- 21世紀フォックスが挑む「コンテンツ・ヴェロシティ」。映画会社が目指す個人に最適なストーリテリングの実現 - 2017-11-17
21世紀フォックスのデジタル・トランスフォーメーション
今年の11月6日から9日にかけて開催された、Dreamforceには世界中から17万1千人を超える参加者がサンフランシスコに集まった。カンファレンスでは2700を超えるセッションが展開された。
その中でも今回は、特に興味深かったセッションの一つ、21世紀フォックスのクリエイティブ制作におけるデジタル・トランスフォーメーションの挑戦についてお伝えする。
クリエイティブとテクノロジーを統括する新部門を設立
21世紀フォックス社はテクノロジー&クリエイティブ戦略グループを新設。まずはセールスフォースをパートナーにエンド・ユーザー一人ひとりの趣味嗜好を把握することを始めている。
なお、具体的な利用クラウドなどの開示はなかったが、この開発プロジェクトのコミュニケーション・ツールにはQuipを採用したそう。最終的には個人個人に対応した個別コンテンツでのストーリーテリングの提供を目指しているようだ。
エンド・ユーザーのデータが、ストーリーテリングを変える
この部門をリードするエクゼクティヴ・ヴァイス・プレジデントのクリスティーナ・マンチーニ氏は長年クリエイティブ部門のエクゼクティヴとして活躍してきたリーダー。テクノロジーとは一切無縁のキャリアである。
しかし、フランチャイズ(注:キャラクター群を指す専門用語。21世紀フォックスであれば、シンプソンズやアバターなど。)のトップだった際に、デジタル・スペースでのキャラクターの戦略やクリエイティブを扱った。
そして、IT部門にクリエイティブ制作に有用なさまざまなデータや可能性が眠っていることに気がついたそうだ。
彼女は、CIOのジョン・ハバート氏とともにこれらのデータをさらに充実させ、クリエイティブ、ことにストーリーの伝え方、”ストーリーテリング”に常に生かすための組織改革を始めた。
「今や我々の競合は、ライバルの映画会社だけではない。顧客のすべてのエンターテインメントの時間の使い方が競合。だから、顧客の嗜好を反映したうえで、どのようにお客様に我々のストーリーを伝えるかだ。つまり個人個人に向けた“ストーリーテリング”が重要になる。」
「しかし、実際の私たちのビジネス相手は配給会社やメディアなどの企業。実はBtoBのビジネスモデルなのだ。12か月前には私たちは自分たちの作品を見てくれる顧客のことは何も知らなかった。」
機械学習を使うことで、今や顧客がその作品を好きか嫌いか、ということだけでなく、なぜ好きなのか、なぜ嫌いなのかその理由までわかる。その結果を利用すればクリエイティブ制作と顧客を直接結びつけることができると言う。
まずは理解を得るのが大変。簡単ではなかった変革
しかし、この変革は「顧客」へのアプローチが変わることを意味し、ビジネスモデルそのものも揺るがしかねない。
彼らは企業を「顧客」として営業活動を行ってきたのに対し、今後はエンド・ユーザーを「顧客」としてその意見を彼らの商品の核であるクリエイティブ制作、そしてストーリーテリングに生かそうと言うのだから。
「最初はデータがあれば、エンド・ユーザーのことがもっとよくわかること。しかも、それこそが重要なことだと理解してもらうのも大変だった。」とハバート氏。
「今までのやり方でもう100年以上もスタジオとして成功してきたのに、なぜクリエイティブの制作方法を変える必要があるのか?」という反発は根強かったという。
反発は自社だけではなく、取引先のメディアからも強かった。「しかし、グループのトップであるマードック氏がデジタル・トランスフォーメーションの必要性を感じてくれていたのでやり遂げられた。トップの理解はやはり重要だ。」
クリエイターの文化そのものを変革するところから
「今後はテクノロジーとクリエイティブをいかに橋渡しできるかが重要になる。」
今までクリエイティブ側が「分かったらいいけれど無理だ」と思っていたこと、例えば、ストーリー内容のどこが顧客に受けそうか、どんな要素を顧客が求めているか、それはなぜか、などは、今や自然言語をAIで処理することで実はある程度予測できる。」
「どんな技術があるのか、何ができるのかを知れば、そこからの発想で今まで思いもつかなかったクリエイティビティを発揮することもできる。」
「もっとテクノロジーを知らなければいけない。ホリスティックにテクノロジーとクリエイティブを見なくてはいけないのだ。テクノロジストと共に考えればクリエイターはもっと凄いものを創造できる。」
「ファンはコンテンツについて、自分にだけぴったりな情報を得たいと思うものだ。なぜ自分がこのコンテンツを好きなのか、どうやってこのコンテンツにアクセスしたいのか、人によって異なる要望に応えるストーリーテリングが必要だ。」
「幸いなことに今や個人が一人ひとり、自分の画面を持っている。一人ひとりに私たちは直接アクセスができる。同時にコンテンツも個人個人にカスタマイズされたものが求められ、無限大に必要。この環境をうまく生かしていかなくてはいけない。」
しかしこれは、今までのクリエイティブ文化そのものの改革でもある。
凄いストーリーを一つ作って、なるべく沢山の顧客から一気に深い共感を得られるストーリーテリングを行うという考え方から、コアとなるストーリーは一つあるかもしれないが、それぞれの顧客が共感する、できるだけカスタマイズされた、多くのストーリーテリングを提供する方向への変化を意味するからだ。
つまり究極の質の追求から、質も追及するけれど究極のカスタマイズ、コンテンツの数の追求への変換である。
動画のカスタマイズへの挑戦が始まる。
「どういうストーリーテリングのシステムが必要か考えている。データのプロセス管理が大事になるし、組織改革も急務だ。私たちはもっと顧客一人ひとりの経験にフォーカスする必要がある。まずはとにかく文化を変えなくては。」
「データやテクノロジーはそんなに複雑なものではない。すでに誰もがSNSなどを使っているわけだし。さらに一歩だけ進んでデータを理解しようとしてくれれば、世界観が変わる。」
「この12カ月で私たちが達成ひてきたことはとても多かった。これからも前に進んでいけると思う。」
21世紀フォックスの挑戦は、大量で高品質なコンテンツを制作しい、しかもそれを管理すること、つまり、コンテンツコンテンツ・ヴェロシティの体現を目指すものだ。しかも動画である。
コンテンツ・ヴェロシティはすべての企業が今後直面する問題であることは間違いない。まず文化と組織の変革に動き始めた21世紀フォックスが、そのクリエイティビティでどんな変革のストーリーを生み出すか?そのストーリーテリングに注目したい。
【関連URL】
https://www.salesforce.com/dreamforce/
これからはコンテンツの質と量を担保する、「コンテンツ・ヴェロシティ」がキモ!と昨年あたりから声高に叫ばれている。中でも、一つ一つのクリエイティブの質の担保は大きな挑戦だ。数があっても質が良くないなら、キーインサイトを絞り込んで一発でたくさんの共感を得られそうなストーリーテリングをしたほうがマシ。同じストーリーだけれど、大量の違うストーリーテリングを可能にするコンテンツ制作のプラットフォームを考えなくてはいけない。これを動画で実現するプラットフォーム作りとなると、技術面でもアイディア面でも大きな課題がいくつもありそう。しかし、必要は発明の最大の母。21世紀フォックスのような、動画でストーリーテリングをせざるをえないような大企業が変革に動き出したことで、この分野が一気に進む可能性があるのではないだろうか?