2017年7月18日からの3日間、京都、大阪、神戸を周遊して開催されたアドテック関西2017。最終日の神戸のKeynoteに登場したネスレ日本株式会社専務執行役員 チーフ・マーケティング・オフィサーマーケティング&コミュニケーションズ本部長 石橋昌文氏はアドテック東京をはじめ、東京のマーケティングカンファレンスで引っ張りだこの人気スピーカーである。地元神戸での開催は初となった今回のアドテック関西では「ネスレ日本の成長戦略とPOEMアプローチ」をテーマに語った。
「最近の私たちネスレ日本の業績をご覧いただくと、『好調ですね!』とおっしゃっていただくことが多いのですが、実はその前に売上が前年割れを続けていた時期があるのです。少子高齢化と核家族化が進みコーヒーの家庭内消費が落ち込み、キットカットがコモディティ化してしまって成長が鈍化する、そんな時代がありました」(石橋氏)。
そこでネスレ日本がとった戦略が「イノベーション&リノベーション」だ。既存商品の単純な売上増加を狙うのではなく、新しいセグメントを開発し、新しいビジネスを創造していくという大胆な戦略である。
「例えばネスカフェのシステム改革がその一例です。単身家族が増えて、一杯だけコーヒーを淹れる人が増えている。その人たちにとっては大きな袋の豆や粉は持て余してしまう量。そこで一杯ずつ提供することが可能なマシーンやカプセルを開発し、少人数世帯に対する新しいコーヒーに消費を提案したのです」(石橋氏)。
さらに少人数世帯の多くを占める若い世代はインターネットを通じて商品購入を行う習慣があるため、彼らがどこでも製品入手が容易にできるよう、2桁成長を続けていた通販チャネルへさらに注力した。
「2020年までにEC率を20%にまで引き上げることが目標です。昨年すでに15%にまで達しましたので、CEOからはさらに25%を目指そうと発破をかけられています」(石橋氏)。
ネスレ日本のデジタル戦略といえば、ネスレアミューズが印象的である。食品のブランドサイトでありながらネスレシアターのショートムービーをはじめとしたコンテンツを多く抱えた一大サイトであるが、実はここにECサイトも含めた全てのブランドがまとめられる以前は35ものブランドサイトが乱立されている状態だったという。
「かなりの力技でネスレアミューズに集約しました。ECサイトに会員を送客するためにもコンテンツには力を入れていて、8年間に2倍もの情報量になっています。2013年の100周年記念をきっかけに作りはじめたムービーは映画監督たちと直接組んで制作をしているのが特徴。『踊る宣伝会議』は人気のでたムービーでしたが、広告会社や芸能事務所などのあるあるネタをコミカルにムービー化するのは広告会社さんからは出ないアイディアだったんじゃないでしょうか」(石橋氏)。
広告からPR、そしてデジタルへ
コンテンツ制作にブランド自らがしっかりと取り組んでいく、それは生活者とのコミュニケーションを広告宣伝からPRへとシフトチェンジしているからこその姿勢である。ペイドメディア、オウンドメディア、アーンドメディア、このトリプルメディアの頭文字からとった「POEMアプローチ」では特にオウンドメディアとアーンドメディアを重視しているという。
「ソーシャルメディアの爆発的な発展でよりPRのアプローチが進化していますが、キットカットが冬の受験シーズンに行うPR活動はすでに2002年からスタートしていました。
当時、キットカットは莫大な予算をTVに費やして露出を上げた上で、スーパーで値引きをして売ってもらっているという状況で、利益率は下がっていく一方。知名度を上げなければいけない新商品と違ってコモディティ化しているキットカットにはTV露出は売上に繋がらなかったのです。
そこで、受験生たちがキットカットを験担ぎに使っているという事実をベースにストーリーを作り、キットカットが主語になるのではなく受験生を応援したい人たちが主語になるような発信をしました。離れた場所に住む受験生にキットカットを送れるように切手を貼れば送れるキットカットを郵便局と一緒に作った時は、関係各所の調整に非常に苦労しました。
しかし、第三者と組むことでニュースになり、拡散されるのです。おかげでバレンタイデー一色だった1月のお菓子売り場に受験生応援という新たな売り場が生まれて、今ではキットカット以外のお菓子も受験生キャンペーンを行うまでになりました」(石橋氏)。
POEMの切り替えでまさに新しいセグメント開発に成功したといえるが、これだけPR戦略を強化してきたネスレ日本でもコーポレートのPRは難しいという。
「先日、ダイヤモンドでネスレ日本の大型特集を組んでいただけました。40ページにもおよぶ記事でしたので、対応はとても大変。スイス本社への取材同行や、その他海外拠点への取材同行など、ペイドメディアでなくても、人とパワーは相当かけています。
様々な形でPR露出を作っているけれどもその活動をどう知ってもらえるのか。コーポレートのニュースはなかなか作りにくい。どうやって興味を持ってもらえるストーリーを作れるのか、事実をベースにした上で食らいついてもらえるものを作っていく。これが肝だと考えています」(石橋氏)。
現在、ネスレ日本では広告費とPR費の予算振り分けが大きく変わってきている。ペイドメディアに割り振られていた予算の一部をオウンドメディアに振り替えた上、さらにデジタル比率を20%だった2012年から4年間で広告費制作費合わせ40%に伸ばした。
広告からPRへ、さらに展開場所をデジタルへと移している彼らがCMOである石橋氏に率いられて今後どのようなストーリーを発信していくのか目が離せない。
プロフィール
石橋 昌文
ネスレ日本株式会社専務執行役員 チーフ・マーケティング・オフィサーマーケティング&コミュニケーションズ本部長
1985年ネスレ日本に入社。営業本部、ネスレUKを経て、1992年 ネスレマッキントッシュ株式会社 (現コンフェクショナリー事業本部)。2年間のネスレスイス本社での勤務を経て、2005年 同 マーケティング統括部長。キットカットの受験生応援キャンペーンに携わり、成功に導く。2009年ネスレ日本 常務執行役員 コミュニケーションズ&マーケティングエクセレンス本部長、2012年チーフ・マーケティング・オフィサー(CMO)に就任。
【関連URL】
・特集 ad:tech kansai 2017
http://techwave.jp/category/features/adtech-kansai-2017
初開催となった神戸会場はとにかくスピーカーと参加者の距離が近い!初参加の方も多かった上に、スピーカーと数十センチの距離ともなれば講演後の石橋氏の周りは人だかり。事前のボードメンバー取材で「神戸は企業同士の交流が意外と少ない」という声も出ていただけあって、皆さん他社の実践についての興味関心度が非常に高い様子でした。また石橋氏のお話はネスレ日本が実際に予算配分をどのように変化させ、その上でメディア露出量を拡大させてきたかの数字も提示された内容だったため、非常に具体的なスピーチでした。ペイドメディア一辺倒だけでは間に合わない今、自社で直接映画監督と組んでしまうほどの人と予算を割ける企業は限られてはしまいますが、いかに主体的にユーザーと自社を結びつけるストーリー作りに取り組むことが重要かが伝わったのではないでしょうか。