ノマドにとっての会社に代わる組織とは 「フリーエージェント社会の到来」②【湯川】

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 前回の記事に引き続きダニエル・ピンクが10年以上前に書いたフリーエージェント社会の到来―「雇われない生き方」は何を変えるかをベースに、これからの日本社会の方向性を考えてみたいと思う。私の関心事の1つは、どういうメカニズムがこのフリーエージェント社会の到来という社会変化を引き起こしているのか、ということ。このメカニズムが日本社会にも当てはまるものであれば、米国社会が10年前に経験した変化をいずれ日本社会も経験する可能性があるからだ。そのメカニズム、社会背景については、前回の記事で書いた。それは(1)企業が安定雇用を保証できなくなった(2)ITの進化で個人でも企業同様の仕事がしやすくなった(3)仕事に生きがいを求める人が増えた(3)社会変化が激しく企業の寿命が短くなった、ということだ。

 この社会背景は、今の日本にどの程度当てはまるのか。当てはまれば当てはまるほど、フリーエージェントが増えるはず。一昔前に比べれば企業が安定を保証できなくなったが、それでも多くの人にとってまだフリーになるよりも企業勤めのほうが安定性が高いー。今はそんな感じだろうか。ITの進歩で個人でもかなりのことができるようになったが、やはり企業の強みも残っている。そんな状況かもしれない。

 私のもう1つの関心事は、もし今後フリーエージェントが増えてくるのであれば、社会がどのように変化してくるのか、というところにある。どのようなビジネスにチャンスがあり、どのようなビジネスが廃れていくのか。人々のキャリアプランニングはどう変化するのか。会社はどうなるのか?教育は?老後は?


 中でも今回の記事では、会社という組織形態に代わるビジネスの組織形態の可能性について考えてみたい。

 その前にまずフリーエージェントとは、どのような人たちのことを指すのか。その定義を考えないとならないだろう。

形としてのフリーエージェント、気持ちとしてのフリーエージェント

 フリーエージェントー。1つの企業に縛られることなく自由に仕事をする人。なんとなくイメージは沸くのだが、具体的にはどのような人のことを指すのだろう。「フリーエージェント社会の到来」の中でダニエル・ピンクは、個人事業主、派遣社員、零細企業などもその定義の中に入れているようだ。

 一見、それで問題なさそうだが、では次のような人はフリーエージェントと呼んでいいのだろうか。

 例えば、正社員なのだが1つのプロジェクトのために雇用され、そのプロジェクトが終了すればまた別の会社に就職する、というような人。わたしがシリコンバレーに住んでいたころ、自分自身を「Start-up Specialist(立ち上げ屋)」と形容する人に会ったことがある。1つのベンチャー企業に創業時のメンバーとして参加し、立ち上げに尽力する。そのベンチャー企業がある程度成長すれば辞めて、また別のベンチャー企業の立ち上げに関わる。創業時のベンチャー企業を転々とするわけだ。雇用統計上は常にどこかの企業に正社員として所属している。なのでダニエル・ピンクのフリーエージェントの定義には入らない。しかし1つの企業に縛られているわけではない。ダニエル・ピンク自身も、こうした正社員についてはフリーエージェント的であることは認めている。しかし、便宜上はフリーエージェントの定義には入れていないようだ。

 ダニエル・ピンクは、米国にフリーエージェントが何人いるのかという統計結果を出さなければならなかった。なので雇用形態面でフリーエージェントを定義する必要があったのだと思う。

 とは言うものの、社会に与える変化を見る上では、雇用形態の面で定義するのはまずいんじゃないだろうか。

 立ち上げ屋もそうだが、やりたい仕事を提供してくれる会社を正社員として転々とする人は、企業に従属していない。経験を積むために2,3年ごとに会社を変える人もそうだ。今の会社が自分のやりたい仕事を提供してくれているので不満なく会社員を続けているものの、やりたくない仕事が回ってくればすぐにでも会社を辞める覚悟のある人も、自由な精神を持っていると言える。そういった人たちは正社員の中には、相当数存在すると思う。そういう人たちは勤務形態的には今はたまたま雇用されているだけで、気持ち面ではフリーエージェントとなんら変わらない。

 反対に正規に雇用されていない人の中には、正社員になりたくてもなれない人もいる。「フリーエージェント社会の到来」によると米国では派遣社員の約半数は、高額所得を得ることのできる専門性の高い人たちで、残りの半数は正社員になりたくてもなれない低賃金の派遣社員だという。正社員になりたくてもなれない低賃金の派遣社員の中には、ある意味正社員以上に企業に便利に使われている存在の人がいるかもしれない。やりたくない仕事でも仕方がないのでやり続ける人もいるだろう。

