネージのハード機器は、同コンベンションセンターが所有、ディスプレーはNEC製だという。韓国サムスン製のディスプレーを使用したところディスプレーに埋め込まれたRFIDと呼ばれる超小型ICチップが無線LANが混信を起こしたためNEC製に切り替えたという。

▼カジノをメディアに

 ピラミッドの形をしたホテルとして有名なルクソール・ホテル・アンド・カジノのデジタルサイネージを一手に引き受けているのが、米ラスベガスの地元企業のカジノ・チャンネル・ネットワーク(CCN)社だ。
 フロントデスクの後ろにの壁に掲げられたデジタルサイネージには、ホテルのロゴやホテル内のレストランやショーの広告に加えて、大手自動車メーカーの広告などが表示される。となりのホテルとの連絡通路の入り口部分に大きなディスプレーを設置しているほか、ポーカーテーブルの角にも小さなディスプレーを設置し、広告を表示している。
 1つのホテルのデジタルサイネージをすべて受け持っているため、全体のコーディネートも可能。入り口近くの大型ディスプレーでは、ショーの映像を大音量で流して入場客の目を引く一方で、フロントデスクのディスプレーからは音を出さないようにしている。
 「ラスベガスには全米、全世界から多くの人が訪れる。2日半でほとんどの宿泊客が入れ替わる。われわれのコンテンツは1月に200万人の観光客の目に触れます。デジタルサイネージはある意味マスメディアなんです。広告効果が非常に高いんです」とCCNのカレン・ゴールドさんは言う。
 CCNは過去に、レコード会社と共同で新人女性カントリー歌手の売り出しキャンペーンを行っている。具体的には、大型ディスプレーで歌手の映像を流したほか、ホテル内のあちらこちらのデジタルサイネージで女性歌手の写真を頻繁に表示した。また電話の保留の音や、モーニングコールの音として、彼女の歌声が電話口から流れるようにした。またホテル内の売店でCDを販売。キャンペーン期間の最後には、フィナーレとして彼女のコンサートをルクソールホテル内で開催したという。まさしくホテル、カジノを1つのメディアとしてキャンペーンを仕掛けたわけだ。
 ディスプレーの所有、維持からネットワークの管理、コンテンツの製作までをCNNが受け持ち、ホテル側はデジタルサイネージの設置を許可するだけ。それで広告の売り上げの一部を受け取ることができる契約になっている。
 世界の4大広告会社グループの1つ、Publicis Groupe傘下でデジタルサイネージ関連のテクノロジー企業MarketForwardの最高技術責任者Manolo Almagroさんは、「客を逃さないような場所、例えば、病院や歯医者の待合室、カジノやバー、スポーツ競技場などもデジタルサイネージの広告効果が高い」という。
 デジタルサイネージはこれらの場所をすべてメディア化するわけである。

▼広告ネットワーク化されるバー、レストラン

 カナダのオンタリオでデジタルサイネージのネットワークを運営するブラスト・メディア・ネットワークス社のJeff Whiteさんは、オンタリオ周辺地域でレストランとバーの小さなチェーンを展開しているビジネスマンでもある。ここ2年間ぐらいでデジタルサイネージの設置を勧めるセールスマンが数多くフライトさんを訪れるようになったものの、納得のいく提案は1つもない。そこで自らデジタルサイネージのネットワークを運営することを思いつき、2007年にブラスト・メディア・ネットワークス社を創業したという。
 自らバーとレストランを運営するフライトさんである。どうすればバーのオーナーの関心を引くのかは、言われなくとも分かっていた。
 「バーのオーナーは忙しい。業務時間中に行っても営業マンがやってきても、まともに話なんて聞いてくれないよ。そこで若くてきれいな女性4人を営業担当者として雇ったのさ」と笑って話してくれた。あとは技術の担当者を一人雇用しただけ。自分を含めて6人の会社だ。
 女性の営業担当者はカナダの主要都市を回り始めた。提案内容は「テレビも映る大型ディスプレー三台を無料でお貸しします。保守もこちらがすべて無料で行います。画面の一部には広告を表示しますが、その広告収入の大半をバーにお支払いします」というもの。カナダでは最近の法令で一部バー、レストランが全席禁煙となり、特にバーは愛煙家が寄り付かなくなって経済的な大打撃を受けている。バーの多くは新しい収入源を、のどから手が出るほど求めていた。そこに初期投資ゼロ、メンテ料ゼロで、大型テレビを貸してもらえて、しかも広告収入を期待できるという話だ。多くのバーはこの提案に飛びついた。
 バーのオーナーや利用客が喜ぶようなコンテンツが何であるのかも、Whiteさんは熟知している。コンテンツもなかなかの人気のようだ。またネットワークは一元管理しているので、ディクプレーの電源を切れば管理サーバーで把握できる。「勝手に電源を切るのは契約違反。勝手にきれば、こちらから遠隔操作して電源をオンにしてやるんだよ」とWhiteさんは笑う。確実に広告を表示できるので、広告主も安心できるわけだ。
 「うわさを聞き付けて申し込んでくるバーも出て来たし、供給が需要に追いつかない状況だよ」とJeff Whiteさんはうれしい悲鳴を上げている。

