「個人の力がもっと強くなる」、26歳でファンドを立ち上げた木下慶彦氏の思いとは 【増田 @maskin】

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[読了時間: 4分]

僕はこう思ったッス
maskinです。スタートアップの世界でズバ抜けた行動力で活躍する、1985年生まれの26歳・木下慶彦さんが遂に、自身が代表を務めるファンド「Skyland Ventures」を立ち上げた。独立系ベンチャーキャピタル「インキュベイトファンド」のインキュベートプログラム運営で名を知っている人も多いだろう。そんな彼がファンド設立に至るさまざまなドラマを「ベンチャーキャピタルのファウンダーになるということ 」として文章にまとめている。スピード感あふれるこの世界で努力しながら沢山の人との絆に育まれていく姿に感動する。応援の意味を込めてここで紹介したい。

skylandlogo

ベンチャーキャピタルのファウンダーになるということ


2012年8月にSkyland Ventures 1号投資事業有限責任組合というベンチャーファンドを設立致しました。

直近では、アンリさんが28歳でファンドを立ちあげていますが、僕の方は26歳でのスタートとなりました。現在投資活動をしている日本のキャピタリストの中では最年少レベルとなるかと思っています。ファンド総額も2013年中に5億円程度まで持っていきたいと思っていますが、現在は全然その域には達していない状況で引き続きファンドレイズの活動も続けて参ります。投資のステージはシードのスタートアップのゼロベースからの創業支援がメインとなっていく予定です。

まだ業界関係者や直接コミュニケーションが無かった方にはお伝えできておりませんでしたが、6月末に前職であるインキュベイトファンドを退社し、独立準備をしていました。6月中は一部前職の仕事と並行で独立準備をしていたようにも思い、また急な退社のお話に伴い、インキュベイトファンドのメンバーには本当に迷惑をかけました。本当に申し訳ありません。一方、6-8月の三ヶ月の準備期間の中、ファンドを組成し一旦スタートにこぎつけたものと思っています。

今回このブログを書かせて頂こうと思ったのは、ヤフーがDECOPICで知られるコミュニティファクトリーを10億円で買収の件がキッカケです。

コミュニティファクトリーの松本さんとは、僕が大和SMBCキャピタル在籍時代、2009年ソーシャルゲームのオープン化をする中でソーシャルゲーム事業を拡大するとのことで、ファイナンスのお話を聞かせて頂いていました。

そのとき、自分自身微力で大和からのファイナンスを成立させることは出来なかったものですが、ソーシャルゲーム事業、その後のDECOPICなどのスマートフォン事業により成果を出されておりました。その上で今回の件は、本当に素晴らしいことだと思います。

松本さんであり、ノボットの小林さんなど自分自身が仕事として接する機会を頂いた方たちの成功が大いに刺激を作ってくださり(その当時ファイナンスの話は通せなかったので全然お役に立てなかったもので恥ずかしい話ですが)、このベンチャー業界に骨を埋めたいと思い、その後インキュベイトファンドの赤浦さん本間さん和田さん村田さんに拾ってもらい、MUGENUPの一岡さんやCOSMONAUTSの野原さん、マイ食の等々力さんなど、一緒に立ちあげに関わってこれたと思う人の存在があり自分のファンドを組成出来たものと改めて思っています。

少し(というかかなり)長いですが、いくつか順を追ってこのブログで経緯その他を記載させて頂きたく思います。

ベンチャー業界のスピード感

僕は早稲田大学卒業後、2009年にベンチャーキャピタルの世界に入りました。2009年と言えば、サブプライム後の株式市場低迷下において、ベンチャーキャピタル業界は急ブレーキだったものです。

自分が入社した後の大和にて、インターネット関連の投資案件として主要なものと言えばgumiに村田さん(当時、大和SMBCキャピタル、現インキュベイトファンド代表パートナー)が投資して以来は無かったのでは無いかと思います。※退社後のここ1年の大和の投資は知りません。

ベンチャーキャピタルに新卒入社した自分は、思うようには投資が出来なかった。(これは自分が社内を通す力が足らなかったこともあります。)一方、2009年はソーシャルゲームのオープン化の年であり、2010年はGrouponビジネスが盛んに産まれた年でした。経済はこのような状況であっても多くのビジネスのトレンドはあったのです。

