2019年9月30日にスイスのローザンヌで開催された2019年「世界デジタル競争力ランキング(World Digital Competitiveness Ranking)」の発表セレモニーにデジタルビジネス・イノベーションセンター(DBIC)の一員として参加してきました。DBICは、海外のデジタルトランスフォーメーションの実態を視察する「経営幹部向け海外探索ミッション」を行っており、世界デジタル競争力ランキングの発表主体であるスイスのビジネススクールIMDとも提携しています。
日本の世界デジタル競争力ランキングは、なんと主要63ヵ国中23位と低く、順位も昨年より1ランク落としました。本稿では、日本のデジタル競争力がなぜ低いのか、どのような要因で23位になっているのかをレポートします。
<世界デジタル競争力ランキングの発表セレモニーの様子>
世界デジタル競争力ランキングとは
世界デジタル競争力ランキングは、スイスのビジネススクールIMDの研究所「IMD世界競争力センター」が、世界主要国63ヶ国・地域を対象に、デジタル競争力を分析・評価しているものです。IMD世界競争力センターといえば、30年続いている「世界競争力ランキング」も有名です。
世界デジタル競争力を判断する基準は3つで、新たな技術を習得するノウハウを示す「知識(Knowledge)」、デジタル技術の進化を示す「技術(Technology)」、デジタルトランスフォーメーションを活用する適応力を示す「将来への備え(Future Readiness)」で構成されています。
また、これら3つの判断基準の下位には、それぞれ3つの従属要因があり、「知識」の下位には1)人材、2)研修と教育、3)科学に関する重点取組み、「技術」の下位には4)規制の枠組み、5)資本、6)技術の枠組み、「将来への備え」の下位には7)適応する姿勢、8)事業変革の機敏性、9)ITの統合といった合計9つの従属要因があります。9つの従属要因を51つの尺度を用いて評価しています。今年3回目となる世界デジタル競争力ランキングでは、「工業ロボット(Industrial robots)」と「ロボットに関する教育と研究開発(Robots in education and R&D)」の2つが新たな尺度として導入されました。以下の図は、世界デジタル競争力ランキングの評価基準に関する全体像を示したものです。
<世界デジタル競争力ランキングの評価基準に関する全体像>
“Methodology in a Nutshell”を基に筆者にて編集・抄訳
参照:https://www.imd.org/globalassets/wcc/docs/release-2019/digital_methodology_2019.pdf
日本の総合順位は23位、アジアでも8位
2019年の世界デジタル競争力ランキングの総合順位で、日本は63ヵ国中23位で昨年より順位を1つ下げ、アジア太平洋地域でも14ヵ国中8位でした。世界のトップ5は、順に米国、シンガポール、スウェーデン、デンマーク、スイスでした。アジア太平洋地域のトップはシンガポールで、それに香港、韓国が続きました。
日本の強みはデジタルインフラ、弱みは人材
日本の順位が低い要因を探るべく、51つの測定尺度をみていくと、驚くことに日本が世界最下位になっている項目が4つもありました。「知識」の尺度の一つである「国際経験」、「将来に対する備え」の尺度である「機会と脅威」、「企業の機敏性」、「ビッグデータの活用と分析」の4つが63カ国中63位で世界最下位でした。
一方、世界トップ3に入っている項目は5つありました。「知識」の尺度の一つである「高等教育における教員と生徒の比率」が1位、「技術」の尺度である「携帯通信の加入者」と「無線通信」がそれぞれ1位と2位、「将来への備え」の尺度である「世界におけるロボットの流通」が2位、「ソフトウェアの著作権侵害(対策)」」も2位でした。全体では23位という結果でしたが、要因を深堀りしていくとデジタル競争力における日本の強みと弱みが明確に表れていました。強みは、携帯通信の加入者や著作権侵害対策といったデジタルインフラ面で、弱みは国際経験や事業変革の機敏性といった人材に関することが挙げられます。以下の図は世界デジタル競争力ランキングの日本における評価の全体像と詳細を示したものです。
<日本のデジタル競争力 詳細>
IMD World Digital Competitiveness Ranking 2019年鑑より筆者が抄訳・編集
参照:https://www.imd.org/globalassets/wcc/docs/release-2019/digital/imd-world-digital-competitiveness-rankings-2019.pdf
