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2010年代、広告・マーケティングが激変するー。
FacebookのPaul Adams氏はそう予測する。2010年代の10年間は、上から下への情報の一方通行ではなく、横同士の双方向の情報の流れの中での、広告、マーケティング施策がいろいろと編み出される10年間になるのだという。ソーシャル広告が花開く時代になるというわけだ。(関連記事:インフルエンサーより「仲のいい少人数グループ重視」の時代へ 書評「Grouped」【湯川】)
ソーシャル広告という言葉は比較的新しい言葉。なのでいろいろな定義で使われることがあるが、シリコンバレーでは次のような定義が定着しつつあるように思う。それは「親しい友人たちの輪の中に広告メッセージを投下し、それを拡散する仕組みまで提供する広告」という定義だ。(関連記事:ソーシャル広告とは 米で定着しつつあるソーシャルアドの定義【湯川】)
さてこうしたソーシャル広告、実は日本が最先端を走っている。ソーシャル広告を載せるためのプラットフォームとしてはFacebookが世界で最も広く普及してはいるのだが、Facebookは新しい広告の形を追求するよりもユーザー数を伸ばすことや活性化させることに力を入れてきた。一方でミクシィは早くからソーシャル広告の新しい形を模索してきた。なので日本が世界に先駆けてソーシャル広告のフロンティアに飛び出したわけだ。(関連記事:ソーシャル広告はミクシィが完成させFacebookが普及させる【湯川】)
そのソーシャル広告の仕掛け人として僕が注目するのが、世界でインタラクティブ広告の賞を総なめしているクリエイティブ集団バスキュール。今回の記事ではバスキュール(及びバスキュール号)が過去に仕掛けたmixi XmasとNikeiDいった2つの施策を詳しく研究し直すことで、これからのソーシャル広告の形を占ってみたい。
仲のいい友だちだからこそベルを鳴らしたい
バスキュールが手がけて大成功させたソーシャル広告にmixiクリスマスがある。2009年にミクシィがmixiアプリの仕組みをスタートさせたのに合わせてバスキュールが作ったアプリで、mixi Xmasの名前の通りその年の11月28日に始まり12月25日に終わる期間限定アプリだ。昨年12月で3回目になる。
アプリをインストールすれば、クリスマスの靴下とベルが表示される。1日1回、自分と友人のベルを押すことができ、押すたびに靴下が輝きを増し賑やかになっていったり、押された回数によってプレゼントがもらえる仕組みになっている。友達がプレゼントをもらえるようにベルを押したい、という本当に仲のいい友人同士だから発生する手軽に楽しめるコミュニケーションの形だ。相手がどこのだれだか分からないメンバーで構成されている匿名コミュニティでは、こうしたコミュニケーションは発生しないだろう。業界用語で言うところの、リアル・ソーシャルグラフが存在するからこそ成り立つわけだ。
昨年のクリスマスにはこのキャンペーンに257万人が登録、毎日110万人以上がアプリにアクセスし1億7900万回以上もベルを鳴らしたという。
興味深いのは、このアプリの存在が口コミで広まったというところだ。バナー広告も掲載していないのに、開始47時間で登録ユーザーが100万人を超えた。キャンペーン期間終了後に「mixiクリスマスを一番最初にどこで知りましたか」というアンケート調査の問いに対し、「友人からの認知」と答えた人が75%で、「友人以外からの認知」の25%を大きく上回った。マスメディア広告を利用しなくても、ソーシャルメディアには情報を広く拡散する力があることを示した実例となった。
「mixi Xmasは12月25日に終わるというのがいいんです。コンテンツの終わりをあらかじめ提示してあげた方が安心して友だちを誘えるし、楽しんでくれるのです」とバスキュールの朴正義氏は語る。友達のベルを押す、お返しに友達が自分のベルを押してくれる。そのお返しにまた友達のベルを押す。期間限定でなければ、どちらかが飽きて押さなくなるまで永遠に続くことになる。その結果、押すことが苦痛になったり、もしくは一方が飽きて押さなくなり、もう一方は押されずに微妙な感情が残るなどという結末になりかねない。また25日までと分かっているので、できるだけ毎日押したいという気持ちになるのだそうだ。