VCに入社し、三年目になる頃仕事で接する多くの起業家が大型のファイナンスや事業での成果を見出すことを通じてチャレンジする様をみてきた。事業構想に対して資金が集まれば新しいステージに立ち、より大きなことが出来るようにもなる。そんな中で自分自身は投資を出来ない現実があった。

そのようなところから、社会人三年目の一年の間に起業か転職か、なんらかの解を出そうと考えていた。そうした中で、一旦新しい動きをしようと試みる中、村田さんのいたインキュベイトファンドに門を叩いた。窓口になってくれたのは和田さんだった。

和田さんに、「インキュベイトファンドに入れて欲しい」と言った訳では無かったが、大和を辞めることを既に決め、なんらかチャレンジをしたいとの旨を伝え一緒に出来ることが無いかを聞いたところ、僕を拾ってくれたのだ。

この時、相談しに行って和田さんがその場でコミットしてくれたのは本当に嬉しかった。和田さんが個人で仕事を僕にくれるか、インキュベイトファンドとして僕を雇ってくれるかをメンバーと検討してくれて、その結果インキュベイトファンドに転じることがその後決まった。

あとあと聞いたところ、このまま起業しても成功出来ないだろうと思って拾ってくれたとインキュベイトのメンバーには言われたものだったが、インキュベイトファンドのメンバーの判断も、自分の進路の判断も本当に正しかったように思う。

※大和の頃の先輩達に退社の意を伝えると、当時からサムライの榊原さんとも仲良くして貰っていたので、退社してサムライに行くの?とみんなに言われたことも懐かしい記憶だ。

二年間は面倒を見るから、その間に独立してファンドを持てるようになれ。

インキュベイトファンドに転じることを当時は全く想定していなかったが、赤浦さん本間さん村田さん和田さんのインキュベイトのメンバーに拾って頂けたことは僕にとって今後の人生に影響を与えてくれることだった。

大和時代には、思うように投資出来なかったこともあり、自分はベンチャーキャピタリストとして全く才能が無いと思っていた。(今もまだ結果が出ている会社は無いから何か証明されたわけでは無いつもりだ。)。一方、ベンチャーやベンチャー投資と言うフィールドで生きたいとの思いも強かった。だからこそ、一度起業をしてなんらか成功体験を積みたいと思っていた。

しかし、彼らが僕を拾ってくれたことで僕のアクションは変わった。才能が無いと思っていたが、それでもこの業界に拾ってくれる人がいるとわかったからだ。そこからは考え方を切り替え、ここで働けることを活かして、最短で独立してベンチャーキャピタルを作ってチャレンジしたいと切に思った。

その当時、


村田さんには「二年間は面倒を見るから、その間に独立してファンドを持てるようになれ

そのように言って貰った。

そこからの一年間若い起業家や上場企業の経営者まで会いに会いまくった。若手起業家であればかなりのカバー率にて会っていることと思う。名刺を数えると平均月間100名以上にお会いしていることがこの前わかり、これも多くは無いかもしれないが、コンスタントに100名くらいと会っているのは少なくは無いのでは無いかと思っており、常にその状態を今後も維持し続けたい。

起きている時間がすべて仕事に

インキュベイトファンドでは投資ステージが変わりシードの会社と向き合う時間が増えた。経営者に大和の頃以上に会い続けたこと以外にも大和の頃と比べた大きな変化だったのは、起きてる時間がすべてが仕事になったことだ。インキュベイトファンドでの働き方は強要されていた訳では無いが起きている時間がすべて仕事だった。まさに自分自身もベンチャーにより近付いた体験だった。

 
インキュベイトファンドでは、自分がメインにやっていたインキュベーションプログラムから9社へ投資、2社は単月黒字を果たし、他の会社も次なる事業ステージやファイナンスに向けて動いている会社もある。

そして生まれて初めての取締役をやらせてもらったMUGENUPは月商10百万円に至るペースで短期間で育って来ており、これは一つ感動的な体験だった。ソーシャルゲームのデベロッパー向けのイラストのクリエイティブ事業をしているが初めての営業を取りに行く前に、プレ営業でSAPの若手に来て貰って、どうディレクションしているかをヒアリングしたりして、営業資料に落とすなどしたことも懐かしい。まだその頃から半年くらいしか経っていない。

