Facebookの次の覇者は、さらに多くの情報を収集、分析できる企業【gumi国光宏尚】

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 僕はときどきネット上で、自分の中で確信にまで至っていない漠然とした思いを、わざと断定調に書くことがある。なぜそういうことをするのかというと、1つにはフィードバックをもらうことで自分の考えを更に先に進めたいから。もう1つは、僕の問題意識が世間的にも重要なアジェンダになっているのかどうかを知りたいからだ。

 これを繰り返していると、だれがどのような認識を持っているのかだいたい分かってくる。時代の先を読もうとしている人、読めている人が見えてくるのでおもしろい。

 あるとき自分の中でぼんやりと見えてきた未来のビジョンをTweetしたことがある。自分自身で書いていて「これじゃなんのことだかさっぱり分からないな」と思うようなTweetだった。さすがにこんなTweetにはだれも反応しないだろうと思っていたら、二人からリプライが来たのでびっくりした。同じような未来を見ている人がいることに驚いた。

 一人がマイネット・ジャパンの上原仁さん。もう一人が株式会社gumiの国光宏尚さんだった。国光さんといえば、前回の寄稿日本のソーシャルゲームに追い風、日本はスマホソーシャルゲーム市場で世界を獲れる!【gumi国光宏尚】 : TechWaveがものすごい反響を呼んだ。多くの人が国光さんの近未来のビジョンに共感していた。そこで今回は、国光さんにさらに先の未来を見通してらうことにした。(湯川鶴章)

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国光宏尚

 10年前ならMicrosoftの覇権が永遠に続くように思われていたし、数年前ならGoogleは世界を支配するとさえ考えられていた。しかし今やそんな風に主張する人は一人もいなくなった。

 これから来年にかけて「Facebookが個人データをすべて手中に収め世界を支配する」というような論調が出てくるのかもしれない。しかし数年後には、そうした論調も「もはやジョーク」となるのだと思う。

 覇権を握った会社が長期間に渡ってすべてを支配し続けることなどありえない。それどころか、これまでのIT業界の覇権争いの歴史を見ると、1つの会社が覇者として君臨できる期間はどんどん短くなる方向であることが分かる。

 それではこれから始まるであろうFacebookの覇権時代のさらにその先には、いったいどんな時代が待っているのか。Facebookの次の時代の覇者はどんな企業になるのか。どこにビジネスチャンスがあるのか。スタートアップはどこを目指すべきなのだろうか。

情報革命は個人革命

 未来を読む上で大事なことは、これまでの歴史の大きな流れを掴むことである。大きな流れを掴むことで、今起こっていることが理解でき、さらにその延長線上にある近未来を予測できるのである。

 歴史の大きな流れでいうと、今の情報革命は人類の歴史の中での3番目の大きな革命である。これは既に多くの人が指摘する通りだ。

 最初の農業革命では、灌漑技術などが発達し人類は自分たちで生産をコントロールできるようになった。その結果、定住が始まり、集落が形成され、人口が増えた。そしてそれを取りまとめるために国家、法律ができ、宗教が必要になった。

 そして宗教が社会の中心になり成長性がなくなったところで産業革命が起こった。産業革命はいろんな側面を持つが、次の情報革命との関係性を考える上で最も重要なのが、産業革命は「マス革命」だったということだと思う。

 大量に生産し、大量に輸送、マスメディア広告を打ち、大量に消費するというパラダイムが産業革命だった。その中で、消費者はF1、M1などというように性別と年齢で区分けされて、マーケティングの対象となった。同じ性別、同じ年令層なら、生活様式も同じ、見るテレビ番組も同じ、趣味嗜好も同じ。そんなふうに想定され、扱われた。

 もし今起こっている情報革命が本当に「革命」的社会変化であるならば、こうした産業革命後の社会のあり方を180度ひっくり返すことになるはず。つまり「マス」ではなく「個人」にフォーカスされる社会になるはずだ。みんなが欲しいものが欲しいのではなく、自分が欲しいものが欲しい。みんなが見るものを見たいのではなく、自分が見たいものが見たい。自分がつながりたい人とつながりたい。自分が行きたいところに行きたい。「マス」として扱われることを否定し、「自分」「個人」を大事にしたいという流れだ。これが情報革命の本質ではないだろうか。

 Twitterはそうした「個人革命」の典型だと思う。自分がつながりたい人だけをフォローし、つながりたくない人はブロックする。その結果、流れてくる情報も自分がほしい情報だけ流れてくるようになる。マスメディアのように広く一般向けの情報を流すメディアとは正反対だ。