▼オフライン環境の中のオンライン広告ネットワーク

 インターネット上には、中小のサイトを束ねることによって1つの広告媒体として商品化する「広告ネットワーク」というビジネスがある。サイト側は広告会社に広告枠を提供し、広告会社はその広告枠に広告を配信する。広告ネットワークに参加する中小サイトの広告枠には同じ広告が表示されることになる。
 なぜこのようなビジネスが成立するのかといえば、広告主は大手サイトとは直接に広告の契約を交渉するのだが、中小のサイトは1つ1つのビジネスの規模が小さ過ぎて1社ずつ対応するわけにはいかないから。そこで広告会社が中に入って数多くの中小サイトを集め、アクセスの総数で大規模サイトに匹敵する中小サイトのグループを構成する。そして、それがまるで1つのサイトのごとく、広告主と広告会社が広告掲載の交渉を行うわけである。
 広告主から受け取った広告料金は、広告会社が手数料を引いた額を、広告ネットワークに参加する中小のサイト間で、アクセス数などをベースにして分配する仕組みになっている。
 なぜこのようなビジネスがインターネット上で可能かといえば、中小のサイトと一度契約を結べば、あとの広告配信はインターネットを通じて自動で行えるからだ。ネットワークに10サイト参加していようが、1万サイト参加していようが、広告配信の手間は同じ。参加サイトが増えれば支払いなどの事務が増えるが、そうした事務が煩雑にならない程度に、できるだけ多くのサイトを参加させるほうが得なわけである。
 オフラインの広告ビジネスではこういうわけにはいかない。バーが宣伝のポスターを張ることに合意してくれたとしても、広告主の契約が切れれば、別の広告主のポスターを張って回らなければならない。郵送してバーの店主に張ってもらうという手もあるが、その場合でも実際に張ってくれているのかを確認して回らないといけない。こうした手間を考えると、契約するバーの数をあまり多くできないわけだ。
 ところがデジタルサイネージだと、広告の切り替えは広告会社側で一元管理できる。インターネット上の広告ネットワークと同じメリットがあるわけである。
 デジタルサイネージは、リアルな環境に現れたメディアというだけではない。オフライン環境の中に現れたオンラインメディアなのである。

春以降に刊行予定の「経済リワイヤリング=メディア、広告の未来」(仮題)用の原稿素材です。未完成原稿ですので、引用にはご注意ください。誤字、脱字の指摘を初め、反論、コメントは大歓迎です。

またこのテーマに関する講演も、期間限定で行います。詳しくはこちら

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Editor In Chief at TechWave.jp
1990年代初頭からソフトからハードまで50以上のスタートアップ立ち上げを国内外で経験。平行して雑誌ライターとして疾走。シリコンバレーでガレージベンチャーに参画後は、国内でネットエイジを筆頭にスタートアップに多数関与。ブログやSNSの国内啓蒙、ソニーの社内イノベーション事業など関与。通信キャリアのニュースポータルの立ち上げ期の編集デスクとして数億PV事業に育てた後、TechWaveにジョイン。世界最大のグローバルIT系メディアであるスペインの「Softonic」の元日本編集長
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