独立のキッカケは尾下さん

村田さんに二年以内に独立と言われながら実際には11ヶ月でインキュベイトファンドを退社するに至った。

このキッカケを僕に与えてくれたのは、アクセルマークの尾下さんだ。

僕はMUGENUPの立ち上げに2012年2-5月くらい必死になっていて、いつしかマインドシェアがインキュベイトファンド以上にMUGENUPにあるような気さえしていた時期があった。営業も、採用関連も契約周りもこの時期は何でもやった。週の半分以上はMUGENUPのことをしていた。近くに感じていたのは、経営メンバーの年齢が近かったからというのもあるだろう。

その流れで尾下さんに時間を頂いた。尾下さんはICPと言う独立系ベンチャーキャピタルから投資先である当時のエフルート(現在のアクセルマーク)に入り、その後社長に転じていたからだ。こういうと失礼かもしれないが、MUGENUPへ完全に転じたいと思っていた訳では無い(みんながそれを望むなら十分考えられたとは思うが。)。あくまでベンチャーキャピタリストとして独立して生きていきたかった。しかし、新たな境地に立っている気がしていた。

尾下さんとは諸々話したが最終的に言われたのは

尾下さん「お前は投資先で頑張りたいのか、ベンチャーキャピタルを作りたいのかどっちだ。ベンチャーキャピタル作りたいなら今すぐでもやってしまえ。お前の今知ってる人に頭下げて全くお金集まらないのか?」



こんな言葉だった。

正直、当時自信が無かった。しかし、この言葉によりエンジンがかかったのだ。
そこからすぐ、可能性を確かめに行った。電話や面談で相談させて頂く中で一週間で3名がコミットしてくれた。

「もう、やろう」そのように思えた。

最初にコミットしてくれた方であるTさんは投資先にアドバイザーの一人となって頂いていて、ここ半年接する機会がとても増えていた。「実は独立考えています」と相談を持ちかけたら「僕も出せますか?」と、言ってくれ、その後出資検討頂ける方を紹介して頂くなど、この人がいなければお金が集まることは無かった。

そして、コミットしてくださっている方からの紹介というのは本当に絶大であるということだ。ここは当たり前なんだろうけど思い知った体験です。なので起業家も既存投資家と向き合うのをやめてはいけない。すごいパスが来ることもあるだろう。

その紹介頂いた方(この人もTさん)も、知り合ったのはここ2ヶ月くらいですが、本当に良い出会いをたくさん頂いており、ここから多くのことが生まれそうだ。

他にもこの初期のタイミングにて背中を押してくれた方がいる。本当に感謝しています。その後は新規で多くの個人・法人の方にあたりつつ、ファンドへ自分で出す自己資金の目処も立てた。親族や昔からの先輩、仲間にも迷惑をかけたが、理解してくれた。

人からの紹介もあれば、著書を読んでFacebookから会いに行って、ファンドのことを相談させて頂いた方もいる。

感謝以外には無いので、もっともっと多く書きたりないことがたくさんあるが、多くの最高の出会いがあり、8月にファンドが設立された。(現在は法人1社と個人の出資者を持つ小型のファンドです。)また、設立間近になってすごく良いフィードバックをくださった方がクラウドワークスの吉田さんでもある。たくさんダメ出しを頂いた。これらは解決しきってはいないが1つずつ潰して行くつもりだ。

ベンチャーキャピタルを創る

僕は独立してベンチャーファンドを持つことに対してこだわりがあった。それは2つ理由がある。

・自分自身起業家と同一のリスクを取ってスタートしたいとの思いがあったから。
・ベンチャーキャピタルも増えているという人もいるがまだまだ新しい形というのがあると思うから。

日本のVCの歴史において、最もユニークなのは僕はサムライインキュベートだと思っているが、そのサムライインキュベートの榊原さんが投資活動を始めたのは2009年だ。まだ3年だ。