 つまりフリーエージェントといってもその定義には、正社員かどうかという「雇用形態面」での定義と、会社の言いなりになっているかどうかという「精神面」での定義の2種類がある。著者のダニエル・ピンクは米国にフリーエージェントが何人いるのかを集計しなければならないので、やむなく「雇用形態面」の統計に頼らざるを得なかったのだろう。しかし社会変化に関係してくるのは「精神面」でのフリーエージェントの人口の割合のほうだと思う。

 前回の記事で前職の上司がわたしのことを社員であるにもかかわらずフリーエージェントと呼んだという話を書いたが、いつ辞めてもいいという覚悟を持って、やりがいのある仕事だけをしてきたので、確かにわたしは精神面でのフリーエージェントだったのかもしれない。

大企業に代わる組織の登場

 会社員にとって会社は一時期、ある意味大家族、地域社会の代替物のような存在だった。地方から都会に出てきた人たちは、郷里の大家族や地元社会に代わる心のよりどころとしての存在を会社に期待した。会社自体も社内運動会、社員旅行などを通じて社員間の親睦を深め、大家族的、地域社会的な存在になろうと努めた。

 フリーエージェントとして独立すれば、こうした会社の保護の傘の下から出なければならない。会社が提供する大家族、地域社会的なぬくもりから旅立たなければならない。精神的にも、所得的にも、だ。家族、地域社会、会社を失った人の多くは、孤独を感じることだろう。まったく一人で生きていけるほどの強い人間は、そう多くはいない。

 そこで会社というコミュニティに代わる別のコミュニティが必要になってくる。「フリーエージェント社会の到来」は、フリーエージェントの定義に「会社に所属していない人」という勤務形態的定義を採用しているので、個人事業主や零細企業の経営者向けのコミュニティとして、米国では次の4つの形態を確認できるとしている。(1)フリーエージェント・ネーション(F.A.N.)クラブ(2)Confederaton(3)起業家ネットワーク(4)卒業生ネットワーク、の4つだ。

 (1)のF.A.N.クラブは、著者のダニエル・ピンクが命名した組織形態で、「フリーエージェント社会の到来」の原題「FREE AGENT NATION」から由来している。フリーエージェントたちが集まって勉強会やイベントを開催し、親睦を深めるようなグループが数多く誕生してきているのだという。その多くは、きっちりとした組織形態を取らず、ほとんどが自由参加。メンバーも頻繁に入れ替わるそうだ。中心となるリーダーが不在の場合もあるという。ある団体の会合で今後の方向性についてメンバーで協議したのだという。もう少しきっちりとした組織形態にすべきか参加ルールをきっちりと定めるべきかという議論で採決したところ、満場一致で「ノー」という結論に達したのだという。企業を連想させるような組織形態やルールを避けたいという人たちが多いのだろう。

 (2)のConfederationも、著者のダニエル・ピンクが命名した組織形態。「連合」などという意味だ。その例として紹介されているWE Communicationsという組織は、デザイナーのWhitney VosburghさんとライターのEllen Mannさんの二人で構成する組織。二人ともWE Communicationsというロゴの入った名刺を持っているが、二人の組織は株式会社ではない。法人ですらない。二人とも個人事業主で、単にチームとして活動するのだという。もちろん個人で活動するときもある。

 (3)の起業家ネットワークは、昔から存在する組織形態。地方の商工会議所もそうだし、ロータリークラブなどもそう。「経営者は孤独だ」という話をよく耳にする。そうした経営者の情報交換、ネットワーキングの場として商工会議所やロータリークラブなどが存在するわけだ。

 ただフリーエージェントの増加に伴い、新しいタイプの起業家ネットワーク組織も登場しているようだ。 「フリーエージェント社会の到来」の中で紹介されているNorm Stoehr氏は工務店やレストランを経営するビジネスマンだが、若いころにレストラン事業に失敗した経験を持つ。失敗を通じて学んだことを後進の経営者に伝授したいと思ってセミナーを開催したのだという。

 そこで彼が気づいたことがある。セミナーに来た若い経営者の多くは、その後のセミナーにも連続で出席するようになった。セミナーを聞くことも目的なのだが、どうやらセミナーに出席するほかの経営者との意見交換がより大きな目的になっているようなのだ。最初はビジネスの具体的な問題が議題になることが多いのだが、メンバー同士が親しくなってくると、仕事と家庭のバランスの取り方など、よりパーソナルな問題が議題になるのだという。Stoehr氏は「起業家やフリーエージェントにとっての最大の問題は、孤独感だ」と気づいたのだという。そこで同氏は、Inner Circleと呼ばれる起業家、フリーエージェントのためのコミュニティを始めることにした。月に一度、10人ほどの起業家がホテルで朝食をともにし、それぞれが抱えている問題について議論する、というもの。この本によるとInner Circleは、バルチモアやサンディエゴ、シアトルなど6都市にフランチャイズ展開している。年会費5600ドルと、それなりの値段だ。それでも会員の9割が毎年メンバーシップを更新するのだという。