ベルが押されるたびにレベルが1つずつ上がり、靴下は輝きを増す。サンタクロースに見つけてもらえやすくなる、という考えだ。友達のベルを鳴らせば、友達と自分の両方のレベルが1つずつ上がるようになっている。
また、友だちのベルを鳴らしていると、「キットカットと交換可能な無料クーポン」などのプレゼントが当たったりするラッキーチャンスが発生する仕組みになっている。また当選者は友人二人にそのプレゼントを「おすそ分け」できるようにもなっている。こうした仕組みが、友人間のやり取りをさらに活性化させる形となったわけだ。
昨年のmixi Xmasではプレゼント提供スポンサー数も34社に上り、プレゼント応募数870万件以上にもなった。日本のインターネット上の最大規模のクリスマスイベントになった。
スポンサーの1社マイクロソフトは、同社のブラウザーInternet Explorer 9のロゴの入った靴下とベルを用意。ベルを鳴らせる友達が増えれば増えるほど自分のレベルがアップするということもあり「マイミクにIE9が加わってくれてありがたいというユーザーが増えた」(朴氏)という。またIE9をダウンロードしIE9でmixi XmasのアプリにアクセスするとIEマークのついたスペシャルチャームを入手できるようにしたところ、「半端無い数」(朴氏)のユーザーがIE9をダウンロードし、米国のマイクロソフト本社からも注目されたという。キャンペーン期間中にIEの靴下のベルが鳴らされた回数は1000万回を優に超えたようだ。
またコカ・コーラは、ラッキーチャンス獲得時にコカ・コーラCMのハピネストラックのイメージを表示。ハピネストラックはラッキーチャンスの代名詞的な存在となり、キャンペーン期間中のその露出回数は目標を大幅に越え、数千万回に達した。
テレビCMと連動してもダウンしないシステム
ソーシャル広告だからといってマスメディア広告と二律背反的である必要はない。それどころか朴氏は、スマートフォンを通じたソーシャルの力とテレビCMが連動することで、新しい広告の形を作り上げていく可能性があると考えているのだという。
そこでmixi Xmasのキャンペーン期間中に、ミクシィに特別なテレビCMを打ち、CM×ソーシャルの先端事例をつくろうと提案したのだという。
mixi Xmasのアプリには毎日110万人以上がアクセスしていたので、その110万人以上に向かって12月16日の24時に特別なテレビCMが放送されることを告知した。テレビCMではこびとが星を運んでいる様子が壁に映った影として表現されているが、その星と同じ形のベルをmixi Xmasのアプリ上でクリックすれば、その形のデジタルグッズの「プレゼント」を受け取ることができるという仕組みになっている。プレゼントは「ラッキースター」であったり、「スターダストダイヤ」であったり、「ヒトデ」であったりと、人によって異なる結果になっている。
16日、17日、18日と同じ時間に3回放送したところのべ56万人からのアクセスがあったという。「続きはウェブで」というCMがなかなか視聴者をウェブに誘導できないという声をよく耳にするが、たった3回のCMで56万人を動員できたわけだ。これがソーシャルの力なのだろう。
さてこうしたテレビCMと連動したソーシャルの試みで重要なのが、システム面での準備だ。CMと連動させることで1秒間に数十万のアクセスが集中し、サーバーがダウンし、せっかくの試みもすべて台無しになってしまう可能性がある。
そこで今回のスポンサーでもあったマイクロソフトが提供するクラウドコンピューティングサービス「Windows Azure Platform」を使って1秒間に数十万ものアクセスに耐える仕組みを用意した。同社によると、アクセスの集中を予測して動的生成が不要なコンテンツを中心に構成した上で、東京のCDNを活用する一方で、アプリ本体は香港のデータセンターで稼働させた、という。
「ソーシャルでモノは売れない」はホント?
