iPad発売に向けたコンテンツ提供者との交渉難航=今回はAppleの神通力も通じない?【湯川】

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 米Wall Street Journalは、Appleが新型タブレットPCの「iPad」の発売に向け、新聞社やテレビ局などのコンテンツ提供者とのぎりぎりの交渉を続けていると報じている。

 iPadはタブレット型パソコンというよりタブレット型メディアだとわたしは思うので、メディアコンテンツが揃うかどうかがiPadの成否を決めるだろう。(関連記事:iPadというタブレット型メディアと、アプリになる広告

 そこでスティーブ・ジョブズは、新聞、雑誌、テレビの幹部を必死に説得しているようだが、なかなかだれも首を縦に振らない。それはそうだろう。既存のビジネスを破壊してしまう可能性があるからだ。


▼イノベーションのジレンマで身動き取れないメディア企業

 メディア業界を外から見ている人には、業界の中の人の考えていることが分からない。インターネットが今後主流メディアになることはほぼ間違いないのだから、ネット向けにコンテンツを加工して出すべきだ、と外の人は考える。単純な話だ。

 中の人にとっては、それほど簡単な話ではない。将来あらゆるコンテンツがすべてネットに飲み込まれて行くことは、中の人にとっても十分理解できる。だからといって現時点で、コンテンツをネット向けに加工し配信すると売り上げが大幅に低下する。

 なぜならオフラインの世界のメディアには電波や印刷工場といった巨額の投資が必要で、そのことが新規参入の障壁になっていた。ところがオンラインの世界にはその参入障壁がない。だれでも低コストで参入できる。だれでも参入できるので供給過多になり、市場価格が低下するのだ。

 オンラインでそれほどの収益が期待できない上に、しかもオフラインのビジネスに打撃を与える可能性がある。これでは、おいそれとオンライン事業に軸足を移すわけにはいかない。日本経済新聞の電子版の価格設定を揶揄する意見がネット上にあふれているが、これらの意見に従って電子版の価格を競争力あるものに設定すれば、紙の事業を含めた日経の収益構造が一気に崩れてしまうだろう。

 大規模な組織というオフラインでの正の資産がオンラインでは負の資産になってしまい、身動きがとれない状態に陥っているのだ。これがイノベーションのジレンマと呼ばれる現象である。

▼清水の舞台から飛び降りた業界、新しい時代を拒む業界

 身動きが取れない状態なのだが、思い切って清水の舞台から飛び降りたメディア業界がある。音楽業界だ。

 音楽の不正コピーが氾濫し、このままでは業界が壊滅してしまう恐れがあったときに、唯一業界を救うことができるかもしれないと音楽業界関係者が希望を託したのがAppleだった。

 無料で音楽が入手できる時代に、1ドル99セント支払うほうがカッコいい、という状況を作り上げることができるのはAppleしかいなかったのだ。音楽業界はスティーブ・ジョブズの説得に応じ、AppleのiTunes Storeに楽曲を提供することになった。業界壊滅という火の手が背後に迫り、音楽業界は清水の舞台から飛び降りたのである。

 業界壊滅は避けることができたが、ただ音楽流通をApple1社にほぼ独占されてしまい、業界縮小を余儀なくされてしまった。

 ことの経緯を見守っていた他のメディア業界はこのことに恐れをなし、DRMやらコピーワンスやら何ちゃらを使ってコンテンツをがんじがらめにした。メディアの新世紀へ自ら進むことを頑なに拒んでいるのである。

▼太陽戦略で旅人のコートを脱がせることができるだろうか

 メディア新世紀の展望に恐れをなす業界を、スティーブ・ジョブズはなんとか説得しようとしているようだ。iPadならコンテンツの有料課金が可能ですよと、説得しているのだと思う。イソップ物語の「太陽と北風の話」の中の「北風」がネット上の情報無料化の傾向であるとするならば、iPadを「太陽」のような存在にしたいのだと思う。

 TechWaveで電子出版の準備を進めていることから、最近電子出版の関係者と意見交換することが多いのだが、ほとんどの電子出版関係者はスティーブ・ジョブズ同様に、従来型の出版社の説得に非常に苦心している。「紙の本が売れなくなるのではないか」と心配する出版社に対し、「そんなことはないですよ。短期的には収益増になりますよ」と必死に説得している。「太陽」戦略で、凍りついた旅人の心をとかそうとしているのだ。

 果たしてこの戦略がうまくいくのかどうか。

 わたし自身は「太陽」であっても「北風」であっても、年老いた旅人のコートを脱がせることはできないのではないかと思っている。それよりも北風の中にあってもコートなしで走り回れる若者を探したほうが早いのではないだろうか。低コスト環境の中でやっていける若くて元気な書き手、アプリ開発者、クリエイター、カメラマンを支援する体制を作ることのほうが、メディア新世紀への近道ではないだろうか。そんなことを考えながら、電子出版事業の準備を進めている。

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