 もう一つの起業家ネットワーク、Let’s Talk Business Networkは、もともとラジオ番組のファンのコミュニティーだったのが、起業家やフリーエージェントのためのコミュニティーへと進化した組織。ニューヨーク、バンクーバー、フィラデルフィア、ニュージャージー、首都ワシントンに拠点を持つ。この組織も年会費は1495ドルと、決して安くない。会員になると月1回の朝食会に加え、セミナーに参加できたり、ビデオや書籍も入手できるようだ。そして最も価値があるのがコミュニティに参加できることだという。

 (4)の卒業生ネットワークは、大学など教育機関の卒業生だけではなく、特定の企業を辞めた人たちの緩やかなネットワークも含まれる。コンサルティング会社や、IT企業などを辞めた人たちのコミュニティの中には、自分たちのウェブサイトを持って活発に活動するものもあるという。

TechWaveはフリーエージェントコミュニティ

 こうした形態のコミュニティは、日本でも一部で確認することができる。ただわたしはダニエル・ピンクと違って精神面でのフリーエージェントの定義を使いたいと思うので、コミュニティには企業に属する人たちも入っている。

 TechWaveが主催するイベントをボランティアで手伝ってくれる人たちがいる。そのうちの一人、自分で小さな会社を経営するある女性は「同僚と仲よさそうにしている会社員をうらやましく思うときがある。でもこんなふうにイベントを何人かで運営するのって楽しいですよね」と語っている。この女性にとってTechWaveのイベント運営グループが(1)のフリーエージェント・ネーション・クラブの役割を果たしているようだ。

 TechWaveというブログメディア自体は(2)のConfederationに当たる。ブログ自体は、わたしと増田真樹さん、本田正浩さんの両編集長を中心に運営している。3人とも個人事業主である。3人ともTechWaveのロゴの入った名刺を使っているが、TechWaveは会社組織でも法人でもない。法人にしようか考えた時期もあったが、法人にしなくてもほとんど不都合がないので、そのままにしてある。

 ブログの広告収入などは3人で分配するが、各人が主催するイベントなどの収益はイベントを主催する個人の取り分になる。わたしはTechWave塾、増田さんはTechWave Vanguardという一連のイベントを主催、本田さんはカメラマンとして活動しているが、それぞれのイベントや個人的活動で得た収益を分配することはない。互いのイベントに顔を出したり運営を手伝うこともあるが、それは単純に好意をベースにしたボランティア。金銭的なやりとりはない。

 わたしが主宰するTechWave塾は、もちろんほかで呼べないような講師やカリキュラムのユニークさを売り物にしているのだが、終了後のアンケートを取ると、ほとんどの人が「自分と同じ関心領域の人たちと集中して議論できたことがよかった」と答えている。前出のセミナー主催者Norm Stoehr氏が、参加者はセミナー自体よりもが参加者同士の横のつながりを目的に参加していると語っているが、TechWave塾も同じだ。つまり(3)の起業家ネットワーク、新しい形のフリーエージェントネットワークの1種ということなのかもしれない。

 Stoehr氏のセミナー参加料は決して安くはない。この高額参加料がフィルターの役割を果たしているのだと思う。インターネットの普及で、だれとでもコミュニケーションを取ることができるようになった。しかしオープンな場でのコミュニケーションは、前提となる知識や価値観が異なれば、うまく咬み合わないことが多い。説明するのに時間がいくらあって足らないので相手にしないでいると「無視するな。返事をしろ」と怒ってくるし、暴言を吐いて挑発してくる人もいる。こういう状況なので、多くの人は知識や価値観を共有する人たちとのクローズドな議論の場を求めるようになっているのだろう。大学や企業の卒業生ネットワークも、大学や企業を卒業したというフィルタリングで前提の知識や価値観を共有する人だけのクローズドな空間を作り、無駄な議論なしに学びを一気に進化させたり、信頼できる仲間を作ろうとしているわけだ。

 TechWave塾は、ブログメディアTechWaveの読者という関心領域のフィルタリングと、安くない受講料という本気度のフィルタリングの両方で、議論が進展しやすいコミュニティが形成されているのだと思う。

 そのTechWave塾も卒業生が150人を超えた。卒業生同士で仕事を融通し合ったり、プロジェクトチームを組んで1つの仕事に取り掛かるというケースも出始めた。Facebook上でグループを作成し活発な情報交換が行われているし、自分たちで交互に自分の専門分野に関する講義を行う自主勉強会も運営している。(4)の卒業生ネットワークが形成されているわけだ。ただゆるやかなネットワークというより、Facebookのおかげでコミュニティに近い形になっている。自分の会社の帰属意識以上に、このコミュニティへの帰属意識を持っている人もいるようだ。