 個人革命という情報革命の本質は、文化や社会通念にも大きな変化を与えることになるのだと思う。ただ技術のトレンドだけに話をフォーカスすると、自分が見たいものが見たい、つながりたい人とつながりたい、行きたいところへ行きたい、という思いを支援する技術がこれからも求められるはず。それを最もイノベイティブな方法で提供するところが、情報革命時代の覇者になるのだと思う。

ウェブの覇者が行った「収集」と「分析」

 具体的にはユーザーの個人としての思いを支援する上で、すべきことは2つ。1つは「データの収集」。ユーザー一人一人の思いを理解するには、できるだけ多くのデータを集めるしかない。もう1つは、「データの分析」。集めた膨大なデータを分析し、その人が望む形で提供する、ということだ。

 マス革命である産業革命時代は、情報のボトルネックになる仲介者の部分を抑えた者が影響力を持った。一方で個人革命である情報革命時代は、データを収集、分析するところが覇者になるはずだ。

 この観点でこれまでのウェブの歴史を振り返ってみよう。これまでのウェブの歴史で、覇権を握った企業は3つあった。1社目は米Yahoo!。Yahoo!が出る前はHTMLのサイトがあちらこちらに散在し、どこにどのような情報があるのか分からない状態だった。自分の見つけたいサイトが見つからなかったわけだ。

 そこでYahoo!はディレクトリを作った。情報を手作業で集め、手作業で分類してユーザーに提供した。Yahoo!社員がデータの「収集」「分析」を手作業で行ったわけである。

 しかしこの方法には限界があった。Yahoo!社員が「収集」し「分析」できるデータ量には限界があり、その限界を超えた情報量でネットがあふれ返ったのだ。また情報増加に合わせてYahoo!のディレクトリの階層が深くなり、ユーザーが探したい情報を簡単に見つけることができなくなった。

 Yahoo!の次に覇権を握ったGoogleは、ネットを1つ1つのページの集合ととらえるのではなく、蜘蛛の巣状につながっているものと認識すべきだと考えた。つながりを見ればどのページが重要なのかが分かるという考え方だ。

 Googleはクローラーと呼ばれる自動巡回プログラムでネット上の情報を自動的に集め、情報同士の関係性をベースに一定の計算式(PageRank)に基づいて情報の重要度を自動的に決定した。「収集」「分析」を自動的に行ったわけだ。

 しかしGoogleにも限界があった。Googleは基本的にだれに対しても同じ検索結果しか表示できない。その意味でマスメディア的である。Goolgeにログインすれば自分に合った検索結果を表示することは可能だが、Googleの検索精度を上げるためにログインする人はほとんどいない状態だ。

 そこにFacebookが登場した。ユーザーはだれもがログインした。そしてユーザーにまつわるパーソナルな情報を自らの判断で次々とアップし始めている。

 ユーザーが知りたい情報を表示するためには、できるだけユーザーにまつわる情報を吸い上げて、関連性が近い人を探し、その人の趣味嗜好をマッピングし、ターゲティングしていくしかない。だれもがそのことには気づいている。そんな中Facebookを通じてユーザーにまつわる情報がどんどん蓄積されていっているので、多くの人はGoogleに代わってFacebookが時代の覇者になろうとしていることを認識しているわけだ。ただ集めた情報を分析するところは、まだ何もできていないのが現状。これがこれまでのウェブの歴史だ。

それでも情報が足らない

 さて、では次にどのような展開になっていくのだろうか。

 Facebookの限界も、実は既に明らかになっている。これはAmazonの限界にも通じる。Amazonの例のほうが分かりやすいので、Amazonで説明しよう。

 Amazonのレコメンドシステムの限界は、例えばたまたまAKB48の写真集をクリックしたら次の日からAKB関連の書籍や商品ばかりをレコメンドしてくるところにある。AKBのファンでなければ、これは迷惑以外の何者でもない。ユーザーが欲しい情報を提供できていないのである。

 しかしこれはある意味仕方がないことである。Amazonが持っているのは、Amazon上での購買履歴や行動履歴だけ。ユーザーが過去にどのような本を読み、どのような映画を見て、どのようなことに興味があるのか、などといったデータは一切持っていない。限られたデータしかAmazonは持っていないので、ユーザーが求める情報を適切に提供できないのである。

 Facebookも同様の限界を持っている。どのサイトよりもFacebookにユーザーのパーソナルな情報が集まり始めているのは事実。しかしそれでも少な過ぎるのである。例えばオフラインの会話の内容や、電話の会話の内容、頻繁に行く店、などなど、Facebookが持っていない情報が多過ぎるのだ。

