冬の宿題 Amazon創業者 ジェフ・ベゾス小研究 (1) 「ワンクリック」書評-1 【増田 @maskin】

書評Amazon.com, JeffBezos, ジェフ・ベゾス, 井口耕二, 日経BP社, 滑川海彦


[読了時間: 2分]

 この本「ワンクリック ジェフ・ベゾス率いるAMAZONの隆盛」は2012年10月18日に刊行されたもの
だ。

 些か古いと思われるが、2014年1月9日に、同じく日経BP社から「ジェフ・ベゾス 果てなき野望―アマゾンを創った無敵の奇才経営者 」が出版されることを受け、ここで改めて米Amazon CEO ジェフ・ベゾス氏のプチ研究という形で紹介させていただく。

 伝記の一つとして素晴らしい出来であり、内容のおもしろさについてはすでに多くの評価が上げられている。また、翻訳に井口耕二 氏、解説に滑川海彦 氏と2冊とも同じベテラン勢が担当されている点からも興味深い。

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 幼少時代から技術が好きで、探究心旺盛なベゾス氏は、電子キットいじりなどはもちろん、欲しかった機械じかけのおもちゃを自作するなどの集中力と行動力があった。

 印象深いのがロケット研究者だった祖父のプレストン・ガイス氏が老後に運営した牧場での経験が彼に大きな影響を与えていたと考えられる記述だ。ベゾス氏は本書の中でこう語る。

 「田舎で生活すると、自存的にならざるをえません。なんでも自分でするようになるのです。(中略) 壊れたら直すというわけです。初めてのことをしようと思えば、そこまでしなくてもと思われるくらい熱心かつ根気よく作業を進める必要があります」(第2章 生い立ち)

 本書を読み進みるほど、そ中で克明に記述されるAmazon.com起業のストーリーとかぶってくる。サイト開発はもちろん、配送システムから自分のデスクまで全て自分で組み立て上げていく。沢山のありえない失敗がありつつも、さらなるリスクを回避すべく知恵をしぼり根気よく取り組んでゆく姿の裏には、壮大な価値創出への意欲、アントレプレナーシップそのものが介在しているように思えてならない。


後悔最小化理論

 ウォルト・ディズニーやトーマス・エジソンといった発明家やパイオニアが「一人ではできない夢をかかげ、多くの人をチームにまとめ、ひとつの方向に向かわせられたのはすごい」と語っるベゾス氏の学生時代は理路整然としていて成績優秀、宇宙に夢を持ち、常に存在感があったという。

 社会人になったベゾス氏は、ウォールストリートでエンジニアとしてのキャリアをスタート。非常に優れたネットワークプロトコルのソフトウェアを書き23歳で部門統括、転職先のバンカーズ・トラストで最年少となる26歳で副社長に就任する。

 この時期、のちにCNETを創業するハルシー・マイナー氏と起業する計画も浮上するが実現せず、二人はそれぞれの道で成長する。ベゾス氏が当初イメージしていたのは金融ではなく「新たなオートメーションを実現し、ビジネスの世界を一変させる会社」である。

 そんなベゾス氏に千載一遇のチャンスが到来する。インターネットの普及だ。

 1991年の商用利用解禁を皮切りに、1993年にはイリノイ大学が近代型のウェブブラウザ「モザイク」を公開。翌1994年には、ベンチャーキャピタル主導でモザイクの研究者、マーク・アンドリーセン氏を引き抜きネットスケープ社が設立される。本書によれば当時のインターネット成長率は2300%で、大きなリスクを取るべきムードに満ちあふれていた。

 おもしろいのは、当初、「可能性さえ大きければ、どんな事業でもよかった」と考えている点だ。完全なマーケットイン(明確な市場性が確認できる領域にフィットするプロダクトを投入する)型である。ベゾス氏は「よく知られた製品であること」「市場が大きい」「競争が激しい」「仕入れが容易」「データベース化にフィット」「ディスカウントのチャンス」「送料」「オンラインの可能性」といった項目に注目し、書籍販売事業に参入することを決意する。