さて一部で「ソーシャルではモノは売れない」という意見がある。友達とのコミュニケーションの空間にモノを売ろうという思いで企業が参入しても反発されるだけ、というのがその根拠だ。一方で「人間は社会的動物。ほとんどすべての行動がソーシャル。当然、物販にもソーシャルの力を利用できるはず」という意見もある。ソーシャルが物販にどのように影響するのかの議論はまだまだ続きそうだが、バスキュールは昨年のmixi Xmasを使って物販にも挑戦した。「mixi Xmasも3年目になったので、クリックし合うだけじゃなくて、何か新しいことに挑戦したかった」と朴氏。「とは言ってもクリスマスなんで課金というのもなんだかイヤだった。そこで自分自身には購入できないんだけど、相手のためにプレゼントを購入して贈ることができるとうコーナーを作ったんです」と言う。
例えばグリコのポッキーはコンビニで買えば150円ぐらいだが、靴下パーツなどのデジタルグッズをつければ200円という価格にしても飛ぶように売れた。この期間限定の物販には2万人近くが参加、売り切れが続出したという。
ネット上の物販は価格競争になる、といわれる。しかしそれはソーシャルメディア普及以前の話。ソーシャルメディア上で人々は安いからモノを買うのではない。真心を贈りたいからモノを買う。その際に価格の少額の差は気にならないというわけだ。
またプレゼント大交換会も開催。トナカイの靴下などのデジタルグッズを100円で販売し、簡単なメッセージをつけて友達同士でプレゼントし合える仕組みを作ったところ、約6万人が参加したという。
NikeiDの売り上げ急増
「バナー広告って、ここはだれもクリックなんかしないんだろうなって、空気を放ってるじゃないですか。それだからこそ、みんながクリックしたくなるような仕組みを意地でも作ってやろうと思ったんです」。朴氏は、大人気となったNikeの靴のソーシャル広告を企画した動機をそう語る。
ソーシャル広告を作ったのはNikeiD(ナイキ・アイディ)と呼ばれる種類の靴。ネット上でスニーカーの形や色を選択し、自分だけのスニーカーを注文生産できるというサービスだ。NikeIDはそれまでも世界の広告賞を受賞するほど優れたクリエイティブの広告を展開していたが、それでも日本の若者の間では知名度が低かった。そこでmixiを利用したソーシャル広告に挑戦しようという話になった。
mixi上のアプリで3種類の靴のデザインから好きなものを選び、好きなように色付けできるようにした。デザインした靴は、マイミク(友人)のページに広告として表示される、というものだ。
その広告をクリックすれば、自分のマイミクたちがデザインした靴が一覧表示される。その中で気に入ったデザインがあれば「Cool」ボタンを押すことができるし、ナイキのサイトでそのデザインで靴を購入することも可能だ。
またマイミクからの「Cool」を5つ以上ゲットすれば、そのデザインの靴を実際にもらうことのできる懸賞にエントリーできるようになる。
3週間の期間限定のキャンペーンで、最初は、NikeiDの特設サイトに行けば自分の靴をデザインできる、という内容のバナー広告だった。まずは靴に興味がある人がその広告をクリックして、自分の靴をデザインする。そうするとその人の友達のページにはデザインしたユーザーの名前と顔写真が入ったバナー広告が表示される。自分の友達の顔が広告に表示されるのである。ほとんどの人はびっくりして広告をクリックする。そのうちの何人かは自分でも靴をデザインする・・・。この繰り返しであっと言う間に200万人以上にまで広がった。3週間でアプリにアクセスしたユーザーは213万人、ユーザー自らが作成し、実際に掲載されたバナー広告は50万種類を超えた。バナー広告のクリック率は通常の16倍にも達した。
カスタマイズ対象のモデルは、期間中に全世界で日本の売上がトップレベルに躍り出た。「Nikeの本国から、日本では何をやったんだ、という問い合わせがあったと聞いています」。
中には友達からの「cool」の数が突出したデザインもあった。「『なに、オレひょっとしてヤバいものデザインしたんじゃないか』と思った人もいたようで、懸賞で当たるのを待たずして自分で購入した人が続出したようです」と朴氏は笑う。
ソーシャル広告について朴氏は、「単純な原理なんです。どれだけ面白いテレビ番組を放送していたって裏番組に友達が出ていればそっちを見る。それと同じこと」と語る。どんなコンテンツよりも人を惹きつける力をソーシャルは持っている、ということなのだと思う。
人間は社会的動物なので、周りの人たちに対していろんな感情を持っている。友達によく思われたい。友達を支援したい。好きな友達に「好き」と言いたい。仲間と一緒になって楽しみたい。ライバルを出し抜きたい・・・。
ソーシャル広告は、こうした人間関係の中で人が抱く思い、感情を考慮することで、効果を上げることができる広告だ。