 そこでFacebookでさえ持っていない情報を「収集」できる仕組みを作ったところに大きなビジネスチャンスがあるのだと思う。

 ユーザーにまつわるパーソナルな情報を「収集」する仕組みは、進化を続けている。書籍からホームページ、ブログ、さらにはTwitterと、個人が情報を発信する仕組みはどんどん手軽になり、情報発信する人の母数が急拡大している。

 位置情報サービスで人気のFoursquareも、特定の店に出かけたという情報発信を手軽にした。これまでなら帰宅してからネットで店を検索しブログに写真をアップするという手順を踏まなければならなかったが、スマートフォンのGPSを位置を特定し周辺の店舗のリストから今いる店を選んでチェックインするだけでよくなった。

 こうして集まった一見何の関係もなさそうな情報をマイニングして関係性を見つけるという「分析」の仕組みは、今後データが十分に「収集」されたあとに登場するのだと思う。それができると地球のある場所で起こったことが地球の裏側にどのような影響を与えたのかという因果関係までが分かるようになるのだと思う。

 まずは「収集」する新しい仕組みを作ることが重要だ。そこに非常に大きなビジネスチャンスがあるのだと思う。収集したデータのマネタイズはすぐに考える必要はない。マネタイズを考えて小さな仕組みにするより、まずは永続的に情報を収集できる仕組みに育てることに専念すべきだ。

 いい仕組みを完成させれば自分たちで世界を獲りにいってもいいし、有力企業と組んでもいい。スタートアップを欲しがっている企業は何社も存在する。Google、Facebook、Amazon、Microsoft、Apple、さらには中国などの企業も欲しがっている。スタートアップをある一定規模まで育てれば、そうした大手に数十億円から数百億円、今では数千億円で売却することも十分に可能だと思う。また売却する前にもいろんなところから出資の申し出があると思う。わたしの会社でも世界中の投資家から頻繁にお声がけいただくようになった。ビジョンがあれば国内だけでなく、外国のベンチャーキャピタルからも資金は集まる。これがここ数年で大きく変わったところだ。もはや資金を集めるのはさほど難しくない。

 なので大事なのは、こうした大きな歴史の潮流に沿ったサービスを出していけるのかどうかだと思う。この潮流に沿ったものでなければ、絶対に大きくブレークしないと思う。まずは世の中の人は自分の情報をほかの人と共有したがっている、という事実を理解することだ。「日記をネットで公開する人などいない」という意見があるにも関わらずブログは流行したし、「今どこで何しているかなんて情報をだれも発信しない」という意見があるにも関わらず、Twitterで今の状況を「◯◯で◯◯しているなう」と発信する人が多い。「他人に写真を見せる人などいない」という意見があるにも関わらず、Instagramで写真を共有する人が多い。プライバシー侵害を問題視する人もいるが、そんな人でもなんらかのインセンティブと引き換えに情報を積極的に出すようになるものなのだ。

 自分がほしい情報が入手でき、好きな人とつながり、行きたい場所に行ける。多くの人のこの思いを支援するための仕組みを作るために、多くの情報を「収集」し「分析」する必要がある。そのイノベイティブなソリューションを開発した企業が次の覇者になる。次の覇者が日本から登場する可能性も十分にあると思う。

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著者プロフィール:国光宏尚

株式会社gumi(gu3.co.jp)の代表をしています。ソーシャルアプリ作っています。打倒Zynga!世界を獲ります!
全ポジション、絶賛採用中なので気軽にお声掛けください! TwitterのFollowも大歓迎です!

twitter: hkunimistu
Facebook: hkunimitsu
ameblo: hkunimitsu

蛇足:オレはこう思う

 こうした大きな視点を持つことができるのかどうかが、数年後を左右するんじゃないだろうか。現時点で意見が分かれるような投資やビジネスについても、この国光さんの視点を使って評価し直すのも面白いかもしれない。

 例えばYouTube。Googleが買収した2006年には、高過ぎる買い物という評価が多かった。5年たった今でもYouTubeは儲かっていないという否定的な評価が根強い。

 でも動画視聴のデファクトのプラットフォームになりつつある。この状況が続けばYouTubeは視聴者の嗜好情報を収集する上での最高のサービスになるだろう。そうなればいずれ十分過ぎる利益が出るようになるのだと思う。

 今は、永続的にデータを収集できる仕組みを作る時期。シリコンバレーで「ビジネスモデルの話をすれば笑われる」と言われるのは、こうした考え方が広く共有されているからだと思う。