 ベゾス氏が書籍販売事業を考えた時、誰もその可能性を理解していなかったようだ。1994年前後ではまだインターネット可能性を理解する人は限られていたからだ。結果として当時の雇用主デビッド・ショー氏からも反対されるが、この時、ベゾス氏は「後悔最小化理論」を考え、ここで年率2300%のインターネット事業に参入しなければ一生後悔するという結論に至ったという。


野心とタイミング

 Amazonを創業したベゾス氏がメンバーを集める過程を読み進めると、一つの特長があることに気づかされる。それはベゾス氏が「エンジニアであり金融に通ずる」という点だ。若い彼ではあるが理路整然とアイディアを詰めるだけでなく、今後の成長に寄与する経験と知識とネットワークを持っていることが強みとなっているのだ。

 特に、スタートアップで成長したいと思っている経験豊富なエンジニアに受けがいい。それもそのはず、スタートアップがつまづくのは「エンジニアリングとファイナンス(資金政策)」の部分だからだ。

 しかも、彼は現状に対して安易に満足しない。当時、エンジニアを獲得したいとなればシリコンバレーを思いうかべるが、Amazonの事業を大きく展開する条件にあう都市がシリコンバレーにはない、と、結局マイクロソフトやスターバックスが拠点を置くシアトルで創業することを決断する。

 Amazonの前身となるカダブラの登記は1994年7月。場所はベゾス夫妻が月額890ドルで借りる住居のガレージ。彼はヒューレットパッカードやAppleがガレージで創業したように、同じスタイルで創業することを重要視していたようだ。

 ただ、やり方はあくまでベゾス流。1990年代後半には多くのドットコム企業が真似たように、何年も黒字を出そうともせず事業を推進させたのだ。資金は自己資金。ベゾス氏を信じる家族が投資したりした。

 「失敗を覚悟すると、心が軽くなるんです」と彼は語る。

(続く)




【関連URL】
・米アマゾンCEO JefBezos 氏、2億5000万ドルでワシントン・ポスト紙を買収 【増田 @maskin】
http://techwave.jp/archives/jeffbezoz_purchage_washingtonpost.html



蛇足:僕はこう思ったッス
1994年の興奮を今もよく覚えている。1993年のモザイク公開された時は夜も眠れなかった。ネットスケープ創業時、マーク・アンドリーセン氏と会った時、年齢自体は確かそんなに変わらないのに、オーラが違った。これがシリコンバレーの成長かあと溜息がもれたのだが、シリコンバレー全体がドットコムに集中し、イノベーションをおこすことに熱中していたので、これだけの力が結集すれば世界は変わるのかという妙な実感を得ることになる。当時シリコンバレーでAmazonの話題があったかというと、当然噂話はくるのだが、シアトルとはコミュニティが二分化されていたので、うまい具合に流行にもまれずに着実に成長していったように思える。
ところで、ベゾス氏といえば、人あたりが良い部分と冷淡な部分と、評判が二極化されているように思える。今回触れた部分では「頭がよくロジカルに行動する人」という部分が浮き彫りになったが、それだけでは人はついていかないと思うし、本当のところはどうなのか調べていきたいと思う。

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maskin

Editor In Chief at TechWave.jp
1990年代初頭から国内外のソフトからハードまで50以上のスタートアップ立ち上げを経験。。平行して雑誌ライターとして疾走。シリコンバレーでガレージベンチャーに参画後は、ネットエイジを筆頭にスタートアップに多数関与。ブログやSNSの国内啓蒙、ソニーの社内イノベーション事業など関与。直近では通信キャリアのニュースポータルの立ち上げ期の編集デスクとして数億PV事業に育てた後、TechWaveにジョイン。世界最大のIT系メディアであるスペインの「Softonic」に参加後、2016年からTechWave第三章として新興メディアの開発を再スタート。国内最大規模のスタートアップ&B2Bイベント「アプリ博」のオーガナイザー。

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