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内田樹著『街場のメディア論』(光文社新書 2010年8月刊)
「池上・茂木・勝間バブル」発言事件をご存知だろうか。
書店の店長が心に残った本を紹介するはずのWebページで、
茂木健一郎も勝間和代も急激に人気が上昇したあと、バブルが弾けた。
売れるからといって出版点数が増え、内容の質が落ちたせいだ。
いま書店界では、いつ「池上彰バブル」が弾けるかが話題になっている。
という趣旨の記事を書き、波紋を呼んだ事件だ。(原文はこちら)
この記事に茂木氏、勝間氏は自らのブログに反論を書いているが、名指しされた2人より先に反応したのが内田樹氏だ。
茂木氏、勝間氏ほどではないが、内田氏の著作もよく売れていて、『日本辺境論』では新書大賞2010を受賞している。カツマー(勝間和代氏の熱烈なファン)の向こうを張って、タツラーと称するファンもあらわれるほどだ。
「池上・茂木・勝間バブル」発言に対し、内田氏は、「以下に書かれていることは、かなりの程度まで(というか全部)私にも妥当する」と、自分も当事者と考えていることを表明。今年に入って既に6冊、もうすぐ2冊の本が店頭にならび、校正待ちのゲラ7冊、進行中の企画6冊をかかえていることを明かした。
何を措いても「バブル」だけは回避せねばならない、と思い立った内田氏が下した結論は、「バブルのバルブ」を止めること、だった。直近の2冊をのぞいて、他のゲラ・企画は、
しばらく「塩漬け」
と宣言したのだ。(内田氏の「塩漬け」宣言は こちら)
塩漬けにされた編集者の阿鼻叫喚の声が聞こえてきそうだ。深く同情申し上げる……が、一読者としては、今後は希少本となるかもしれない内田氏の著作に興味をそそられる。
もうすぐ店頭にならぶ、と内田氏が言っていた『街場のメディア論』を手に入れたので、メディア、電子書籍、著作権についての一風変わった内田氏の論考を紹介させていただく。
内田氏の魅力は、「おかしいだろ!」をうまく言ってくれるところ
カツマーの向こうを張ったタツラーが出現した理由のひとつは、勝間和代氏のポジティブな言説に、読者が飽きてしまったからだ。
「年収10倍アップ」シリーズに代表される勝間節は多くの読者を惹きつけたが、リーマンショックによる景気後退のなかで「スキルを磨けば報われる」という勝間氏のメッセージを信じつづけることが難しくなった。そんな読者に、「年収なんか人間の価値とはぜんぜん関係ない」というタツルの主張(『こんな日本でよかったね』所収「格差社会って何だろう」)が新鮮に聞こえたのだ。
同じく『こんな日本でよかったね』所収「人生はミスマッチ」のなかで、内田氏は「自分探し」をあおる風潮に水を差した。「自分の適性にぴったり合った仕事を探すべき」という考え方を広める就職情報誌に異をとなえ、「適性にぴったり合うたった一つの仕事」も、「自分にぴったり合うたった一人の配偶者」も存在しないと断言する。
無いものねだりに時間を使うより、どんな仕事でも楽しくこなし、どんな相手とでも楽しく暮らせる能力を磨くほうがよい、というタツルのアンチテーゼを聞き、読者は思わず「そうだ、そうだ!」と心のなかで叫んでしまう。
そう、内田氏はアマノジャクなのだ。
世の大勢を占める意見に一石を投じるような発言をする。⇒ 常識的意見を聞き飽きた人々の心にしみ込む。⇒「よく言ってくれた!」という爽快感が生まれる。
これが内田氏の文章の魅力だ。
世界について嘘をつく新聞?
本書も内田氏のアマノジャクな物言いが満載である。
第1講「キャリアは他人のためのもの」で、自分ひとりのために仕事するんじゃない! と学生に説教を垂れたあと、第2講からマスメディアに感じる違和感を表明する。
内田氏はまず、メディアの価値を次のように定義する。
どうでもいい情報を流しているメディアなら無くなってもいいし、「場合によっては、人の命や共同体の運命にかかわること」を知らせてくれるメディアなら存続を支持する、というのだ。
テレビは「何を放送するか」よりも、「とりあえず事故なく放送すること」を優先している。テレビ番組制作者が「テレビはあって当たり前」と思っているのがテレビ凋落の原因である、と内田氏はテレビ業界を裁断した。
返す刀で内田氏は「新聞はすっかりテレビ化してしまった」と、新聞業界に切り込む。
新聞の質の低下を示す実例として、内田氏は「納豆ダイエット」問題の報道姿勢を挙げる。
「納豆ダイエット」問題をお忘れの方も多いと思うので、簡単に解説。納豆がダイエットに良いという番組放送について、週刊誌などが「おかしいだろ!」を表明し、新聞や他局でも大々的に報じた事件である。ダイエット効果の根拠が捏造ではないか、という疑問視のほか、テレビ局から納豆業界に「今度の放送の後、納豆が大量に売れますから、増産しておくように」という指示があったという「やらせ」も問題視された。
新聞が一斉に「やらせ問題」を叩いたとき、内田氏は違和感を覚える。「こんなインチキな番組を作って視聴者を騙す、なんて信じられない」という趣旨が各新聞の社説に書いてあったのを読んで、「それは嘘だろう」と思ったのだ。
プロの記者であれば、テレビ局の番組作りが下請けプロダクションに丸投げ状態であることを把握しているはずだし、内容を充分にコントロールできないことを知っていたに違いない。知っていたなら、「いずれこういうことが起きる」とあらかじめ警告しておくべきだった。なのに刑事事件になるまで「知らないふり」をしていたのでは、新聞はメディアの責任を果していないではないか。
これでは、「こんなことが許されていいんでしょうか。……では、次、スポーツです」というテレビと同じではないか!