 インターネット業界にいると、「以前リクルートの社員でした」という人に非常に多く遭遇する。人材輩出業と形容されるほど、リクルート出身者があちらこちらで活躍している。終身雇用を奨励しない風土、転職、独立を推奨するような風土がリクルートという会社にはあるようだ。そしてリクルート出身者たちは、ゆるやかなネットワークでつながっている。各分野に散らばったリクルート出身者たちの間で情報が流れ、時には仕事を融通し合うこともあるようだ。(4)の卒業生ネットワークが、緩やかな形で存在するようだ。

 社会人大学や大学院の卒業生たちも、同様のゆるやかなネットワークを築いているという話をよく耳にする。

ネットがフリーエージェントコミュニティをパワーアップ

 ダニエル・ピンクがこの本を書いた10年前は、米国といえどもインターネットが今ほど人々の生活に深く浸透していない時期だった。Facebookはまだ登場していない。

 10年の間に登場したFacebookなどのソーシャルメディア、特に実名で実際の人間関係を反映させるようなソーシャルメディアは、フリーエージェントコミュニティに大きな影響を与えているはずである。米国のフリーエージェント・コミュニティがどのように進化したのか、興味深い。

 さらに言えば、今後Facebookのような実名空間がさらに普及し、より多くの情報が活発に行き来するようになれば、どのような社会になるのだろうか。

 インターネット以前の社会でも卒業生ネットワークなどのコミュニティは存在しえた。しかし今はFacebookなどのソーシャルメディアを使えばコミュニティ内の情報交換の頻度が比較にならないほど高まるし、メンバーの状況をほぼリアルタイムで把握できるようになっている。今後、こうしたコミュニティに参加する人たちが増えてくれば仕事の融通し合いもより頻繁に行われるようになるだろうし、仕事やプロジェクトを複数人で遂行するメンバーもあっという間に集まるようになるのだと思う。こうしたフリーエージェントコミュニティーが、これまでの会社に代わって仕事を分配し、精神的な支えを提供するということが、今後増えていくことは間違いないだろう。

 またこれから一人のビジネスマンが社会に与えることのできる価値は、その人のスキルや知恵、能力に限定されるのではなく、ネットワークを通じてつながっている仲間たちのスキル、知恵、能力の総和になっていくと考えられている。自分の価値は、どれだけの仲間とつながっているか、仲間の能力をどれだけ自分のもののように引き出せるか、にかかってくるのだと思う。それは能力の足し算ではなく、掛け算、いや感覚的には乗数になるのではないだろうか。Reid Hoffmanはthe START-UP of YOUという本の中で、「I(私)のWe乗」という表現を使っている。仲間とのつながりが、自分の提供できる価値を何乗にも激増させるとこができる、という意味だ。この「IのWe乗」の効果を引き出すことができれば、個人は企業以上に大きな仕事ができるようになるのだと思う。そういう意味でも、フリーエージェント・コミュニティは今後非常に重要な存在になるのだと思う。会社を辞めないフリーエージェント的要素を持つ社員にとっても、フリーエージェント・コミュニティに属する意味が大きくなるだろう。

 TechWave Connectと呼ばれるTechWave塾卒業生のコミュニティは既にわたしの手を離れ、有志を核にした自主運営の色合いが強まっている。Facebookなどのコミュニケーションツールの進化に合わせて今後TechWave Connectがどのような役割を担っていくのかが楽しみだ。会社に代わる新しい社会の構成要素の1つになっていくのだろうか。

 ただだれもがフリーエージェントとして独立して一人でやっていけるのだろうか。最近日本でノマドブームに警鐘を鳴らす意見を見かける。リスクを取りたくない性格の人もいるだろう。米国でも「フリーエージェントとして独立して成功するのは一握りの優秀な人たちだけ。だれもが独立に向いているわけではない」という主張が目立つようになってきた。その主張をベースにした書籍も出版されている。どうやら独立する人が急増しているのではなく、フリーエージェントの精神を持つ人を取り込めるように企業側が変わりつつあるようだ。この書籍については、別の機会にまた詳しく解説するとして、とりあえずあと何回かの記事で「フリーエージェント社会の到来」をベースに今後の日本社会の変化について考えてみたい。

お知らせ

 身近なことなのでTechWaveのことばかりを例にあげてしまいましたが、TechWave以外にも、フリーエージェントのコミュニティは日本に出現し始めていると思うんです。もし情報交換の場だけではなく、精神的な支えになったり、仕事を融通し合うような場になっているようなコミュニティや会社に代わる組織形態があればお知らせいただけませんでしょうか。ぜひ取材させていただきたいと思います。tsuruaki@gmail.com

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