だからこそVCのビジネスにおいても新しいことが出来ると思っている。現在自分自身出していけるファクトはまだまだ少ない。ただ、諸々進めていく予定だ。

そして、僕のファンドを通じて描きたい世界観は、「個人の力がもっと強くなる」と言う、ここを支援したい。

僕が働き始めたのは2009年、以来3年間でビジネスの環境が様変わりした。僕が最も大きな変化と感じているのは、フェースブックやツイッターの存在だ。これらによって、人と人が以前より会いやすくなっている。ここから多くのことが生まれるし、チャンスも増える。そんな中で独立していく起業家と一緒に事業立ち上げをして行きたい。

自分自身が投資家としてほぼ実績が無い状態であっても、僕にお金を預けてくれると言う人が現れたのもフェースブックやブログなどのソーシャルメディアを通じて人間を見てくれているからだとも思っている。

テクノロジー×ネットワーク(出会い)が新しい事業やアイデアを作るんだ。

僕が出せるバリューがあるとすれば、動き回る中でいろんな人を連れて来ることだと思う。営業相手か採用系など問わずだ。

ベンチャーキャピタルは会社を創る。そのベンチャーキャピタルも新しい形を創らなければいけない。そのように思ったら自身がファウンダーとなる他無いと思っている。

僕はまだ生きるのにすら必死だ。だからこそ、新しい形を創り続けようと思っている。

Skyland Venturesとして

今後自分のファンド名Skyland Venturesと言う名前で活動をして行きます。
大和退職時のブログにも書いたのですが、このブログの名前は上場の鐘を鳴らしたいとの思いから取っている。そしてワンピースが大好きで、ワンピースでは空島にあるのが黄金の鐘です。

空島=Skyland

ということでSkyland Venturesとしました。

ロゴはMUGENUPのアートディレクターである村越さんが「木下は既存のVCと違う世界観を作っていかなきゃいけない」と言って、これまでのVCのロゴにはあんまり無いであろうクリエイティブなロゴを作ってくださいました。出資者に対しても「ロゴかっこいいね」と好評です。

本当に僕のスタートにあたり大きなチャンスをくださった多くの皆様、引き続きご迷惑かけますが本当にありがとうございます。引き続き頑張って行きます。

2012年9月12日 Skyland Ventures 代表パートナー&創業者 木下慶彦

(新しい連絡先など)
kinoshita@skyland.vc
http://skyland.vc/
169-0072 東京都新宿区大久保一丁目1番10号 GUNKAN東新宿ビル402

※当面の活動拠点はMUGENUPをお借りしています。最寄り駅は東新宿です。こちらの付近にもしお立ち寄りの際はぜひお声がけください。

【関連URL】
・Skyland Ventures
http://skyland.vc/
・ベンチャーキャピタルのファウンダーになるということ | 黄金の鐘を鳴らせ – Success is a journey, not a destination.
http://ougonnokane.com/archives/704

寄稿者プロフィール:Skyland Ventures 代表パートナー 木下 慶彦
kinoshita
1985年生まれ横浜出身。早稲田大学理工学部卒業後、2009年4月大和SMBCキャピタル(現:大和企業投資)にて22社の投資先管理を行う。2011年8月より独立系ベンチャーキャピタル インキュベイトファンドにて、インキュベーションプログラムIncubate Campの運営をリードし、1年間の在籍期間中スタートアップ9社の投資・インキュベーションに従事。2012年4月イラストのクラウドソーシング事業を展開するMUGENUP取締役就任。2012年9月シードスタートアップの投資・インキュベーションを行うSkyland Venturesを設立し代表パートナー就任。主な過去の投資先はMUGENUP、COSMONAUTSなど。
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Editor In Chief at TechWave.jp
1990年代初頭からソフトからハードまで50以上のスタートアップ立ち上げを国内外で経験。平行して雑誌ライターとして疾走。シリコンバレーでガレージベンチャーに参画後は、国内でネットエイジを筆頭にスタートアップに多数関与。ブログやSNSの国内啓蒙、ソニーの社内イノベーション事業など関与。通信キャリアのニュースポータルの立ち上げ期の編集デスクとして数億PV事業に育てた後、TechWaveにジョイン。世界最大のグローバルIT系メディアであるスペインの「Softonic」の元日本編集長
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