バスキュールのソーシャル広告は、こうした人間の抱く思いをうまく取り入れたので成功したのだと思う。クリスマスベルを友達と一緒に鳴らし合うのは楽しいし、プレゼントをおすそ分けするのも楽しい。自分のデザインされた靴を誉められればめちゃくちゃ嬉しいし、気分がいい。
ベルを鳴らす、商品を購入する、靴をデザインする・・・。一人でやれば単純で面白くない作業が、ソーシャルになると一気に楽しさを増す。広告が邪魔なものではなく、楽しいものになるわけだ。
これからソーシャルメディアがますます普及する中で、邪魔な広告には未来がないが、楽しい広告にはまだまだ大きな可能性があると思う。
僕自身、ソーシャルの力を活用する物販としては、まずはギフトという形があることは分かっていた。友達にプレゼントを贈りたいという気持ちを刺激することでモノが売れる、ということはだれにだって分かる。でもそれ以外の物販xソーシャルの具体的な形が思い浮かばなかった。おしゃれは、相手や社会にどう自分をプレゼンテーションするかという非常に社会的な行為。なのでファッションもソーシャルの力を利用できるはず。そうは思っていたのだが、具体的なアイデアが思い浮かばなかった。
なのでNikeiDの事例を見たときに、なるほどこういう形かと膝を打った。自分のデザインした靴が多くの友達から絶賛されれば、だれだって実際にその靴を買いたくなることだろう。売り上げが激増したというのもうなずける話だ。
「おすそ分け」は、一種の自己顕示欲の表現の形かもしれない。同じマンションの隣の住民が「肉じゃがを作り過ぎたので」とおすそ分けにくるのは、料理が得意なことをアピールしたいという気持ちが心の奥底にある可能性がある。「おすそ分け」という形を取ることで、自分の本当の気持ちをオブラートに包んで表現できるわけだ。mixi Xmasのプレゼントのおすそ分けも、そういうことかもしれない。プレゼントが当選したことをTwitterでつぶやくと自慢しているように見えるのでいやだという人でも、「プレゼントをおすそ分けします」とならメッセージならつぶやきやすい。そういう微妙な心理までを考えぬいたすばらしい仕組みだと思う。
ギフト、ファッションは、ソーシャル広告が有効なことが分かった。ほかにはどんなモノがソーシャルの力を活用できるのだろうか。
ところでバスキュールはなぜmixi上でこうした試みを行ったのだろうか。TechWaveの読者の中にはmixiが「既に終わった」と思っている人が少なからずいると思う。男性のアーリーアダプターはそう思いがちだが、実際に若い女性の間でmixiは健在だ。アーリーアダプターではなく、マスに近い層にリーチするにはやはりmixiは有効なプラットフォームなのだと思う。
朴氏自身も「バスキュールは何故ミクシィと一緒にやってるの?と言われることが多いけど、大切なのは、いかに多くの人を巻き込めるか、そのためにどんな新しい手を打てるか。そうした意味で、たくさんの若者層にアプローチするならmixiが最適だと考えました。とくに今回のチャレンジは、mixiの中の人たちと一緒に開発できる環境がなければそもそも実現できなかった。やはりプラットフォームに新しい仕組みを持ち込むチャレンジをするなら、開発チームの人とやりとりできないと難しい」と語る。実際にFacebookは、こうした新しい広告が試せるような仕組みにはまだなっていない。もちろんFacebookも今後、こうした領域に力を入れてくることは間違いないだろうが、現時点で海外の企業と新しい取り組みを協力し合って進めるというのはやはりそう簡単な話ではない。「そういう意味で、mixi以外だと日本ではYahoo!Japan、それと最近すごい勢いで普及しているLINEなどと組むことにも興味がありますね」と朴氏は語る。
バスキュールは新しい広告の形を模索するために実にいろんなことに挑戦している。中でも最大の挑戦はテレビとの連動だろう。テレビと連動させるとその瞬間に一気にソーシャルメディアが活性化する。その一瞬の急激なアクセス増に耐えることのできるシステムを構築することができるのかどうか。それがソーシャル広告のキモになるのだと思う。おそらくクラウドコンピューティングを使わない限り無理だろう。
昨年1年間でガラケーからスマホに乗り換える消費者が急増した。LINEがスタート1年にも達していないのに3000万ユーザーを獲得したように、PCベースのソーシャルメディアとは比較にならないスピードで、一般消費者の間にモバイルのソーシャルメディアが普及しようとしている。これまでの施策とはケタ違いの「数」を達成できるようになるだろうから、いよいよもってマス広告予算がデジタル広告予算に大きくシフトするかもしれない。
またおもしろい施策も次々と登場するようになるだろうし、長期的に見れば広告業界の勢力図が大きく変化する可能性だってある。今回の実験で得たノウハウはバスキュールとマイクロソフトにとって大きな資産となったことと思う。