日本に必要なのは「デジタルリテラシー教育」
世界デジタル競争力ランキングが総合で63ヵ国中23位だったということに憂えるのではなく、ランキングの裏側にある要因を紐解き、強みと弱みを洗い出し、適切な手を打つことが私たちの役割です。そうした視点で、51つの尺度をみていくと、日本の順位が低い共通項は「人間」に関するものが多く挙げられます。「国際経験63位」、「高度外国人材の起用51位」、「デジタル技術スキル60位」、「機会と脅威(の対応)63位」、「企業の機敏性63位」、「ビッグデータの活用と分析63位」といったものが世界最低レベルに位置しています。
一方、上位5ヵ国の米国、シンガポール、スウェーデン、デンマーク、スイスに共通することは、デジタルにおける「知識の創出(Knowledge generation)」に長けていることです。知識の創出とは、組織(企業や自治体)の活動を通じて、デジタルに関する新たな知識を生み出したり、習得したりする環境が整っていることです。米国を除くと、それ以外の上位4ヵ国は人口が1,000万人も満たない小国です。国内市場が小さいからこそ、産官学を挙げてデジタル化を推進し、グローバルに打って出ていく必要があります。そのために人間のデジタルにおける知識の創出を高めるためのリテラシー教育を行っています。
筆者は、DBICの視察プログラムの一環で、世界デジタル競争力ランキングの発表セレモニーの翌日に、スイス・チューリッヒにある「デジタルスイス(digitalswitzerland)」の本部に訪問し、マネージングディレクターのNicolas Burer氏と話す機会を得ました。デジタルスイスは、「スイスを世界のデジタルイノベーションハブにする」をミッションに、大企業、中小企業、スタートアップ、投資家、学界、政府、一般生活者の人々を巻き込んだスイス全体のマルチステークホルダーが会員となって活動するコミュニティです。
<チューリッヒにあるデジタルスイス本部>
デジタルは全てのハブである
デジタルスイスの活動の一環として、子供とシニアの両方を対象にしたデジタルに関する人材教育を行っています。デジタルに関するテクニカルなことを教えるだけでなく、リテラシー教育にも力を入れているそうです。例えば、デジタルスイスのメンバーが小学校に出向き、ロボットを動かすプログラミングの技術を教えます。それだけではなく、「人間とロボットがどのように共存していくのか」といったロボットやAIが社会に与える影響について、デジタルスイスの職員と小学生が議論します。こうしたデジタル社会に対する教養を育むデジタルリテラシー教育が大切だといいます。国内市場や資源が少ない小国では、デジタル人材こそ国力という考え方を象徴している取組みでした。スイスが、世界デジタル競争力ランキングで5位にランクインしている所以でしょう。
少子高齢化、国内市場の成熟化、サステナビリティへの対応といった日本企業が直面する諸問題はデジタルによって繋がっています。国内のスモールマス市場への対応、グローバル展開に向けたサプライチェーンの構築、脱炭素や廃プラ問題に向き合う循環型社会の実現には、これまで見えなかったものを検知し、予測の精度を高め、最適化しながら全体を統合していくといったプロセスが必要で、そのプロセス全体に5G、IoT、ブロックチェーンといったデジタル技術が手段として介在していくはずです。だからこそ、デジタル化することが目的ではなく、最終的な価値創造のための手段として、どのように扱っていくのかを考える人間のデジタルリテラシーが重要になっていくのではないでしょうか。
寄稿者プロフィール
太田滋(Shigeru Ota)
ビルコム株式会社代表取締役兼CEO。博士(経営管理)。青山学院大学大学院国際マネジメント研究科国際マネジメントサイエンス専攻一貫制博士課程修了。Stanford-NUS Executive Program in International Management修了。
株式会社アイ・エム・ジェイ、ソースネクスト株式会社を経て、2003年にビルコム株式会社を創業。市場創造と評判形成に貢献する次世代PRを掲げ、マスメディアのみならずWebやSNSを含めた統合的なコミュニケーション戦略を手掛ける。2009年には、口コミマーケティングの健全なる育成・啓発を支援するWOMマーケティング協議会を立ち上げ初代理事長を務めるなど、業界の発展に貢献する活動にも努める。2019年より青山学院大学国際マネジメント学術フロンティア・センター特別研究員。著書に「WebPRのしかけ方」、 「広告をやめた企業は、どうやって売り上げをあげているのか。」(ともにインプレスジャパン) がある。