そうだ、そうだ!
内田氏のスルドイ指摘に、おもわず賛同してしまうのは私だけではあるまい。(って、こんな無責任な常套句を使うとタツルに叱られるなぁ……)
読者をリスペクトせよ。「読書人」を育てよ!
このあと、メディアが被害者づらするからクレイマーが増える、「正義」を暴走させるメディアがメディア自身を殺す、という興味深い論考が展開されるが、詳細は割愛させていただく。
話題はがらりと変わり、第6講では「出版は生き延びることができるか?」をテーマに取りあげる。
出版点数は増えても売り上げは減っている。広告費が減って雑誌も次々廃刊に追い込まれる。大手出版社の赤字が報じられる……。
危機が叫ばれる出版界だが、「本を読みたい人」が減っているわけではない、と内田氏は言う。
読者の知的劣化は起っていない。そもそも、読者を単なる「消費者」とバカにしているから、できるだけ知的負担の少ない、刺激の多い本ばかりが出回る。「消費者」ではなく「読書人」をターゲットにせよ。「読書人」を育てよ! というタツルの主張は、ごもっともなんだけど、目の前の売り上げに追われる出版社、編集者には届かないかもしれないなぁ。
ちょっとムチャぶりが過ぎる気がする、のは私だけではあるまい(笑)。
「本を買う人」のために書くか、「本を読む人」のために書くか
内田氏の最初の著作(松下正己氏との共著『映画は死んだ』)は初版1,000部の自費出版で、2冊目も出版費用の半分を共著者と負担。3冊目から出版社が費用負担してくれるようになったそうだ。3冊目でやっと商業出版デビューという作家経歴なのだ。
内田氏には、読者ゼロから一人ひとり読者を積み上げてきた実績があるし、生計を立てるために書いてきたわけではない、という自負がある。
ベストセラー作家になった今でも、ネット上に載せたものについては「コピーフリー」を宣言している。
著作権にからんで、内田氏は次のような究極の選択を作家たちに迫る。
それは、
と要求されたら、著者は断ることができるか、という問いだ。
「本を買う人」のためにではなく、「本を読む人」のために書いているなら、すぐに断るはず。
いやぁ、すごい。タツルは、「僕のように考える人は圧倒的少数派です」と言いながら、こんな過激な意見を表明する「物書き」なのだ。
こりゃ、「バブルのバルブ」を止められても、誰も意見できませんねぇ。
本棚には、いつか読みたいカッコいい本を並べよう!
書物は商品ではない、という内田氏の考えを人類学の「反対給付」の考え方で説明する第7講「贈与経済と読書」は、ちと難しかったので割愛。
少しもどって、第6講で内田氏が指摘する電子書籍の弱点を紹介しておこう。
電子書籍の、紙媒体に対する最大の弱点として内田氏が挙げたのは、
である。
書棚の前を歩いたり、昼寝から目を覚ましたとき背表紙と目が合う、ということが起らない。もっと言えば「蔵書を残す」ことができない。
たとえば、『3週間で英語がマスターできる』とか『3ヶ月で痩せられる』とか『1日3分の努力であなたも富豪になれる』とかいう本の背表紙が並んでいるような本棚は、人には見せられない。なにより、まず自分自身が、「オレって、基本的に『インスタントな人間』なんだな……」と思ってしまう。
逆に「読書人」の本棚には、「まだ読んでないけど、この本をいつか読みたい」というような、知的虚栄心をくすぐるような本が並ぶものである。
出版文化も出版ビジネスも、この「虚の需要」で成り立っているのだから、もっと書物につよく固執する読み手を増やそう。そのために何をしたら良いか、まずそこから考え始めるべき、とタツルは第6講を結んでいる。
ネット上でこんなこと言うのも何なんだけど、みんな、もっと身銭を切って「こんな本を読める自分になりたい」と思うような本を買おうぜ! ネット上でタダで読める記事ばっかり見ててもいいからさ。
街場のメディア論 (光文社新書)
著者:内田 樹
光文社(2010-08-17)
おすすめ度:
販売元:Amazon.co.jp
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ブック・レビュアー。
1957年北海道生まれ。
日経ビジネスオンライン「超ビジネス書レビュー」に不定期連載中のほか、「宝島」誌にも連載歴あり。
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著書に『泣いて 笑って ホッとして…』がある。
twitter ID: @syohyou